第千二百二話「三年五組の出し物は」
鬼灯と鈴蘭を加えた俺達はちょっと早めに講堂へとやってきた。ここで三年一組と三年五組の出し物が連続しているのはありがたい。ひまりちゃんとりんちゃん、百合と躑躅には見に行くことを約束していた。だから五組の出し物は外せない。
三つ葉とは別に約束をしていたわけじゃないけど折角同じ会場で連続して出し物をするんだから一組も観れるのなら観れば良いだろう。俺はあまり友達がいないし数少ない友達の出し物くらいはちゃんと観てあげた方が良いはずだ。
「あっ。すぐに三年一組の劇が始まるみたいですね」
「良いタイミングでしたね」
俺達が講堂に到着するとすぐに三年一組の出し物の観客を入れ始めた。もしかしたら少しくらい見逃すかと思っていたけど丁度良いタイミングだったようだ。
「残念ながら席は少し後ろになってしまいましたね」
「それはまぁ……、仕方がありませんね」
各クラスの出し物が終わると観客の入れ替えが行われる。俺達がやってきたのは一組の劇の開始直前だったから先に並んでいた観客から順に舞台に近い位置に座ることになる。俺達はこの劇の観賞が目的ではなかったから後ろの方に並んだだけだ。そうなると当然席は遠く後ろの方になる。
「どんな劇かなー?」
「タイトルは『女帝』となっていますね」
パンフレットには三年一組の劇は『女帝』と書かれている。でもそんな劇は聞いたことがない。わざわざ文化祭の出し物のためにオリジナルの劇を作ったのかもしれない。もしそうだったら相当凄いことじゃないだろうか?
元々ある何かの劇やドラマ、アニメなどの設定を流用してそれを演じるだけならそう難しくない。俺も前世の文化祭で劇をしたことがある。でもそれは既存の作品を多少アレンジしただけでオリジナルの劇をしたわけじゃない。
多少の台詞や演出は自分達で考えるとしても、世界観や設定、舞台などが決まっていて登場人物も分かりやすく配置されているベースがあれば劇をするのはそれほど難しいものじゃないと思う。だけど何のベースもなしにオリジナルの劇をやろうと思ったらかなり難しいはずだ。
ベースの物語があれば観客の大半もそれは『そういうもの』として理解してくれる。例えば『シンデレラ』をやれば細かい説明を省いても主人公が継母や義姉達にイジメられているとか、お城の舞踏会に行くとか、王子様に見初められるとか、大まかなストーリーを大半の人は知っているだろうし、知っている前提で進めることが出来る。
それに比べてオリジナルの劇だったら世界観や舞台、設定や登場人物の相関関係などを劇中にうまく織り交ぜて説明して観客に理解させなければならない。単純に説明するだけだと劇じゃなくてただの設定を説明するだけのものになってしまう。かといって最低限の説明もなければ何が何やら理解出来なくなる。
その辺りを調整しながら自然と世界観や相関関係を観客に理解させつつ、説明臭くならず過不足なく行うというのは相当難しい。すでに知れ渡っている作品を劇にするのとでは難易度は段違いだ。
「あっ!始まりますよ!」
席に着いて皆とどんな劇だろうかと話し合っていると幕が上がった。パチパチパチと観客達から拍手が起こる。俺達もいつまでも話していたら他の観客の迷惑になるから黙って劇に集中し始めたのだった。
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う~ん……。
「面白かったですね!」
「凄く良かったと思います」
「良く出来てましたね」
えぇ……。三年一組の劇を観て皆の感想はそういうものらしい。でも俺は一人だけ皆と意見が違う。はっきり言って劇の内容は微妙だった。
三年一組の劇『女帝』……。そのあらすじはだいたいこうだ。何でも出来る完璧な『女帝』と呼ばれる女子生徒がとある学校の問題を次々に解決していき掌握していく、というものだった。物凄く大雑把にいえばこれだけだ。
もちろん次々と起こる問題とか、その解決方法とか、色々と見せ場や盛り上がりはあった。だけどとにかくこの『女帝』という役が完璧すぎる。何をやらせても失敗しない。悩まない。博識で一瞬にして解決方法を編み出してしまう。
最後の方にはもうどうせ『女帝』がチャチャッと解決しちゃうんでしょ?みたいな変な信頼感まであった。そして実際そうだった。あれじゃまるで劇中の『女帝』を讃えるための劇のようだ。それを見せられて面白いか?
