第千百五十二話「花火大会」
やばい……。何がやばいってこれからお姉さん達や下級生達と一緒にお風呂に入ることになってしまった。
なんだかんだ言ってもこれまで同級生の皆とは初等科の頃からずっと一緒だった。体育で着替えるとか、水泳で着替えるなんて昔から一緒だったし、林間学校や修学旅行、自分達で自発的に行った卒業旅行などの旅行でも一緒に着替えたりお風呂に入ったりしている。
だからというわけじゃないけど慣れていると言えば慣れているし、性的な目で見ないような幼少の頃から知っているというのも大きい。いくら俺でも初等科一年生の子供の着替えを見たからってそういう目で見たりしないし、それくらいの頃から慣れているからある程度自然になってしまっている部分もある。
それに比べて茅さんや菖蒲さん達はもう大人だし、秋桐達と一緒にお風呂に入るのなんて初めてだ。もっと幼い子供だというのなら前世でも親戚の子をお風呂に入れたこともある。もちろんそれは同性の子だったけど……。でも今の状況で大人とは言えないけど完全に子供とも言えない秋桐達と一緒にお風呂に入るなんて良いのか?
「さぁ咲耶様……、まずはお召し物を……」
「ちょっ!?椛!服くらい自分で脱ぎますから!」
籠の前で俺が逡巡していると椛が服を脱がせようとしてきた。確かにいつもの九条家でならば椛に着替えや入浴を手伝ってもらっている。でもまさかこれだけ人がいる前でそんなことをしてもらうわけにはいかない。
「それじゃ咲耶ちゃん、お姉さんが手伝ってあげるのだわ!」
「大丈夫ですから!一人で出来ますから!」
茅さんまで面白がってかそんなことを言ってきた。椛にされるのが恥ずかしいということじゃなくて他人にしてもらっていることが恥ずかしいんだから、例え椛から茅さんに交代したとしても恥ずかしいことに変わりはない。これ以上モタモタしていたらますますからかわれると思って慌てて服を脱いだ。
「オホッ!咲耶ちゃんのオパーイ!」
「菖蒲さん?」
「ハッ!?なっ、なんでもないのよ?おほほほっ!」
俺が服を脱いでいると菖蒲さんから変な声が聞こえた気がした。そちらを見てみたけど特に変わった様子はない。俺の気のせいか?
「咲耶お姉ちゃん!早くお風呂に行こ!」
「秋桐ちゃん!そんな丸裸で……」
「お風呂に入るんだから裸じゃないと入れないよ?」
のろのろと服を脱いでいる俺の所にすっぽんぽんの秋桐がやってきた。確かに言っていることはその通りなんだけど……、まだ青い果実の膨らみかけの体が俺の前に惜しげもなく晒されている。これは……、やばい……。
「あれ~?咲耶お姉ちゃんつるつるだー!秋桐は生えてるよー?」
「――ッ!?」
秋桐の言葉に俺はドキッとして声が出そうになった。生えている……。秋桐は生えている……。そして俺は生えていない……。
「なんで~?咲耶お姉ちゃんの方がお姉ちゃんなのになんで~?」
「いや……、それは……、体質と言いますか……、ねぇ?ははっ……」
何故か俺は急激に恥ずかしくなって体が勝手にプルプルしてきていた。今まで特に意識もしていなかった。皆と一緒にお風呂に入ったり、プールなど水泳で着替える時にも普通に曝け出していたはずだ。でも今秋桐に『そのこと』を指摘されて急に恥ずかしいような気がしてきた。
俺……、この歳になってもまだ生えてない……。
いや……、薄々おかしい気はしてたんだよ?普通生えてるよな~とか、前世ではもっと前から生えてたよな~とか……。でも今生では女の子の体なんだしこういうものかと思っていた。
よくよく考えてみれば同級生達も皆生えているような気がする。じっくり見たことなんてないから断言は出来ないけど皆それなりには生えているはずだ。だけど俺には生えていない。つんつるてーんだ。これは……、やっぱりおかしいのか?
