第百十三話「桜に付き纏われる」
昨日は大変だったけどそれなりに楽しかった。今日は結局食堂に戻って皆で昼食を摂りながら昨日の話題で持ち切りだった。
「五北会のサロン凄かったねー!」
「そうですね。それもただ入るだけではなくあのような場所で食事までいただけるなんて……」
「きっと五北会のメンバーの方々以外では私達くらいでしょうね……」
皆が色々と話しているのを聞きながら首を傾げる。何度も言うように五北会のサロンは別に部外者立ち入り禁止ということもないし、もともと昼食のために入っても良いことになっている。だからこそお昼も解放されているし、後ろに厨房もあるわけだしな。
昨日は結局グダグダになったし、今日からずっとサロンで昼食を摂ろうという話にはならなかった。だから今日からまた食堂通いの日々だ。
サロンはキッチンも併設されているしお手洗いもある。給仕達の控え室もあるしバックヤードが充実している。そこらの空き教室で昨日のようなことが出来るかと言えば不可能だ。キッチンも控え室もないのに俺達に食事を提供なんて出来るはずがない。
なのでサロンが使えない以上はまた当分は食堂で済ませるしかないという結論に到った。梅雨が明けて天気が良くなればお弁当を用意して外で、という手も取れるだろうけど当分の間は食堂通いだ。
あのままサロンを借りていてもいいんだけど、どうにも伊吹や槐や桜が鬱陶しい。あいつらに絡まれるくらいなら食堂で我慢するという方向で落ち着いた。やっぱり皆伊吹には辟易しているようだ。
何であんなに残念王子になっちゃったんだろうなぁ……。ゲームの時は、俺は嫌いだったとはいえ、確かにちゃんと俺様王子としてそれなりにやってたのに……。この世界の伊吹はあまりに残念すぎる。
まぁ伊吹がどうだろうと知ったことじゃないんだけど、サロンを借りる都度、毎回毎回あいつがやって来て絡まれたら嫌だ。となるともうサロンは使えない。
「近衛様がいなければサロンで食事というものよかったのですけどね……」
「「「「…………」」」」
皆口では言わないけどしみじみと頷いていた。やっぱり皆言わないだけで伊吹は面倒だと思ってるんだ……。ゲームの時は咲耶お嬢様グループは皆『近衛様のお相手は咲耶様をおいて他にいません!』みたいな感じだったのになぁ……。
「梅雨が明けるまでは食堂で我慢しましょう……」
「そうですね……」
結局そこに落ち着く。皆もまたサロンを褒めるような話で盛り上がっていた。皆の前でも伊吹の話はなるべくやめておこう。皆のテンションが下がってしまう。
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もうすぐ梅雨が明けて夏がやってこようかという頃、今日も食堂に行こうと皆で歩いていたら伊吹並に面倒臭い奴がやってきた。とてもたくさんの女の子を引き連れて……。
「咲耶お姉様!今度お家に遊びに行ってもいいですか?」
「…………は?」
何を言っているんだ?何で桜が俺の家に遊びに来るんだよ。お断りに決まってるだろ?と言いたいところだけど、これだけ人が見ている前でそんな風に断れば角が立つ。しかも一年生の女子に反発される可能性が高い。
何でこんな気持ち悪い奴がこんなにモテているのか知らないけど、桜は何故か一年生のみならず上級生の女子達からも人気がある。最初はただ面白がっているだけかと思ったけどどうやらそうじゃないようだ。本当に桜は女の子達から人気がある。
