第百十五話「外食」
梅雨も明けて暑い日が続く。夏がやってきた。梅雨が明けたら外でお弁当でも食べようかと思っていたけど、この暑さじゃ外で食べようという気はしない。
俺はどうしても暑いのが苦手というほどじゃない。師匠との修行も厳しいし暑い寒いは我慢させられるから慣れたものだ。でもだからってわざわざ自分で暑くしようとは思わない。空調の効いた涼しい室内がすぐそこにあるというのに、わざわざ暑い外でお弁当を食べようという者は少ないだろう。少なくともこの上流階級の学園にはいない。
「折角梅雨が明けても結局食堂だねー」
「だったら譲葉だけ外で食べる?」
「えー!暑いのはやだなー」
皆で食堂でご飯を食べながら雑談に花を咲かせる。食堂のメニューにはもう飽き飽きしているけど、だからって他に手段がない。梅雨の間は外でお弁当は無理だと思ってたけど、いざ梅雨が明けたら暑くて外でお弁当を広げようなんて気になれない。やっぱり外で食べるなら春か秋かな……。
食堂は飽きた。教室では自分の席でバラバラにしか食べられない。設備の整ったサロンを使うともれなく伊吹達がついてくる。他の空き教室では設備がないから俺達の食事には耐えられない。そして外でお弁当にしようにも今は時期的に暑くてお嬢様が外にいて良い時期じゃない。
まぁ紫外線は五月、六月にはもう十分強いそうだし、やっぱり春もお嬢様が外に出ていて良い時期じゃないよな。ということは外でお弁当にするとしても早くても夏休み明け、九月はまだ早いだろうから十月くらいの方がいいかもしれない。
でも十月になると今度はまた運動会があるな……。準備とかであちこち騒がしくなるし……、そんなこと言ってたら結局外で食べられる日なんて訪れないんじゃ?
「どうせなら外食にでも出ますか……」
「「「「「え?」」」」」
俺がそう呟くと皆が何か変な目で見てきた。なんだ?そんなに変なことを言ったか?藤花学園では申請すれば外食も出来るはずだけど……?
「申請すれば外食も出来ますよね?」
「ええ、まぁ……」
「ですが……、外食は家族と……、ある程度の事情がある場合しか許可されないのでは?」
「え?そうなのですか?」
確かに勝手に出歩かれたら学園の方も色々と困るだろう。だから申請して許可制にしてるわけだけど……。
名目上は忙しい家族と一緒に食事出来るのが昼しかないとか、誕生日とか何かの祝いとか、そういう事情があれば……、という話になっていることは知っている。でもそんなのどうせ建前だろう?実際は学食じゃ物足りない生徒達が外食出来るためのシステムじゃないのか?
その後は普通に話が流れていったけどどうも俺は腑に落ちない。後で先生に聞いてみるか。
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授業が終わってサロンに向かう前、俺は担任の先生を捉まえて外食について聞いてみることにした。担任も繰り上がりだから一年の時と同じ先生だ。
「先生、少しよろしいでしょうか?」
「はい?何ですか?九条さん」
何か俺に話しかけられた時にビクッ!としてなかったか?気のせいか?
「外食のことでお伺いしたいのですが、少々食堂のメニューには飽きてしまいまして……、外食は特定の条件で家族とという話になっておりますが、お友達と外食に出てはいけないのでしょうか?」
「そっ……、それはいつもの……、徳大寺さんや西園寺さん達と、ということですか?」
何か先生若干顔が引き攣ってないか?気のせいか?
「はい。いつもの私達の集まっているグループですが……」
「堂上家が七人……。七清家が二家、五北家が一家……」
「先生?」
まだ俺が話している途中だったのに先生は変な顔になってブツブツ言い出した。大丈夫か?俺何か変なこと言ったかな?
「駄目だということでしたらまた別の方法を……」
「いえ!いいえ!九条さんはお気になさらず!私から校長先生と理事長にお話しておきます!返事は明日で良いですか?」
え?校長と理事長に聞かなければならないほどのことだったの?そんな面倒なことなら別に無理にとは言わないんだけどな。一応そう言っておこうか。
「それほどのことなのですか?それならば無理にとは言いませんが……」
「いえ!無理ではありません!明日まで待てないと言われるのでしたら後ほどご実家にご連絡させていただきます!」
えぇ?何か話が変な方向にいってないか?俺はちょっと食堂のメニューにも飽きてきたし、外食許可というシステムがあるからどの程度の条件で利用出来るのか聞きたかっただけなんだけど?
