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第百二十一話「花火の下で」


「皆さん!本日は近衛家主催のパーティーに……」


 近衛母が壇上で挨拶を始める。スクリーンにも映し出されているしマイクで声があちこちから聞こえる。このパーティーは大規模だから別のホールにいる招待客達にも、映像と音声が同時に流されているらしい。


 近衛母の体は一つしかないから直接やってきているのはこちらのホールだけど、別の、家格の低い家が集まっているホールも同時に始まっているというわけだ。


 普通に考えたらパーティーに呼んでおいて、『お前の家は家格が低いからこっちのホールな』なんて分けられたら余計失礼な気がするけど……。それでも別ホールでもいいから近衛家のパーティーに呼ばれたいという家はたくさんあるらしい。


 それにこの開始の挨拶は映像と音声だけど、実際にパーティーが始まると別にこの施設内を自由に移動してもいいらしい。俺達も後で移動することになるけど、中庭や屋上もあってかなり開放的だ。最初の挨拶だけ人数が多すぎるからホールを分けているだけで、それが済めばそれぞれが勝手に動き出す。


 とはいえ、やっぱり開始後しばらくは自分達がいたホールにいることになるだろう。何故ならば家格の近い者同士が集められているからだ。こういうパーティーの場は他の家と挨拶して回る場であって、挨拶する相手も自分に近い者が先だ。


 例えば九条家や近衛家が最初に挨拶するとしたら、相手も五北家や七清家のような最上位クラスが相手となる。そこから徐々に下の家からの挨拶を受けていくというわけだ。


 だからまずは同格クラス同士で挨拶をしたり、徐々に格上に挨拶に行くのであって、いきなり別ホールにいる最下位の家がこちらのホールの最上位の家に挨拶するなんてことはない。


 となればこのホール分けも、ボーダー付近の家は両方のホールに挨拶したい相手がいるだろうけど、それ以外の家はまずは同じホールで挨拶するのが優先となる。開始後も暫くは人が流れずそのホールに留まると言った理由はわかっていただけただろう。


「それでは本日の主役の入場よ!皆さん拍手でお迎えください!」


 近衛母がそう言うと、ホールの照明がやや落とされてホールの出入り口にスポットライトが当てられる。そう……、照らされているのは俺達だ……。何か滅茶苦茶嫌な予感しかしない。


「当家の伊吹と九条家の咲耶ちゃん!そしてそのお友達の皆さんです!」


 パチパチパチパチパチパチパチッ!!!


「おい!咲耶!行くぞ!腕を取れ!」


 うわぁ……。完璧に嵌められた……。


 近衛母が壇上で挨拶しているのに主役の一人である伊吹がこんな端の入り口に居て良いのかと思ってたけど、どうやらこの演出のためだったらしい。これで俺が伊吹と腕を組んでホールの真ん中を歩いて行ったら、それはもう俺達が何か特別な関係みたいに思われるじゃないか……。


 そもそも槐とかもいるのに一緒くたに『その他お友達』みたいな扱いをしていいのか?槐は近衛家に友好的だったとしてもうちの兄までその他みたいな扱いじゃないか。


 まぁ……、どうせ兄は知ってたんだろうな……。事前に知ってたのか、さっき別れた後で聞いて賛同したのかは知らないけど、これだけ動揺がないということは知っていてこの演出にのっているということだろう。


「おい!早く!」


「はぁ……」


 止むを得ないから伊吹の腕に自分の腕を通して並んで歩く。ホールを突っ切って壇上まで一直線に伸びているレッドカーペット上を、伊吹と腕を組んで……、後ろに皆を付き従えて……。


 なんて……、なんって!嫌な演出なんだ!


 仮に、仮にでも俺と伊吹が腕を組んでこのレッドカーペットを歩くのは良いとしよう。本当は良くないけど、それでも近衛家に吊り合う家格で同世代の女の子が俺しかいないと言われたら納得もしよう。


 薊ちゃんや皐月ちゃんのような七清家もいるけど、それでも同じ五北家の同級生がいるんだから俺の方が良いと言われたら嫌々でも納得はする。


 でもこれはないだろう!なんて腹立たしい演出だ!俺と伊吹が腕を組んで歩くことじゃない。そんなのは上流階級の御曹司、ご令嬢なら普通だ。だからいい。


 俺が腹を立てているのは、まるで後ろに並んでいる皆を俺と伊吹が従えているかのようなこの演出だ!


 他の男共はどうでもいいけど、薊ちゃんも、皐月ちゃんも、茜ちゃんも、椿ちゃんも、譲葉ちゃんも、蓮華ちゃんも、そして茅さんも、皆俺のお友達であって従者でもなければ上下関係もない。それなのにこの演出を見た他の家の人はどう思うだろう?


 先頭を歩く俺と伊吹に付き従う従者として後ろの皆を見るんじゃないのか?いや、そうなるように計算して演出してるんだろう?


