第千二百二十話「あ~ん大会」
本来であればお茶会は招待客が勝手に席をウロウロすることは許されない。もちろんお茶会の途中で席を換えるという催しもあるだろう。でもそれは主催者がそういうことを企画してやるものであって招待客が勝手にウロウロと席を換えて良いものではない。
立食形式のパーティーであれば招待客達は自由に動き回って自分の好きな料理を取り、飲み物をもらい、話したい相手の所に行って話す。でもお茶会で招待客達が自由に席を歩き回っていたら収拾がつかなくなる。
だからもしこれがデイジーとガーベラが主催するちゃんとしたお茶会だったら俺は決められた席に座っていなければならなかった。でも今日のお茶会はデイジーとガーベラが主催したとは言えないほどほとんど俺が用意したものであり、そして俺が二人に指導をしなければならない。
何が言いたいかと言うと……、俺は幹事に任命されたという権限を利用して、本来は主催者が各テーブルを回って挨拶をしたり、話題を提供したり、話せていない子に話を振ったりする役を『幹事だから』とか『二人に手本を見せるため』という名目の下でやろうというわけだ。
「御機嫌よう皆さん。楽しんでおられますか?」
「あーっ!咲耶ちゃんだー!」
「はい。とても楽しませていただいてます」
五北会メンバーのテーブルから離れた俺が次にやってきたのは三年三組が集められているテーブルだった。譲葉ちゃん、蓮華ちゃん、茜ちゃん、椿ちゃん、それから芹ちゃん……。どういう意図で集められたテーブルかは見た通り三年三組のメンバーの大半が集められている。でもこれもどうかと思ってしまう。
お茶会で招待客をテーブルで分ける場合、普通なら何らかの法則性がある。まず基本は各テーブルの席の数を出来るだけ揃えるものだろう。もちろん人数が割り切れない数で五人のテーブルと六人のテーブルがあるとかそういう違いくらいは出てしまう。でも四人のテーブルと七人のテーブルがあるみたいな分け方は普通しない。
それから各テーブルに座る面子にも一定の法則や分け方があるはずだ。単純に家格順で分けるとか、同じ派閥同士を集めるとか、何らかの決まりがあり一目瞭然でなければならない。
一番分かりやすい分け方として家格順とか派閥毎と言っただけで絶対そうでなければならないというわけじゃない。ただテーブル分けというのは参加者達にとって『主催者の意図がある』と思われるものだ。それをどう分けるかが主催者の腕の見せ所にもなる。
無難な家格順か派閥毎でなければ参加者達はテーブル分けに主催者の意図を見る。例えばわざと犬猿の仲の者同士を同じテーブルにする主催者もいるかもしれない。その意図として両者の和解を取り持とうとしているのかもしれないし、逆に主催者がどちらかの味方であってもう片方を貶めたり罠に嵌めるためにやっているのかもしれない。
そういったことを勘繰られるのがテーブル分けであり、主催者の腕の見せ所だというのはそれが所以だ。だというのに今回のお茶会のテーブル分けは滅茶苦茶すぎる。さっきのテーブルは家格上位というか五北会メンバーのテーブルだったというのに、こちらのテーブルは堂上家も一般家庭もごちゃ混ぜになっている。
「友達や知り合いだけを集めたお茶会なので別に良いと言えば良いのですが……、主催の練習としてはこのテーブル分けでは意味がないですよね」
「あ~……、あははっ……」
「それはまぁ……」
俺の言葉に茜ちゃんも椿ちゃんも苦笑いを浮かべていた。友達を集めるだけのお茶会ならテーブル分けの意図がどうとかはあまり気にしなくても良い。でもデイジーとガーベラが主催の練習のために開いたのならそういう所にも気を配って練習するべきだった。二人が知らなかったのなら俺が教えなければならなかったんだろうけどまさかそんなことも知らずに考えていなかったとは思わなかったしな。
「それより咲耶ちゃん!向こうで羨ましいことをしてましたよね!私にもあ~んしてください!」
「あーっ!蓮華ちゃんずるーい!それじゃ私もー!」
「咲耶ちゃん……」
「全員順番にお願いしますね」
「私もお願いします」
「うぅ……」
どうやら向こうのテーブルでのやり取りを見られていたらしい。本来お茶会で他人にあ~んするなんてマナーが悪いと言われるだろう。でも俺達しかいない身内のお茶会だし文句を言う者はいない。だからそれは良いんだけど、さっきは躑躅と皐月ちゃんの雰囲気にあてられてやってしまったけど、こうして改まって言われると恥ずかしい。
「咲耶ちゃん……」
「はい……。あ~ん……」
「あ~ん……。おいしいっ!」
「次は私ー!」
「うぅ……」
結局このテーブルのメンバー全員にあ~んしてあげることになってしまったのだった。