「家に連絡いただくほどのことでもないので明日学園で知らせていただければ十分です」
「ありがとうございます!それでは明日お伝えさせていただきます!」
先生は何かカクカクしながら頭を下げて両手両足の同じ方を出して歩きながら去って行った。一体何だったんだろう……。
「咲耶様~!サロンに行きましょう!」
「えっ、ええ……。そうですね……」
まぁ気にしても仕方ないか。どうやら先生が校長や理事長に聞いてくれるようだし、駄目だったら駄目だと明日言われるだろう。
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翌日、学園に来ると玄関ロビーに先生が立っていた。何かあったのかな?
「御機嫌よう先生」
「おはようございます!」
何か朝から元気だな……。先生ってこんなキャラだっけ?教室で見てる時はもっとこう……、何というか、物静かなタイプだと思ったけど……。昨日の放課後くらいから何かこんな感じになってしまった。一体どうしたというのか。
「このような場所でどうされたのですか?」
「はい。昨日校長と理事長より許可をいただきました。九条さんや徳大寺さん、西園寺さんなどの皆さんで外食に出ても良いとのことです。日時を教えていただければ手続きはしておきます!」
あ~……、そのためにわざわざこんな所で俺が来るのを待ってくれていたのか?そこまでしてくれる先生だとは思ってなかったけど、どうやら先生は生徒のためにここまでしてくれる先生だったらしい。去年一年間担任をしてもらってたのに全然知らなかった。ごめんね先生。
「そうですか。それはわざわざありがとうございます。まだ皆さんにはお話しておりませんし、店の予約も取っておりませんので、それではまた後ほど外食の申請をさせていただきますね」
「はい!かしこまりました!」
何かカクカクしてる先生と別れる。生徒のために色々手を尽くしてくれるし、ちょっとユニークな先生だったんだな。最初は大人しくてあまりやる気のない先生かと思ってたけど評価を改めよう。
それにしても……、何だ。外食許可ってやっぱりチョロイじゃないか。皆に言ったら喜んでくれるかな?外食もそんなしょっちゅうは行けないだろうけど、今の食堂に飽き飽きしている状態なら一日でも外食に行けるとなれば気持ちの持ちようが変わるだろう。
何の楽しみもなく夏休みまで食堂に通うことを考えれば、何日か先に一日だけ外食出来るだけでも楽しみがあるのとないのでは大違いだ。
「御機嫌よう皆さん」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
いつもの朝の早いクラスメイトが返事をしてくれる。いつもの咲耶お嬢様グループ以外の子も、この時間に来ている子達なら大体返事をしてくれるようになったな。とても良いことだ。
早速皐月ちゃんにさっき先生に聞いた話をしようかと思って思い留まる。どうせなら皆が揃ってる時に一度に教えて皆の驚く様子を見るのも良いかもしれない。そう考えた俺はやっぱりこのことはお昼休みまで黙っておこうと決めたのだった。
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お昼休み、いつものメンバーで食堂のいつもの席に着く。ある程度食事を済ませて雑談も一区切りついた所を見計らい切り出す。
「皆さん、実はこの七人で外食する許可をいただきました。無理に行かなければならないということはありませんがどうされますか?」
「「「「「…………え?」」」」」
俺の言葉に皆ポカンとしている。うんうん。こういう反応を見てみたかった。期待通りで唇が吊り上がってしまう。
「ほっ、本当に申請しちゃったのー?」
一番最初に復活したのはやっぱり譲葉ちゃんだった。譲葉ちゃんって何気に図太いというか、しっかりしているというか、天然というか……。
「え~……、申請はまだ、ということになりますね。この七人で行けるか先生に尋ねたところ校長先生や理事長にまで問い合わせてくださったようです。それで許可をいただきましたので、あとはこちらが日時を伝えて申請すれば許可されます」
「校長や理事長まで……」
「さすが五北家ですね~……」
何か思ってたのと違う……。何この反応?
