小話集06
杏はいつものように人に紛れて咲耶を追いかけていた。
「(咲耶たん萌え~~~っ!シャッターチャンスっす!)」
カシャカシャカシャ!と連続でシャッターを切る。もちろんフラッシュもなく機械の作動音も最小限しか鳴っていない。あくまで音はイメージとどうしても鳴ってしまう分だけだ。
「こんにちは咲耶たん!」
「あら?御機嫌よう杏さん」
散々盗撮した後で杏は何食わぬ顔で咲耶の前に姿を現した。咲耶が気付いていたのか、気付いていなかったのかは杏にはどちらでも良いことだ。杏にとって重要なことはこっそり盗撮して決定的瞬間をカメラに収めることのみであり、それ以外のことについては割とルーズでどうでも良いと思っている。
「このような所でどうされたのですか?」
「それは咲耶たんの方っすよね?こんな所で何をされてたんっすか?」
咲耶の後をつけ回していた杏は咲耶の通ったルートやしていたことは把握している。しかし何故、何が目的で、どこへ行こうとしているのかはわからない。
学園の授業が終わった後、咲耶は護衛などを連れて街を歩いていた。いつもならすぐに車に乗って帰っているが今日は何故かすぐに帰らず寄り道をしている。その寄り道をしているという事実は分かるが何故なのかは知る由もない。
「ええ。少し買い物をして帰ろうかと思いまして」
咲耶は何かを探しながら歩いているようだった。普通であれば九条家のご令嬢ともあろう者が買い物をするのならこんな普通の街ではなく高級店街にでも行くはずだ。それなのに今日の咲耶は学園から歩いて行ける距離にある比較的普通の街を歩いている。
もちろん藤花学園がある地域はそれなりに裕福な者が集まる高級住宅街などや、高級店が集まる地域ではある。しかしそれでも本来であれば九条家のご令嬢が歩くには見合わないくらいの場所でしかない。
「咲耶たんがこんな場所で買い物なんて珍しいっすね」
「そう……、かもしれませんね」
咲耶は苦笑いを浮かべながら杏の言葉に頷いた。それから少し考えるような仕草をしてから杏に向き直った。
「実は人への贈り物を探しておりまして、あまり高価な物だと相手の方も萎縮してしまうような方なので、それほど高価ではなくかつ女性に喜ばれるようなものはありませんか?」
「う~ん……。そうっすねぇ……」
どうやら誰かへの贈り物を探しているらしいということは分かった。それからは杏も咲耶に同行して一緒に贈り物を探して歩いた。
「ありがとうございます。杏さんのお陰で良い物が選べました」
「いやぁ。私は何もしてないっすよ!」
無事に贈り物も買えた咲耶が杏にお礼を述べて頭を下げた。それを受けて杏は謙遜するように言っているが当然悪い気はしていない。そんな二人が商店街を歩いていると騒がしい声が聞こえてきた。
「きゃーっ!痴漢!盗撮よ!」
「ちがっ……、違います!」
「誰か捕まえて!痴漢です!盗撮されました!」
「違います!そんなことしてません!」
騒ぎの声が聞こえてきて大体の事情は分かった。化粧の濃い中年のケバいおばさんがサラリーマン風の男性の腕を掴んでいた。どうやら男性が女性を盗撮していたようだということは分かる。ただ男性の方はそれを認めずに否定している。
「うわぁ……。盗撮とか最低っすね~」
「そうですね……。本当に盗撮したのならその通りですが……」
杏は普通に男性が最低だと思って軽蔑した視線を向けていた。しかし咲耶は何やら考えているような表情を浮かべながら曖昧な言葉を返してきた。
「どういうことっすか?女性が嘘を吐いているということっすか?」
「それは私達には分かりません。ですが分からないからこそ一方的に決め付けるのは良くないのではありませんか?」
「そうっすか?男なんて女を盗撮したり痴漢したりするもんっすよね?」
「ですがこう言っては失礼かもしれませんが、あちらの男性はまだ若く女性に困っているようにも見えません。それなのにあちらの女性をわざわざ盗撮しようと思うでしょうか?」
「「…………」」
咲耶の言わんとしていることは分かる。男性の方は若くそこそこハンサムだ。本人が望んで頑張れば付き合える女性はかなりいそうに思える。それに比べて女性の方は中年で化粧も濃くして誤魔化しているがあまり見た目も良いとは言えない。あの男性がわざわざあの女性をつけ回したり、痴漢や盗撮をする理由は思い当たらない。
