第千二百五話「だから太るのだ!」
可能な限りのメンバーが集まって大所帯になった俺達は一年一組が店にしている理科実験室へとやってきた。ケーキ屋と聞いていた通りにケーキ屋をしている。そして茅さんが言っていた通りに空いている。
「どうして普通のケーキ屋なのにこれほど空いているのでしょうか?」
「普通のケーキ屋だからじゃないですか?」
「え?……あ~」
そうか。そういうことか。ようやく俺にも分かった。
睡蓮達がやっているお店は外の店で買って来たケーキを転売しているだけだ。価格も上乗せされているというのに商品はそのままで、ただ外の有名店のケーキを並べて転売している。誰がそれを文化祭でわざわざ買いたいと思うだろうか?
生徒達が手作りしたというのなら関係者達ならその店で商品を注文してくれるだろう。でも外の店で売っている物を価格を上乗せした上で転売しているだけだったらわざわざここで買う理由がない。もしどうしても欲しければ帰りにでもその店に行って正規の値段で買えば良いのであって、文化祭に来てまでそれを買おうと思う者はそういない。
「ですがそれなら何故生徒会や文化祭実行委員はこの店の許可を出したのでしょうか?」
「他の店と区別する方法も規制するルールもなかったからだ」
「え?押小路様?」
「三年三組の店は景品がなくなったから閉店になったぞ」
俺達がケーキ屋を眺めていると柾がやってきた。そして三年三組は全部景品がなくなって閉店になったことを教えてくれた。店に残っていた柾がウロウロしている時点でそうかなとは思ったけどはっきりそう言われてちょっと驚く。まさか本当に景品がなくなって途中で閉店になるなんて……。
「他と区別も規制も出来ないってどういうことですか?」
「あぁ……。それは恐らく他の店を出しているクラスとの違いがなく規制出来ないから承認せざるを得なかったということでしょう」
「え?他とはまったく違いますよね?買って来た商品を売ってるだけですし」
「薊ちゃん……、それは私達が喫茶店をした時もそうだったでしょう?お茶請けに買って来たケーキも出してましたよね?」
「でも喫茶店でケーキを出すのとケーキを直に売るのは違いますよ!」
まぁ薊ちゃんがそう言いたくなる気持ちは分かる。でもそれを分けたり、規制したりする明確な区分やルールがなかったということだ。
例えばネズミ講は違法だけどマルチまがい商法は違法ではない。詳しい説明は省くけど会員を募って会費を払わせるだけのネズミ講は違法とする法律を作ることが出来るけど、商品を売って差額で利益を得るシステムであるマルチまがい商法は違法とすることが出来ない。何故ならそれは問屋や商社と区別することが出来ないからだ。
マルチまがい商法は建前上、商品を買って、売って、差額を取り分として儲けるシステムになっている。これを法律で違法にしてしまうと問屋も商社も全て違法行為をしていることになる。
現実には悪意を持って相手を騙して勧誘し、いずれ破綻することが確定しているシステムでいかにも儲かるかのように誘い込み金銭を巻き上げるマルチまがい商法と、生産工場、問屋、小売店、消費者という流れで商品の流通を担っている問屋や商社とはまるで別物だ。
ただそれが善意の、通常の商行為である問屋なのか、詐欺であるマルチまがい商法であるのかを法律上区別する方法がない。だから個別の件に関してはマルチまがい商法を摘発することは出来ても、法律で『マルチまがい商法は違法だ』とすることは出来ない。
睡蓮達がしているケーキ屋は外の店で仕入れてきた商品に価格を上乗せして転売しているだけということになる。でも俺達がしていた喫茶店だってお茶請けに外部から仕入れてきたお菓子やケーキを出している。それを明確に区分したり、睡蓮達の行為が禁止であるというルールがなかったということだろう。
「気持ちとしては店舗で飲食物を提供するのと、ただテイクアウトで転売するだけでは違うとか、色々と相違点をあげることは出来ると思います。ですがルールとしてそれを区別して規制する決まりがなかったから許可せざるを得なかったということでしょう」
「そういうことだな」
「う~ん……。な~んか納得いきませんけど……」
「ふふっ。薊ちゃんはその素直さを失わないままでいてくださいね」
