第千百五十四話「観光、お土産、商店街」
「……えっと、あぁ、そうでした……」
目を覚ますと目の前に可愛い寝顔があった。一体何事かと思って冷静に考えて思い出した。ここは徳大寺家の別荘で昨晩は秋桐達と一緒に眠ったんだった。昨晩眠っていると夜中に秋桐に揺すられて起こされた。そして他の下級生達も集まってきて一緒に寝ようということになったんだ。
いくら大きなベッドだと言ってもさすがに四人も五人も一緒に寝るのは厳しい。だから床にマットを敷いたり敷布団を降ろして、その上に皆それぞれ掛け布団やタオルケットを持ち寄って寝たことは覚えている。あとその時に妙に足の裏がしっとりというかじめっとして不快だったのも覚えている。
「空木ちゃんのこれは……」
隣にはそれぞれ秋桐と蒲公英が眠っている。それは良いけど空木は完全に俺の上に乗っかってないか?しかも桔梗はその足元に丸まっている。あんな場所に居てよく蹴られなかったものだ。寝相が悪い子がいたら蹴られてただろうに……。
「よいしょ……」
例の如く上から這い出るしかないので上に逃げる。皆を起こさないように布団から出た俺は周囲を確認した。でもこれは……。
「はぁ……。皆さんが起きられる前に後始末をしておきますか……」
俺のベッドの周りには他の同室だったメンバー達も転がっていた。夜中に間違って俺のベッドに来たとかそんな感じじゃない。ある程度規則だって並べられている感じだ。もしかしてこれも同級生メンバー達がしているのと同じ儀式なのだろうか?
どうして同級生メンバー達と同じように俺のベッドを囲んで生贄を捧げる儀式のようなことをしているのかは分からない。ただ一つ分かることは……。
「普通ならうれしい場面のはずなのでしょうけれど……、これは……、ちょっと……」
今日床に転がっているのは茅さん、菖蒲さん、椛、杏のような大人のお姉さん達が大勢いる。普通ならこんな綺麗なお姉さん達の寝姿を見られるなんて眼福のはずだ。でもあまりそうは思えない……。
なにしろ眠っている姿がだらしなすぎる!
もっと可愛く眠っているのならきっと眼福だと喜ぶだろう。そして隙間から見えている谷間が!とか、捲れ上がった裾から足が!とか言うのがお約束だと思う。でもこのメンバーときたらそんな可愛さやほんのりエロティックな雰囲気なんて皆無だ。
だらしなく口を開けて、パジャマが捲れて腹を出し、その腹をボリボリ掻きながらいびきをかいている。
眠っている間のことだから本人のせいじゃないだろう。俺だって寝ている間にどんなことをしているか分からない。お嬢様らしくない態度や格好で眠っているかもしれないし変なことを寝言で口走っているかもしれない。でもやっぱり綺麗な女性にはそれらしく眠っていて欲しいと思ってしまう。
菖蒲さんなんてとても綺麗なお姉さんのはずなのに……、この寝姿はもうおっさんにしか見えない……。女性には常に綺麗にしていて欲しいなんて男の側の勝手な願望だということは分かっている。分かっているけど……、せめてもうちょっとそれらしくしていて欲しかった……。
「……いえ、私は何も見なかった。私は何も見なかった。私は何も見なかった……」
でも何度も言うように本人のせいじゃない。さすがに眠っている間のことまで責任は取れないだろう。だから俺は何も見なかったことにして皆をそれぞれ自分達のベッドに連れていって何事もなかったことにしたのだった。
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三日目の朝も朝食を終えてから少し休んで海へとやってきた。連日海に出たいと思うほど海が好きなわけでもないけど、さすがに折角更衣室を設置したんだから一日しか使わないのはもったいないだろう。それに俺はあまり乗り気じゃなかったとしても下級生達などは海を楽しみにしている。団体行動なのに俺だけ行かないなんて言うわけにもいかない。
「咲耶様!今日は私達と一緒に楽しみましょうね!」
「え?ええ……」
「咲耶お嬢様、お召し替えのお手伝いをいたします」
「えっ!?いえ、大丈夫ですよ!一人で着替えられますから!」
紫苑と話していると行儀見習い達がやってきて俺の着替えを手伝おうとしてきた。椛に着替えの手伝いをされそうになったことも断ったというのに、行儀見習い達に着替えを手伝ってもらうなんて余計に恥ずかしいことを頼むはずもない。黙っていたら本当に着替えの手伝いをされかねないので手早く着替えてしまうことにした。
「今日も混雑しておりますね」
「でもこっちに近づいてくる人はあまりいないから良いですね!」
「そうですね」
結構混雑しているけどそれは向こうだけの話だ。こちらは比較的空いているというのにあまり人がやってこない。一回こちらに来かけた人も何故か引き返している人が大半だった。そのお陰でこちらはあまり人混みの中で遊ばなくて良さそうなのは助かるけど何故あまりこちらに人が来ないんだろうか?