「でも被害女性が言ってるっすからね」
「そこがおかしいですよね。本来は訴える方が相手の犯罪を立証しなければならないはずなのに、痴漢などで女性が被害を受けたと言うと被害女性の証言のみが正しいことになり、被疑者の方が犯罪は不可能だったと証明してもなお有罪になります。これはおかしいと思いませんか?」
「それはまぁ……、そうっすけど……」
本来犯罪は有罪を立証するために犯行を証明しなければならない。しかし女性の性被害だと言えば途端に被害者の証言のみで全てが決められるようになる。そしていかにそれが不可能であったのか被疑者が証明しなければならなくなる。普通の犯罪であれば被害者が犯罪を立証しなければならないはずなのに、女性の性被害となったら途端に逆になる。
その上、絶対にその犯行が不可能だったと被疑者が証明してもなお有罪となるケースが後を絶たない。酷い場合にはそもそも体が不自由で車椅子に乗っておりどうやっても痴漢などしようもない人が痴漢で有罪になったケースもある。
「でもそういうものっすからね。仕方ないっす」
「…………」
やがて誰かが通報したのか、近くにいた警察官がやってきて男性を連れて行った。その後あの男性がどうなったのかは杏や咲耶には知る術もない。ただ二人はその騒動を眺めつつ見送ることしか出来なかったのだった。
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杏は今日も今日とていつも通りに咲耶の盗撮に勤しんでいた。遠くから超望遠で、あるいはどこかに潜んで仕込みのカメラを使って、ありとあらゆる方法で盗撮を繰り返していく。
「(むひょひょ~~~っ!咲耶たんのパンチラゲットっす~~~っ!)」
鞄に仕込んだカメラを持って咲耶の後ろに立ちスカートの中が映り込むように足の間に差し込む。今までこれで何度となく盗撮を繰り返してきた。今日も咲耶に気付かれることなくスカートの中を盗撮出来ている。
男には異常にガードが堅い咲耶だが女性相手では非常に緩い。多少不審な行動を取ってもあまり追及されないので杏は段々と大胆になってきていた。そして……。
「きゃーーーっ!この人盗撮してます!」
「「えっ?」」
「「「「「…………」」」」」
突然の悲鳴に咲耶と杏が振り返った。そこにはいつぞやの化粧が濃いケバい中年女性が居た。そしてその中年女性は杏の方を指差して叫んでいる。周囲の人も何事かと思って咲耶と杏に注目が集まり始めた。
「え?ちょっ!?何を言ってるっすか!?」
「この人がこの子の盗撮をしてました!間違いありません!私見ましたから!」
「いや!?ちがっ!やっ、やめるっすよ!」
杏は慌てて中年女性を止めようとした。しかし止めようとすると中年女性はますます騒ぎ始めた。杏は慌てたが冷静に盗撮した映像は消去しつつ中年女性を止めようとさらに近づく。
「ちょっと待って欲しいっす。私とこの子は知り合いで……」
「私見ました!この人が盗撮してました!」
「話を聞くっすよ!」
杏が止めようとすればするほど女性は騒ぐ。やがて周囲には人だかりが出来始めていた。
「杏さん……」
「咲耶たん!違うっすよ!これはこの女性が勝手に言ってるだけで……」
「君、ちょっと良いかな?」
「え?おっ、おまわりさん!?」
騒ぎを聞きつけたのか、誰かが通報したのか、早くも警察官がやってきていた。杏は警察官に肩を掴まれてますます焦る。
「持ち物を調べさせてもらっても?」
「その鞄です!鞄の中にカメラが仕込んであります!」
「ちょっ!?そこのおばさん!いい加減にして欲しいっすよ!何で私が咲耶たんを盗撮しなけりゃならないっすか!」
「じゃあ鞄を調べさせてもらってもいいね?」
「いや、あの……」
映像は消したがカメラを仕込んでいることに違いはない。鞄を足の間に差し込んだら撮影出来るように改造してセットしてある鞄を見られたらかなり危険だ。しかし証拠の映像は消してある。それならばと思って渋々鞄を見せた。
「カメラが仕込んであるね?」
「やっぱり!私見ましたから!」
「このおばさんいい加減にして欲しいっす!」