もちろんこうやってチヤホヤされてモテているからといって、それがイコール恋愛対象としてとは限らない。マスコットや愛玩的な意味でキャーキャー言われている可能性もあるわけで、取り巻き達が全員異性として桜を好きだとは思ってないけど……。それにしても何故こんな奴が、としか思えないんだけど……。
まぁそれはいい。桜がモテようが、面白がられているだけだろうが俺には関係ない。それよりも問題はこれだけ大勢の前で桜の誘いを無下に断れば反発される可能性が高い。そうなるとゲームの咲耶お嬢様の二の舞だ。女子達を敵に回すのはまずい。
「桜……、突然そのようなことを言われても私にも都合というものがあります。それにあなたにもあなたなりのしなければならないことがあるでしょう?私に構う暇があったら己を磨きなさい」
「そうですね……。はい!咲耶お姉様!わかりました!」
わかってくれたか。中々物分りが良いじゃないか。よしよし……。
「己を磨くことは欠かしません!ですが咲耶お姉様にもご都合があるからこそこうしてお伺いしているのです!お伺いもせず約束は出来ませんから!なので咲耶お姉様の空いている日をお教えください!」
え~……。何でそこに食いつくんだよ……。お前の取り巻きの女の子達と遊んでろよ……。
「桜、まずはあなたの周りにいる子達と遊んではどうですか?同級生のお友達を作ることは大切ですよ。私と遊ぼうとしている暇があったら同級生と打ち解ける時間に使いなさい」
「咲耶お姉様はそこまで私のことを心配してくださっているんですね!でも大丈夫です!一年生の子達とは全員お友達になりました!」
は……?同級生全員と友達?なれるわけないだろ?それってちょっと一言話したから、はいお友達、とか言ってるだけじゃないのか?でなきゃたった三ヶ月程度で一学年全員とお友達になんてなれるわけがない。
そもそも俺はもう二年生だってのに、この六人と茅さんくらいしかお友達なんていないんだぞ?一年三ヶ月かけて七人しかお友達がいないのに、お前は三ヶ月で一学年全員お友達だと言い張るつもりか?そんな浅い関係は友達なんて呼ばないんだぞ。
「とにかく、このような場でいつまでも通路を塞いでいるわけにはいきません。その話はまた後ほどにしましょう」
桜が大勢の女子を連れているから俺達は相当邪魔になっているだろう。こんな所で通路を塞いでいたら何を言われるかわかったもんじゃない。それにどうやって桜の誘いを断ろうかと考えているけど咄嗟に良い案が浮かばない。一先ず先延ばしにしてこの場から逃げることにしよう。
「そうですね……。咲耶お姉様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんもんね!それじゃ皆行こう!」
「「「「「はーい」」」」」
桜に率いられてゾロゾロと一年生の女子達が歩いて行く。何なんだあの集団は……。もしかして伊吹より桜の方がモテモテなんじゃ……?
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あれからしょっちゅう桜は俺の周りに来ては遊ぼうと言ってくる。俺は適当に理由をつけて逃げ回っているけどあまりにしつこい。あいつは何を狙っているんだ?何で今までほとんど会ったこともないはとこにこんなに付き纏ってくる?
純粋に遊びたいから?仲良くなりたいから?
