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第百二十六話「ジャーナリストの鑑」


 騒ぎを聞きつけてやってきた教師達に許可を貰い、嘘の壁新聞は回収され、お立ち台に立っていた藤花ジャーナルのジャーナリストだという女の子と一緒に当事者全員で空き教室で向かい合う。


「え~……、まずこちらは貴女のお名前もわかりませんので……、自己紹介からしてもらいましょうか」


 向こうはこちらのことを知っているから今更名乗る必要はないだろう。ただこちらは相手のことを知らない。名前もわからなければいつまでも『藤花ジャーナルのジャーナリストの女の子』と呼ぶしかない。


「藤花ジャーナルのジャーナリスト!四年三組、今大路いまおおじあんずですよ!」


「今大路は近衛家諸大夫の地下家だ」


 今大路杏が名乗ると俺の隣に座る伊吹が補足で説明してくれた。俺は会った覚えがないけどどうやら地下家の子だったようだ。まぁ俺はあまり社交界でパーティーに出てないから知らなくても不思議ではない。俺の周りにいるのはほとんど堂上家だし、その中でも五北家や七清家がたくさんいる。地下家との付き合いはあまりない。


 諸大夫とは家司や家礼として各家に仕えてうんぬん……、と説明してたら長いし、時代によっても微妙に変化しているので一言で説明するのは難しい。そこであえて誤解を承知で今風に言えば、諸大夫は上位の家に仕えて働く、現代風に言うと秘書や執事のようなものと思えばいい。


 上位の家は重要な仕事を担っている。だからつまらない雑事に手を煩わされている暇はない。そこで諸大夫がそれらを補助するのだと思えばいい。厳密にはちょっと違うとか、時代によって違うとか、その辺りをおいておけばざっくりそんな感じだ。


 そして今大路家は近衛家諸大夫のようだけど、もちろん九条家諸大夫だっているし、鷹司家諸大夫だっている。徳大寺家も西園寺家も、上位の家には諸大夫がおかれている場合がほとんどだ。


 聞きたいことはいっぱいあるけど時間はたっぷりある。授業に出なくてもいいように教師や学園には許可を貰っているからな。この件を放置したまま暢気に授業なんて受けていられない。


「え~……、まず……、その声に聞き覚えがあるのですが……、もしかして運動会の時に私の時だけ随分妙な放送をしていたのは貴女ですか?」


 どうにも最初の玄関ロビーでの瓦版を配っていた時からこの声に聞き覚えがあった。こうしてゆっくり静かな所で聞いているとようやく思い出せた。この声は運動会での放送委員だろう。


「そうです!あの放送は私がしました!」


 何故か理由もなく胸を張って得意気にそういう今大路杏……。でも別に褒めても何もないんだけど……。むしろ怒りたいくらいなんだけど?


 三年生以下を低学年、四年生以上を高学年と分けた場合に、高学年である四年生からは学校の委員をしなければならない。学級委員、放送委員、保健委員などだ。二学年上の今大路杏は今年から委員をしなければならない学年になって、放送委員になったということだろう。そして去年の運動会を見ていたからあんな放送をしたと……。


「藤花ジャーナルのジャーナリストとして完璧な放送だったでしょう!ね!」


「それで……、その藤花ジャーナルとは何ですか?」


 何かテンションの高い杏の言うことはスルーして聞きたいことを聞いていく。さっきから藤花ジャーナルって連呼しているけど、俺はそんなものを聞いたことがない。


「藤花ジャーナルは藤花学園の不正を暴き報道する正義の報道組織です!」


「構成員や本部は?」


「私一人です!学園にも活動の申請をしましたが権力によって握り潰されてしまいました!いつかそのことについても報道しようと思っています!」


 うわぁ……。この子は真性か……。学園がそんな申請を受けたからって活動を認めることはない。生徒が勝手にやってたり、教室や道具を使いたいという申請に対して、それなりに応じてくれることはあるだろう。でもそれは例えば何か部活動をしたいからと部を作ろうとしても認めてはもらえない。そもそも小学校には部活動はないからだ。


 小学校の部活動というのは授業の一環として行なわれる。授業時間中に理科部だの家庭科部だの園芸部だのとさせられた世代もいるだろう。もちろん各種運動系の部もあったはずだ。どんな部があって何をするかは学校によるけど、あれは学校の授業が終わった後に行なわれるものではなく、小学校の授業の一環として行なわれている。


