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第千百九十三話「二条家パーティー始まる」


 十月下旬の週末……、今日は二条家のパーティーの日だ。桜のパートナーを引き受けているのでパーティーの開始時間よりかなり早めに準備をして待っている。


 そう言えば桜と言えば少し前に文化祭の買出しに出た時に街でばったり出会ったんだっけ……。まぁ買出しと言っても俺には特に買出しの用はなくて百合達に強制的に連れていかれただけだけど……。その百合達も結局何も買わずに桜達の買出しについていっただけで終わったあれは何だったのか。


 そして桜と柳ちゃんに連れていかれたお店だけどまるで女装専門店とでもいうべきものだった。どんなお店があっても店主やオーナーの自由だから良いんだけどあんなニッチな店で儲かるんだろうか?別に儲けのためにやっているわけじゃないとしても、やっぱり趣味でも持続的に店を続けようと思ったら儲けがなければ続けられない。


 俺はオーナーらしき人に気に入られた?らしくてまた店に来ても良いと言われたけど、精神的には男とはいえ肉体的には間違いなく女性である俺が女装専門店に行って何を買うというんだろうか……。


 確かに女性でも着れるというか、女装なんだから女性用の衣類を中心に売ってるわけだけど、例え普通の女性用の衣類であってもあの店に置いてある品揃えはどれもファンシーすぎる。桜の日頃の格好が可愛すぎると思ったけどあそこで買って揃えていたのなら納得だ。


 まぁ多分桜はあそこで日頃の女装グッズを買っているわけじゃないだろうけど……。


 二条家ならわざわざあんな所で買わなくてももっと良い店でいくらでも女性用品でも化粧でも揃えることが出来る。桜があそこへ行っているのは同好の士が集まるからだと思う。多分?


「咲耶様、二条様がまいられました」


「あっ、はい。今参ります」


 椛が呼びに来たので玄関口へと向かう。二条家のパーティーだったらそんなに面倒でもないし緊張することもない。桜のパートナーというのも伊吹や槐と違って余計なことを要求されることもないので安心だ。


「お迎えにあがりました!咲耶お姉様!」


「御機嫌よう桜。そのドレス、とっても素敵ですね」


「ありがとうございます!咲耶お姉様のドレス姿もとっても素敵です!」


 玄関口に出ると間もなく二条家の車がロータリーに着いて桜が降りてきた。簡単な社交辞令を言ってから早速車に乗り込む。社交辞令とは言ったけど桜のドレスが可愛いのは本当だ。こういう挨拶自体が社交辞令だという意味であって、本心も社交辞令だという意味じゃない。


「咲耶お姉様!店長がまたいつでもお店に来てくださいって言われてましたよ!」


「そうですか。機会があればまた伺わせていただきますね」


 こっちは完全に社交辞令だ。そもそも俺が『女装専門店』に行く機会があるはずがない。こういう時の『機会があれば』は遠回しな『行くことはない』という意思表示だろう。ただはっきりと行くつもりはないと伝えると角が立つので『機会があれば』と遠回しに言っているに過ぎない。


 桜とは特に険悪な間柄というわけでもないので他愛ない話をしている間にあっという間にパーティー会場へと到着した。伊吹と車に乗っていると実際の何倍もの時間がかかっているような気がするけど、桜と話していると本当にあっという間だった。


「咲耶お姉様はこちらでお休みください!また後でお迎えに上がりますね!」


「はい」


 控え室に案内されたので大人しく待っておくことにする。桜はパーティーの準備に向かったけど俺はすることがない。招待客達が来る頃になると挨拶に出なければならないけど、同世代の子が桜しかいない二条家は準備が大変だろうと思う。


 九条家だったら俺が挨拶に出ていて兄が準備を進めるという分業が出来た。近衛家だって伊吹と山吹で分業出来る部分もあるだろう。それに比べて槐や桜は自分で準備をしつつ挨拶もしなければならない。鷹司家のパーティーは規模も小さいから準備も挨拶も少しで済むけど、この中では桜が一番一人で頑張っているんじゃないだろうか。


「お待たせいたしました咲耶お姉様!挨拶に行きましょう!」


「はい。それでは参りましょうか」


 控え室で少し時間を潰していると桜が戻ってきた。何もせずにただ待っているだけだったら退屈で長く感じたかもしれないけど、椛達が来て一緒に居てくれたからあまり長い時間退屈だとは感じなかった。やっぱりこういう時は誰かが一緒に居てくれると暇を持て余すことがなくて良い。


「御機嫌よう」


「御機嫌よう二条様、九条様。本日はお招きいただき……」


 会場前で待っていると間もなく招待客達がやって来始めた。ほとんどの人は当たり障りのない挨拶をしていくだけなのでこちらも定型文で返す。暫くそんな客が続いているかと思ったら知り合い達がやってきた。


