第千百九十八話「文化祭迫る」
先週末は二条家のパーティーがあった。だから今朝はきっと教室に皆が集まっているだろう。俺はいつも通りの時間にしか登校出来ないけど他の子達はいつもより早く来てパーティーの話をして盛り上がっているに違いない。
「御機嫌よう」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「おはよー!」
「おはようございます咲耶ちゃん」
いつも通り玄関口の行列の間を抜けて教室にやってくると予想通りに大半の子はすでに登校してきていた。でもいつも元気に『おはようございます!』と言ってくれるあの子の姿がない。
「薊ちゃんはお化粧室ですか?」
「薊ですか?まだ来てませんよ」
「え?そうなのですか……」
自分の席に着いて荷物を片付けながら薊ちゃんの姿がないことを聞いてみたら皐月ちゃんにまだ来ていないと言われてしまった。紫苑が遅くてまだ来ていないのはいつものことだけど、薊ちゃんはこういう時は大体早く来ていることが多い。
別に何か約束していたわけでもないし、早く来なければならない決まりがあるわけでもない。だけどこういう時はいつも早めに来ている薊ちゃんがいないと違和感というか、何か足りないような気がしてしまう。それに何よりもいつも来ている子が来ていなかったら何かあったのかと思って心配になる。
「あっ、そんな表情をされなくても大丈夫ですよ。ただの寝坊というかいつも通りの時間に起きただけみたいです。チャットで連絡があったので」
「あぁ……、そうでしたか。それなら良いのです」
どうやら表情に出てしまっていたらしい。薊ちゃんが遅れていることに不安そうな表情を浮かべてしまったから皐月ちゃんが補足で説明してくれた。そう言われて俺も自分のスマートフォンを確認したら確かにそんなやり取りが残されていた。
俺も朝は百地流の朝練に行って、終わったらすぐにシャワーをしてから着替えて学園に向かう余裕のないスケジュールを送っている。車の中でもヘアセットや身だしなみに時間を使っているからスマートフォンをチェックしている暇はない。
そもそもいつもなら皆まだ寝ている……、ということはないだろうけど、まだ登校してきていないような時間だ。誰もわざわざこんな朝早くからグループチャットを利用しないし特別な用がなければ使うことも見ることもないだろう。
「こういう時に薊ちゃんが遅れてくるなんて珍しいですね」
「何もない日に突然早起きして用もなく早く来ることもあるのに、肝心な時に限って寝坊したりするタイプですよね」
「「あははっ……」」
そう言われて皆も苦笑いしか出来ない。確かにその通りなんだけど……、そういうタイプなんだけど……、それを言っちゃあお終いよ。身も蓋もない。
「それよりも二条家のパーティーでのダンス楽しかったですね」
「そうですね」
蓮華ちゃんの言葉に相槌を打ったけど『それよりも』ってちょっと酷いと思ったのは俺だけだろうか?何か皆の薊ちゃんの扱いが軽いような気がしてしまう。
もちろん皆は本気で薊ちゃんのことをどうでも良いと思っているわけじゃなくて、チャットで寝坊しただけだと分かっているからあまり気にしていないだけだというのは分かっている。ただ寝坊して遅れてきているだけなのに俺達の方がしんみりして会話もしないというのは違うだろう。
薊ちゃんが遅れているのは残念ではあるけど、だからって俺達もお通夜やお葬式のように静かに黙って待っているのではなく、薊ちゃんの分も先に話しておくくらいの気持ちで良いというのは同意だ。
「ハァッ!ハァッ!さっ……、咲耶様!おはようございます!」
「御機嫌よう薊ちゃん」
「薊ちゃんおはよー!」
「遅かったですね?」
「もぅ~!どうしてこんな日に限って寝坊しちゃったのよぉ~~~!」
「「「あははっ!」」」
俺達が先日のパーティーの話で盛り上がっていると薊ちゃんがいつも通りくらいの時間に登校してきた。薊ちゃんは残念そうにああ言っているけど皆は元気に登校してきた薊ちゃんに、表向きは笑いながらもホッとしている様子だった。やっぱり皆薊ちゃんのことを心配していたんだなと分かって俺もうれしく思う。
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薊ちゃんがいつも通りの時間に登校してくるという予想外のアクシデントはあったけどそれは大した問題じゃない。それよりも問題というか差し迫っていることがある。それは文化祭の開催日が近づいてきているということだ。
十一月に入って間もなく文化祭が開催される。二条家のパーティーは最近開催日が早くなっているので十月末の週末だった。つまりもう僅かな時間しか残されていないということだ!