気持ちとして納得いかないのは分からなくもない。でも生徒会や実行委員がそれを規制出来ないと判断したのも理解出来る。そして何故このケーキ屋が流行っていないのかも分かる。
「それよりもそろそろお店に入りましょう?」
「あっ。そうでしたね。それでは入りましょうか」
茅さんが退屈そうにそう言ったので皆で理科実験室に入ってみた。
「「「いらっしゃいませ!」」」
「なるほど。このようになっているのですね」
店に入ってみると一年一組の子達が出迎えてくれた。理科実験室には多くの冷蔵庫やクーラーボックスが置かれている。恐らくその中に冷やしておかなければならない商品が入っているんだろう。店自体にはお金がかかってそうだしそれなりに本格的だ。ただ外の店のケーキを転売しているだけだからあまり売れないだけだな。
「あ~!茅お姉ちゃん~!遅いですぅ~!」
「咲耶ちゃんのお店が混んでいたのよ。仕方ないのだわ」
店の中に居た睡蓮は茅さんを見つけると出てきて抱きついていた。あの質量の睡蓮に抱きつかれても倒れない茅さんは結構鍛えられているのかもしれない。
「まぁ転売ですから商品自体は悪くないですしここで食べ物を買っておきましょうか」
「ですが皐月ちゃん……、昼食代わりにケーキで良いのですか?」
「私は大丈夫です」
「私も!」
「甘い物ならウェルカム!」
う~ん……。女の子達は皆甘い物が好きだから大丈夫なのかな?俺は中身が男だからやっぱり食事というとご飯をがっつり食べたいと思ってしまう。こういう所もやっぱりなんちゃって令嬢で中身男の俺と、普通の女の子である皆とは違うということか。
「九条様~!遅かった罰に睡蓮の分も買ってくださぃ~!」
「あ~……、はいはい。それでは皆さんの希望される物を買いましょうか」
睡蓮に言われたのでお詫び?として買ってあげることにした。
「それでは~……、このチーズケーキと~、チョコケーキと~、いちごケーキと~、モンブランと~……」
「あの……?睡蓮ちゃん?」
「それからプリンアラモードと~、ティラミスと~、フルーツケーキと~……」
おい……、睡蓮……。何個頼むつもりだ?注文を受けている一年一組の子達も顔が引き攣ってるぞ!そんなことだからリバウンドしてどんどん体重が増えてるんだろう!
「全員注文終わりましたね!それじゃ外で食べましょうよ!」
「そうですね……」
結局睡蓮はケーキを十個も注文した。俺は一個だ。他の子達も精々多くて二~三個でほとんどの子は一個だった。まさか睡蓮は一人でそれを全部食べるつもりなんだろうか?食べるんだろうな……。
「とりあえずあそこのベンチで食べましょうか」
「「「はーい!」」」
店を出て出来るだけ近場で俺達の団体でも纏まって座れる場所を確保した。皆で早速買って来たケーキを食べてみる。
「ん~!おいしい!」
「さすがはあの有名店のケーキですね」
「まぁハズレになるはずはないです」
「んまーい!」
とりあえず皆ケーキには満足していた。皆が言う通り有名店のケーキを持ってきてるだけだからハズレに当たることはないだろう。
「外に出てきたついでに二年二組のクレープ屋さんに行きましょうか」
「そうですね」
海桐花と蕗、棗のクラスである二年二組はクレープの露店を開いている。一度近くから見たけど注文はしていない。食事向きの店はまだ混雑しているだろうしケーキを食べたんだから次はクレープを食べてももう同じだろう。
「海桐花、蕗、お店の方はどうですか?」
「いらっしゃいませ咲耶お嬢様」
「咲耶お嬢様にお越しいただけて感激しております」
う~ん……。この二人はなんだか固くなってしまったなぁ……。昔はもっと『九条先輩!』『咲耶先輩!』って可愛かった……、なんてこともなかったか。結構初期の頃からこんな感じだった気もしてきたな。
クレープ屋はケーキ屋よりも流行っていた。買って来ただけのケーキの転売と違ってクレープは調理してこの場で作っている。生徒達の手作りだから品質は低くても売れるのだろう。ただ客を捌くペースも速いので客は居るけど長蛇の列というほどではない。
俺達はまたクレープを注文して受け取ると先ほどのベンチに戻って食べた。睡蓮はケーキを十個食べた直後だというのにクレープを三つもぺロリと平らげてしまった。もしかして睡蓮は男の俺よりよく食べるんじゃないだろうか?
