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第百十八話「夏期講習」


 七月も中旬から下旬に入る頃、今日は一学期の終わり、終業式の日だ。


「あ~……、これでしばらく咲耶様とお会い出来ないなんて……、寂しくて薊は死んでしまいそうです……」


「薊ちゃん……」


 俺の腕にヒシッ!とくっついた薊ちゃんがウルウルしながらそんなことをいう。何か段々薊ちゃんの症状が悪化してきている気がする。前までも長期休暇で会えなくなるのを寂しがってはいたようだけど、ここまでじゃなかったように思う。


 それが今はどうだ?今にも泣き出しそうな顔でウルウルと俺を見詰めながら、腕にぴったりとくっついてしなだれかかっている。俺が男だったら勘違いしちゃうぞ?まぁ精神的には男のつもりなんだけど……。


「今回は休みの間に約束がありませんものね……」


「皐月ちゃん……」


 薊ちゃんと逆の腕の袖をそっと皐月ちゃんが握っていた。手や腕じゃなくて制服の袖をそっと握っているのが皐月ちゃんらしい。


「それじゃ夏休みに遊ぶお約束しよーよ!」


「きゃっ!譲葉ちゃん!」


 両腕を取られていた俺の後ろから譲葉ちゃんが抱きついて来た。せめてもうちょっと胸が成長してからそうしてくれるともっとうれしかったんだけど……。さすがに俺達の年で胸が張っているということはない。まぁ今の関係のまま大きくなれば、きっと体が女性になってきてからもこうしてスキンシップを取ってくれるだろう。その時を楽しみに待とう。


「今年は咲耶ちゃんも近衛様のパーティーに参加されるのでしょう?その時にお会いできますよ」


「そうですね。夏休みは咲耶ちゃんも忙しいでしょうし、譲葉ちゃんも無理を言って咲耶ちゃんを困らせてはいけませんよ」


「そう……、ですね。近衛様のパーティーでお会い出来ますよ」


 皆がワラワラと集まってきて結局いつも通りにこの辺りだけ何故か桃色の空間が広がる。とても素晴らしい。ここは俺にとってのパラダイスだ。


 皆から見たら俺は同性である女の子に見えるんだろう。でも俺の精神は男だ。だから俺はこうして女の子に囲まれると何というか、こう……、うれしいような恥ずかしいような……、そんな感じがしてしまう。


 俺は百合百合しているのは好きだけど、ロリでもペドでもない。ただ女の子達がキャッキャウフフしているのが好きなだけだ。


 だけど……、こうして皆が無防備に俺に接触してくると変な性癖に目覚めそうになってしまう。必死に自制しているけど、今はともかく、あと何年かして皆が次第に女性的になってきたら、果たして俺は我慢出来るだろうか。皆があまりに魅力的すぎてその自信が次第になくなってきている。


 あまりそういうことを意識していると余計気になってしまうから気を逸らせるために別のことを考える。


 さっきも言ったけど今年の夏休みは近衛家のパーティーに出なければならない。どうやら近衛家の夏のパーティーは相当大規模なもののようで五北会のメンバーだけじゃなくて、咲耶お嬢様グループの皆も招待されているようだ。だから夏休み中も近衛家のパーティーで皆と会える。


 パーティーに行くのはあまり乗り気じゃないけど、夏休み中でも皆に会えるというのは楽しみだ。せめてそれくらいの楽しみはなければ近衛家のパーティーなんて行ってられない。


「それでは申し訳ありませんがお先に失礼いたしますね」


「あっ、私もー!」


「御機嫌よう」


 皆がバラバラと帰りだす。終業式の日はサロンに寄らない子も多い。蓮華ちゃんや譲葉ちゃんが帰り、それに続いて皆次々に帰って行く。薊ちゃんも皐月ちゃんも帰って、俺もサロンに寄らないから今日は真っ直ぐ帰る。


