第千二百六話「最後の文化祭終了」
睡蓮の注文には驚いたけどとりあえず俺達は来たお茶を飲みながら店内の様子を確認する。
「お茶の味は特に問題ありませんし店員達もうまく接客出来ていますね」
「そうですね」
「私達の出し物よりずっと素晴らしいと思います」
「ひまりちゃん……」
りんちゃんの言葉に続いたひまりちゃんの自虐的な言葉に何と言って良いか困る。第一グループとして俺、百合、茅さん、睡蓮、ひまりちゃん、りんちゃんの六人で店に入ることになった。他にも一緒に入りたいと言う子はいたけどグループ分けをすると自然とこうなったという所だ。
それはともかくひまりちゃんが自虐したように確かに三年五組の出し物は少々酷かったと言わざるを得ない。どんなに贔屓目に見ても酷かった。実際に演奏していた本人達も分かっていたんだろう。でも途中でやっぱりやめますとは言えない。企画が決まったら後はそれに向けて練習するしか道は残されていない。
「お~っほっほっほっ!わたくしの怪演のお陰ですわね!お~っほっほっほっ!」
「……え?怪演ですか?快演ではなく?」
「「「…………」」」
「…………お~っほっほっほっ!」
今何か誤魔化したな……。まぁいいけど。
実際五組の演奏?オペラ?ミュージカル?あれが曲りなりにも形になったのは確かに百合のお陰でもある。主力の六人のうちの一人が百合だったのは間違いない。百合の出来は決して良くはなかったけど、それでも五組の演奏がなんとかやり切れたのは百合達のお陰だ。
「咲耶お姉ちゃん!お隣だよ!」
「んまぁ!秋桐ちゃん!お隣ですね!」
「あははっ!」
「うふふっ」
俺達がお茶を飲みながら話していると隣のテーブルが空いて秋桐達が通されてきた。秋桐や竜胆達と菖蒲先生の六人だ。
「楽しそうね。私も加えてもらっても良いかしら?」
「菖蒲は駄目よ。自分のテーブルで話しているのだわ!」
「なんで私は駄目なのよ……」
「菖蒲が遅れたから私達まで遅くなって咲耶ちゃんとの合流が遅れたのだわ!だから駄目よ!」
何か菖蒲先生と茅さんが楽しそうに話し合っていた。邪魔したら悪いので俺達は下級生達と楽しくおしゃべりしておこう。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「んっとね~……、紅茶とクッキー!」
「私も同じものを」
「私はコーヒー」
秋桐に続いて竜胆、菖蒲先生が注文をしていく。そして蒲公英、桔梗、空木と全員が注文を終えた後……。
「それでわ~……、私はウインナーコーヒーとホットケーキをお願いします~」
「「「「「…………」」」」」
「睡蓮……、そんなに食べるから太るのだわ!」
「茅お姉ちゃん酷いですぅ~!」
「酷くないのだわ!運動して痩せてもすぐに運動をやめてバカバカ食べるからそんなに太っているのだわ!」
「「「あ~……」」」
茅さんは皆が思っていたことを言ってしまった。でもこれは睡蓮のためだ。さっきからケーキ屋、クレープ屋、そしてこの喫茶店と食べすぎだろう。それも普通の食事ならまだしもさっきから食べているのは甘い物ばかりだし……。明らかにカロリーオーバーしまくっているよな。
「うぅ~……」
さすがに敬愛するお姉様である茅さんに言われてショックだったのか睡蓮は俯いてう~う~言っていた。そしてガバッ!と顔を上げると注文を取りに来ていた一年一組の女装男子にきっぱりと言い放った。
「それでは~、今の注文はキャンセルして~……、カフェオレとホットケーキにしておきます~」
「「「えぇ……」」」
睡蓮さん?茅さんが言ってたこと聞いてました?そこは全部キャンセルして水か砂糖の入っていないお茶を頼む所だろう?
「睡蓮ちゃん……?それでは何も変わっていないのではありませんか?」
「全然違いますぅ~!ウインナーコーヒーがカフェオレに変わってます~!」
いや、それは分かってるよ。でもそういうことじゃなくて、今まで散々甘い物を食べてカロリーの取りすぎだから止めた方が良いよね?って話ですよね?
「睡蓮!よく我慢してカロリーを減らしたのだわ!」
あれぇ?茅さ~ん?
