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第千二百四十六話「百合の気持ち」


 放課後、三学期初日の五北会サロンへとやってきた。


 鷹司家のパーティーであんなことがあったとはいえ今日も五北会サロンではメンバー達がお茶を楽しんでいるだろう。むしろあんなことがあったからこそ積極的に集まっているはずだ。


 サロンは情報収集の場でもあるし、ここで顔を出しておいて所属を明確にしておくことも重要となる。情報収集で遅れを取れば致命的な状況に巻き込まれかねないかもしれないし、自分がどちらにつくのか示しておかないと両方から突き上げを食らう可能性もある。


 そうならないためにはきちんと情報収集を行い、示せるのであれば自分がどちらについているか示す方が良い。家によっては安易にどちらか示せない場合もあるだろう。そういう家の子達は本当に立ち回りに細心の注意を払って行動しなければならない。


「御機嫌よう」


「「「ごっ、御機嫌よう九条様」」」


 サロンの扉を開けて声をかけるとやや緊張した声が返ってきた。サロンメンバー達は基本的に鷹司家のパーティーに呼ばれていたはずだ。つまりあの日、あの場に居て直接あれらの出来事を目の当たりにした者達であり、一方の当事者であると思われている俺に対して緊張するのは止むを得ない。


「やぁ九条さん」


「御機嫌よう咲耶お姉様!」


「御機嫌よう、鷹司様、桜」


 俺がサロンに入るとすぐに槐と桜が近づいてきて声をかけてきた。これはただの挨拶ではなく大きな意味がある。九条、二条、鷹司の結束は変わっていないというアピールのためだ。そして伊吹と伊吹についていった近衛派閥の一部の者はいつも槐と座っていた席ではなく一条派閥のテーブルに座っている。


 伊吹はこちらをチラチラ見ているけど近づいてくる様子もなく、伊吹派とでも言うべき近衛派閥の者達はまるで一条派閥の席に間借りしているようで居心地悪そうにしていた。


 少なくともこの場面を見て大半の者がどう思うかは一目瞭然だろう。あるいはすでに勝負は決まっていると判断している家もあるかもしれない。それくらいにあからさまな違いや差がある。


「それじゃ咲耶様!少し向こうで話してからそちらに向かいますね!」


「ええ、薊ちゃん。それではまた後ほど」


 薊ちゃんは自分の派閥の所へ向かって行った。俺と皐月ちゃんはいつもの席に座ってお茶を楽しむ。すると二条派閥などが集まるテーブルの話し声が聞こえてきた。


「花園様!とてもお綺麗になられましたね!」


「えへへ~!ありがとうございますぅ~」


「どうすればそんなに綺麗になれるんですか?何か秘訣でも?」


「秘訣は~……」


 百地流式ダイエットによって二学期とは別人のようになった睡蓮が周囲から注目を集めていた。確かに睡蓮は痩せただけじゃなくてかなり綺麗になった。


 まず食べ物を徹底的に管理されているのでお肌がとても綺麗になったと俺も思う。肉や脂、砂糖などのような物を大量に摂取していた睡蓮は肌が荒れたりできものができたりしていた。太っている人は肌がパンパンに張っているから一見綺麗に見えることもある。実際高齢になると痩せてシワシワな人よりやや太っていて肌が突っ張っている人の方が若くて綺麗な肌に見える。


 でも『じゃあ太れば綺麗に見えるか?』と言えばノーであり、太っている人は食事に問題があるケースが多いので遠目には肌が突っ張っていてシワも少なく綺麗なように見えても、近くで見たらやっぱり肌が汚かったり荒れたりしていることも少なくない。


 睡蓮は運動から食事から睡眠などの生活に至るまでありとあらゆることを最適に管理されている。その結果ただ痩せただけではなく肌も綺麗に、髪もつやつやに、本人も健康になったからか生き生きとしていて元気になった。それを見れば綺麗になったと褒められるのも当然だろう。


「秘訣は~……、ひっ、ひけ……、ひけつわ~~~……、あわわわ~~~っ!もう嫌ですぅ~!これ以上走れません~!もう許してくださぃ~~~!」


「はっ、花園様!?どうされたんですか?」


「大丈夫ですか?」


「誰か医務室に!いえ、救急車を!」


 睡蓮は楽しい修行……、ダイエットを思い出したのか頭を抱えてガクガクと笑っていた。それを見て周囲の子達は若干慌てている。睡蓮があんなに楽しそうに笑っているから驚いたのかもしれない。


「大丈夫ですよ皆さん。睡蓮ちゃんのその笑いはいつものことですから暫くすれば治まると思います」


「わっ、笑い?」


「九条様、何を言って……」


 皆が医務室だの救急車だのと取り乱しているからつい思わず割って入ってしまった。俺にとっては睡蓮のこの楽しそうな笑いはいつものこととして何度も見ているけど、他の子達にとっては急に睡蓮が笑い出したら変になったのかと思っても仕方がない。