 これから夏休みの間、皆に会えないのは寂しいけど、パーティーで会える日を楽しみに家に帰ったのだった。




  ~~~~~~~




 夏休みに入っても基本的に俺の生活は変わらない。学園が休みになった分だけ蕾萌会の夏期講習と百地流の修行が増えるだけだ。


 いつもなら盆休みの前から盆休み後までの長い期間、家族旅行に出掛けるのが恒例行事となっている。でも今年はお盆の頃に近衛家のパーティーがあるから、家族旅行の日程がいつも通りとはいかない。


 今回は家族旅行の出発も終了も早くなっている。日数も短くなっているし、本当に近衛家のパーティーは邪魔なタイミングに入っているものだ。


 まぁ今更決まっていることをとやかく言っても仕方がない。それよりも今は今出来ることを頑張ろう。とくに家族旅行に行くまでに蕾萌会の夏期講習をある程度進めておかなければ……。


「御機嫌よう菖蒲先生」


「咲耶ちゃん、おはよう」


 あ~、菖蒲先生は何かほわわんとしてて見てるとほっこりするなぁ。とても良い先生だし塾の講師じゃなくて学校の先生にでもなった方がよかったんじゃないだろうか。


 塾の講師をしているくらいだからそういう道には興味もあったんだろうし、それなのに塾の講師をしているということは色々とあるんだろうけど……。


「うわ、高辻先生だ」


「高辻先生いいよなぁ……」


 お?夏期講習だから普段顔を合わせない年上の生徒達もいっぱい来ているけど、野郎共は皆菖蒲先生を見てだらしない顔をしているな。やっぱり菖蒲先生は人気なんだな。


 ちょっと勉強のことになると暴走することもあるけど、授業は丁寧だし、教え方も上手だし、何より普段はおっとり美人さんだからな。そりゃ男子から人気もあるだろう。俺だって男だったらきっと菖蒲先生に憧れるに違いない。


「高辻先生ってやっぱり彼氏とかいるのかな?」


「ばーか。お前なんかじゃ相手にされないよ」


 やっぱりある程度年上の男子生徒達は菖蒲先生をそういう目で見てるんだなぁ。でも残念だったな!菖蒲先生は俺の担当だ!他にも受け持っている生徒はいるだろうけど、一人の先生が見れる生徒の数は知れている。そのほんの数人の生徒によって菖蒲先生は独占されているのだ!


 うらやましいか?うらやましいだろう?でも変わってあげない。俺が卒業するまでずっと菖蒲先生は俺の担当だ!


「この前高辻先生が男と歩いているのを見たよ」


「え?」


 え?菖蒲先生に……、男?


「たまたまじゃないのか?」


「いや、色んな場所で何人も目撃者がいるって」


「ちぇっ……。やっぱり彼氏くらいいるかー」


「そりゃあれだけ美人で良い先生だったらなー」


 嘘……。菖蒲先生に彼氏が?


 いや……、そりゃいても何もおかしくないんだけど……。そもそも俺と菖蒲先生は何の関係もないわけで、俺がとやかく言うことでもないんだけど……、何というか……、物凄くショックだ。


 俺と菖蒲先生は特別な関係でもないし、年も離れすぎている。菖蒲先生が何歳か具体的にわからないけど俺とでは確実に十何歳は離れているだろう。そもそも俺と菖蒲先生は同性だし、そういう対象としても見られていないだろうけど……。


 何というか……、物凄い自分勝手な感情だけど、何かとてもモヤッとする。せめてその相手が良い人だったらいいけど……、もし菖蒲先生を泣かせるような奴だったらと思うと心配でならない。


「どうかしたの?咲耶ちゃん?」


「あっ、いえ……。何でもありません」


 本当はすごく気になるけど……、塾の講師と生徒でしかない俺が菖蒲先生のプライベートに踏み込んで聞くのも憚られる。気になるけど……、聞きたいけど……。ぐっと我慢して受けた講習はあまり集中出来ていなかったのだった。




  ~~~~~~~




 今日も蕾萌会の夏期講習にやってきている。ちょっと早めに到着してしまったから塾の中を歩いて適当に時間を潰す。席にも限りがあるし担当講師の時間があるから、早く来たから早く始められるというものでもない。前の授業が終わるまでは待つしかない。


「高辻先生、例の恋人とはうまくいってるんですか?」


「え~?恋人じゃないですってば~。も~!」


 蕾萌会のビル内を歩いていると、休憩中の講師達の会話が聞こえてきた。菖蒲先生が他の講師と一緒に授業の合間に休憩しているようだ。そして今の会話は……。


「でもここ最近毎日毎日、とても仲が良さそうじゃないですか。高辻先生もここの所いつもうれしそうにしていますし」


「それは今の季節は普段よりたくさん、長く会えますし……。って、だからそんなんじゃないって言ってるじゃないですかー!」


 同僚の講師と楽しそうに会話している菖蒲先生はとても幸せそうな顔をしていた。そうか……。そりゃそうだよな……。先生だって年頃の女性だ。恋人の一人や二人、いやいや、二人はいたらまずいけど、恋人くらいはいるだろう。


 そもそも周りが菖蒲先生ほどの女性を放っておかないだろう。もし俺が菖蒲先生の周りにいる男だったら絶対黙ってない。あちこちからお誘いもたくさん受けているに違いない。まさに選り取り見取りだ。


 そうか……。菖蒲先生が……。


 塾の生徒達が言ってる間はまだただの噂かとも思えたけど、同僚の講師とああやって会話して、それもあんなにうれしそうな顔をしている所を見てしまったんじゃ否定しようもない。


