第千二百七十二話「何度倒れても」
菖蒲は今日予定していた咲耶の講習がなくなって若干時間を持て余していた。個別指導である蕾萌会の講師はその日の受け持つ生徒や時間が決まっている。その予定が急遽キャンセルされたからといって『じゃあ他の生徒の講習を受け持ちます』とはいかない。
たまたま誰か希望者が来て、たまたま空いている講師が受け持つことはあるかもしれないがそんなことは頻繁にあることではない。基本的には翌月の予定はすでに組まれており、その予定通りに講習が行われる。急遽キャンセルになったとしても講師には報酬が入るので収入面での心配はないが時間が余って暇になるのは避けられない。
「はぁ……。暇ね……。帰ろうかしら?」
講習がない時間は無理に蕾萌会に居なければならないということもない。次の講習に向けた準備や生徒にやらせた問題の答え合わせなどのために残っていても良いが、講習がない時間に講師が蕾萌会に常に待機していなければならないという縛りはない。
「あら?電話……。椛から?もしもし?」
咲耶の講習がキャンセルになって暇を持て余していた菖蒲はもう帰ろうかと思っていた。そこへ珍しく椛から電話がかかってきたので出てみた。
『菖蒲、咲耶様の貞操の危機です。今すぐ九条家に来なさい』
「はぁ?あっ!?ちょっ!?」
椛は自分の言いたいことだけを言うとすぐに電話を切ってしまった。言われたことも良く分からないしいきなり九条家に来いと言われてもそう簡単に訪ねていけるような家ではない、はずだった。しかし長年咲耶達と付き合ってきた菖蒲も少々上位貴族との付き合い方の常識から外れてきていた。
普通だったら相手から誘われたとしてもこんな時間からアポもなしに五北家の家になど訪ねていかないだろう。しかし散々咲耶や椛と接してきた菖蒲はついいつもの椛とのファミレス会議の時のようなつもりで九条家へと向かってしまったのだった。
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九条家に到着した菖蒲はいつものように門衛に椛に呼び出されたことを伝えた。しかし門衛はいつものように椛が出てくるのを待つのではなく菖蒲を九条邸へと通した。いつもなら門の前で椛を待っている菖蒲は少し困惑しながらも言われた通りに九条邸のロータリーへと進む。すると丁度扉が開いて咲耶が出てきた。
「あら?菖蒲先生?どうされましたか?」
「こんばんは咲耶ちゃん。良く分からないけど椛に呼び出されたから来たんだけど……」
「良く来ましたね菖蒲!実は茅が他の者を連れて来て今日突然泊めろと言ってきたのです。茅から咲耶様をお守りするために手を貸しなさい!」
まさか咲耶が出てくるとは思っておらず菖蒲は少なからず動揺した。しかしそのすぐ後ろに控えていた椛の言葉を聞いて少しほっとしながら気持ちを落ち着けることが出来た。これで椛が出てこずに咲耶だけに相手をされていたらもっと動揺していたかもしれない。
椛にそんな気があったかどうかは分からないが菖蒲は若干椛に救われたことを感謝しつつも、いつもの軽い言い合いをしながら九条邸に通された。
通された先は睡蓮の部屋のようでそこには茅、杏、朝顔も居た。何事かとは思ったが茅がいることから椛が自分に言っていたことが何となく理解出来て半分納得、半分呆れつつも菖蒲も睡蓮の部屋で楽しくおしゃべりに参加し始めた。
「それでわ~……、そろそろお風呂に行きましょぅ~!」
「…………え?」
「ナイスなのだわ!それでは行きましょう?咲耶ちゃん」
「え?え?」
「それじゃ行くっすよ」
「九条家のお風呂~、楽しみです~」
「咲耶ちゃんと一緒にお風呂に入るなんて機会……、私には滅多にないものね!夏の旅行以来だし楽しみだわ!」
「え?え?あの……?」
睡蓮の言葉に茅が乗っかり、それに他の面々も乗っかっていった。当然菖蒲も断る理由などなく、むしろ日頃から学園などで一緒に居られる面々に比べて出遅れている自分が遠慮する理由などない。こういう機会でもなければ一緒にお風呂になど入れないので菖蒲も嬉々として咲耶を押しながらお風呂場へと向かったのだった。
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「さっ……、咲耶ちゃん……、何度見てもそれは凶器なのだわ……」
「咲耶たんのプロポーション凄すぎっす!」
「はぇ~……。まるで芸術作品のようですぅ~」
「このバッキバキの腹筋がまたエロスなのよね……」
「あの……、あまり見られていると脱ぎ難いのですが……」
強引に咲耶を脱衣所に押し込むと渋々脱ぎ始めた。その姿を見て茅、杏、朝顔、菖蒲はゴクリと唾を飲み込んだ。
そのプロポーションは完成されている。朝顔が言うようにまるで芸術作品のようだ。均整の取れたスタイルに無駄のない体。鍛え抜かれていると一目で分かる腹筋や手足もまるで彫刻のようだった。そして何よりも凄いのがツルツル、いや、トゥルントゥルンの筋だ。
何の処理もしていないというのに天然のトゥルントゥルンである。当然剃っているわけではないので剃り跡のようなものがない。そのトゥルントゥルンっぷりはまさに芸術だった。
(来て良かった~!椛ありがとう!)