「そろそろお昼時も過ぎて飲食店の客も減ってきたと思いますし二年一組の女装喫茶に行きましょうよ!」
「私はそれで構いませんが皆さんは良いのですか?」
「「「異議なーし!」」」
何か結局俺の知り合いの店ばかり回ってもらっている気がする。皆俺に遠慮して選んでくれてるのかな?とはいえ断る理由もないので知り合いのクラス最後となる二年一組の女装喫茶にやってきた。
「さっきよりは空いてますけどまだそこそこ混んでますね」
「これくらいなら並んで待ちましょうか」
さっき見た時よりは行列が減っている。とはいえ喫茶店はケーキ屋やクレープ屋に比べたら回転速度が遅い。暫く待っているとようやく俺達の番がきた。でも俺達は人数が多すぎて一度に全員は入れない。
「お~っほっほっほっ!わたくしは九条咲耶と一緒に入りますわよ!」
「私は皐月お姉ちゃ……、出来損ないが西園寺家の名を穢さないか監視するわ!」
全員一緒には入れないので誰が一緒のグループになるかで少々揉めた。とはいえある程度は一緒になりたい子が決まっているのでそれを元に分けていく。
「いらっしゃいませ咲耶お姉様!」
「桜、繁盛しているようですね」
「はい!お陰様で!」
俺達が店に入ると桜が出迎えてくれた。そして物陰に隠れるように俺達から姿を隠そうとしている奴も見えている。
「御機嫌よう柳ちゃん」
「違うんだよ九条さん!これには深い訳があるんだ!」
俺達に見つからないように隠れようとしたのは柳ちゃんだ。三年三組の店に出ていたはずの錦織が、いつの間にか柳ちゃんとなって二年一組の女装喫茶で接客をしている。その深い訳とは一体なんだろうか?
「それでは柳ちゃん?その深い訳とは一体どのようなものでしょうか?」
「そっ……、それは……」
んん?深い訳があるのならそれを言ってくれたら良いんだよ?いくらでも待つよ?さぁ、説明してもらおうか?
「錦織先輩に店を手伝ってもらいたいって言ったのは私なんですよ!」
「それはそうかもしれませんが、自分のクラスの店を放り出してまで他のクラスの店を手伝うほどの理由と言えますか?」
「ちゃんとクラスの店が終わってから来たよ」
「それは三年三組の店が早くに閉店になったからですよね?閉店になっていなければ店を抜けてこちらに来ていたということでは?」
「それもちゃんと休憩時間だけの予定だったんだよ」
何か柳ちゃんは必死に言い訳をしていた。別に責めてるわけじゃないんだからそんな必死に言い訳しなくても良いのにな。俺はただ柳ちゃんが女装したいのに言い訳をしているからそれをからかっているだけで、何もそれが悪いとは思っていない。
実際俺達の店が早めに閉店していなければ休憩時間だけ参加するつもりだったんだろう。閉店したから時間が余ってその分も他のクラスを手伝っているとしたらそれを責める理由はない。
「そんなことどうでも良いのですわ!さっさと席に案内しなさい!」
「そうなのだわ!折角の咲耶ちゃんとの時間が減ってしまうのだわ!」
「はいっ!ただいまご案内いたします!」
百合と茅さんにそう言われた柳ちゃんは飛び上がって俺達を席に案内してくれた。俺もちょっと錦織をからかすぎたかと反省する。あまり悪ふざけしていたら後ろが混雑してしまう。俺達だけの時間と空間じゃないんだからあまりからかって時間と手間を取らせるものじゃないな。
「折角入りましたが先ほどケーキやクレープを食べたばかりなのでお茶くらいしか頼むものはありませんね」
「私は咲耶ちゃんの顔さえ見ていられるのなら何でも良いのだわ」
「お~っほっほっほっ!わたくしはまだ食べられますわよ!」
「睡蓮は~……、お茶とクッキーとケーキをお願いします~」
「「「――ッ!?」」」
さっきあれだけ食べたのにまたそんな注文をした睡蓮にあの百合ですら驚いた表情を浮かべていたのだった。




