第千百八十話「最後の体育祭始まる」
「御機嫌よう」
今日もいつも通り皐月ちゃん、薊ちゃんと三人で五北会サロンへとやってきた。でも今日はいつもと違って俺が入室すると笑顔の桜が近づいてきた。それを見て内容は予想出来たんだけど黙って桜を待つ。
「御機嫌よう咲耶お姉様!」
「ええ。御機嫌よう桜」
俺の前にやってきた桜は元気良く挨拶をした。俺も桜に挨拶を返す。相変わらずニコニコしている桜は封筒を差し出してきた。やっぱり二条家のパーティーの招待状を配りにきたようだ。
「咲耶お姉様、二条家のパーティーの招待状です!」
「はい。確認いたしますね」
受け取った招待状を確認する。とはいえ俺の言うことはいつもと変わらない。こういう時の俺の答えは一つだけだ。
「確認いたしました。お返事は家に帰って家族と相談の上でさせていただきます」
「はいっ!よろしくお願いします!」
俺がパーティーに出るか出ないかを決めるのは実質的に母だ。俺がいくら行きたくないと思っていても母が出席するように決めたら出席しなければならない。逆に俺が出たいと思っていても母が反対すれば欠席させられるだろう。
まぁ実際に俺は行きたいと思っていたのに母に反対されて欠席したパーティーというものはない。出席を断ったパーティーはあるけどその場合は俺も行きたくなかったか、何らかの事情があったものが大半であり、理由も事情もないのに俺が行きたいパーティーを母の意向で欠席させられたことはなかった。
ただし逆に俺は行きたくなかったのに母の意向で出席させられたパーティーは割とある。それは母が横暴だったわけじゃなくて、貴族として出席しなければならないパーティーなのに俺は行きたくないと思っていただけのケースが大半だろう。
そういう意味では母の意向でとか言ってるけど無理やり嫌なことをさせられているわけではなく、むしろ貴族として当然の対応を母に求められているだけとも言える。俺がそれを渋ったり嫌がっているに過ぎない。
二条家のパーティーなら例年のことだし俺も欠席したいと思っているわけでもない。母も恐らく桜のパートナーとして出席するように言うだろう。だけどこれまでもそうだったからといってここで俺が勝手に返事をするわけにはいかない。桜もそれが分かっているから俺の返事を聞いても予想通りという顔で他のサロンメンバー達に招待状を配り始めた。
「もう二条家のパーティーの季節なんですね」
「薊ちゃん……、そうですね。時間なんてあっという間ですね」
招待状を受け取ってこちらにやってきた薊ちゃんの言葉にしみじみと答える。一時期に比べたら二条家のパーティー開催時期が早くなっているとはいえ、それでももう二条家のパーティーのお知らせや招待状が来るような時期になってしまった。
今年度で俺の人生が決まってしまうかもしれない。そんな大事な時期だというのに何も出来ず、何も決まらないままに過ぎてしまっているのではないか?そんな焦りが俺の中に生まれてくる。
「残るは鷹司家のパーティーくらいですけど鷹司家のパーティーだと私達くらいしか呼ばれませんし、全員で楽しめるパーティーはこの二条家のパーティーが最後になるかもしれませんね」
「皐月ちゃん……」
皐月ちゃんの言葉に俺は若干動揺した。言われるまでもなく分かっていることのはずだったのに、いざ他の人にそう言われたら動揺してしまう。
鷹司家のパーティーはサロンメンバーくらいしか呼ばれない。そうなると四組や五組のメンバーまで全員が呼ばれるパーティーなんて次の二条家のパーティーで最後だろう。卒業パーティーは卒業生全員が呼ばれるけど、もしゲーム通り咲耶お嬢様の断罪が起こるのならば俺にとっては卒業パーティーはゆっくりしている暇もない。
皐月ちゃんは卒業パーティーで俺の断罪があるかもしれないことなんて知らないだろう。だから本当の意味での最後のパーティーは卒業パーティーがあることは分かっているはずだ。でも俺はまるで卒業パーティーで断罪があるから二条家のパーティーが最後だと言われたような気がして落ち着かなかった。
~~~~~~~
あれこれしている間にあっという間に十月に入ってしまった。十月に入って間もなく体育祭の日がやってきた。