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同級生のテーブルを終えると次にやってきたのは下級生のテーブルだ。……うん。本当に分け方が雑すぎる!下級生と言っても竜胆は七清家であり、それ以外のメンバーである秋桐、蒲公英、桔梗、空木は地下家だ。家格差がありすぎてこのテーブルの分け方がおかしい。単純に『下級生だけ纏めておけ』という意図が見え見えすぎる。これじゃテーブルのメンバーに失礼だ。
「御機嫌よう皆さん。今日のお茶会はいかがですか?」
「御機嫌よう咲耶お姉様!」
「お茶もお菓子もおいしいよ!」
普通だったら堂上家の中でも上位である久我家が地下家ばかりのテーブルに入れられていたら大問題になるだろう。でも竜胆も他の子達も特に気にしている様子はない。他人の目がないので本人達が良いのなら良い。これで他人の目がある場だったら周囲から何か言われたり、わざと問題にしようと騒ぎ立てられたかもしれないけど……。
「咲耶お姉様!見てましたよ!こっちでもあ~んをお願いします!」
「じゃあ私も~!」
「九条様~」
「咲耶様~」
「咲耶お姉ちゃん」
「うっ……」
可愛い下級生達があ~んして欲しいと迫ってくる。まるで雛が口を開けて待っているようだ。
「皆さん可愛いですね~!はい、あ~ん」
「「「「「あ~ん!」」」」」
あぁ~、可愛いんじゃ~!
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次に俺がやってきたのは紫苑のいるテーブルだった。紫苑が三年三組のテーブルに配置されていないのも謎だけどこのテーブルの面子も謎だ。何故紫苑と酢橘達が一緒になっているのか分からない。しかも李と杏もいる。はっきり言えばメンバーを分けていって残った者を一緒くたにしたんじゃないかと勘繰ってしまう。
「咲耶様!こっちです!ここに座ってください!」
「あ、はい……」
紫苑が自分の横を空けて呼んだのでそこに座る。別にどこでも良いし、そもそも空いている場所は限られているから良いんだけど、お茶会の幹事が回ってきたのに向こうから声をかけてきて席を勧めるというのはどうなんだろう?まぁ今回は知り合いだけの場だからいいんだけどね。
「このテーブルは不思議な組み合わせですね」
「え?そうですか?」
俺の言葉に紫苑はポカンとした顔をしていた。紫苑はこの席に入れられていて何も疑問に思わないということか。それは大らかだからなのか。それとも紫苑自身はこのメンバー達とも親しい友人だと思っているからなのか。
俺から見たら紫苑と酢橘達や杏との関係なんてあまりないように思える。李との関係も良く分からないけど、李は行儀見習いなので海桐花や蕗という行儀見習い関係で紫苑と仲が良いのかもしれないというのは想像がつく。何故紫苑が海桐花や蕗と仲が良いのかは分からないんだけど……。
ともかくそういう関係がある以上は行儀見習い達と紫苑が仲良しなのは何となく有り得る話だと分かるけど、酢橘達や杏と紫苑が仲良しというのは想像もつかない。まぁ酢橘達は海桐花と蕗と仲良しだからそっち繋がりという可能性もあるけど杏は特に紫苑と接点はないしな。
「紫苑と酢橘ちゃん達はどういった関係でしょうか?」
「え?友達ですよ?」
「あっ……、あぁ……、そうですよね」
俺の問いにポカンとした表情を浮かべながらはっきりとそう言った。そうか……。紫苑にとっては酢橘達も友達か……。どうやら俺がおかしかったようだ。そりゃそうだよな。学年が異なろうが、あまり接点がなさそうだろうが、こうして何度も顔を合わせていれば友達だ。紫苑は素直だからこうして一緒にいる子達のことを皆友達だと思っているんだろう。
俺は学年が違うからとか、接点が少ないからとか、そんなことで皆を分けて考えようとしすぎていた。それは家格や派閥の違いで相手を下に見ている上位貴族達と何が違うというのか。紫苑は相手の家も立場も年齢も関係なく皆友達だと受け入れているというのに俺は何て狭量だったんだろう。
「紫苑はとても良い子ですね……」
「えへへっ!」
俺が紫苑の頭を撫でてあげるとくすぐったそうに目を細めて笑っていた。昔の紫苑はちょっと酷い子だと思っていた。だけどそうじゃなかったんだ。紫苑は素直すぎる。だから周囲に言われたこととかも全て真に受けて反応してしまう。周囲が悪いことや差別的なことばかり言う者だったら紫苑は簡単にそちらに染まってしまう。
でもそれは逆に言えば周囲が良い子達ばかりだったら紫苑もこうして素直で良い子になるんだ。これは紫苑も、周りの子達も、どちらも素晴らしいからこそ成り立っている関係なんだな。
「それじゃ咲耶様!私達にもあ~んをお願いします!」
「紫苑……」
紫苑は『私にも』じゃなくて『私達にも』と言った。自分のことだけじゃなくて他の子達のことも考えてあげているなんて……。なんて良い子なんだ!