「店舗のデザインどうする?」
「こっち材料足りない!」
「あ~も~!終わらない!」
「いたっ!針で指突いちゃった……」
文化祭の準備時間が取られているけどクラスはてんやわんやの大騒ぎだった。ミニゲーム類はもう出来ているし点数設定も終わっている。あとしなければならないのは店舗の内装と景品の作製だ。でもこれがまた大変で終わりが見えない。
店舗に関しては俺達は教室でするから場所の心配はない。だけど逆に教室でするからこそ内装に手をつけられるのは前日の最後の準備時間だけだ。もちろん事前に飾りつけのプランを練り、デザインを決めて、必要な材料や飾りつけを用意しておくことは出来る。むしろ今はそれを急ピッチで進めているところだ。
でも実際に教室を飾りつけるわけじゃなくてペーパープランを練るだけなので中々うまく纏まらない。
実際に飾り付けていればおかしな点があれば気付くし、無理、不可能というものがあればそこで躓く。だけど話し合って想像だけでデザインを決めていると中々イメージ出来なかったり、想像と違っていざやろうとしたら実際には難しかったり、様々な問題が出てくる。
そうならないように話し合ったり、現実的な案を出し合っているわけだけどそれが中々決まらないから困っているというわけだ。
そしてもっと問題なのが景品作製だ。内装なんて最悪の場合はその場で無理なものは諦めるとか、何か誤魔化したり変更しようもある。でも景品作製だけは数が数なので毎日地道に作り続けるしかない。いきなり一日で千個も二千個も作れるわけがなく、毎日こつこつと作ってようやく数を揃えることが出来るというものだ。
「九条様お一人で刺繍と粘土細工の仕上げをされているのに女子の大半でかかってる私達の方が遅いなんて……」
「それどころか粘土細工は男子まで手伝ってくれてるのに……」
「でも九条様の手捌きの速さを見たら納得でしょ?」
「「「確かに……」」」
…………?何か皆にじーっと見られている気がする。気のせい……、じゃないよな?これはあれか?さっさと景品を作れっていう無言の圧力か?
刺繍は真ん中や端にメインの図柄を入れるのは俺の仕事になっている。クラスの女子は周囲や枠を縫ったりしてくれているけど、今は俺がメインを仕上げた刺繍作品が山積みになっている。俺は家でも刺繍をしているから家で縫い終わった物を持ってきて学園でクラスの女子に周囲や枠を縫ってもらっている状態だ。
俺も家で縫ってるんだから皆も家に持って帰って縫ってもらえばもっと進むのかもしれない。だけど学園行事なのに家に持って帰ってプライベートな時間にまで刺繍を縫ってくれとは言えない。
「私……、家に持って帰ってメイド達にも結構手伝ってもらってるのに……」
「実は私も~……」
「それなのに私達全員分より九条様お一人の方が早いなんて……」
「しかも図柄が全然違うし……。私達なんてちょっと枠を縫ってるだけだよ……」
「でも九条様はおうちでメイドに手伝ってもらってるわけじゃないのよね……」
「「「「「あのステッチの速さを見たら一目瞭然でしょ……」」」」」
…………?また見られている?やっぱりもっと早くやれという無言の圧力かもしれない……。皆ごめん!俺のせいで作業が遅れてるんだな!せめて皆に迷惑をかけないように頑張るよ!うおおおおっ!!!