「御機嫌よう咲耶ちゃん」


「こんばんは咲耶ちゃん」


「飴ちゃん食べる?」


「御機嫌ようマダム」


 樽マダム達がやって来たので俺の表情も自然と緩んでしまった。あまり付き合いのない年配の貴族達を相手にしても楽しいとは思えない。樽マダム達とはかなり歳が離れているけど、それでもやっぱり昔からの付き合いがあるから話も弾みやすい。それに樽マダム達も多分俺のことを孫のように可愛がってくれているんじゃないかと思う。俺の思い上がりじゃないはずだと思いたい。


「いつまでも私達が咲耶ちゃんを独占しているわけにはいかないわね」


「それじゃ咲耶ちゃん、また後でね」


「飴ちゃん食べる?」


「はい、マダム。それではまた後ほど」


 簡単な挨拶を済ませるとマダム達は会場へと入って行った。今は開始前の顔合わせなので長々としゃべるものじゃない。後ろが混まない程度に世間話くらいなら良いけどこれからどんどん招待客がやってくる。その辺りの見極めや引き際もさすが樽マダム達だ。


「咲耶お姉様は凄いですね」


「え……?」


 樽マダム達と簡単な挨拶をして見送ると桜がそんなことを言ってきた。何が凄いのか良く分からない。今俺が凄いって言われるような要素があっただろうか?


「あれだけ錚々たる方達を相手に堂々とされてますし、何よりあの政財界の重鎮達に気に入られてます!あの方達は気難しくて中々心を開いてもらえないって専らの評判なんですよ」


「へぇ……。そうなのですか?」


 う~ん……。俺には昔っからグランデで良くしてくれてたし、政財界の重鎮とか言われてもそんな感じもしない。どちらかと言えば子供の頃から知っている近所のおばちゃんくらいの感じだ。しかも滅茶苦茶気さくだし……。なんでそんな噂や評判になっているのか分からない。


「咲耶お姉様まったく実感されてませんよね?三条西綾子様は昔孫の婚約者を決める時に舐めた態度を取った相手の家を丸ごと叩き潰したんですよ?」


「まぁ!綾子様がですか?それはよほど怒らせるようなことをされたのでは?」


 いつも飴ちゃんを出してくるのが三条西綾子様だ。あれだけ気さくに飴ちゃんをくれるおばちゃんが怒るなんて相手が相当酷かったんじゃないのか?俺は滅多に飴ちゃんを貰わないのに綾子様が俺に対して怒っている所なんて見たことがないぞ?


「まだ小さい婚約者候補の態度がふざけているとかそんな話でしたよ?」


 桜が言うには綾子様のお孫さんも婚約者候補もまだ小さい子供だった頃の話で、その小さな子供がちょっとふざけていたとか舐めた態度だったということらしい。あの綾子様が子供がちょっと生意気だったとかそんなことで相手の家ごと潰したりするほど怒るだろうか?それは口実で別の理由とかがあったんじゃないのか?


「なんでも相手の子供に咲耶お姉様の幼少の頃はもっとしっかりしていたとか、咲耶お姉様を見習えと相当お怒りだったそうです」


「はぁ?」


 俺ってそんなにしっかりしてたか?確かに前世の記憶があったから幼少の頃から子供らしくはなかったかもしれないけど、前世は庶民だったからマナーや所作についてはむしろ同世代の子供達より遅くから習い始めたと言っても良いかもしれない。そんな俺の態度やマナーを見習えと普通は言わないだろう。


「岩崎文子様はとある会食でテーブルマナーがなっていなかった総理を退陣まで追い込んだとか」


「う~ん?」


 文子様も俺に対して怒っている所は見たことがない。それに総理だったら良い歳だろうし俺と比べるのは間違いだろう。総理と会食なんて仕事とは言わないまでも相当重要な場だったんだろうし、グランデで遊んでる時と態度や気持ちが違うのも当然だろう。


「岩崎様を怒らせて潰された会社や議員は数え切れないと言われてますよ」


「まぁ……、それはプライベートとは別でしょう?」


 仕事の都合で会食したり、相手を潰したりすることはあるだろう。俺が会っていたのはプライベートな時間のグランデだし、その後はパーティーでくらいしか顔を合わせていない。


「菊亭貴子様は今近衛家を潰す算段をつけていると言われてますよ」


「えっ!?それは大丈夫なのですか!?」


 桜の言葉に俺はギョッとした。いくら菊亭家といえども近衛家と敵対して無事に済むはずがない。今までの話で相手を潰しただのなんだのというのはそう大きな相手じゃなかったんだろう。そういう家が相手なら潰すことも難しくない。でも近衛家と事を構えるというのは冗談でも言って良いことじゃないだろう。