「大丈夫ですよ、ね?睡蓮ちゃん?」


「はっ、はい~~~!もう大丈夫ですぅ~!だからもう追加のメニューは許してくださぃ~~~!」


「「「…………」」」


 うんうん。睡蓮もようやく落ち着いたようだ。百地流の修行……、ダイエットが楽しいからってあまり周囲に言い触らしてはいけない。もし睡蓮と同じダイエットをしたいなんて弟子入り志願が殺到したら大変だ。師匠は弟子を厳選されるから誰でも受け入れるということはないだろうけど、あまりに大勢が殺到したら会うだけでも時間がかかってしまう。


「咲耶ちゃん……、睡蓮にどんなダイエットをさせてるんですか?」


「え?皐月ちゃんも興味がありますか?」


 睡蓮が落ち着いたので自分のいつもの席に戻ってくると皐月ちゃんにまでそんなことを言われた。皐月ちゃんなら一緒に百地流に通うのもありかもしれないと思ってしまうけどやっぱり駄目だ。百地流のことはなるべく内緒にしなければならない。


 睡蓮の時はつい頭に血が上って強引に連れて行ってしまった。師匠にも事後承諾のような形になって申し訳なかったと思う。これ以上俺の方から勝手に人を連れて行くわけにはいかない。でも百地流以外の管理なら俺でも出来る。それを提案してみようか。


「運動の方はトレーナーの問題もありますので勝手にお教えするわけにはまいりませんが、それ以外の食事や生活の管理であれば皐月ちゃんも睡蓮ちゃんと同じようにすることは可能ですよ?今日からでも早速睡蓮ちゃんや私と同じ生活や食事にしますか?」


「いえ!大丈夫です!ちょっと聞いてみただけで興味があるわけでも私がしたいわけでもありませんから!お気遣いなく!」


「そうですか?」


 う~ん……。皐月ちゃんは何か遠慮してるのかな?皐月ちゃんも一緒になったら睡蓮のダイエットが疎かになるとか、こちらに迷惑がかかると思っているのかもしれない。百地流には連れていけないけど生活や食事の管理くらいなら俺達と同じメニューをもう一人分増やすだけだから簡単なんだけどな?


「ご遠慮なさなくとも食事のメニューを私達と同じにしたり、朝起きる時間を同じにするだけですので簡単ですよ?」


「いえ!本当に!ほんっっっとうに大丈夫ですから!気にしないでください!」


「はぁ?」


 やっぱり離れに住んでることを気にしてるのかなぁ……。これ以上迷惑をかけられないとか気にしてるんだろうなぁ……。それならサプライズで今夜の晩御飯から俺達と同じものを出してもらうようにこっそり指示して……。


「咲耶ちゃん!本当に私は今まで通りで良いですからね?今日から私も睡蓮と同じにするとかやめてくださいね!本当に!絶対!お願いしますから!」


「はい……」


 う~ん……。こっそりサプライズをしようと思ったけど釘を刺されてしまった。さすがにこれ以上はやめた方が良いかもしれない。皐月ちゃんは遠慮して言ってるだけだろうからこれでもサプライズで一緒にしてあげるというのも一つの手だけど、これだけ気にしているのにこちらがこっそりサプライズなんてしたら皐月ちゃんの気が落ち着かなくなるだろう。


 奥ゆかしくて遠慮があって気を使ってしまう皐月ちゃんなのに、こちらが本人が遠慮していることを強引に進めたら余計気に病んでしまう可能性が高い。俺は皐月ちゃんに喜んで欲しいのであって遠慮したり気に病んで欲しいわけじゃない。なら本人がここまで気にしているんだから今はやめておいた方が良いだろう。


「ほっ……」


 俺がサプライズも諦めると皐月ちゃんは胸を撫で下ろしていた。やっぱり俺がサプライズを考えていることまで察して気にしていたんだ。今回はとりあえず諦めてまた今度説得してみよう。本人に内緒で進めたら皐月ちゃんは気に病んでしまう。そうならないようにちゃんと話し合って説得しないとな。


「お~っほっほっほっ!わたくしが来ましたわよ!」


 皐月ちゃんとそんな話をしているとサロンの扉が開いて百合と躑躅が入って来た。いつもと変わらない風を装っているけど俺には百合が無理をしているのはバレバレだった。いつもの百合と違ってあからさまに空元気というか無理をしているのが分かる。


「おう百合!こっちに座れ!」


「何故貴方にそんなことを言われなければならないんですの!」


「なんだと?お前は俺様の婚約者だろうが!俺様の言うことを聞いて隣に座ってたらいいんだよ!」


 そもそも伊吹が座っているテーブルが元々百合達が座っていた一条派閥のテーブルだ。だから言われなくても百合はそこに座っていたかもしれない。ただ伊吹に『こっちに座れ』と言われて反射的に言葉が出てしまったんだろう。


 そこまでは良い。それはいつもの百合と伊吹と変わらないやり取りだった。でもその後に伊吹に『俺様の婚約者』だと言われた瞬間百合の表情はあからさまに悲痛な表情に歪んでいた。