「咲耶様!今日は絶対勝ちましょうね!」
「そうですね。勝ち負けのみに囚われる必要はありませんが、やるからには勝ちたいですね」
紫苑の言葉に同意して頷いておく。勝つためにやるわけじゃないし、勝てば何でも良いというものでもない。でも折角やるからには勝てるように最善は尽くしたい。その結果として勝てればなお良しというだけで、負けてもそれはそれで良い思い出だろう。
「まぁ咲耶様がいるしうちのチームはいつも優勝してるけどね!」
「何故薊が偉そうにない胸を張ってるんですか?」
「ちょっと!ないことはないわよ!ちょっと小さ……、じゃなくて普通よ普通!」
「「「あははっ……」」」
う~ん……。女の子にはバストサイズの話題は禁句なのかな?皆そんなに気にしてなさそうな気もするけど……。あと皐月ちゃんも薊ちゃんに偉そうに言えるほどの違いはないよね?本人達にとっては少しの差でも大きな違いなのかもしれないけど、俺からしたら薊ちゃんも茜ちゃんも皐月ちゃんもどんぐりの背比べだと思うんだよな。
「咲耶様……、ちゃん?今何故私の胸も見たんですか?」
「え?いえ、気のせいではありませんか?」
茜ちゃん鋭いな……。やっぱり胸が小さい子はそれにコンプレックスを抱いていて少しのことでもすぐに気にしたり気付いたりするのかな?
「まぁまぁ。早く着替えて体育祭に行きましょう」
「そーそー!胸なんて大きくても肩が凝るだけだよー!グーパーですたいも危険が危ないしねー!」
「「「…………」」」
薊ちゃん、茜ちゃん、皐月ちゃんはそう言った譲葉ちゃんの一部を見てから自分の一部を手で押さえ、小さく溜息を吐くと着替えてグラウンドへと向かったのだった。
~~~~~~~
グラウンドに整列して開会式を聞いて体育祭が始まった。近衛母も前で挨拶していたけどあの人は暇なんだろうか?普通近衛母ほどの立場だったらもっと忙しくてPTAの代表だったとしてもそう毎回毎回参加出来なかったりするものじゃないかと思う。
「今年は一番最初が短距離走なんですね」
「柳ちゃんはともかくアホボンはやらかしてくれそうですよね」
「「「あははっ!」」」
いや、笑い事じゃなくない?皆笑ってるけど今年俺達のクラスには伊吹と槐がいる。敵チームだった時は笑っていればよかったけど、さすがに同じクラスで同じチームだったらあの二人に迷惑をかけられるのを笑ってはいられない。
「まぁいくら近衛様といえど学年男子でもトップに近い実力はありますから、対戦相手がよほどの人でもなければ……、あ~……」
「あちゃ~……」
「こりゃ駄目だぁ~」
朝一番の種目である短距離走だけど出場選手が整列しているのを見て皆はそんな声を上げていた。その理由が俺にも分かって苦笑いしか出来ない。
伊吹は帰宅部にしては運動神経が良い。単純に走っても上位に入るし、サッカーにしろ、野球にしろ、バスケットボールにしろ、大体のスポーツはそれなりに出来て上手い方だと言える。でもどれも中途半端でそれに打ち込んでいる部活のガチ勢には敵わない。
サッカーではサッカー部のエースには勝てないし、野球だって伊吹が藤花学園の野球部に混ざって試合をするならライパチになるだろう。そして短距離走でも陸上部には敵わない。藤花学園男子で恐らく一番足が速いであろう選手は錦織柳なわけだけど、伊吹の場合はじゃあ二番かと言えばそんなことはなく、陸上部上位や走ることが多かったり足の速さが必要なクラブの上位にも負けている。
サッカー部や野球部にだって俊足選手はいるわけで、なんなら限られた短距離ならばラグビーやアメフト選手だってかなり足が速い選手はいる。相撲取りだって極短距離のスタートダッシュなら滅茶苦茶速い。当然そうやって真剣にスポーツに打ち込んでいる選手には伊吹は敵わないわけで……。
「今回は相手が悪かったようですね」
「近衛様じゃ勝てないでしょうね」
伊吹の横に並んでいるのが同じレースで走る他のクラスの選手達だ。その中に野球部で俊足が売りの選手が混ざっている。これまでの記録からあの野球部員には伊吹では勝てないことは明白だ。これはまた伊吹が負けたら荒れそうだな……。
『位置について……、よーい……』