「菊亭様は伊吹さんに相当お怒りだそうで、近衛家の態度次第では近衛家と敵対するのも辞さないと言われているそうです。もちろん他のお二方も菊亭様に同調されていて近衛家、いえ、伊吹さん許すまじと言って憚らないとか」


「近衛様はお三方に何かしたのですか?」


 いくら樽マダム達といえど近衛家を相手にして無事に済むとは思えない。それを隠すことなく公言に近い形で言っているということは桜が言うように本当にお怒りだということだろう。樽マダム達がそこまで怒るなんて伊吹は一体何をしてしまったんだ?


「はぁ……。あのですね?あのお三方がそこまでお怒りなのは伊吹さんが咲耶お姉様に酷い態度や言動を繰り返してきたからです」


「…………えっ!?まっ、まさか……、そんなわけが……」


 俺が伊吹に色々されてきたのは事実だ。でもそんなことで樽マダム達が自分の家の命運を懸けてまでわざわざ近衛家と敵対する道を選ぶか?自分の家族だというのならともかく、別に子や孫の婚約者というわけでもない俺のためにそこまでしないだろう。


 もちろん近衛家と敵対したり潰そうとするということ自体は有り得る。でもそれは俺が伊吹とこんな関係だからとか色々やられたからじゃないはずだ。経済的な理由とか、経営的な理由とか、貴族社会や政財界の都合などであって、俺と伊吹の関係のせいというのは口実じゃないだろうか。


「咲耶お姉様……、よ~く考えてください。あのお三方が咲耶お姉様をどれほど可愛がってくださっているか。その可愛い孫とも言える咲耶お姉様が伊吹さんにされてきた仕打ちの数々を……。それでも黙っておられるほどあのお三方は甘くもお人好しでもないんですよ」


「――ッ」


 そうだ……。俺の思い上がりじゃなく樽マダム達は俺のことを本当に可愛がってくれている。まるで本当の孫のように……。その孫が伊吹みたいなアホボンに数々の嫌がらせをされたり、迷惑や苦労をかけられていると知ったらあの人達ならどう思うだろうか?


 例え自分の家や会社の命運を懸けてでも近衛家や近衛財閥に一矢報いようと立ち向かってくれる。そんな人達だと俺は知っているだろう?


「マダムッ!」


「咲耶お姉様!今は挨拶の時間ですよ。何も今すぐお三方を追いかけられなくともパーティーが始まってからでもお話をする時間はあります」


「そう……、ですね……。すみません。少し取り乱しました……」


 桜に止められて俺は我に返って挨拶を続けることを選んだ。樽マダム達だって別に今すぐどうこうというわけじゃない。今すぐ追いかけていってそんな話をしても意味はないだろう。むしろ落ち着いてタイミングを見計らって話した方が良い話題だ。


 いつもあんなにニコニコしていて俺に良くしてくれていた樽マダム達。そのマダム達がまさかそこまでしてくれていたなんて俺は思いも寄らなかった。桜に言われるまで樽マダム達が裏でそんなに動いてくれていることすら知らなかったなんて俺はとんだ間抜け野郎だ。


 でも……、そんなリスクを負わせてしまって申し訳ないと思う以上に……、うれしく思ってしまう。


 まるで優しいお婆ちゃん達のように思っていた。そのお婆ちゃん達が俺の知らない所で俺のために動いてくれていたなんて、それを知ってうれしくならないはずがない。


 ゲーム『恋に咲く花』では咲耶お嬢様にはそこまで身を挺して味方をしてくれる人はほとんどいなかったんだろう。でも俺は違う。今の俺はゲームの咲耶お嬢様と違ってこんなにも人に恵まれている。だから……、俺は絶対に断罪、破滅を回避してこれからも支えてくれた皆に恩返しをしていかなければならない!



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― 新着の感想 ―
[一言] 飴ちゃんオバさんの圧がつよい。 咲耶様も混乱したとき飴ちゃん食べる?って言ってたし伝染ってる。。。 飴ちゃんオバさんに無礼したガキ、何をしたんだ。。。 飴ちゃんを受け取らなかった?飴ちゃんを…
[気になる点] 伊吹をあの状態で放置して表に出してる時点で近衛家の信用はかなり落ちてるんだろうな…。 完全に引き際見失ってるし、次男に期待と言ってもその頃には離れてる家が多そう。
[一言] 桜の貴族情勢に明るいという一面をみるとちゃんと嫡男なんだなって事を実感させてくれますね。 咲耶様が疎すぎるだけなのかもしれないけど…。
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