『女帝』に感情移入したり心酔しているのなら面白いかもしれない。でも俺はあの劇を観ていてもそうは思えなかった。面白いと思う人がいてもおかしくはないけど、正直な感想は『なんだかなぁ』というところだ。それなのにグループの子達だけじゃなくて観客達が大絶賛していた。やっぱり俺だけ感性がおかしいのかもしれない。
俺は前世持ちでしかも成人男性だったし、こんな貴族学校に通っているような上流階級の人達とは感性が違うんだろう。俺には微妙に思えた劇も彼ら彼女らには大ウケだった。それが全てだ。
「次は五組の演奏ですね!」
「一体どんな演奏なんでしょう」
観客の入れ替えが行われて再び席に着いた。俺達も一度出されている。以前は先に入った観客は出たくなければ出ないまま席を確保出来るようになっていた時もあったけど、それだとずっと最前列の良い席を占拠する者が出てしまう可能性もある。だから一つ終わると全員出されて入れ替えする方式になった。
前の観劇をしていたから一度出されたらまた席が後ろの方になってしまう。でも最前列じゃなくてもひまりちゃん達の頑張りはちゃんと観れる。それに失礼ながら五組の観客はそれほど多くないので席は割りと自由に取れた。
「あっ!もう始まりますよ」
「演奏なのかなー?ミュージカルなのかなー?」
早速幕が上がったので拍手をしてから舞台に注目する。
「「「…………」」」
「「「「「………………」」」」」
え~……。なぁにこれぇ~?
まだ始まって少ししか経っていないけど正直な感想がこれだ。はっきり言って何がしたいのかよく分からない。オペラなのか、ミュージカルなのか、楽器演奏なのか、どれも中途半端すぎて何をしたいのか分からないというのが感想だ。
演奏や歌唱が下手……、あまり上手ではないのは良いとしよう。そこは問題じゃない。問題なのはやっている本人達ですら何を目指しているか分からないまま色々なものを取り込んでごちゃ混ぜにしすぎたということだろう。
演奏が上手ではないとしても演奏なら演奏に特化しておけば良かった。あるいはオペラやミュージカルがやりたかったのならきちんとそういった舞台を参考にして真似しておけば良かった。それをせずに良い所取りをしようとしてごちゃ混ぜにしてしまった結果、どれも中途半端で何をしたいのか分からない。
「これは……」
「酷い……」
観客達の中にはチラホラと帰り始めている者もいる。残っている者も退屈そうにしていて少しざわついていた。先に観た一組の劇とは大違いだ。一組の劇の時は観客達も静かに観ていた。いや、泣いたり歓声を上げたりしている者はいたけど盛り上がっていたと言うべきか。
でもこちらの観客は皆退屈そうにしている。あまりちゃんと聴いていないように感じる。それは観客のマナーが悪いからではなく……、出し物が退屈だから仕方がない、というやつだ。
『お~っほっほっほっ!お~っほっほっほっ!お~っほっほっほっほっほ~~~~~っ!』
最後に百合が演じる主人公?らしきキャラクターが高笑いをして幕は下りた。観客の反応は……、まばらに拍手があるだけだ。
「先に一組の劇を観たせいか出来の差が余計に出ていましたね」
「そうですね」
確かにその通りだ。どちらも舞台の内容はオリジナルだった。まぁ五組の方を舞台や劇と言って良いのかは分からないけど……。ともかく一組の劇は内容が面白いかどうかはともかくよく出来ていた。説明ばかりになりすぎず、かといって観客が置いてけぼりにならないようにきちんとストーリーや相関関係が分かるようになっていた。
それに比べて五組の出し物はストーリーもよく分からないし相関関係も分からない。ただ主人公らしき百合が歌ったり踊ったりするのが中心だった。歌も踊りも演奏もどれも中途半端だったし、どれかに集中してきちんと練習をした方が良かったように思う。
そもそも楽器演奏のメインが百合、躑躅、デイジー、ガーベラ、りんちゃん、そしてひまりちゃんだったのが驚きだ。躑躅は西園寺家の教育方針で習わされていたのかそれなりに演奏出来ていた。デイジーとガーベラも洋楽器は習っていたのだろうと思える出来だった。
りんちゃんは地下家だから楽器を習っていてもおかしくない。それに俺達と関わっているから楽器に触れる機会も増えたのかもしれない。ひまりちゃんは難しい楽器じゃなくて比較的簡単な楽器だったけど生来の音感が優れているんだろう。
この面子の中で一番酷かったのは百合だ。百合は一条家のご令嬢なんだから本当だったら楽器くらい習わされていたはずだ。でも百合の演奏はこの主力メンバーの中でも一番酷かった。家が貧しくて楽器なんて習いに行っている暇はなかったはずのひまりちゃんよりも……。
それでもその百合ですら五組の中では楽器演奏が出来る方で色々と持ち換えて演奏してた。他の五組の生徒はギターとかを弾いている子はいたけど大半は楽器の素人という感じだ。ピアノやギターくらいなら出来る子もたまにはいるけどその程度。あとはもうドラムやシンバルを一つ叩くだけみたいな、小学生の演奏会みたいになっていた。
どうしてこれで演奏をやろうと思った?クラスメイト達も反対しなかったのか?