「えへへ~!睡蓮はやれば出来る子なんです~!」
あ~……。そういう感じか~……。もしかしてだけど睡蓮がずっとダイエットを失敗してリバウンドを繰り返しているのって、結構茅さんのせいもあるんじゃないかなぁ?なんとな~く、いや、本当に、証拠も根拠もないんだけどなんとな~くそんな気がするなぁ……。
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桜のクラスの女装喫茶も確認して柳ちゃんの女装もからかったし、もう一通り知り合い関係の出し物は全部回ったと思う。南天のクラスのタピオカミルクティーは味わっていないけど遠目には確認したしもういいだろう。ケーキにクレープに喫茶店と甘い物のオンパレードだった。これ以上甘い物はいらない……。
「時間が余ってしまいましたね。これからどうしますか?」
「そうですね……」
本当なら俺達は午後の休憩に入った時に残りを回る予定だった。店が早くに終わるからと俺達の休憩も前倒しになったから行くつもりだった所を全て回っても時間が余っている。
「とりあえず一通り見ましたし投票に行きましょうよ!」
「そうですね。投票に行きましょうか」
「「「はーい!」」」
文化祭でどのクラスの出し物が良かったか投票出来るシステムがある。別に全員が絶対投票しなければならないということはないけど時間も余ったし投票するのも良いだろう。
「咲耶ちゃんはどこに投票されるんですか?」
「え?う~ん……。そうですねぇ……」
何か自分で自分のクラスに投票するのはちょっと憚られる。選挙と同じだから普通なら立候補者はいの一番に自分に投票するものかもしれない。でも俺は奥ゆかしい日本人だから、どうにもこういう時に身内や自分自身に入れるのはどうかと思ってしまう。そういう所が日本人は駄目なんだよな……。
「私はもちろん三年三組に投票します!」
「さすがは紫苑ですね」
「えへへっ!」
そこまできっぱり言い切れる紫苑は素直に凄いと思う。別にこういう時に『自分のクラス以外から選ばなければならない』というルールがあるわけでもないのに、何故か自分のクラス以外から選ばなければならないような気がしてしまう。それをきっぱり自分のクラスに投票すると言い切れる紫苑は何か凄い。
「まぁ本来人に言うものでもありませんし、それぞれ思った所に投票いたしましょうか」
「「「はーい」」」
皆がどこに投票したのかは分からない。俺は悩んだ末に二年一組の女装喫茶にしておいた。他にも三年四組のカキ氷はアイデアが良かったし、劇の内容はともかく三年一組の劇も出来そのものや脚本を自分達で作ったのは良かったと思う。今年はなんだか文化祭のレベルも上がっている。
「咲耶ちゃんがあれこれ道筋をつけてきたからそれを真似てあちこちのレベルが上がってきているのね」
「え?菖蒲先生?」
「ほらほら!咲耶ちゃん!今はプライベートよ」
「あっ……、えっと……、菖蒲さん」
「うんうん」
どうしても癖で菖蒲先生って言っちゃうんだよなぁ。そりゃ初等科に入学する前から先生と呼んできたんだから染み付いていても当然だろう。学園の教師なんて一年くらいしか担任にならずに先生と呼ぶ期間や回数も限られている。でも菖蒲先生は十年以上もずっと一緒で先生と呼び続けている。
「ところで先ほどの言葉はどういう意味でしょうか?」
「言葉通りよ?今まで何度もこの学園の文化祭に来たから分かるけど、咲耶ちゃんが新しいアイデアを出して、実現する方法を考えて色んなお店をやってきたから、それを見て他の学年やクラスも真似をして年々文化祭の出し物のレベルが上がってるのよ」
「そんなことは……」
「あるわよ!昔は電源車と給水車を呼んで生徒が露店を出すなんてなかったんだから!」
「それはそうかもしれませんが電源車と給水車を呼ぶようにしたのは私ではありませんし……」
確かにいつからか電源車と給水車なんてものが呼ばれるようになって生徒達の露店も増えてきている。でもそういったものを呼んでいるのは学園だし俺が呼ぶように意見したこともない。生徒会か実行委員の発案なのだとしたら俺じゃなくて発案者の手柄だろう。
「さっきの男の子も言ってたでしょ?咲耶ちゃんがお店や露店をうまく経営したから、それに倣って出来るように工夫する余地が生まれてきたのよ」
「う~ん……」
そう言われても素直に納得出来ないなぁ……。俺がやったのなんて精々喫茶店とレモネードスタンドくらいだし……。それくらいなら誰でも出来ただろう。
「咲耶様はご自身の偉大さが分かっておられないから仕方ないですよ」
「そーそー!巨大すぎる器は自身の中身を見ることは出来ないんだよー!」
「えっ!?」
「譲葉ちゃんが何か凄いことを言ってる!?」
「どーいう意味ー?」
「言葉通りだけど……」
「蓮華ちゃんは酷いなー!」
「「「あははっ!」」」
え?え?何か俺の分からない所で皆が盛り上がってるんだけど?でも俺は全然皆の話題についていけない。どいうこと?何の話をしてるの?
