第千百八十五話「文化祭の出し物を決める」
伊吹の気が逸れている間にこちらで話を進めておきたい。まずはクラスで全体的な希望を聞くのが良いだろう。はっきりこれとは決まらなくても大体の方向性が決まるだけでも絞りやすくなる。
「まずざっくりと販売系かショー系か、どちらが良いかクラスの意見を聞いてみましょうか。押小路様、お願いします」
「何故俺なんだ……」
「生徒会長でしょう?」
「生徒会長であって学級委員じゃない。三組には三組の学級委員がいるだろう」
まぁそれはそうなんだけど柾の残りの生徒会長任期も短くなってきたしそういう仕事をするのもあと僅かかなと思ったんだけど……。
「それでは今日は先生が司会進行をします」
枸杞がそう言って司会進行を買って出てくれた。俺が柾を指名したのはちょっとしたジョークだから実際にはクラスの学級委員がすると思っていた。今までの担任だったら自分は席にでも座って生徒に任せて放置していたくらいだ。それを思えば率先してやろうとしている枸杞は良い先生なのかもしれない。
でも担任がそれをやっちゃったら学級委員の仕事がなくなるんじゃないかな?別に良いけど……。
「じゃあ販売系が良い人」
「「「「「…………」」」」」
「ショー系が良い人!」
「「「「「…………」」」」」
おいぃっ!?何で誰も手を上げないんだよ!?どっちもゼロ票って有り得ないだろ!?皆文化祭をやりたくないのか?というか滅茶苦茶こちらを見られている気がする。まさか俺と違う方に手を上げたら何かされると思って俺と同じ方に手を上げようとしてるのか?だから俺が手を上げてないから誰も上げない?
「え~……、皆さん自分のやりたい方に手を上げられれば良いのですよ?」
「「「「「…………」」」」」
俺がそう言うと皆露骨に目を逸らした。そして枸杞がもう一度どちらが良いか聞いてくれたんだけど結局誰も手を上げなかった。
「紫苑はどうですか?どちらがやりたいですか?」
「咲耶様のやりたい方をしたいです!」
「薊ちゃんは?」
「う~ん……。私も咲耶様が希望される方がいいですね!」
駄目だこりゃ……。はっきり自分の意見を言ってくれそうな紫苑と薊ちゃんにまでこう言われてしまった。このままではいけないと思って皐月ちゃんに視線を送る。それを察して皐月ちゃんが頷いてくれた。
「私としてはこれまで販売系は何度もしてきましたからショー系が良いのではないかと思います。もちろんこれまで他のクラスだった方達はまた違う出し物をしてこられたでしょうから、それぞれこれまでの経験や希望が違うと思います。椿ちゃんはどうですか?」
「そうですねぇ……。確かに私達は販売系が多かったですが喫茶店のような多くの人手が必要ないものであれば販売系でも良いのではないかと思います」
おおっ!?ようやく……、ようやくクラス会議っぽくなってきたぞ!そうだよ。こういうのを求めていたんだよ!この調子で他の子達も色々と意見を出してもらいたい。
「私達は去年ショー系だったから今年は販売系でも良いかもしれませんね」
「そーだねー!当日あまり拘束されない販売なら良いかもー?」
「私はまた皆で何かショーをしたいかなぁ」
うんうん。順調だな。良い感じに議論出来ているぞ。うちのグループの子達の話を聞いてクラスも徐々に緊張が解けてきたのか出し物について話し始めた。
「それなら私はまた九条様の演奏が聴きたいわ~」
「え~?私だったら九条様がお作りになられたお菓子とか小物が欲しいかなぁ」
「でも販売って言ってもそういう物かどうか分からないじゃない?」
「そっかぁ……」
う~ん……。販売系と言っても確かに色々ある。単純に販売系、ショー系で分けても販売の中でも思ったのと違う案にされる可能性もあるわけで、それならショー系の方が良かったなんて思う子もいるかもしれないな。
「それでは大きく分けずにそれぞれ希望を聞いてみましょうか」
「わかりました。それでは九条様が言われた通りに今から自由に意見を出してください。先生が前に書いていきます。同系統の出し物は票を増やしていきます」
枸杞が俺の意見に合わせてそれぞれの意見を聞いてくれることになった。最初からこうしておけば良かったか。でもいきなりだったら結局皆意見を言えなかったかもしれない。やっぱりこの世界でも俺は嫌われ悪役令嬢で九条咲耶お嬢様に睨まれたら学園生活が送りにくくなると思われているんだな……。