菖蒲は心の中で椛に喝采を送った。もし自分に連絡してくれていなければ他の面々だけでこれを楽しんでいただろう。そこに自分も呼んでくれた椛に心から感謝していた。お風呂に入るまでは……。
「え?え?咲耶ちゃん?これは……?」
菖蒲は困惑を隠せない。お風呂場に入ってから豹変した咲耶の手によって他の面々が次々に昇天させられてしまったのだ。一体何が起こっているのか分からない。ただ一つ分かることはこのままでは自分の身も危険だということだけだ。
「菖蒲先生も一緒に」
「くっ!このままじゃ私も三人みたいに……。こうなったら!」
他の面々は碌な抵抗も出来ずにあっさりやられてしまった。しかし咲耶は恥ずかしがり屋だ。こちらが少し強引に出たらすぐに顔を真っ赤にして引き下がるに違いない。そう思った菖蒲は攻められる前に自分から咲耶の背中を流そうとした。しかし……。
「あっ!あっ!あっ!嘘!?こちらが洗ってるはずなのに……、手だけでこんなぁ~!」
「さぁ……、楽園へ逝きましょう、菖蒲先生」
「おほぉ~~~~~っ!?」
咲耶の背中を流しただけで触れている手から信じられないほどの快感が流れ込んできた。触れただけでこれほどの快感を齎されるなど、もしこれで咲耶の方からも攻めてきたのならば自分はどうなってしまうのか。それを味わった時、菖蒲の脳はあまりに許容量を超えた快感に感覚をシャットダウンさせたのだった。
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ハッと目が覚めた菖蒲は周囲を見回した。どうやら自分達は九条家の客室に寝かされているらしい。他の面々も着替えさせられて転がされていた。のそのそと皆起き始めていたので同じくらいに目が覚めたのだろう。
「はぁ……。大変な目に遭ったわ」
「そうだわ……。大変素敵な目に遭ってしまったのだわ」
「…………」
菖蒲の呟きに茅はにんまりとご令嬢がして良い顔ではない表情を浮かべてそう応えた。別にお互いに話しかけているわけではない。ただ菖蒲の言った意味と茅の言った意味は違うのだろうと何となく察して菖蒲は黙った。
「ふぅ……。そろそろ食事の時間のはずですね。私は確認してきますので貴女達はここで待っていなさい」
「椛の癖に客に対して随分偉そうなのだわ」
茅の言葉に椛は答えることはなくそのまま出て行った。そして戻ってきた椛に連れられて食堂へと移動し、九条家の家族と一緒に食事を摂ることになった。
九条家の食事は五北家の食事としては少し質素にも思えるものだった。味が悪いわけではない。むしろおいしい。しかし肉や魚などの主菜があまりない。もちろんまったくないわけでないが量や種類が少ないと言うべきか。
栄養バランスはきちんと考えられているのでむしろ理想的は配分ではあるのだが、やはりどこの家でも裕福な家になるほど主菜が増えたり豪華になったりする。そういった家のメニューに比べればやや落ち着いて見える配分だった。
食事を終えた後は食堂で少し食休みをしてから睡蓮の部屋へと移った。
「咲耶ちゃん、楽しくおしゃべりしましょう?」
「え?あっ……、はい……」
茅は露骨に胸元を寄せて咲耶に圧し掛かっていた。それを受けて咲耶は恥ずかしそうにもじもじしている。その姿を見ているだけでもキュンキュンしてしまう。だがこのままおいしい所を茅にだけ譲るつもりはない。
「咲耶ちゃん、今日は講習がなくなったからここで少し復習でもしましょうか?」
「あっ……!菖蒲先生……」
茅とは逆の腕を取って咲耶に自分の体を押し付ける。それだけで照れている咲耶はとても可愛らしい。
「こんな時にまで勉強の話なんて無粋なのだわ!」
「そういう茅は露骨に咲耶ちゃんに迫りすぎなのよ」
「あっ!あっ!ちょっ!?お二人とも……」
咲耶を挟んで茅と菖蒲が体を押し付けながらせめぎ合う。それに翻弄されていた咲耶はやがて俯いて静かになった。それに気付いてまずいと思った時にはもう遅かった。
「ぁ……、あぁ!?」
「んんぅ~~~っ!?」
突然全身にビリビリとした強烈な電気のような刺激を感じた。その時にはもう遅かった。ただ咲耶に触れていただけだというのに茅と菖蒲は一瞬にして昇天させられていた。
