第千百七十六話「根回し」
さて……。柾の頼みを引き受けることにしたのは良いけど俺が一人で卒業パーティー担当だと言っているだけでは意味がない。選挙の応援演説は俺が個人的に引き受けたことだから俺一人で勝手にすれば良いけど、五北会からの卒業パーティー担当だというのなら五北会メンバー達に認めてもらう必要がある。
五北会から正式に認められて任命もされていないのに勝手に五北会の卒業パーティー担当だと名乗っても混乱が起こるだけだ。伊吹辺りなら勝手に名乗って引っ掻き回して『実は何の権限もないのに勝手にやってただけでした』ということもやりかねない。でも俺はそんな失敗をするつもりはない。
まずは五北会メンバー達にちゃんと伝えて正式にその役を任せられなければ駄目だ。そのための根回しをしておこう。
「……というわけですので皐月ちゃんと薊ちゃんにご協力いただきたいのですが」
「わかりました。西園寺家から勘当されて派閥とも距離がある私ですが出来る限りの協力はいたします」
「お任せください咲耶様!すぐに五北会メンバー達に根回ししてきます!」
「あっ!ちょっ!?薊ちゃん!」
俺の話を聞いた薊ちゃんは打ち合わせもすることなく一人で駆け出してしまった。多分徳大寺派閥関係を中心に俺が卒業パーティー担当になることを承認してもらえるように掛け合ってくれるだけだと思う。ただあまり下手な相手に余計なことを言うと面倒になりかねない。最近の薊ちゃんは突っ走るだけじゃなくてちゃんと分かってくれているとは思うけど少し不安にも思ってしまう。
「咲耶ちゃんの不安も分かりますが最近の薊ならきっと大丈夫ですよ。昔なら何も考えずに猪突猛進でしたけど……」
「「「あははっ……」」」
これには皆も苦笑いしか出来ない。確かに昔の薊ちゃんと言えば後先考えずに突っ走るタイプだった。でも成長した今ではちゃんと事情も状況も周囲のことも考えられるようになった……、はずだ。
「薊は何も考えずに突っ走って咲耶様にご迷惑をおかけするばかりですからね!」
「「「…………」」」
紫苑の言葉に皆は黙ることしか出来なかった。うん……。まぁ……、分かるよ……。
「それでは私は桜の所に行ってから近衛・鷹司門流の所へお願いに行ってまいります」
「はい。大丈夫だとは思いますけど気をつけてくださいね」
「皐月ちゃんも状況が状況ですのでご無理はなさいませんよう。それでは」
こちらを気遣ってくれた皐月ちゃんと別れて俺は早速根回しに動き始めたのだった。
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まずは桜に事情を話して二条門流の協力は取り付けた。もちろんまだ話したばかりだし全員が全員賛成してくれるとは限らない。でも一応派閥の長である桜が引き受けてくれたのだから二条門流の協力は得られたということで良いだろう。
その次に俺は九条門流に軽く声をかけていった。九条門流なら卒業パーティー担当を俺にするように言えばそれだけで賛成してくれる。時間もかからないので九条門流はすぐに終わった。残る問題は近衛、鷹司、一条門流をどうするかだ。
表向きは近衛・鷹司門流とは協力関係にあることになっている。だけど実際には俺と伊吹と槐の対立はもう致命的な所まできてしまっているだろう。それは各門流の家も分かっているに違いない。そんな中で敵対関係にある俺の言うことを近衛、鷹司、一条の門流達が聞いてくれるかと言えば難しいと思う。
ただ無闇に俺を卒業パーティー担当にしてくれと言っても怪しまれたり、何かを企んでいると思われるだけだろう。だから伊吹や槐に余計な負担をかけないために俺が実務は引き受けるという形で説得していけば良い。それなら俺が伊吹や槐の上に立って指揮を執るということじゃなくて、会長に余計な負担をかけずに実務だけする担当者だと思われるだろう。
放課後までに各門流の子達にも根回しを行った俺は皐月ちゃんと薊ちゃんを連れていつも通り三人で五北会サロンへとやってきた。
「御機嫌よう」
「おう、咲耶……。何か企んでるらしいな?ふふんっ!俺様が気付いてないとでも思ったか?」
「やぁ九条さん。伊吹の頭越しに何かしようとしてるみたいだね?」
俺達がサロンに入ると伊吹と槐が待ち構えていた。気付かないも何も堂々と近衛・鷹司門流の子達にも声をかけたんだから伝わっているのは分かっていたことだ。むしろその子達が報告するだろうと思ってあえて大々的かつ表立って行動したんだからな。