「「「まだ速くっ!?」」」
刺繍は一等の景品だからそんなに多くなくてもいいんじゃないかと言ったんだけど数千枚は必要だとか言われて驚いた。さすがにそんな数千枚も用意出来ないので最終的には千枚を目標に作れるだけということになったけどこれが終わらない。分業で大人数で縫っているけどそれでも千枚の壁は厚い。
「咲耶様~!こっちもベースが溜まってきましたよ!」
「あっ、はーい!すぐ参ります」
そして俺は刺繍だけしていれば良いというものじゃない。二等の景品である粘土細工も俺が仕上げなければならない。
粘土細工は決まった物を量産しているわけじゃなくてそれぞれ違う物を作っている。例えば猫の顔の置物?文鎮?だったり、男子向けだとアニメやゲームのキャラクターだったり、小物からフィギュアまでピンキリだ。
フィギュアのようなものだったら大まかな形のベースはクラスメイト達に作ってもらう。それを俺が受け取ってちゃんとしたポーズを作ったり顔や表情を作る。小物だって文鎮のようなものなら中身のベースはクラスメイトが作って、それに猫の顔とか兎の顔とかを俺が仕上げる。
分業出来ているから俺の負担は軽くなっているはずなんだけどこちらもいつまで経っても目標数に届かない。二等だから一等の倍で二千個を目標に!なんて言われたけど、仮に全部用意出来たとしたら一等で千個、二等で二千個って三千人もこんな出し物に来ないだろ?明らかに余ると思うんだよなぁ……。
しかも他にまだ三等、四等もあるわけで、末等じゃないけど参加賞としてクッキーの詰め合わせもある。クッキーの詰め合わせはミニゲームの参加者全員に配るから一等と二等が全部出るつもりで考えても三千人分必要ってことになるんじゃない?そんなに客来ないよね?
まぁあくまで目標であって実数はそこまで達しない。このペースでいけば目標数に足りないのは明らかだ。あくまで目標として用意しようとしていただけだから足りなくても問題ないと思うんだけど、そもそも何故クラスメイト達はそんな数を用意しようと言い出したのか……。
もちろん俺はそんなに客が来ないだろうから景品が残ってしまうと主張した。でも誰も聞き入れてくれず、生徒会長である柾やクラスの文化祭実行委員ですら反対しなかった。結果、予定数を完全に充足することは出来ないまでも目標数として設定するということで落ち着いたわけだ。
「ちょっと紫苑!中身入れすぎよ!」
「何よ!私が作ってるんだからいいじゃない!そう思うなら薊は薊で勝手に中身を減らせば良いでしょ!」
「紫苑がしてるから自由で勝手じゃないのよ!皆で使ってるんだから皆の入れる物がなくなっちゃうでしょ!」
俺が粘土細工で何かのゲームかアニメの女性キャラクターを作っているとそんな声が聞こえてきた。三等のエポキシレジンで小物かアクセサリーか何かを作っている薊ちゃんと紫苑が揉めている。
型にエポキシレジンを流し込んで、中に入れる小物を選んだり色をつけたりしているようだ。でも紫苑が一個の型に大量の中身を入れるから使いすぎだと注意されているらしい。
よくよく考えたら三等のエポキシレジンが一番素材というか材料費で言えば高価なんじゃないかと思う。一等の刺繍は手間はかかるけど材料は糸と布なわけだし、二等にいたってはただの粘土だ。四等の巾着が布と紐だけで安価で手軽だというのは妥当かもしれないけど、三等のエポキシレジンの小物が材料費としては一番高い。
まぁ手間で考えたら刺繍が一番かもしれないし、単純に材料費が高いから良いというものでもない。ただ二等と三等は逆でも良いんじゃないかな?と思うけどそれはもう今更の話だ。
俺が考えるべきは過ぎたことやすでに決まったことにケチをつけることではなく!今目の前の粘土に立ち向かうことだろう!
「うおっ!?このキャラ可愛い!」
「このボディライン……、エロ~!」
「え?九条様ってもしかしてプロの造型師?」
「速さといい完成度といい……、これで食っていけるよな」
「これが売られてたらいくら出してでも買うでゴザル!」
男子達に頼まれた粘土細工はちょっと難しいものが多い。気を抜いていると失敗したり変になったりする。前世の俺が知ってるキャラとかはほとんどいないんだけど、なんだかこうしていると前世を思い出す。俺も前世ではこういうフィギュア達を可愛がっていたものだ。だからこそ手を抜くわけにはいかない。
今は俺に出来る最高の手技を駆使して完璧なるフィギュア達を仕上げなければ!