「紫苑!良い子ですね!あ~んですね!いくらでもしてあげます!」
「わぁい!」
素直に喜んでいる紫苑達はとても可愛かった。守りたい!この笑顔!
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次にやってきたのはカオスのテーブルだった。椛、柚に菖蒲先生、それから海桐花、蕗などと射干達……。基本的にほとんどは俺のメイドか行儀見習いを集めました。菖蒲先生はどこに入れたら良いか分からないからここに入れておきました。みたいな組み合わせだ。
何度も言ってるけどテーブル分けというのは主催者の意図が反映されている。主催者側は特に何も考えずに分けたとしてもその意図や裏を探られてしまう。そして本当に何も考えずに雑に分けていたらそれはそれで非難されるポイントだ。このテーブルもさっきのテーブルもそう思われても仕方がない雑さが目立つ。
「お待ちしておりました咲耶様!あ~んをお願いいたします!」
「…………え?」
このテーブルに来るなりそんなことを言われた。そしてテーブルのメンバーを見回してみれば全員が期待に満ちた目でこちらを見ている。椛とか柚とか菖蒲先生とか、年上のお姉さん達にそんな風に見られてたらちょっと怖い。何か俺の方が食べられるような……、そんな錯覚に陥る。それに海桐花や蕗達は無表情にこちらをじっと見ているし……。
「逃がしませんよ咲耶様」
「咲耶お嬢様……、日頃は私はあまりこういうこと出来ませんから……」
「咲耶ちゃん!」
「ヒイィッ!?」
かなり真剣な表情で迫ってくるお姉さん達に俺の方が腰が引けてしまった。でもそんなことで見逃してくれるはずもなく……、このテーブルでも結局全員にあ~んをしたのだった。
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最後にやってきたのはひまりちゃん達のいるテーブルだった。鬼灯、鈴蘭、ひまりちゃん、りんちゃんのテーブルにデイジーとガーベラも座っている。ていうかこの二人は主催者として各テーブルを回っていたはずなのにいつの間にかここに落ち着いているし……。
「御機嫌よう皆さん」
「あっ、九条様」
「ごっ、御機嫌よう九条様」
「咲耶っち!」
「……ん。咲にゃん」
このテーブルは四組、五組の寄せ集めという所だろうか。でも百合と躑躅はこちらに入れるか、五北会テーブルに入れるかで迷ったのかもしれない。それにしても各テーブルの人数もバラバラだし、分け方も雑だし、これは後でデイジーとガーベラにはしっかり言い聞かせておかなければならないな。
「咲耶っち!私達もあ~んしてもらえるんだよね?」
「え~……、わかりました……」
ここまで皆にしておいて今更このテーブルだけしないなんて言えない。何かいつの間にか俺があ~んして回るお茶会になっている気がするけど、これもデイジーとガーベラに誤解がないように後で言っておかなければならない。罷り間違ってもお茶会とは主催者や幹事があ~んして回るイベントではない。
「あっ……、あ~ん……」
「ひまりちゃん……」
ひまりちゃんが控えめにあ~んをしている。可愛い……。さすがヒロインだ。こんな可愛いヒロインがいたらそりゃ攻略対象達も落ちるわけだよ。まぁ……、普通はヒロインの方が攻略対象達にあ~んをしてあげる方なんじゃないかな?と思うわけだけど……。
最後のテーブルも一通りあ~んは終わった。俺が恥ずかしかったことさえ目を瞑れば良い余興だったのかもしれない。そしてようやくデイジーとガーベラが企画していた余興が始まった。
「それではヒマリーとカリーンがお茶を淹れて回りマース!」
「皆感想を言ってあげてね!」
「えっと……、それでは失礼します」
ひまりちゃんとりんちゃんが二手に分かれて各テーブルでお茶を淹れていく。他の子達だったらお茶の淹れ方も知っている子が多いだろうけど、あまり慣れていないひまりちゃんとりんちゃんにこういう機会に慣れさせてあげようというのは良い企画だったかもしれない。
「うん……。上手く出来ていますね」
「あっ、ありがとうございます」
俺達のテーブルでひまりちゃんが淹れてくれた紅茶はとてもおいしかった。手つきはまだ不慣れで自信がなさそうだったけど、淹れ方自体はとても良く出来ていた。きっと相当練習したんだろう。
ひまりちゃんもりんちゃんも自分に自信がなさすぎる。こういうことでちょっとでも自信をつけるきっかけになってくれたら良いな。