 別に独占したかったわけでも、出来ると思っていたわけでもないけど……、何というか……、物凄い寂しいというか何というか……。


 これはきっと子供のわがままな気持ちだろう。母親とか、保母さんとか、そういう立場の相手に対する気持ちと同じ類のものだと思う。自分が信頼していて頼りにしている相手が、自分の知らない所で他の者と親しくしていて幸せそうにしている。そこに感じる嫉妬とかそういうものだと思う。


 それはわかってるけど……、それに俺と菖蒲先生ではあまりに立場が違いすぎるけど……、何かチクリと胸が痛い。自分の恋人でもないし、そうする予定もなかったのに、人に奪われたと思うとこうも胸が苦しくなる。


 俺はとても嫌な奴だな……。素直に菖蒲先生の幸せを祝ってあげられないなんて……。


 ああ、これから菖蒲先生とどんな顔で会えば良いんだろう。




  ~~~~~~~




「あら?咲耶ちゃん?今日は早いのね」


「ええ、まぁ……」


 でも時間はすぐにやってくる。菖蒲先生の休憩が終われば次は俺との授業だ。俺はさっきの会話が気になって集中出来ない。でも菖蒲先生はいつも通りニコニコしていた。


「どうしたの?咲耶ちゃん?今日は随分集中出来ていないわね?」


「え?あ~……。そうですね……」


 席に着いて授業が始まったけど菖蒲先生の言う通り、今日の俺はまるで集中出来ていない。ずっとさっきの会話が気になっている。


「菖蒲先生は最近恋人が出来たのですか?」


「え?恋人?あははっ!まっさか~!そんな時間なんてないわよ」


 気になって仕方がないから先生に直接聞いてみた。でも先生はそう言ってとぼける。


「先ほど、偶然休憩中の菖蒲先生達の会話を聞いてしまいました」


「休憩中……?あっ!あれは……」


 俺がさっきの会話を聞いていたと言うと、何かに気付いたらしい先生は真っ赤になって何か言おうとして言えずに言葉に詰まった。やっぱりそうなんだ……。証拠を突きつけたら言葉に詰まるってことは……。


「あっ、あれは違うのよ!咲耶ちゃんが気を悪くしたのなら謝るわ。あれは他の先生達が勝手に言ってるだけなの」


 ようやく何とか言葉を紡いだ菖蒲先生の言葉にちょっと首を傾げる。何で菖蒲先生に恋人が出来たからって俺が気を悪くして謝るんだ?菖蒲先生の言っていることの因果関係がわからない。


「あの?」


「だからね!私と咲耶ちゃんが仲が良いからって他の先生方が勝手に私と咲耶ちゃんが恋人だって言ってるだけなのよ!咲耶ちゃんが気を悪くしたのなら謝るわ」


 …………は?


「それじゃさっきの恋人っていうのは……」


「え?だから私と咲耶ちゃんが恋人同士だってからかわれてた話でしょ?」


 ん?さっきの話の菖蒲先生の恋人っていうのは俺のことだったのか?


 いや……、でも他の生徒達の話では確か最近よく男性と一緒に……。


「最近菖蒲先生とよく一緒にいると噂の男性は?」


「ああ、弟のこと?今年から就職してこちらに出て来ているのよ。こちらでの生活にもまだ慣れていないようだし、一緒に帰ったり出掛けたりしているのよ。咲耶ちゃんよくそんなことを知っていたわね。どこかで見られていたのかしら?」


 …………あ~、弟……。そういえば新年度が始まってからだもんね。そんな噂が出て来たのは。


 あ~、そう……。今年から就職してこっちに出て来たんだ。へぇ……。なるほど……。


「弟さんだったのですか……。菖蒲先生に男性の影がちらついていると聞いて驚いてしまいました」


「え?咲耶ちゃん……?それって……?」


 俺の呟きを聞いて菖蒲先生がこちらをじっと見てくる。その顔は少し赤らんで見えた。そして菖蒲先生の瞳に映る俺もきっと少し赤らんでいるだろう。頬が火照っているようにほんのり温かい気がする。


「いえ……、あの……」


「あっ……、その……」


 二人でお互いに視線を彷徨わせてモジモジする。何だろう、この空間は……。


 でも……、何だかうれしくて恥ずかしいこの時間と空間も、そんなに嫌だとは思わなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] よく失恋する咲夜お嬢様、なお本人は同性愛、ロリ、ペト、等々の趣味はないと主張する模様。 その上勝手に失恋する。
[良い点] 大丈夫大丈夫、二次性徴を迎える頃には咲耶ちゃんも(心身ともに)立派な女の子になってるから( ˘ω˘ ) [一言] 咲耶ちゃん、それは一度入ると抜け出せない底なし沼のような幼女( ˘ω˘ )…
[一言] キマシタワーを建てよう!
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