「私はまた九条様の演奏が聴きたいです!」
「私は九条様の演劇が観てみたいわ」
「僕は九条様のお菓子か手料理を食べたい!」
「以前の小物は買いそびれてしまったからまた九条様の手作り小物販売をして欲しいです」
皆順調に意見を言っている。でも何かやたら九条様、九条様って聞こえるなぁ……。ここでもやっぱり俺は九条咲耶お嬢様として悪役令嬢の扱いなのか……。
「九条様はいかがですか?」
ついに枸杞が俺に話を振ってきた。一応ある程度は考えているけどこれだというものはない。
「う~ん……。当日あまり手のかからない簡単な販売系でどうかとは思っていたのですが……」
「簡単な販売系とは?」
枸杞が食い下がってきた。確かに俺の意見じゃざっくりしすぎていて黒板に書けないよな。ただ本当にそれ以上のことを考えていなかったので俺もうまく言えずに困る。
例えば当日簡単に済ませられる販売といえばカキ氷とかジュース類だろうか。以前やったレモネードスタンドなんかは調理や洗い物がほとんどないから数人の店員を置いておくだけで出来た。カキ氷も同じだろう。カップとスプーンは使い捨てにすれば洗い物も出ないし簡単だ。
他には射的とか、ヨーヨー掬いとか、スーパーボール掬いとか、その手の出し物は人手もスペースもかからない。プロの露店が来るから内容が被りやすいといえばそうなんだけど、お手軽で当日の人手も最小限で済む。ただそれだけだとやっぱりつまらないよな。
「何か簡単なゲームをして景品を貰えるようなものはどうでしょうか?型抜きとか射的とか輪投げみたいな簡単なゲームで良いのです」
「なるほど」
これでも俺の意見はまだ広いから枸杞も書き方に困っていた。でも一応それでオッケーと思ってくれたのか次の人に意見を聞いている。やがて色々な意見が出尽くしてからまた議論が交わされて最終的に多数決を取ることになった。
ここまでの間ずっと伊吹は錦織が足止めしてくれていたので余計な口を挟んでくる暇もなかったようだ。柳ちゃんを生贄に差し出してよかった。さすが頼りになる男だな!
「それでは多数決の結果九条様の景品付きミニゲームに決定いたしました」
ワーッ!とかパチパチパチッ!とクラス中が沸いた。でもそれって忖度とか斟酌になってないかな?皆俺に遠慮して俺の意見に賛同したような気がしてしまう。
「それではミニゲームと景品の内容を決めましょう」
「景品は絶対九条様の手作りがいただけるものが良いよね!」
「それは必須でしょ!」
「むしろそうじゃなかったら俺達が他のクラスの奴らにヤられる!」
おお……。それはあれか。言いだしっぺの俺が何か作って用意しろよってことを遠回しに言われてるっぽいな……。すまん……。じゃあ景品は俺が頑張るよ。
「ゲームは九条様が言われた射的や輪投げみたいなもので良いのでは?」
「いくつかセットを作って同時に出来るようにすれば客もある程度捌けますよね」
輪投げだと簡単すぎるとか、射的だと男子が有利じゃないかと散々議論された結果、どちらも用意することで決着となった。もちろん挑戦する競技によって景品を変える。同じだったらより簡単で取りやすい方に人気が殺到してしまうからな。
「最低限参加賞でも何か貰いたいですよね」
「九条様、参加賞に配れるものって何かありますか?」
「え?そうですねぇ……。やはり参加賞ですし消え物でクッキーの詰め合わせとかでしょうか?」
クッキーならたくさん作りやすいしある程度は日持ちもする。事前に作っておけばそれなりの量を確保出来るだろう。
「いいですね!九条様の手作りクッキーならそれだけでも参加する価値がありますよ!」
「えっ!?」
ちょっと待って欲しい。俺が一人で全員分の参加賞のクッキーを用意するのか?それは一体どれだけクッキーを焼かなければならないんだ?いくらクッキーは簡単とは言っても限度はあるぞ?
「全て私一人で用意するのですか?」
「それはさすがに九条様のご負担が……」
「でも九条様以外のものが当たった子は可哀想ですよね……」
「「「う~ん……」」」
どうやらクラスメイト達もさすがに全て俺が用意するというのは現実的ではないと分かっていたようだ。でもそれなら最初から全部俺が用意するって考えなければ良かったのでは?