 それに比べて中学校以上の、あえて言い方を変えるとクラブ活動というやつはまったくの別物だ。授業が終わった後に、生徒が自分で好きなクラブに所属して、教師がボランティアで顧問をしているのは学校の授業には含まれていない。


 藤花学園でも初等科でクラブ活動を行なったり新しいクラブを作るということは出来ない。何らかの理由により教室の利用を申請したり、学園の道具や設備を使う申請は出来るけど、それだって理由によっては許可されない。ただ遊びたいから、とかは言語道断だ。


 それなのにこの子はそれを『権力側がジャーナリズムを邪魔するために自分の活動を認めていない』と思っている。これはもう相当なものだろう……。まさに現代ジャーナリストそのものを体現したかのような子だ。


「貴女の行動の目的は何ですか?近衛家のためですか?」


 近衛家諸大夫なんだから近衛家のためを思ってこんなことを仕出かしたのかもしれない。とにかく何故こんなことをしたのか聞かないことには……。


「権力は悪なんです!ですからその権力を潰すことがジャーナリズムであり、そのためにはジャーナリストは何をしても許されるんです!例え白いものでもジャーナリストが黒いと書けば黒くなるんです!」


 うわぁ……。この子はもう駄目だ……。


「えっ、え~……、どうやら近衛家諸大夫の家系のようですし、あとは近衛家にお任せするということで……」


「咲耶ちゃん、それは失敗する元だと思いますよ」


「そうですよ咲耶様!近衛様にお任せしてうまくいくはずがありません。余計悪い結果になりますよ!」


 面倒臭そうだから近衛家に丸投げしようかと思ったけど、後ろに立つ皐月ちゃんと薊ちゃんから突っ込みが入った。そう言われればそうだな。伊吹はご覧の通りの馬鹿だし、参謀であるはずの槐は何か悪巧みしそうだし、本来伊吹の手綱を握るべき近衛母もあの通り、こんなことがあっても何かに利用しようとしてちゃんと解決してくれそうにない。


 となればここで俺が放り出したら俺にとって碌でもない結果になる可能性が高い。面倒臭いけどここで放置するという選択肢はないわけだ……。


「はぁ……」


 でもそうはいうけどどうすればいいんだ?本人は自分が絶対正しいと思っている。しかも自分の思い通りの結果へ持って行くためならばどんなことをしても許されるとすら思っている。こんな相手をどうすればいい?


 俺が被害を訴えて学園に処分を求めれば退学させることも難しくはないだろう。でもこの手の子はここで退学させたからって考えを改めるとは思えない。むしろ余計に逆恨みされて九条家に粘着してくる可能性が高い。痛くもない腹を探られて、しかも何も出てこなければ捏造までして告発されそうだ。


 もしかしたら将来の九条家の破滅の一端も、こういう子のような活動が関わっているんじゃないかとすら思える。ここで退学にさせて逆恨みされたら、将来ありもしない九条家の不正をでっち上げられて糾弾されるなんていう可能性もある。


 今大路杏が四年生ということは、俺が中学生になっても高校生になっても、一年生になった時に三年生として在校していることになる。今下手に恨みを買うべきではない。


「どうしましょうか……。どうすればいいと思いますか?」


 小学校二年生達に解決策を聞く中身成人の転生者っていうのもどうなんだと思わなくもないけど……。俺の常識とこっちの常識ではかなり違うことが多い。一般人の感覚だけではこの上流階級ではやっていけない。


「「「「「う~ん……」」」」」


 皆もこの香ばしい子の扱いをどうすればいいかわからないようだ。そりゃそうだろうな……。


「一度に全部考えようとするから難しいんじゃないかな?まずは分けて考えようよ。今後の今大路さんの扱いじゃなくて、まずはさっきの騒ぎの方から解決策を考えない?」


「なるほど……」


 槐の言うことは尤もだ。一度にあれもこれもと考えるからこんがらがってわけがわからなくなる。まずは一つずつ解決策を考えていこう。


「あんな騒ぎを起こして嘘で咲耶の評判を貶めたんだ!退学に決まってる!」


「え~……、近衛様は黙っていてください」


 短絡思考の伊吹に任せていたら退学させて家を潰すとかそんなことを言うだけだろう。それじゃ何の解決にもならない。


「テレビでも新聞でも雑誌でも、間違った報道をすれば訂正してお詫びするよね。まずはあの瓦版が嘘だったときちんと認めて謝罪するべきじゃないかな」


 槐は最初からそう考えていたんだろう。スラスラとそう言った。でも……。


「謝罪なんてするわけないじゃないですか!私の記事を良く読んでください!私は何一つ断定していません!これなんて、ほら!『近衛様に暴力を揮った……か?』って書いてありますよ!私は何も嘘も書いていませんし断定もしていません!現実にそう見えるからそうかもしれないと書いただけです!」


