第千二百三話「魔境に踏み入る」
一組の出し物が終わってから休憩を終えて教室に戻ってきた。俺達の休憩は他のクラスの知り合いや友達の出し物に影響されているので、友達の出し物がある前後に休憩に入れるように時間を取っている。とはいえ時間が決まっている劇や演奏の出し物をする友達は三年一組と三年五組だけなので後は時間の縛りはない。
時間の縛りはないけど俺達だって残りの時間をずっと店番で潰すつもりはないので午後からまた休憩時間を貰っている。食事休憩も兼ねているから長い休みだけどその分というのか昼食時より結構遅い時間だ。
「九条様、そろそろ休憩に……」
「あら?もうそんな時間ですか?」
まだ俺達の休憩までは時間があるかと思っていた。でも休憩に行ってこいと言われて相手の顔を見てから時計を確認した。
「はて?まだ時間には早いようですが?」
時計を確認したらまだ時間が早かった。俺達の休憩はもう少し後の予定だったはずだ。俺達に気を使って休憩させようとしてくれているのなら無用な気遣いなんだけどな。
「いえ……、実は……」
「景品がもう残り少なくて……」
「もうすぐ閉店なんです」
「…………は?」
そう言われて俺は景品の在庫を確認しようと間仕切りの奥を見た。景品係をしていたけど全部の在庫を管理していたわけじゃなくて、間仕切りの奥から渡される在庫を掲示棚に並べることと、指定された番号の景品を引換え係に渡すのが主だった。在庫などを置いている間仕切りの奥を見たら……、絶対全部無くなったりしないだろうと思っていた在庫の箱が綺麗に無くなっている。
「もう入れる客の数も終わりが見えてきましたから九条様達には休憩に入ってもらっても人手は十分足ります」
「そっ……、そうですか……」
え?え?本当にあれだけ山積みだった景品が全部無くなりそうなのか?誰かどこかに景品を運んで忘れてるだけとかじゃない?
一等千個、二等二千個を目標にしていたけど実際にはそんなに用意出来なかった。とはいえ三等、四等まで全部含めたら数千個の景品が用意されていたはずだ。それなのにこの時間でもうほとんど無くなりそうだなんてことが有り得るか?
まぁ……、思い返してみればうちのクラスの出し物はずっと行列が途絶えることなく続いている。射的と輪投げを両方含めたら複数組が同時にミニゲーム出来るし、一組あたりのプレイ時間もそんなに長くない。よくよく考えてみればこのペースで回転し続けていれば確かにかなりの人数が捌けていてもおかしくはない……、のか?
「これからは順次景品がなくなり次第選べなくなっていきますから……」
「店は私達に任せてください」
「え?それは大丈夫なのでしょうか?」
残ると言っているクラスメイト達の言葉を聞いて俺も思い至った。
例えば最初に一等の景品が無くなったとしたら、ミニゲームで一等相当の点数を取ったのに一等の景品がないと言われた客は怒るだろう。俺だってそれはどういうことだと文句くらい言いそうだ。
もちろんそうならないためにゲームをする前に『一等の景品はもうない』という旨は伝えるだろう。それでも良いという客しか遊ばせなければ良い。だけどそれでも自分の時にもう一等の景品がないと聞かされたら誰でもガッカリしたり腹を立てたりするはずだ。
つまりこれからの時間はそういうことが増える時間ということであり、クレーム対応などが増えるに違いない。それをこの子達に押し付けて俺達だけ早々に休憩をして遊んでいて良いのだろうか?