「黒服達が立っていて昨日の騒動を知っていたらこちらに来ようと思う強者はそういないでしょうね……」
「うんうん」
「…………」
今日は酢橘達も俺の周りに来ている。というか今更気付いたけどもしかしてだけど日によってメンバーが決まっているのだろうか?
初日はほぼ同級生メンバーだった。二日目は茅さん達や秋桐達だった。今日は残る紫苑や行儀見習い達と酢橘達が俺と一緒に行動するグループということか。
今回の俺達はさすがに人数が多すぎるし三十人規模で全員同時に行動というのは難しい。だから十人前後でグループ分けして日によって交代しながらグループ単位で行動しているのだろう。むしろ何故俺は今までそれを知らなかったのか。そして何故皆は俺にそれを知らせてくれなかったのか。
他のメンバー達はグループで固まっているのに俺だけ日替わりでそのグループに入れてもらっているような感じだ。これってもしかしなくても俺だけ余っていてたらい回しにされているということでは?
皆は仲の良い子同士でグループを作っているのに俺だけそのグループに所属していなくて、余り物だから日替わりで各グループに押し付けられているとしたら……、凄くしっくりくる……。それなら俺だけグループ分けのことを知らなかったのも、日替わりでグループを点々としている説明もついてしまう。
「咲耶様~!早く遊びましょうよ!もう待ち切れません!」
「咲耶お嬢様、その前に日焼け止めを塗りましょう」
「私達がお塗りいたします。こちらに寝てください」
なんてな……。学園でならそういうことも有り得るだろう。嫌われ悪役令嬢である九条咲耶お嬢様だけそういう扱いになることもあってもおかしくはない。でもこの旅行に来ている皆が俺をそんな風に扱うはずがない。それくらいは俺にだって分かる。
「今参ります……、って、日焼け止めは自分で塗りますよ!?」
「駄目です。背中まではご自分で塗れないではありませんか」
「咲耶お嬢様の美しいお肌に日焼けが出来ては大変です。私達にお任せください」
「ちょっ!?そんな強引に……、いやぁぁぁ~~~~~っ!」
この後俺はちょっとだけ年下の女の子達に人には言えないようなことをされた気がする。いや、何もなかった。いいね?
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午前中は海で遊んで昼食はまた更衣室で摂った。午後からまた少しだけ遊んだけど今日は夕方まで海で遊んで終わりじゃない。少し早めに海を切り上げて観光というか散策というか、少し街も見て回ろうということになっている。
「海で冷えましたし駅前の足湯に浸かりましょうよ!」
「う~ん……。まぁ良いですか……」
ここの駅前には幕府をひらいた初代様の名前を冠した足湯がある。でも別に将軍様が浸かったとかそういう所縁はない。将軍様が訪れて四百年記念ということで最近になって作られたものだ。
俺は男の中の男だからかそんなことはないけど女の子は冷え性の子もいるらしい。だから足湯で温まるというのは良いかもしれないけど駅前にある足湯だと利用客が多そうで衛生面というか色々と気になってしまう。
毎朝掃除してお湯を入れ替えているそうだし不衛生とか菌がどうというつもりはない。前世だったら喜んで足湯を利用しただろう。ただ今生では俺も含めて周りは女の子ばっかりだ。そう思うと少し気になることが出てきてしまう。
そう……、もしかして水虫とかうつされたりしないかな?って……。
温泉のお湯自体からは水虫はうつらないかもしれない。でも水虫の人が足湯を利用してその足で周囲の湿った場所を歩き、そこに菌が残ったままの所を俺達が歩き、菌がうつったのにすぐに靴下と靴を履いて観光で歩き回って靴の中が蒸れたらどうなるだろうか?普通なら水虫がうつらないような子でもそれほど条件が揃えばうつることもあるかもしれない。
まぁそこまで気にしていたら公衆の場なんて何も利用出来なくなってしまうんだけど、乙女ゲームの乙女達が水虫になりましたとかさすがに笑えないからな……。