パーンッ!とスターターピストルが鳴り響いた。一年生から順番に走っていくので三年生の出番はまだ先だ。まだ体育祭が始まったばかりなので一レース毎に得点の順位が変わっていく。そしてあっという間に三年生まで回ってきた。
『位置について……、よーい……』
「いけー!柳ちゃーーーん!」
「咲耶様のクラスで負けたら承知しないわよ!」
皆の応援が届いたのか、錦織は余裕の圧勝で一位でゴールしていた。対戦相手も遅いわけじゃないけど藤花学園の男子で錦織に勝てる相手はいない。転倒やスタートの失敗などのアクシデントでもない限りはまず安泰だろう。
「次はアホボンの番ですね」
「応援する気もしないやー」
「「あははっ……」」
同じクラスでも応援する気さえしないと言われるのは相当だな……。
「……ん?」
「今……、何か?」
スタート前に伊吹が俊足野球部君に何か話しかけていたように見えた。それから明らかに俊足野球部君の様子がおかしい。俯いてビクビクしているように見える。まさか伊吹の奴……。
『位置について……、よーい……』
パーンとスターターピストルが鳴り響いた。そして……、レースは大方の予想を裏切る結果となった。俊足野球部君は不自然にスタートダッシュに失敗して最下位からスタート。残りのメンバーの中では元々一番タイムが良かった伊吹が一位でゴールした。あまりに露骨すぎる……。
「あんのアホボン!ついにやりましたね!」
「はぁ……。こういうことがあると冷めますよね……」
「「「…………」」」
俺達のグループメンバー達は全員白け切っていた。まだ証拠は何もない。でも今のレース前後を見る限りでは伊吹が俊足野球部君に何らかの圧力をかけて、脅された俊足野球部君は伊吹の要求通りわざと負けたんだろう。俺達だけじゃなくて三年生達はほぼ全員がそのことに気付いている。でも誰もそのことに触れない。いや、言えない。
「はぁ……。本当に嫌になりますよね……」
「最低すぎます……」
グループメンバーの子達だけは誰憚ることなくそう言っている。そしてそれを聞いている周囲も沈黙しながらも頷いている空気が伝わってくる。伊吹一人だけが拳を突き上げて勝利の余韻に浸っていた。
~~~~~~~
伊吹の不正で白けたとはいえ体育祭が中止になるわけでもない。俺達だっていつまでも嫌な気持ちのままでは折角の体育祭が台無しだ。気持ちを切り替えた俺達は後の種目を応援しながら自分達の出番を待っていた。
『ムカデ競争に出場する選手は入場門にお集まりください』
「来ましたね咲耶ちゃん!」
「行きましょう!」
「はい。それではいってまいりますね」
「「「いってらっしゃい!」」」
ムカデ競争が呼ばれたので出場する子達と一緒に集合場所に向かった。まだまだ体育祭は前半戦なので総合得点も一進一退といった所だ。
「おう咲耶!俺様が勝ってリードしてやったんだ。咲耶も精々俺様の足を引っ張らない結果を残せよ」
「「「…………」」」
俺達が入場門へ向かっていると途中で伊吹にそんなことを言われた。でもムカデ競争出場メンバー達は黙って無視していた。俺も伊吹に言うことはなく無視していく。
「おい咲耶!何とか言ったらどうなんだ!……チッ」
最後まで無視していくと伊吹も諦めたようでついてくることはなかった。それにしても伊吹の顔を見る度に短距離走の不正を思い出してイライラしてくる。レースの後でうちの手の者を俊足野球部君の所へ送ったから事情も聞いているだろうしアフターケアはしているだろうけど、それでイライラが収まるというものじゃない。
「あ~!あのアホボン!本当に腹が立ちますね!」
「皐月ちゃん……」
「私達は正々堂々と戦って勝ちましょう」
「椿ちゃん……。そうですね。私達は正々堂々戦いましょう」
「やるぞー!」
「「「おーっ!」」」
譲葉ちゃんの掛け声に珍しく芹ちゃんまで声を上げていた。皆伊吹の行いがよほど腹に据えかねたんだろう。かくいう俺も相当腹が立っている。出来ることなら伊吹を殴り飛ばしたいくらいだ。でもそれじゃ何も解決しない。俊足野球部君へのフォローや事情聴取は家の者に任せて俺達は俺達に出来る方法で体育祭を楽しもう。