「あの……、咲耶ちゃん……、そんなことして大丈夫だったんですか?」
「え?」
何か皐月ちゃんは心配そうにこちらを見ている。何で?何かまずかった?俺は大丈夫かどうか先生に尋ねただけなんだけど?駄目なら駄目と言ってくれればよかっただけで……。
皐月ちゃんがこんなに不安そうにしてるなんて、何かまずいことだったような気がしてきた。やばいかな?どうしよう?やっぱりいいですって先生に言ったら何とかなるかな?
「そんなに気にすることないわよ。それにもう言ってしまったんだし今更でしょ?それより折角咲耶様が外食の許可を取ってきてくださったのだから、皆で良いお店を選びましょ?」
おお……、さすが薊ちゃん……。やっぱりリーダーシップは薊ちゃんだな。むしろ俺も薊ちゃんの手下でいいや。薊ちゃんに任せていたら全部やってくれそうだ。そもそも俺はリーダーシップとかないし、その上小学校低学年の女の子達を引っ張っていけと言われても、中身おっさんの俺には難しい。任せたぞ薊ちゃん!
「そうですね……。どちらにしろ今更ですし……、どうせなら有効活用を考えた方が良いですね」
うんうん。皐月ちゃんもいつもらしくなってきた。ちょっぴり腹黒い所なんてまさに皐月ちゃんだ。
「あっ!それじゃ私今話題のあの店にいきたーい!」
「え!?それでしたら私はあちらの……」
「待ってください。折角の機会ですよ?ここは予約の取り難い店にするべきでしょう?」
皆元気にどのお店にするか話し合い始めた。皆が変な反応をするからまずいことかと思ったけど、こうして皆が楽しそうにお店を選んでいるのを見ていると、やっぱり先生に相談してみてよかったと思える。
「ですからディナーの予約が難しいお店でも平日のランチなら空いているはずです」
「でもやっぱり行きたい所を優先した方が良くない?」
皆真剣だなぁ……。蓮華ちゃんの言うことも譲葉ちゃんの言うこともわかる。週末のディナーの予約が中々取れないようなお店でも平日のランチなら割と空いていることがある。普段行けない店でもそういう時間を狙うことで行きやすくなるだろう。
でも譲葉ちゃんが言うように自分が行きたい所に行くべきであって、普段行けない店だからとか話題の店だからと選んでも良いものか……。
でもでも、普段行けないと思っている店にも行ってみたいと思ってるから気になるわけだよな。話題を知ってたり予約が中々取れないと知っているということは、そこに興味があって行ってみたいと思っているということでもあるはずだ。だったらこの機会に行ってみようというのも間違いじゃない。
「咲耶ちゃんはどうですか?」
「え?私ですか?う~ん……。私なら……」
皆で色々と行きたいお店を話し合う。こういう時間も良いものだ。お出掛けの時もそうだったけど、こうして皆で楽しく予定や行き先を話し合っているこの時間こそが宝なのかもしれない。
実際に現地に行って楽しむ時間も大切だけど……、こうして皆で色々考えたり、話し合ったりするからこそ余計に現地でのことが楽しくなるんだろう。
皆で色々話し合って、散々迷って、しかもその日のうちに早速予約の電話を入れた俺は、放課後に先生に日時を伝えた。まだ申請はされてないはずなのに先生はすでに口頭で許可をくれた。
それが正式な許可になるのかどうかはわからないけど、俺は事前に問い合わせていたからこれはもう実質許可を貰ったと思っておいて差し支えないだろう。他の子達の場合はどうなのか知らないけど、今回に関してはほぼ大丈夫なはずだ。何しろわざわざ校長や理事長にまで聞いてくれたらしいからな。
そんなわけで夏休みの前に一つの楽しみが出来た。ちょっとしたお出掛けとはいえまた皆で出掛けられる。もう行き先も決まったのに、それでも皆はまだ他のお店の話をしたり、どこが良いとか、どんなメニューが良いとか話し合っていた。
物凄い先というわけじゃないけど、早く来ないかな。外食の日……。