誰が言い出して決まったのか分からないけど、普通だったら楽器演奏が出来るメンバーが足りないと分かるだろう。そして普通ならその時点で出し物を変えることを考えるはずだ。ひまりちゃんが言っていた『ミュージカル風』という言葉に五組の生徒達も騙されて、深く考えずにこんなことになってしまったのではないだろうか。
「五組の子達、表情が引き攣ってましたね」
「まぁ待ってる間に他のクラスや有志の出し物も見ていたでしょうしね」
「練習時間の時点で自分達の実力ややろうとしてることの無謀さは気付いていたでしょうけど……」
やっぱり皆も辛口だなぁ。まぁ出来があれじゃ仕方がないけど……。
「私達はそろそろ教室に戻りましょう」
「あっ。もうそんな時間なんですね」
俺達の休憩時間はそろそろ終わりだ。もちろん一度戻ってもまた休憩はある。ただ俺達だけずっと休憩しているわけにもいかない。他のクラスメイトが休憩するためには俺達が戻らなければならない。そろそろ交代の時間が近づいているから鬼灯達とは別れて教室へと戻ることにした。
「お待たせいたしました」
「戻ったか、九条咲耶」
教室に戻ると柾達が接客をしていた。俺達も自分達のポジションに分かれて移動しながら準備を行う。
「藤花学園の文化祭も段々とクラスの出し物でも露店などが増えてきましたね」
「何を言っている?その道を切り拓いたのは九条咲耶、お前だろう?」
「はぁ?」
俺がまた景品係のポジションで働こうと思ったら柾がそんなことを言ってきた。何を言っているのか意味が分からない。
「分からないという顔をしているな……。ガスや水道がない教室でも喫茶店を成功させたことで、湯は電気で沸かせる、洗い物は出さない、あるいは洗い物は別の場所で済ませるというシステムを作り出したのは九条咲耶だ。そのお陰で学園が電源車と給水車を用意することでクラスの出し物で露店の幅が大きく広がった。クーラーボックスなどを利用したレモネードスタンドも参考にされてな」
「え~っと……」
そんなこと俺達がするまでもなく誰でも考え付くことだろう?昔はただ研究発表をするとか、演奏を披露するとか、劇をするとか、そういう定番ばかりに出し物が偏っていたけど、最近の風潮として変り種の出し物も増えてきたというだけだと思うけど……。
「はぁ……。九条咲耶は自分のしてきたことを分かってなさすぎる」
「すみません?」
何か怒られているのだけは分かる。あと俺が色々と仕出かしてきたというのもその通りだ。俺が問題や混乱を引き起こしてきた張本人だと生徒会長の立場から思っていて、それを注意してきているということだろう。
「後になって『当たり前』と思われるほどに浸透することだって一番最初に考え付くことは凄いことだ。当時の常識を打ち破り、新しい方法を考え浸透させる。それは誰にでも出来ることじゃない」
「そうですね?」
それはそうかもしれない。でも俺は何一つ新しいことなんて考え出していないし世間に浸透もさせていない。俺がやってきたことなんて前世の知識と経験を活かして少しだけ活用しただけだ。そもそも俺は電源車と給水車を持ってきて露店の幅を広げようなんてしたこともないし……。
「まったく通じていないな……。まぁいい。お前はそういう奴だ。お前はそのままでいい」
「えっと……、ありがとうございます?」
「「…………」」
何か微妙に柾と会話が噛み合わない。だから何と返事をしたものかと思ってとにかくそれらしく答えることしか出来なかった。