「事前に説明して納得していただいた方だけに遊んでいただきますし」
「そもそも九条様のクラスに来てクレームをつける人はいませんよ」
「え~……、そう……、なのですか?」
「「「「「そうなのです」」」」」
う~ん……。皆が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのかな?まぁ裏で在庫管理をしていた子達の手が空いてくるから店員の手が足りるとか、仕事が減ってきてすることがなくなるというのはその通りなんだろう。
「それじゃ咲耶様!お言葉に甘えて私達は休憩させてもらいましょうよ!」
「そう……、ですね。それでは申し訳ありませんが休憩させていただきますね」
「「「はいっ!いってらっしゃいませ九条様!」」」
何か体よく追い出されたという気もしないでもないけど、クラスメイト達の善意をありがたく受け取って俺達は予定より早く休憩に出た。そしてもう戻る必要もない。このままあと少しで三年三組の店は閉店だ。
「予定より時間が早くなって余っちゃいますね。どうしましょう?」
「う~ん……。そうですねぇ……」
元々これといって予定があるわけでもないのにさらに時間が余ってしまった。
「三年生の出し物は一通り確認しましたし他の学年の出し物を見に行きましょうか」
「そうですね」
「いこーいこー!」
三年生の出し物は午前中の休憩で全部確認出来た。タピオカミルクティーは飲んでないけど店自体は確認出来たし無理に行くほどじゃない。余裕があれば味見もしてみて良いかもしれないけど一先ず他を見てみることにした。
「二年一組は混んでますね」
「後回しにしましょうか」
家庭科調理室で二年一組の女装喫茶が行われている。でも昼前だからか、桜達の女装喫茶が人気だからか、結構な行列が出来ていた。今からあそこに並んで待つと遅くなってしまう。お昼時を過ぎたらまた行列が減るかもしれないし一先ず保留で後回しにすることにして次に行く。
「二年三組は教室でお化け屋敷みたいですね」
「酢橘達のクラスでしょ?寄りましょうよ咲耶様!」
「そうですね。あまり混雑していないようですし寄ってみましょうか」
薊ちゃんが行きたいと言うので並んでみることにした。二年三組は酢橘、檸檬、蜜柑のクラスだ。次々客が入っていくためか行列がそれほど長くない。これなら並んでもすぐに順番が回ってくる。
「くっ、九条様!?お化け屋敷に入られるんですか?」
「え?ええ。そのために並んでいたのですが……」
何か知らないけど俺達の番が来たから受付に行ったら係りに驚かれてしまった。この行列に並んでいたらそりゃこの出し物に参加するため以外にないだろう。何故驚かれたのか分からないけどとりあえず入場手続きを済ませて早速入ってみる。
「三人ずつまでらしいので一緒に入りましょうね!咲耶様!」
「並んだ順ですから仕方ありませんよね。それでは私達と一緒に入りましょう」
「はぁ?それではご一緒しましょうか」
なんでもこのお化け屋敷は一組につき三人までしか一緒に入れないらしい。それ以上のグループだったら分かれて入らなければならない。俺達は並んだ順にそのまま入ることになった。俺と薊ちゃんと皐月ちゃんの三人で一番に入る。
「さて……、一体どのような……」
「ばぁっ!」
「きゃー!こわーい!咲耶様~!」
「薊ちゃん……」
入ってすぐに真っ暗な教室内でメイクをした二年三組の子が脅かしてきた。それ自体はお化け屋敷なんだから当然なんだろうけど、薊ちゃんが棒読みで俺の腕に抱きついてきたことに何とも言えない気持ちになる。
「薊……、あざとすぎて咲耶ちゃんが呆れてますよ」
「いえ。あざといと思ったわけではないのですが……」
俺の反応に皐月ちゃんがそんな解説をしていた。それを認めてしまうと角が立つのでとりあえず否定しておく。それに本当にあざといとは思っていない。
「何よ!こういう時はこうやって素直に驚くのが礼儀ってもんでしょ!」
「なるほど……」
「咲耶ちゃん……」
俺が薊ちゃんの言葉に納得していると皐月ちゃんに変な目で見られていた。でも薊ちゃんが言うことも分からなくはない。例えて言うならジェットコースターで別に叫ぶ必要もないし大して怖いと思っていなくてもとりあえず叫ぶのと同じだ。怖いか怖くないかは関係なくて、ジェットコースターに乗ったからとりあえず叫ぶ。それでストレスも発散される。
お化け屋敷に入ったのだから、怖い怖くないに関わらず驚かされたらとりあえず驚いたり悲鳴を上げたりする。それだけでもストレスの発散になるし楽しめるだろう。面白い面白くないとか、怖い怖くないとか考えていては楽しめない。薊ちゃんが言いたかったのはそういうことだ。
「それでは私達もきちんと怖がりましょうか」
「う~ら~め~し~や~っ!」
俺がそう言った時に丁度次のお化けが出てきた。俺も小難しく考えたりせず素直に楽しむことにする。
「きゃ~。こわ~い」
「「「…………」」」
あるぇ?な~んか皐月ちゃんだけじゃなくてさっき同じことをした薊ちゃんにまで白い目で見られている気がするぞぉ?それから二年三組のお化けちゃんにもポカンとされている。何か急に恥ずかしくなってきた。
「さっ、さぁ、先へ進みましょうか」
「咲耶ちゃん……」
「咲耶様……」
「「「…………」」」
何か居た堪れない……。
「あら?薊ちゃん?またですか?」
いつまでも止まっていても仕方が無い。だから先に進んだわけだけど薊ちゃんがまた俺の腕を取ってきた。
「え?何がですか?」
「…………え?」
それなのに薊ちゃんの声は遠かった。振り返ってみれば……、俺の腕を取っていたのは……。
「ぐへへっ!九条様~!」
「九条様のお手手……」
「…………」
俺の腕を取り、手をニギニギしているのはお化けに扮している酢橘、檸檬、蜜柑だった。三人が俺の腕や手に取り付いている。これは……、驚いた方が良いのだろうか?