 俺は……、段々近衛母が嫌いになってきたぞ……。


 最初ははっきりハキハキした女傑のような人だと思っていた。でもこれまでのやり方を見てもあまりに強引すぎる。


 まるで不意打ちのように俺と伊吹が婚約したかのように、許婚候補決定などと大々的に宣伝して……、毎回毎回こうして俺と伊吹が周囲に見られるように演出して……、やることがあまりに強引で、しかも独善に満ちている。誰も彼もが近衛家にひれ伏し、思い通りになるとでも思っているんじゃないのか?


 伊吹の許婚にされるのなら女の子は誰もが喜ぶとでも思っていやしないか?近衛家とお近づきになれるのなら格下の家は多少の無茶を言われても笑って従うとでも思ってるんじゃないのか?でなければこんな強引で独善的な手法を何度も繰り返せるとは思えない。


 大人達には大人達の思惑があることはわかる。事情もあるだろう。明確に一条家との対立がはっきりしている今は誰かが強いリーダーシップを発揮した方がいいんだろう。でも……、この演出はあまりに不快だ。俺のお友達がまるで召し使いとでも言わんばかりのこの演出は許せない。


 近衛母の考えは精々、近衛と九条の協力の象徴である俺と伊吹が婚約者として並んで歩き、そこに七清家などの有力な家が同意し従っている、という演出をしたかったんだろう。そんなつまらないことのために皆を利用したことが許せない。皆を従者扱いしたことが許せない。


「ようこそいらっしゃい、咲耶ちゃん」


「…………この演出はあんまりではありませんか?」


 俺と伊吹だけがそのまま壇上に上がり、他の皆は下までで止まる。あまりに露骨な演出にポーカーフェイスも崩れて近衛母を睨みつけてしまう。俺が何か言うことを予想していたのか、それともたまたまか、ここで言葉を交わす間は切ろうと思っていたのか、幸いマイクは入っていなかった。俺と近衛母のやり取りが流れることはない。


「咲耶ちゃんならそう言うと思ったわ。でもこれも事情が……」


「どのような事情があろうとも!私のお友達をこのような演出に利用し、このような扱いをするなど許せません!」


 俺は近衛母の目を見てはっきり言い切る。さすが近衛財閥の女傑だけあってこうして見詰め合っているだけで物凄い圧力を感じる。でも俺が黙って言いなりになると思ったら大間違いだ。


「そうね。ごめんなさいね。でもこれはこちらも譲れないことなのよ」


「…………」


 声を荒げることも不機嫌になることもなく、近衛母は静かな声でそう言った。周りの音のせいでこのやり取りが聞こえたのは俺と近衛母と伊吹だけだろう。下に残されている皆にも聞こえていないはずだ。


「皆さん、ご紹介します。こちらが九条家の九条咲耶ちゃんです!盛大な拍手を!」


 俺との会話が終わったと思ったのか、あまり長い間マイクを切っていると不自然になるからか。話を切り上げた近衛母はマイクでそう紹介した。


 パチパチパチパチパチッ!


 伊吹と一緒に壇上から招待客の方へと向き直ると盛大な拍手が送られた。表面的にはにこやかな笑顔を浮かべて手を振り拍手に応える。あまりに腹が立ったから近衛母にあんなことを言ったけど、だからってここで騒いでぶち壊しにするつもりはない。仕方なくとはいえこの茶番にある程度は付き合わなければならない。


 その後もまだ少し近衛母の挨拶が続き、俺は伊吹と一緒に壇上から降りた。


「咲耶様!あのように言っていただけるなんて薊は感激です!」


「……え?」


 降りた俺に薊ちゃんがそんなことを言った。ポカンとしていると皐月ちゃんも言葉を続けた。


「少し聞こえていましたよ。すぐ近くの私達くらいにしか聞こえていないはずなので心配はいりませんが……、あのように言っていただけるなんて……」


 薊ちゃんと逆の手を皐月ちゃんに取られた。パーティーも始まっているので招待客達ももうこちらには注目していない。


「折角来たんだからせめてパーティーくらいは楽しんでおいで」


「お兄様……」


 良実君……、何か良い事を言ってるみたいな顔をしているけど、君もたぶん最初から知ってたよね?君も向こう側だよね?まぁいいけど……。


「さー!パーティーだー!咲耶ちゃんいこー!」


「はぁ……。そうですね……。いつまでも嫌な気分でいても仕方がありませんし……、行きましょうか」


 いつものグループの皆と固まって移動する。初っ端から嫌な気持ちになったけどいつまでも引き摺っていても仕方がない。どうせ終わるまで帰れないのなら、せめてパーティーくらいは皆と一緒に楽しもう。