『十四時三十分で一般入場は終了となります。残り時間は三十分です。投票がお済みでない一般入場者の方は退場時間までに投票をお済ませください』
「あっ……。もうそんな時間なんですね」
「それじゃ茅、私達はそろそろ帰りましょうか」
「いやよ!私はまだ咲耶ちゃんと一緒にいるのだわ!」
「はいはい。私が遅れたのが悪いんでしょ?でも駄目よ。はい。帰るわよ」
「あ~ん!咲耶ちゃん!助けて欲しいのだわ~!」
「それじゃ咲耶ちゃん、また蕾萌会でね」
「はい。御機嫌よう、菖蒲さん、茅さん、そして杏さん」
一般入場で来た人達はぼちぼち帰り始めている。茅さんも菖蒲先生に引き摺られていった。そして近くの藪にそう声をかける。
「うぇっ!?バッ、バレてたっすか!?」
「どこかには潜んでおられるだろうなと思ってましたよ」
「あっ……、あ~……。してやられたっすね……」
藪から出てきた杏にそう言うと苦笑いを浮かべてポリポリと頭を掻いていた。茅さん達が来た時点で杏もどこかにはいるだろうと思っていた。ただ最初から杏が潜んでいる所が分かっていたわけじゃない。杏もエモンほどではないとしても相当隠れるのがうまい。居ると思って捜していなければ見つけられないレベルだ。
でも茅さんが来ている所に杏もいると思っていた。だから周囲を探っていたわけで、最後もこの辺が隠れやすそうだなと思って注意していたから見つけられただけのことだ。完璧に気付いていたわけじゃなくて、いるだろうと思って当たりをつけていたからそれらしく言うことで釣り上げた。その手に引っかかった杏は苦笑いを浮かべているというわけだ。
「でも折角の文化祭でしたのに一緒に回らなくてよろしかったのですか?」
「いいんっすよ!私は好きで潜んでシャッターチャンスを狙ってるんっす!咲耶たんのパンチ……」
「え?パンチ?」
杏が妙なことを言ったから俺からも繰り返して拳をシュッシュッと出す真似をしてみた。パンチがどうしたんだ?食らってみたいのか?さすがにエモン以外の女の子に手を上げるのは気持ち的に難しいんだけど……。
「あぁ~~~っ!いやぁ~~~!なんでもないっす!決して長官に言われたから潜んでるだけじゃないってことっすよ!あはは~!それじゃ私も帰るっす!さいなら~~~っ!」
「あっ……」
俺が何か言う暇もなく杏は茅さん達を追いかけて出て行ってしまった。竜胆や秋桐達、他の科の子達も順次帰って行った。
「最後の文化祭も終わってしまいましたね」
「そうですね」
「それじゃ最後の片付けをしましょう!」
「おーっ!」
一般入場、所謂お客さん達は時間が来たら帰って終わりだ。でも俺達はそれで終わりじゃない。明日からまた通常の授業があるわけで後片付けをしなければならない。
「さぁ……、それではクラスの片付けをしましょうか」
「九条様おかえりなさい」
「もう片付けもある程度終わってますよ」
「そうでしたか……。そうとは知らず皆さんに任せてしまってすみません」
俺達が教室に帰るともうある程度片付けが進んでいた。三年三組の出し物は早めに売り切れ閉店となった。だからそこからすぐに片付け始めていたんだろう。よくよく考えれば分かることだったはずなのに俺達は何も考えずに時間まで遊んでしまっていた。
「午後から入る予定で休んでた子達の仕事が減ってたんですからこれくらい当然ですよ!」
「ありがとうございます。そう言っていただけると少しは気が楽になります」
確かにそれも間違いじゃないんだろうけど、やっぱり俺達が早めに抜けるために早めに休憩を切り上げても戻ってきたりしてもらっていたはずだ。それを考えると閉店後すぐから今まで後片付けをさせていたのは申し訳ない。
『投票結果を発表いたします。今年度の投票一位は三年三組の景品付きミニゲームとなりました。二位は三年一組の劇『女帝』、三位は二年一組の女装喫茶です。残りの順位に関しては掲示板に貼り出しておりますのでご確認ください』
俺達が後片付けをしていると投票結果が発表された。発表も実行委員や生徒会役員の担当者次第では三位から発表したり面白おかしくマイクであれこれ言うんだけど、今年の担当者は真面目なのか一位から三位を順番に発表しただけだった。
「やりましたね咲耶様!」
「まぁ咲耶様の手作り景品が出るんだから当然の結果ですけどね!」
「入場客数もぶっちぎりで一位でしょうね~」
「売上金はどうかわからないけど……」
「「「おめでとうございます九条様!」」」
メンバーだけじゃなくてクラスメイト達もお祝いしてくれた。でも俺じゃなくてクラスの出し物なんだから皆で祝い合えば良いのに……。
「クラスの出し物ですから、皆さんの頑張りのお陰ですよ」
「お一人であれだけの景品とクッキーを用意された九条様の頑張りのお陰です!」
「九条様目当ての客が集まったからですし!」
「「「全ては九条様のお陰です!」」」
んん~?何かこれ……、そういう風に言わないと何かされるとでも思われているんだろうか?
ゲームの咲耶お嬢様だったらそう言わなければ癇癪でも起こしていたかもしれないけど、俺は今までそんなことをしたことはないつもりなんだけどなぁ……。やっぱり世界の強制力なのか、九条咲耶お嬢様というだけで俺の扱いは今でもこういう感じなんだな……。