「ひぃ~!またですぅ~!睡蓮は関係ありません~!こんなの巻き添えですぅ~!」
「あらあら~……。大変~……」
「三条様はもう諦めたっすか?」
「さ~くや~さま~~~!またお願いします~!」
咲耶の様子が変わり茅と菖蒲が昇天させられたことに気付いた面々はそれぞれの反応を示した。睡蓮は自分だけは助かろうと逃げ出そうとし、朝顔は全然慌てていない口調で慌てていた。杏も半分諦めの境地となり椛は自分から咲耶に昇天させてもらおうと飛び込んだのだった。
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睡蓮の部屋の様子がおかしいことに気付いた柚に助けられた面々は再び客室で目を覚ました。そしてお互いに顔を見合わせる。
「そろそろ良い時間なのだわ」
「ちょっと茅……、まさか懲りずに夜這いにでも行くつもり?」
「当然なのだわ!」
「「「…………」」」
さすがにこれだけ続けて昇天させられていれば体も下着も大変なことになる。それなのに茅は懲りずにまた行くと言っていた。他の面々はお互いに顔を見合わせて茅を止めようとした。しかしそんなことで止まる茅ではない。
「別に貴女達が行きたくないのならばこのままここで大人しく寝ていれば良いのだわ。でも私は行くのだわ!」
「あ~……。はいはい……。茅だけ行かせるわけにはいかないもんね……」
「はぁ……」
他の面々はもうこの後の展開が予想出来た。しかし茅だけ行かせておいしい思いをさせる理由もない。昇天して気を失っている間に結構な時間になっていたのでそのまま全員で咲耶の部屋に夜這いを仕掛けることになった。
「あぁ~!咲耶ちゃんが眠っているのだわ!咲耶ちゃん!う゛っ゛!」
咲耶の部屋に押し入った茅は眠っている咲耶を見て一瞬にして理性を失っていた。獣のようにベッドに潜り込み、そして一瞬にして昇天してしまってベッドからぶら下がった。それを見てやはりと思った杏や菖蒲は茅を引っ張り出して床に転がしながら顔を突き合わせた。
「やっぱりこうなるわよね……」
「夏の旅行でもこうなったっすもんね」
「貴女達はいかないのですか?それでは次は私が……。しゃくやしゃま!しゃくやしゃま!ベロベロベローーーっ!うほほっ!うひょひょっ!う゛っ゛!」
残った面々が作戦会議をしている間に椛が足元から突貫し咲耶の足を舐めまくっていた。そして暫くモソモソ動いていたかと思うと一度ピンと体を張ってからパタリと動かなくなった。
「椛って何気に凄いわよね……」
「まぁ長年咲耶たんに仕えてるっすからね」
「それだけじゃなくて……、普通いくら好きな人が相手でも躊躇なく意識のない相手の足なんて舐めれる?」
「「あ~……」」
菖蒲の言葉に残った面々も苦笑いしか出来なかった。相手も意識があるのならともかく、意識のない相手を襲った上に躊躇なくその足を舐めるなど普通は出来ない。それを何の躊躇もなく飛び込んで出来る椛は確かにある意味において『凄い』。
「残りはどうするっすか?」
「まぁこのまま何もせずに帰るって選択肢はないわよね」
ここまで来て何もせずに茅と椛の後始末だけして帰るなどという選択肢はない。それなら最初から来ないのだ。ならばやることは一つ。
「それじゃ私は添い寝させてもらうっすよ!とぉっ!」
杏は布団の上から咲耶の隣に添い寝をした。これは夏の旅行で他の班のメンバー達が編み出した技だ。少しでも長く咲耶との逢瀬を楽しみつつその香りや寝顔を長く感じる。そうしてやがて杏は意識を手放したのだった。
「うぅ~っ!それなら睡蓮はここですぅ~!」
睡蓮は椛をどけた後の足元、咲耶の足の間に布団の上から寝転がった。咲耶の足の間に挟まれつつ睡蓮は口では文句を言いながらも良い笑顔で昇天した。
「よいっしょっ!はぁ……。女二人じゃベッドから人を下ろすのも大変ね」
「そうですね~」
昇天した杏と睡蓮を下ろした菖蒲と朝顔は額を拭いながら顔を見合わせた。そして最後に頷き合う。
「それじゃ私達も逝きましょうか」
「はぃ~」
二人はそれぞれ咲耶の左右に寝転がるとゆっくりと意識が遠のいていった。
全員が昇天して倒れた後、巡回で咲耶の部屋の様子を見に来た柚によってベッドの上で咲耶と添い寝していた二人は床に転がされて朝を迎えることになったのだった。