「あっ!咲耶ちゃん、食べ物を取ってきましょうか?」


「――ッ!いいえ、椿ちゃん。一緒に行きましょう。きちんと毒を見分けないといけませんからね」


 皆で端に寄りながら歩いていると椿ちゃんが料理を取ってくれると言うから一緒に行こうと応じた。自分の目で確認して毒を選り分けておかないと危険だからな。俺はまだ師匠みたいに毒を食っても平気ってほど極めてはいない。


「え?毒?」


 それなのに……、椿ちゃんは何故かポカンとした顔をしていた。


「え?どっ、どうしたのですか?毒が入っていてはいけないのできちんと選り分けないと……」


 変な顔をしている椿ちゃんに俺がオロオロしながらそう言うと……。


「あははっ!おっかしー!咲耶ちゃんって時々変なこと言うよねー!おもしろーい!」


「え?え?」


 何か知らないけど皆がドッと笑い出した。何だ?何か変なことを言ったか?


「あぁ、冗談でしたか。あまりに真面目なお顔で言われたのでびっくりしてしまいました」


 椿ちゃんまでそう言って笑い出す。どういうことだ?料理には毒が仕込まれているかもしれないから警戒するのは常識だろう?何で皆こんな暢気な……。


 あっ!そうか……。わかったぞ……。


 皆はもう毒を摂取しても大丈夫なくらい鍛えてあるんだ……。だからこんなに暢気に構えていられるんだな……。それに比べて俺はまだ毒の選別だって完璧じゃない。ましてや毒を食えば腹を下してしまう。


 そうかぁ……。皆もうそんなところまで鍛えているんだな……。俺ももっと修行を頑張らないと……。




  ~~~~~~~




 パーティーも進み、今日の大イベントの時間がやってくる。俺達は屋上に呼ばれて外に出た。


 ヒューーーー…………パーンッ


 ヒューーーーーー…………パパパパパッ


「うわぁ!きれー!」


「本当に……、これだけでも来た甲斐がありましたね」


 今日のパーティーのために近衛家は何千発だかの花火を用意したらしい。俺達は特等席で見ているけど、きっと周辺の他の人達も、知られざる突然の花火大会を見て喜んでいることだろう。


 近衛家は毎年この夏のパーティーで花火も打ち上げているらしい。そんな中でも今年は例年よりもパーティーも花火も規模が大きくて凄い。毎年の風物詩となっているかもしれないけど、それでも特に告知もしていないのに突然始まる花火大会に、向こうの川原に人だかりが出来ているのが見えた。


「空に咲く一輪の花……。夜空を彩る一瞬の煌き……。ああ、でも君の輝きにはあの花火も、この指輪の宝石も足元にも及ばない」


 俺の腰に手を回し、もう片方の手で俺の手を握り、ぐっと腰を抱き寄せたかと思うと息が感じられるほどに顔を近づけてそんなことを言う。その瞳に映っている女性(俺)はうっとりと……、は、してないな……。


「何を言っているのですか?茅さん?」


 何か急にアホなことを言い出した茅さんに呆れる。状況に酔ってアホなことを言って、後で思い出して身悶える黒歴史へと変化する。きっと今茅さんは患っているのだ……。中学二年生が患うというあの病を……。


 って、俺も何か変なのうつっちゃった!やべぇ!口に出してなくてよかった!もし誰かに聞かれてたら恥ずかしすぎる!


「正親町三条様!咲耶様から離れてください!」


「咲耶ちゃん!こちらへ!」


 そして結局始まるいつものじゃれ合い。茅さんに薊ちゃんと皐月ちゃんが突っかかり、その隙に皆が俺を助け出す。


 最初こそ嫌な思いをしたけど、こうして最後の花火になってみればとても楽しいパーティーだった。


「また……、こうして皆で楽しい思い出を作りたいですね」


「「「…………」」」


 あ……、やべ……。口から言葉が出てしまった。茅さんと薊ちゃんと皐月ちゃんがじゃれ合いをやめてこちらを見ている。何か恥ずかしい……。


「うん!」


「そうですね」


「きっと作りましょう!」


 皆が笑顔で同意してくれる。この笑顔のためなら何でも出来る。どんなことでも我慢出来る。この笑顔が俺の宝だ。


「でも次の思い出はお姉さんと二人っきりで作りましょう?何なら今日の帰りにうちに寄っていってくれてもいいのよ?いいえ、泊まっていってくれていいのよ?ね?」


「茅さん……」


 結局最後まで茅さんはブレることがなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり咲耶ちゃんは残念な子(゜ω゜)
[一言] 九条家のことを考えると兄の姿勢も頷ける そういえば兄は帝王学(言葉しか知らない)とか習っているのかしら
[一言] 咲耶様、百地流の真髄を叩き込まれ過ぎて、息をする様に毒味が当たり前になっちゃってるよ~。しかも、相変わらず深読みしてるし…。う~ん、ポンコツ……。
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