「わたくしに指図しないでくださいまし!どうするかはわたくしが決めますわ!」


「なんだと!お前は俺様の言うことを聞いてたら良いんだよ!黙って言うことを聞け!」


 一瞬でサロン内の空気が悪くなり全員が百合と伊吹のやり取りに注目している。


「百合様……」


「今日はわたくしはこちらに座りますわ!」


 そう言うと百合は躑躅を連れて俺達の席の前にやってきた。今の流れからすると百合はここに座るつもりのようだ。


「ふざけるな!今日は婚約発表があった後の最初のサロンなんだぞ!ここで俺様と一緒に座って周囲にアピールするのがお前の仕事だろうが!」


「うるさいですわね!そんなことはわたくしの知ったことではありませんわ!」


 やっぱり……、百合は伊吹との婚約に納得もしていないし、もしかしたら事前に知らされてもいなかったのかもしれない。あの時も直感的にそう思ったけど直接本人から聞いたわけじゃないから俺の想像でしかなかった。でもこの百合の言い草からしてほぼ間違いないだろう。だったら……。


「一条様……、一条様は近衛様との婚約は知らされておらず今もまだ納得されていないということで良いでしょうか?」


「「は……?」」


 俺達のテーブルの近くで言い合いを続けている百合と伊吹にそう声をかけると二人揃ってポカンとした表情を浮かべていた。


「確かにわたくしはあの時まで婚約などということは知らされておりませんでしたわ。ですがそれがなんですの!貴族の結婚とはそういうものでしてよ!ですからわたくしは……、わたくしは……」


 それまでいつものように威勢良く啖呵を切っていた百合の言葉がどんどん小さくなっていった。明らかに表情も沈んでいて俯いてしまっている。そしてそれ以上何も言えなくなった。


「そうだ!貴族の結婚は家同士の繋がり、政略による!だから俺様だってこんな女のことを何とも思っていなくても婚約も結婚も出来るんだ!それが普通なんだよ!部外者である咲耶は黙ってろ!それとも……、俺様に気があるから百合と結婚して欲しくないのか?咲耶が泣いて頼むなら俺様も考えてやらなくも……」


「近衛様は黙っていてください」


「なっ!?黙っ……!?」


 俺にピシャリと切り捨てられた伊吹は目を白黒させていた。前までだったらここまではっきりとは言わなかったかもしれない。でももう伊吹に遠慮する必要はない。むしろ積極的に潰していく必要がある。だから俺は伊吹にそう言い切ると百合の方だけを見た。


「一条様……、いいえ、百合ちゃん……、本当にこのまま近衛様と婚約して結婚しても良いのですか?」


「わた……、わたくしは……」


 俺の問いかけに百合の視線が揺れていた。唇の前に手を持ってきて視線は彷徨っている。もう答えを聞くまでもなく分かっている。でも直接本人の口から聞きたい。いや、聞かなければならない。俺がお節介をするためには本人の意思がなくては駄目なんだ。


「貴族の結婚は政略なのですわ!好きとか嫌いとかは関係ありませんの!近衛伊吹と繋がることで一条家や一条派閥・門流が発展することこそがわたくしの使命なのですわ!」


「それは百合ちゃんの気持ちや考えではありませんよね?誰かにそう言われたのではありませんか?例えば西園寺実頼翁とか」


「そっ、それは……」


 一度強い口調でそう言った百合だったけど俺に追及されるとまた視線を彷徨わせていた。どうにか振り絞ってさっきの言葉を言ったのに、それが実頼の言葉の受け売りだろうと言われてまた揺れている。


「わたくしは……」


「良いのですよ。良いのです。本当のことを、本心を語ってくだされば良いのですよ」


「――ッ」


 俺の言葉に百合は顔を上げると思いの丈をぶちまけた。


「わたくしはアホボンとなんて結婚したくありませんわ!政略も何も知ったことじゃありませんわ!わたくしはこんな婚約など聞かされてもおりませんでしたし、ましてや結婚なんて絶対にお断りですわ~~~!うぇぇぇぇぇ~~~~~っ!!!」


「よしよし……。よく頑張りましたね」


 思いの丈をぶちまけた百合は堰を切ったように泣き始めた。その百合の頭を抱き寄せて軽く背中を叩いたり撫でたりしてあげる。


 百合の気持ちははっきりと表明された。この場にいるサロンメンバー全員が聞いた。だから……、俺は……、伊吹なんぞに百合をやるつもりはない!何があっても絶対この婚約を破棄させて百合を自由にする!アホボンなんかに百合をやってたまるものか!



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― 新着の感想 ―
[一言] アホボンはダストシュート!
[一言] 睡蓮ちゃんの特別メニュー、それは・・・ちょっと人には聞かせられない感じのことですね。 トラウマになってガックンガックンしてるのが笑いに見える咲耶様。さすがに周囲も何かを察したのかドン引きに・…
[良い点] やっと本心を聞けて咲耶様スイッチオン! 百合ちゃんを泣かせるアホボンなんて蹴散らしてしまえ! [一言] 皐月ちゃん危機一髪! 迂闊にダイエットの秘密を探れませんね。
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