「きゃーおばけー。たすけてー」
「「「「「…………」」」」」
「咲耶ちゃんがお化けを怖いと思っていないことだけは分かりました」
「あぅ……」
何か皐月ちゃんに駄目出しされてしまった。酢橘達の視線も冷たい。俺ってそんなに演技下手かな?
そもそも俺は前世成人男性で一回死んだ経験があるわけで、今更お化けが怖いだの死ぬのが怖いだのと思うはずもない。意味もなく死にたいとは思わないけど、前世で一度死んでいるからか次にまた死ぬことになっても案外あっさり受け入れそうな気がする。
「あっ。もう出口ですね」
「ばあっ!!!」
「きゃっ」
「「「…………」」」
最後に終わりと思わせておいて出てきたお化けに驚いてあげたんだけどまた皆に白い目で見られている。だってしょうがないじゃないか。そこに居ることは気配で分かってたんだもん……。師匠並みとは言わないまでもせめてエモンか杏並みくらいには気配を消してくれないとそこに居ることが分かっちゃうよ。
「終わってしまいましたね」
「あははー!楽しかったねー!」
「咲耶ちゃんの大根っぷりがよく聞こえていましたよ」
「あ~……」
俺達がお化け屋敷から出て間もなく後ろのグループもすぐに出てきた。そしてどうやら皆にも俺の声は聞こえていたらしい。そりゃそうか。狭い教室に簡単な間仕切りを作ってコースにしているようなものだ。前後のグループの声なんて駄々漏れだわな……。
「え~……、次に行きましょうか」
「「「あははっ!」」」
何か皆に笑われてるなぁ……。まぁいいか。俺が少し恥ずかしい思いをしただけで皆が笑顔になれるのならそれはそれで良いことだ。
「一階に下りてきましたが次はどうしましょうか」
一年の知り合いである赤松のクラスの二組は研究発表をしている。銀杏の四組は作品展示らしい。作品展示って何だ?と思うけど、クラスの生徒達が何らかの作品を作って展示して並べているだけだった。
「あとの知り合いがいるクラスは露店や特別教室のお店ばかりのようですね」
まだ回っていない知り合いや友達のクラスの出し物は自分の教室じゃなくて違う場所でやっているものばかりだ。とりあえず残りの知り合いの店を見ようかと歩いていたけどお昼時だからか食品関係の店は混雑している。
「さすがにこの時間では飲食関係のお店は混雑が激しいですね」
「私達は食事の時間をずらしても問題ありませんから食事はお昼が終わって店が空いてからにしましょうか」
俺達は元々午後の休憩が遅くなるはずだった。その時に食事も済ませるつもりだったから遅くなっても気にならない。無理に今混雑しているお店に行って食事をする必要もないので食事時が過ぎて店が空くまで少し時間を潰そうかという流れになっている。
「あっ!じゃああそこに行きましょうよ!ガラガラですよ!」
「えっ……」
薊ちゃんが指差したのはプロの露店が集まっている一角のど真ん中にデカデカと建てられているテントだった。そのテントには近衛牡丹が印刷されている。お昼時だというのに誰一人並んでいない喫茶店であろう店だ。
「今年も冷やかしで覗いてみましょうよ!」
「薊ちゃん……」
確かに前にも冷やかし同然で見に行ったけど……、自分で冷やかしで覗いただけってはっきり言っちゃうのはどうなのかな?