 うん……。香ばしいなぁ……。まさに各種の報道からよく学んでるね。素晴らしい。まさにジャーナリストの鑑だ。その手法ややり口まで完璧に報道関係者をトレースしている。小学校四年生でここまでジャーナリストの真髄を理解していれば将来有望だろう。その手の業界では……。一般社会に出たら物凄い香ばしい人として扱われるだろうけど……。


「例え断定していなくとも、明らかに違うと自覚していたのにわざと他の人に誤解を与えるように書き、特定の人物などに損害を与えれば当然罪に問われます……」


「そんなことはありません!ジャーナリストは何を書いても許されるんです!権力を倒すためならば何をしても許されるんです!嘘でも、捏造でも、とにかく権力を叩き潰すためなら何をしてもいいんです!」


 もう話にならない……。何が彼女をここまで駆り立てるのか……。


「そもそも私は権力側ではありませんが……」


「何を言ってるんですか!五北家である九条家が権力者でなければ何ですか!絶対不正とかしてるでしょう?ねぇ!してなければ私がそれを作り上げて報道します!権力を批判するためならジャーナリストは何をしてもいいんです!」


 ゲームでの咲耶お嬢様や九条家の破滅はこういう奴のせいじゃないかとすら思える。もし俺が考えたようにこの手の子が将来九条家破滅の不正の情報などを流すのだとすれば、今のうちからどうにかしておく必要があるだろう。でもどうすればいいかわからない。


「う~ん……。こういうのはどうでしょう?まずは咲耶ちゃんを良く知ってもらうんです。今はお互いに相手のことなんて何もわかっていませんよね?それなのに相手がどうだと決め付けるのではなく、お互いのことを良く知りましょう」


「蓮華ちゃん……」


 蓮華ちゃんは暢気すぎませんかね?そんなことでどうにかなるのならとっくにどうにかなってると思うんだよ……。この子はそんなことで……。


「密着取材ということですね!いいですよ!受けて立ちましょう!九条咲耶様!貴女の全てを暴いてみせます!」


「いえ……、ですからそういうことじゃないですし……」


 杏に密着取材を許可して俺の秘密を暴けとかそんな話じゃないぞ……。ただ権力がどうだのと変な誤解をしてそうな杏に、俺達は別に権力者とかじゃないって知ってもらおうって話だろう?それなのに何を勘違いしたのか杏はやたらと張り切っている。


「じゃああとは九条さんに任せるってことでいいね」


「咲耶!何か困ったことがあったら俺に言ってこい!いつでも今大路家を潰してやるからな!」


「何で私までここに呼ばれてたんでしょうね~?桜ももう戻りますね!」


 役に立たない男共はさっさと席を立って戻って行った。しかもやっぱり伊吹はわかってないし……。ただ今大路家を潰せば良いって話じゃないだろうが……。槐も体よく俺に全部擦り付けてニコニコ帰って行ったし、桜なんて何も意見すら言わなかった。ただ居ただけだ。


「え~……、一体どうすれば……?」


「とにかくこの女が咲耶様の近くで咲耶様のことを見て、自分が間違っていたと思ったら謝罪してあの壁新聞のことを謝る、ってことでいいんですよね?」


「いいでしょう!密着取材をして私が間違っていれば訂正でも謝罪でもしましょう!ですが……、覚悟しておいてください!密着取材によって貴女達の悪事を暴き!さらなる暴露記事が出るだけだということを!」


 何か知らないけど……、俺の意見が聞かれることもなく、周りで勝手にわけのわからないことが進んでいく……。



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― 新着の感想 ―
[一言] いつもの事だけど、伊吹がいなければここまで面倒な状況にはなってないと思うんだよなぁ。いっそ伊吹を抹さt・・・おっとこれ以上はいけない、破滅フラグだ。
[一言] あるジャーナリストの末路って短編が書けそうな未来予測しかないw
[一言] 出たー!典型的マスゴミ奴〜!でも何でだろう。この子が咲耶の百合ハーレムに吸収されてる未来が見える気がする...
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