下手にこそこそしたらあらぬ疑いをかけられる可能性もある。だからあえて堂々と表立って行動し、門流の子達から伊吹達に報告がいくように仕向けた。それを俺が『伊吹達が気付いていない』なんて思うはずもない。
「御機嫌よう、近衛様、鷹司様。もちろん声をかけた門流の方達から近衛様や鷹司様にご報告がいくと思ったからこそ堂々と表立ってそのように行動したのですよ。私は何らやましいことをしているわけではありませんので」
「ほう?勝手に咲耶を卒業パーティー担当に推すように根回しをしておいてか?」
ふむ。ちゃんと伊吹達には報告がいっているようで何よりだ。ただ問題なのは伊吹達の頭がおめでたすぎてその意味が伝わっていないということだな。
「根回しというほどのものでもありませんがそれに何の問題があるのでしょうか?」
「大有りだろう!五北会会長は俺様だ!その俺様を差し置いて何故卒業パーティーを咲耶が仕切るんだ!何を企んでいる?」
「近衛様が五北会会長であることは誰もが認めていることです。ですが五北会会長であることと何らかの役を引き受けることは別でしょう?生徒会長にしろ五北会会長にしろ、会長が全ての仕事をするわけではありません。会計は会計が、書記は書記が、事務仕事ならば事務仕事の担当者が行います。それらを会長が全て一人でされるとでもお思いですか?」
「ふふんっ!何故俺様が事務仕事をしたり雑用をしなけらばならないんだ!俺様は五北会会長だぞ!」
う~ん……。鶏なら三歩歩いたら前にあったことを忘れると言われるけど伊吹は三歩も歩いていないのにもう自分で前言を翻していることに気付いているんだろうか?まぁ俺にとっては好都合だけど。
「ですので卒業パーティーの実務や雑事は私が担当として引き受けると申し上げているだけで、それらを全て最終的に決裁されるのは五北会会長であらせられる近衛様の役割であることに変わりはありません」
「つまり咲耶は俺様の言う通りに動く。下に付くということでいいんだな?」
「「…………」」
俺はあえて言葉にせず黙って目を瞑りやや頭を下げた。これで伊吹は勝手に俺が了承したと思うだろう。実際には俺は何も言っていないし文書にも残していない。肯定も否定もせずにちょっとずるいやり方ではあるけど伊吹相手ならこれくらいしてかないと後で面倒なことになりかねないからな。
「そうかそうか!咲耶は俺様のために実務や雑用を引き受けるっていうんだな!そして俺様が会長であることを忘れたわけじゃないんだ!おい!お前ら分かったか?じゃあ咲耶を卒業パーティーの担当に任命するぞ!この俺様!五北会会長である近衛伊吹の名においてな!文句がある奴はいないな?」
「「「はい」」」
俺の説明を聞いて上機嫌になった伊吹はサロン内に向けてそう言った。ほとんど根回しは終わっていたので大多数の賛成は得られた。これで俺が卒業パーティーの担当だ。咲耶お嬢様断罪のイベントは絶対に阻止させてもらう。
「駄目ですわ!」
「……は?」
折角纏まりかけたのに待ったがかかった。それは一応最大の敵対派閥である百合からだった。百合ならのほほんとしているし、三年生に混ざっているけど実は高等科二年生だから大丈夫だと思っていたのにまさか反対してくるとは……。
「そうです!何を勝手に決めてるんですか!」
躑躅も百合に追従するかのようにそう言って声を上げた。今まで黙っていたのに百合が声を上げたらやっぱりそっちになるんだな。分かっていたけどやっぱり一条門流が一番の障害か……。
「咲耶お姉様が卒業パーティーの担当をされるのでしたらわたくしも担当になりますわ!」
「そうです!一条門流の意見も聞かずに勝手に……、え?」
「「「え?」」」
百合の予想外の言葉に躑躅はポカンとしていた。多分躑躅は百合が俺の担当就任を妨害しようとしていると思ったんだろう。だけど百合の方は自分も一緒に担当になりたいと言い放った。その予想外の言葉と展開に躑躅だけじゃなくてサロンメンバー達皆がポカンとしている。
「一条様は本来一学年下でしょう?卒業パーティーは卒業生達が行うものですので……」
「わたくしも今年度で卒業するのですわ!ですから皆さんと立場は同じですのよ!」
う~ん……。そう……、なのか?