今まで誰にも指摘されなかったし、そういう子もいるのかなくらいにしか思っていなかったけど……、秋桐にまで言われるということはやっぱりおかしいんだ……。
「ぱっ……、ぱっ……、ぱぱんがぱんっ!」
「白!發!中!大三元!」
「スジ!」
「竜胆ちゃん、菖蒲さん、茅さん……、一体どうされたのですか?」
そんなことを考えていると竜胆や菖蒲さんや茅さんがおかしなことを言い出した。手を叩いたり変なポーズを取ったりしている。これは一体何なのか?俺には分からない。
「咲耶お姉ちゃん、早く入ろ?」
「え?えぇ……、そうですね……」
秋桐が俺の手を引いて浴室へと引っ張っていく。その時分かった。俺の緊張が解けている。そうか……。そうだったんだ。三人がさっき急に変なことを言ったりポーズを取ったりしていたのは俺が生えていないことでショックを受けていたから、その緊張を解そうと思ってひょうきんなことをしてくれたんだ。
三人の気遣いに感謝しつつ浴室へと入った所でふと旅行に来てからあまり気配を感じないというか、会話にもあまり参加出来ていない杏のことを思い出した。
「あっ!杏さん、さすがにお風呂場では撮影しないでくださいね?」
「うぇっ!?あっ、あははっ!とっ、当然じゃないっすか!ねぇ?あはははっ!」
急に俺に話題を振られて驚いたのか杏がしどろもどろになっていた。旅行に来てからあまり人と話している様子もなかったし、まさか自分が話しかけられるとは思ってもいなかったのかもしれない。
杏は茅さんとは仲良しだけど案外人見知りなのか他の子達と親しい場面は滅多に見ない。九条家のマナー講習の時に芹ちゃんと仲良くしている所は見かけるけど、それ以外で他のメンバー達と親しい姿はほぼ見かけないと言っても良いかもしれないくらいだ。
これだけ大人数で茅さんも他のメンバーと話すことも多いと杏が一人になってしまっているのかもしれない。もう二日目の夜になってきているけど今後は少し杏のことも気にかけておいた方が良いだろうな。
「咲耶お姉様!お背中をお流しいたしますよ!」
「竜胆ちゃん……」
「あ~!九条様~、それなら~、睡蓮の背中は九条様に流させてあげますぅ~」
「え~……、それはどういう?」
後から浴室に入って来た竜胆が俺の手を取って椅子へと連れて行こうとしている。そして逆の手は睡蓮に取られてしまった。竜胆が背中を流してくれると言っているのは分かるけど睡蓮の言っていることは良く分からない。俺に睡蓮の背中を流せと言っているのか?
「それでは失礼しますね!」
「あっ!ちょっ!竜胆ちゃん!?」
「九条様~!はや~く!」
「アッハイ……」
まだ良いとも悪いとも言っていないのに強引に椅子に座らされると背中を流されてしまった。驚いて立ち上がろうとしたけど睡蓮にさっさと背中を流せと言われて立つに立てなくなった。
「睡蓮ちゃんのお肌……、モッチモチですね……」
「はふぅ~……」
睡蓮の背中を流し始めると驚いた。その肌はモッチモチで触っているだけで気持ち良い。ビーズクッションとかの手触りが癖になるみたいな類のものだ。これは駄目だ……。人を駄目にするやつだ……。
「しゃくやおねえしゃまの背中!ハァッ!ハァッ!」
「竜胆!抜け駆け禁止なのだわ!交代よ!」
「あっ!もう!」
「茅も抜け駆けでしょ!後で代わってもらうからね!」
「あっ!茅さん!そこは背中ではありませんよ!あっ!あっ!」
「あら?ごめんなさいね?でもここも汚れが溜まりやすいからよ~く洗う必要があるのだわ」
最初は竜胆が背中を流してくれていたけど茅さんや菖蒲さんもやってきて交代だの何だのと騒ぎ始めた。そして竜胆と交代した茅さんは俺の腋に手を差し込んで洗ったり、パイの下や谷間の汗や汚れが溜まりやすい場所まで入念に洗い始めた。さすがにそんなところを洗われてくすぐったいし恥ずかしいしで体がビクビクと反応してしまう。
「睡蓮お姉ちゃんこうたーい!代わって~!」
「むぅ~……。仕方ありません~……」
「咲耶お姉ちゃん!次は秋桐のこと洗って!」
「うぅ……。はい……」
後ろが交代しているかと思ったら今度は前も交代し始めた。秋桐に触れて洗うなんてなんて背徳的なんだと思うけど後ろから汚れやすい所を洗われている俺は冷静な判断も出来ず、流されるままに秋桐の背中に手を這わせてしまった。
ただ今は後ろからの背中流しに気を取られているからあまり秋桐の裸を意識せずに済んでいる。そういう意味では今のうちに済ませてしまった方が良いのかもしれない。
「これが咲耶ちゃんの手触り!凄い!触ってるだけで気持ち良いなんて!」
「菖蒲さん!そこは下すぎます!もっと上をお願いします!」
後ろはいつの間にか菖蒲さんと交代していた。茅さんは腋や谷間の汚れやすい所を洗ってくれていた。でも菖蒲さんは背中のかなり下の方まで洗ってくれている。そこはもう背中とは呼べないような場所だと思う。その割れ目に指や泡が入ってきてくすぐったいし恥ずかしい。
「こっちも交代~!次は蒲公英ちゃんね!」
「九条様~、よろしくお願いします」