杏は中年女性に腹が立ってきていた。無関係の上に証拠もなかったのに犯人扱いをして騒ぎ始めた。この女性が騒がなければこんな騒動にはならなかったはずなのに。そもそも映像は消してあるから自分の有罪は証明されない。それなのにまるで犯罪者のように騒ぎ立てる中年女性も、犯人扱いしてくる警察官にも腹が立つ。
「じゃあ中のデータを見てみればいいでしょ!何もありませんから!ほら!証拠は?私が盗撮してたって証拠はどこにあるんですか?」
あまりに頭に来ている杏はいつもの口調も忘れて素で話していた。しかし……。
「データを消しただけでしょ!この人が盗撮をしてたのは間違いありません!」
「最近は女性による同性への盗撮も増えていてね。ちょっと署まで来てもらおうか」
「そんな……。証拠もないのに私を犯人扱いするんですか!咲耶たんも助け……」
「杏さんがそんな人だったなんて……。ショックです……」
「……え?」
こういう時に必ず味方になってくれて助けてくれると思っていた咲耶は杏に冷たい視線を向けていた。その視線を受けて杏はヒュッと呼吸が止まって青褪めた。
「咲耶た……」
「気安く呼ばないでください。犯罪者!」
「ちがっ!?証拠!証拠はないでしょ!?」
「被害者がこう言っているんだ。君は有罪だ」
「犯人!」
「犯罪者!」
「盗撮魔!」
周囲の人々が杏を指差し口々に責めたててくる。証拠もないのに犯人扱いされ弁明の余地すら与えられない。
「違う……。違う!私は……」
そのまま杏は有罪判決を言い渡されて実刑を受けることになった。
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「う~ん……。う゛ぅ゛~~~ん゛っ゛!違うっす!私は犯罪者じゃないっすぅ~~~!はっ!?」
酷くうなされていた杏はハッと目が覚めた。
「え?ここは……、私の部屋?私は確か実刑判決を受けて……?」
目を覚ました杏は辺りを見回した。そこは見慣れた自分の部屋だった。最初は混乱していた杏も段々と状況が飲み込めてきて再びベッドに体を寝かせると顔を覆った。
「あぁ……、夢っすか……。焦ったっす……」
一体いつから夢だったのか。冷静に思い出してみれば今日の放課後に街中で咲耶を盗撮してから一緒に買い物をした時に『痴漢だ』『盗撮だ』と騒ぎがあったのだった。それを見たために自分もいつか盗撮で捕まるかもしれないと思って不安だったからこんな夢を見てしまったのかもしれない。
「はぁ……。やっぱり被害者の証言だけで犯罪者に仕立て上げられるなんて堪ったものじゃないっすね……」
いくら自分が違うと言っても誰も認めてくれなかった。被害者が犯罪を証明しなければならないはずなのに、痴漢や盗撮など女性の性被害だけは被害者の証言だけで犯罪だと決め付けられてしまう。そんなことが罷り通っていいはずがない。しかし何よりも当たり前なのは『そんなことはしないこと』、そして『そうだと間違われかねない状況を作らないこと』が大事だと思い知った。
「私が間違ってたっす……。これからは心を入れ替えるっすよ!」
もう捕まるのは御免だ。そんなことにならないようにこれからは心を入れ替える。杏はそう決意して立ち上がった。
「さぁ!今日も大学に行くっすよ!」
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今日も一日平穏に過ごした杏は放課後に早速咲耶の所へとやってきていた。
「いい!いいっすよ~!咲耶たん可愛いっす!」
「うぅ……。杏さん……、恥ずかしいです……」
少し際どいコスプレをさせられている咲耶は杏に撮影されていた。カシャカシャカシャとカメラが鳴る度に咲耶は身を捩じらせて恥らっている。
「盗撮駄目絶対!っす!」
「え?あの……?」
杏の言葉に咲耶は恥じらいつつも不思議そうな表情を浮かべていた。しかし杏は止まらない。
「じゃあどうすれば良いか?答えは相手に同意してもらって撮影したらいいっす!さぁ!咲耶たん!次はこれに着替えてくるっすよ!」
「あぁ……、いやぁ~~~~~っ!」
この日の放課後、とある空き教室にて、咲耶の悲鳴とカメラの音はいつまでも止むことはなかった。