百合は本来俺達より一学年下の年齢だ。この国には本来飛び級という制度は存在しない。藤花学園が一貫校だから書類上は一学年下なのに実際の授業では勝手に俺達の学年の授業や試験を受けているだけなんだと思う。だから書類上の百合の卒業は来年度になるはずだ。
藤花学園の卒業パーティーは卒業生達が自分達だけで準備や運営を行う。学園の公式行事ではないので学園は場所の提供などの協力はしてくれるけど、あくまで卒業生達による自発的な催し、パーティーということになっている。
去年も一昨年も卒業パーティーは卒業生達だけで準備して実施してきたものであり、在校生達は表向きは手伝いもしていない。そりゃ実質的には派閥・門流の関係もあって協賛したり手助けしたりしている者はいるだろう。でも準備も運営も全て卒業生達が自力で行うのが卒業パーティーということになっている。
そこに学年違いの百合を正式な役として任命しても良いものなのか?
「まぁ別に良いんじゃないかな?卒業パーティー担当が一人じゃなきゃいけないって決まりもないでしょ?一条さんも一応僕達と同じ学年として行動してるわけだし資格はあると思うよ」
槐の言っていることは詭弁にも聞こえる。でも反対も反論もする根拠も気力もない。俺としては別に百合が一緒に担当になったとしてもどうでも良いわけで、そもそも百合が俺達と同学年扱いなのか一学年下扱いなのかもどうでも良い。それは学園や一条家が決めることだ。
「あっ!それなら私も卒業パーティー担当になりますよ!ね?咲耶様!一緒にしましょうよ!」
「そういうことでしたら私も担当でも良いですよね?」
「薊ちゃん……、皐月ちゃん……」
百合が割り込んできたことで薊ちゃんと皐月ちゃんも立候補してくれた。確かに一人とは限っていないというのが通用するのなら三人でも四人でも良いことになる。
「百合様が担当になられるんでしたらもちろん私もやります!九条様と二人っきりになんてしたら百合様の貞操の危機です!」
「え~……」
躑躅は俺の方を見て『う~!』『う~!』と威嚇するような唸り声を上げながら百合を庇うように前に立っていた。俺が百合に何かするなんてことはないんだけど、百合の保護者である躑躅からすれば心配になってしまう気持ちも分からなくはない。それに薊ちゃんと皐月ちゃんまで担当になるというのなら躑躅だけ駄目だとも言えないしなぁ。
「オーッ!楽しそうデース!それではワタシもやりマース!」
「私達もさせてもらうってことで良いわよね?」
「おい!ちょっと待て!いくらなんでもそれは多すぎだろう!」
「でも何人までという決まりもありませんよね?」
さすがに七人も担当だと言うと多すぎるというのは分かる。でも七人だから駄目だという根拠もない。
「例年一人だっただろう!」
「それではやはり私一人ということにしましょうか」
「それは駄目ですわ!わたくしは絶対ご一緒いたしますわよ!」
「百合様が担当されるのでしたら私もです!」
「一条様と躑躅が良いのなら私達も良いですよね?」
「ワタシ達も良いデース!」
どうやら百合が絶対に譲らない以上はこの七人を認めるか認めないかの二択しかないようだ。俺は別にどっちでも良いんだけど五北会会長として伊吹がどう判断するかというところかな。
「何人までって決まってるわけじゃないし仕方ないね、伊吹」
「~~~っ!知るか!勝手にしろ!会長は俺様だからな!ちゃんと俺様に報告しろよ!あっ!でもいちいち俺様に聞きに来るなよ!俺様はお前達と違って会長だから忙しいからな!」
「それでは卒業パーティー担当者で話し合って決めてから会長である近衛様に決裁をいただくという形でよろしいですか?」
「おう!それでいい。いちいち面倒なことまで聞きにくるな!」
はい、言質をいただきました。五北会メンバーの皆さんお聴きになられましたね?これで会長の許可も貰ったことだし、俺達七人が担当で伊吹への相談は最小限、いや、決まった後で決裁だけ貰えば良いということが決定された。
メンバーが大勢になったことには一抹の不安はあるけど、とりあえず俺が担当になったことで卒業パーティーの場での咲耶お嬢様断罪イベントは阻止出来る可能性が格段に上がったはずだ。あとは俺達の卒業パーティーを良いものにするために頑張ろう。