「あ~!暑い夏にわざわざ足湯なんてと思ってましたけど海の後だからか気持ち良いですね!」
「ええ。そうですね」
結局足湯には入っている。そして確かに気持ち良い。あまり気にしすぎていても楽しめないしもっと純粋に楽しもう。
「咲耶お嬢様、お御足をお拭きいたします。こちらへどうぞ」
「いえいえ、このくらい自分で……」
「駄目です!」
「あっ!ちょっ!?」
今日の行儀見習い達は昨日までと何か違う。俺の身の回りのことを全てしようとしてくる。結果他の足湯客達が居る前で俺は年下の女の子達に足を拭かれてしまった。周囲から見たら俺は年上であることを笠に着て年下達を顎で使って足を拭かせている悪女に映ったかもしれない。
「今日は海桐花と蕗だけではなく李ちゃんや射干ちゃん達まで一体どうされたというのですか?」
いつも傍で控えている海桐花と蕗ならいつものことで通るかもしれない。でも今日は李や射干達まで一緒になって俺のお世話を焼いてきている。いつもは控えている子達まで積極的なのはさすがにいつもと様子が違うと言わざるを得ない。
「いつもは我慢しているんです!」
「でも今日は私達の番だから積極的にすることを許されているんですよ!」
「はぁ……?」
李と射干の言い分が良く分からない。今日が自分達の番というのはやっぱりグループ単位で一緒に行動することだろうか?それは良いとしてもだから積極的にすることを許されているというのが分からない。何故他の日は積極的にしてはいけないのか、誰に許されているのか、その辺りが謎過ぎる。
そもそもで言えば一応とはいえ俺が主人役なんだよな?行儀見習いだから本当に俺が主人というわけじゃないとしてもそういう立場で教える役割が俺のはずだ。それなのにその俺の許しは出てないだろう。だって俺はそんなことをまったく聞いていないんだから……。
「咲耶様!そんなことより早く行きましょうよ!」
「あっ!紫苑!?」
足湯から出て後始末が終わると紫苑はすぐに俺の手を引いて歩き始めた。今日はこれから駅前の商店街などを見て周る予定だ。
この辺りにはもっと色々と観光地とかもある。初日に見たくらいのものなんてほんのちょっとで他にも名所や見るべき所もたくさんあるだろう。でも今から行こうとはならない。今回の俺達の旅行の目的は観光地巡りではないからだ。
そんなわけで今日はもう残りの時間を商店街の散策やお土産の物色に費やすことになっている。だから紫苑の行動は間違ってはいないんだけど強引に手を引っ張るのは危ないからやめようね?
「他のグループの子達とは別々なのですね」
「そんなに広くないですしあちこちに歩いているのは見えてますけどね」
今日の俺はとことん紫苑や行儀見習い達と一緒に行動している。他のグループの子達はと言えば別行動でそれぞれ自由に商店街を見て回っているようだ。紫苑が言うように向こうの方に見えていたり、すれ違ったりもする。そんな広大な商店街というわけでもないからそれなりに近場にはいるけど別行動と言えば別行動だろう。
「君達可愛いね?どこから来たの?」
「俺達と遊ぼうよ」
少し商店街を見て回っていると海桐花と蕗がナンパされていた。あまり強引なナンパや悪戯しようと思っている輩が相手なら容赦はしない。でも普通に声をかけることも一切許さないというのは狭量と言わざるを得ない。海桐花や蕗が嫌がっていないのならそのままナンパ男達について行くとしても俺に止める権利もないしな。
「連れと一緒ですのでご遠慮いたします」
「え~?いいじゃ~ん。連れってもしかしてこの子達?こっちの子達も可愛いじゃ~ん」
「皆一緒に面倒見ちゃうよ~?」
海桐花がナンパを断ると男達は李や射干達にまでそんなことを言い出した。高等科二年の子達なら分からなくはないけどさすがに中等科三年の李や射干達をナンパするのはどうなんだ?それにちょっとしつこい感じになってきたな。あまりこれ以上しつこいようだとまた追い払うことになりそうだけど……。