「はひ……。もうとことん付き合います……」
そして前もまた交代だと言って今度は蒲公英が前に座った。今更下級生達を洗うのが恥ずかしいとか駄目だなんて言えない。これまで散々洗ってきたんだからもうやるしかないと覚悟を決めて皆を洗おうと手を動かした。
この後結局全員が俺の背中を流すまで交代し、俺が全員の背中を流すまで前も交代されて長い長い入浴が続いたのだが、俺も他の子達の大半も途中から酔ったようになってその後のことは記憶が曖昧になっていたのだった。
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気が付くと俺達はお風呂から上がってリビングで休まされていた。どうやらお風呂でのぼせたのか大半はベロンベロンになっていたらしい。椛や秋桐がリビングの方に応援を呼びに来て俺達は救助されて寝かされていたようだ。何か昨日も似たようなことがあったしやっぱり長湯をしたりしちゃいけないな。
普通にお風呂に入っている分にはぬるま湯に長湯でも大丈夫なのかもしれないけど、ここはちょっと熱めの温泉だし皆でふざけて時間も忘れて遊んでいるとのぼせてこうなってしまうんだろう。明日もあるし明日は絶対にこんなことにならないようにお風呂は早めに切り上げないとな。
「大丈夫ですか?咲耶様?」
「ええ。もう大丈夫ですよ」
のぼせたとか湯あたりと言うにはちょっと違う気がする。湯あたりだともっと先に出る症状だろうし、のぼせたというほどでもない。ただちょっと皆の背中を流したり、背中を流されたりして緊張や興奮が上がりすぎてあんな風になっただけだ。
「他の皆さんは大丈夫ですか?」
「皆大丈夫だよ~」
「ええ、もう平気なのだわ」
「うへへ~っ!咲耶ちゃんとお風呂に入っちゃった……。でへっ!」
……うん。何か菖蒲さんはまだ調子が悪いみたいだ。でも涼しい所でゆっくり休んでいたらそのうち落ち着くだろう。
「あー!さっぱりしました!」
「ちょっ!?紫苑!?せめて下着を着てください!?」
「え~?私はお風呂上りはいつもこうなんですけど?」
俺達より後にお風呂に入っていた紫苑達が出てきた。でも紫苑はマッパだ。そりゃお風呂上りにマッパの人もいるだろうけど……、ってそんなわけないだろ!
「修学旅行ではそんなことはなかったではありませんか!?」
「あの時は我慢してたんですよ。海外でしたし。ここは薊の別荘だからいつも通りに過ごしたいんです」
「そうは言ってもですね……」
紫苑の言い分も分からなくはない。だけど紫苑のマッパが気になって落ち着かない。せめて下着だけでも着用して欲しいと散々お願いしたらようやくノソノソと着てくれた。これで少しは落ち着ける……。
「あっ!咲耶様!始まりましたよ!」
「「「わぁ~~~っ!」」」
「綺麗……」
リビングの窓から見える埠頭や防波堤から花火が打ち上がった。ここのビーチの花火は名物の一つと言っても良いだろう。海の方へ降りればもっと近くから見れるだろうけどこの別荘からも綺麗に見えている。ここは本当に好立地の別荘のようだ。
「普通花火大会とか旅行の最後とかにもってこない?」
「そうは言っても私達が主催してる花火大会じゃないんだから仕方ないじゃない」
「旅行の日程に花火大会が入るように調整しただけでも頑張った方でしょう」
「それもそうだねー」
紫苑の言うことも分からなくはない。花火大会とかなら旅行の最初とか最後に持ってくるものかなというイメージもある。だけどこの花火大会は俺達が企画しているものじゃないんだから日程は俺達が決められない。旅行の日程も皆の都合に合わせて調整したから二日目の夜に花火大会をもってこれただけでも上出来だろう。下手すると花火大会と旅行の日程がズレて見れなかった可能性もあるんだから。
「綺麗ですね」
「はい。九条様……、とっても綺麗です」
隣で花火を見ていたひまりちゃんに声をかけるとひまりちゃんはこちらを見てそう言ってくれた。何だか熱の篭った視線で勘違いしそうになる。まるでひまりちゃんが俺のことを綺麗だと言ったように思えてこちらが恥ずかしくなってしまった。
「ひまりちゃんも……、綺麗です……」
「え?」
「あっ……」
一瞬、一瞬、花火の光に照らし出されるひまりちゃんが可愛くて綺麗だった。だからつい俺の口からそんな言葉が漏れてしまった。慌てて取り繕おうと思ったけど良い言い訳が思い浮かばず少し驚いた表情のひまりちゃんとじっと見詰め合ったまま動けない。
「見てください咲耶ちゃん!とっても綺麗ですよ!」
「咲耶様!ジュースをどうぞ!」
「ぁ……」
「えっ、えぇ。ありがとうございます」
一瞬ひまりちゃんと見詰め合って変な空気になりそうだったけど、皆が花火に興奮して絡んできたので有耶無耶になってしまった。下手に言い訳せずに有耶無耶になったからこれで良かったのか?それとも良くなかったのか?それは俺にはわからない。
ただ一つ分かることは……、花火の光に照らされている子達は皆とても良い笑顔で可愛くて綺麗だということだけだ。