「例えば五枚とかの詰め合わせで一枚だけ個別包装で九条様の手作りクッキーを入れるというのは?」
「なるほど!それなら九条様が百枚焼かれたら百人分の参加賞クッキーが用意出来ますね!」
いやいやいや……。君ら気軽に百枚って言ってくれてるけどクッキー百枚を焼くって結構大変だぞ?いくら比較的簡単なクッキーでも何百枚も焼くって本当に大変だからな?まぁ百枚と言わず何百枚も焼いた経験があるんですけどね……。
「それから射的と輪投げのポイントを決めて何点以上は何賞、何点以上は何賞って分ける必要がありますね」
「それで点数に応じた賞で景品と交換にするんだね?」
「そうそう!景品はもちろん九条様の手作りで!」
「えっ!?」
さっき参加賞のクッキーは俺が結構な枚数を焼くことになったんじゃなかったかな?それなのに各賞の景品も俺が作るのか?それって俺ばっかりの出し物にならない?作れないとかじゃなくてそれって俺の店みたいになっちゃうよね?クラスの文化祭としてどうなんだ?
「全部の賞に九条様の景品は現実的じゃないから九条様の景品は一等賞とか上位の賞だけですよね。それ以外は私達が作りましょうよ」
「そうだな~」
「でもそれじゃ景品何にする?」
「それも何等賞かによって変わるよね」
ほっ……。よかった……。さすがに全部の景品を俺が作るというのはしんどい。何百個作ることになるか分からないし……。一応皆も作ってくれるようだし一安心だな。
「おい!ちょっと待て!俺様をおいて勝手に決めるんじゃない!俺様はそんなくだらない出し物認めないぞ!」
「近衛様、多数決で決まりましたのでどうぞ近衛様と鷹司様も今からでもどこにでも票を入れてください。どこに入れても結果は変わりませんが同じクラスメイトとして近衛様と鷹司様の一票は尊重いたしますよ」
「ふざけるな!俺様が女装・男装喫茶だと言ったらそうなんだよ!」
あ~も~……。折角伊吹達を抜きにして決められそうだったのに良い所でこちらに参加しやがって……。錦織の方を見たら困り顔で首を振っていた。どうやらもうちょっと足止めするというのは無理だったようだ。仕方がない。
「ですから近衛様が有志でそういった出し物をされるのならば近衛様が自らメンバーを集めて有志の出し物をされれば良いのですよ。三年三組のミニゲームは近衛様と鷹司様を笑顔で送り出します。どうぞご自身のお好きな出し物をご自身でご用意ください」
「~~~~~っ!ああ、分かった!じゃあそうしてやる!もうお前達が俺様達に戻ってきて欲しいって言っても戻ってやらないからな!いくぞ槐!」
「待ってよ伊吹!クラスに残った方が良いよ!」
「うるさい!あそこまで言われて残れるか!」
伊吹はそう言うと槐を連れてクラスを出て行った。一応クラス会議とはいえ授業中だから勝手に出て行くのはどうかと思うけど誰も止めない。担任ですら笑顔で手を振っているんだから良いんだろう。
「え~……、それでは思わぬアクシデントもありましたが続けましょうか」
「「「はい」」」
何かクラスの皆も『またか』みたいな感じでスルーしてるなぁ。伊吹の癇癪はもう皆慣れっこなのかもしれない。こんなことに慣れたくはないけどここ最近の伊吹はずっとあんな感じだしな。
伊吹も昔はここまで酷くはなかったのに年々酷くなってきているような気がする。普通だったら成長するにつれて癇癪とかわがままがマシになっていくものだと思うけど、伊吹の場合は幼児退行でもしてしまっているんだろうか?
「それじゃ景品は何にする?」
「昔九条様が作られた銀細工は素敵だったわ!」
「シルバークレイは結構なお値段がするからミニゲームの景品じゃ吊り合わないよ」
それはそうだな。シルバーアクセサリー一つで数千円くらいかかるのに、一回数百円のミニゲームの景品にしていては価格が吊り合わない。いくらクラス予算から出すから儲けなんて関係ないと言っても常識というものがある。明らかに商品や景品と価格が吊り合わないものは生徒会によって許可されない。意図的な利益誘導をすることも可能になってしまうからな。
「シルバーは無理でも粘土の小物とかは?」
「昔の出し物で刺繍もありましたよね」
手間という点では刺繍も吊り合わない気がするけど材料費自体はそう高いものでもない。こうして伊吹達がいなくなって平和になった三組は次々と出し物の内容を決めていったのだった。