そんなはずはない。それなら今までにもっと機会も時間もあった。それなのに何故今更突然そんなことをしだしたのか。桜の狙いがわからない。でも一つだけはっきりしてるのはただ単純に俺と遊びたいとか仲良くなりたいからって話じゃないだろう。
「カァッ!」
「ひっ!」
「身が入っておらん!修行の時はきちんと修行に集中せよ!」
「はっ、はい!申し訳ありません!」
修行中に雑念が入っていたから師匠に怒られた。最近の修行は前までの柔術や水術中心から徐々に項目が増やされている。馬術や弓術、剣術といった武器や道具を使うものも習い始めているけど……、これがまた容赦がない。
武器で殴られたら痛いというのに師匠は遠慮なく殴ってくる。いや、遠慮してくれているのはわかってるけどね?でも例え手加減してくれていたとしても木刀とかで殴られたら痛いだろ?手で手加減して殴られるのとは比較にならないほど痛い。
あとお馬さんの世話がとても大変だ。馬術のためには馬との信頼関係が重要だといわれて、蹄の掃除とか、鞍の装着とかも全部自分でしなければならない。馬もかなり大きいし、俺とでは体格が違いすぎて大変だ。ブラッシングもしてあげないといけないし……。
「剣術よりもどうせなら杖術の方が良い気がしますが……」
木刀や竹刀を持ち歩いていることはまずない。それも俺はこれでも九条家のお嬢様だ。お嬢様がいつも木刀や竹刀を持ち歩いているはずがないだろう。それなら杖術の方がそこらにおちている棒とかを使って利用出来そうな気がする。実用向きという意味では俺の立場上、杖術の方がいいんじゃないだろうか。
「なにぃ?」
「あ……、何でもないです……」
師匠にギロリと睨まれたから視線を逸らして黙っておく。ついうっかり口に出てしまった。師匠の修行の方針にとやかく言うつもりはない。というか俺が余計なことを言ったら大体碌な事には……。
「よかろう。ならば今から杖術も追加じゃ。ほれ」
「えっ!?ちょっ!?」
ツカツカと歩いて行った師匠は隠してある武器から短めの杖を出して放り投げてきた。それを受け取った瞬間……。
「うげっ!」
腹に杖を突きこまれて蹲る。
「どうした?杖術がしたいのであろう?立て。敵は待ってはくれんぞ!」
それはそうかもしれないけど、ここまで容赦ない敵なんていないだろ……。俺は精々ちょっと絡まれた時に身が守れるくらいの実力があればいいんだよ……。ちょっと時間を稼げばすぐに護衛が助けにくるだろうし、戦国時代じゃないんだから殺し合いなんてそうそう巻き込まれることもない。このクレイジーニンジャは頭がおかしい。
「ふぅっ!」
「ほっ?不意打ちか。じゃがまだまだ甘いわい」
蹲っている俺を侮っていたジジイに一撃入れてやろうと不意打ち気味に杖を突き込んだけど、ひらりとかわされて後ろに回られた。足に杖をかけられて転ばされる。
「ほれほれ。どうした?」
「くぅっ!」
このクレイジーニンジャめ!だいたい俺は杖術の方が俺の環境的に向いているかもしれないと言っただけで、いきなりこんなことをさせてくれなんて言ってないぞ!そもそも杖術について何一つ習っていない。いきなり師範と打ち合えって言う方が無理があるだろ!いい加減にしろ!
「ふむ……。ただ我武者羅に打ち込めば良いというものではない」
「うきゃっ!?」
足を取られ、腕を取られ、武器を絡め取られ、手も足も出ない。というかそもそもだから俺は杖術なんて今まで一度も習ってないって言ってるだろ!
あっ……、そういやこのジジイは今まで一度も俺に手取り足取り何か教えたことなんてねぇわ……。毎回毎回実戦訓練ばかりだ。いきなりやらされてボコボコにされて……。水練だってそうだ。泳ぎ方一つ教えてくれてないのに池に放り込みやがったし……、毒を見極めろって、あれだって何も教えてくれずにひたすら毒を食って体で覚えた。
よくよく考えたら俺ってよく生きているな……。それだけ師匠が絶妙な手加減で生かさず殺さずコントロールしてるんだろうけど……。
「いつもいつもやられてばかりだと思ったら大間違いですよ!」
「ほう!言いおる。ならばわしから一本取ってみい。一本取れたら何でも言うことを聞いてやろう」
「その言葉忘れないでくださいね!はぁっ!」
ジジイの動きを良く見ろ。まずは模倣だ。基本も出来ていない俺がちょっとでも強くなるためには、まず完成されているもの、師匠の動きを真似するしかない。そして……、その上で師匠の予想もしていない攻撃を繰り出す。それしかない。
所詮俺が付け焼刃で師匠の真似をしても一朝一夕で追いつけるはずがないのはわかっている。肝心なのは……、最低限の基本を盗みつつ、その上で師匠の不意を突ける手段を考えることだ!
「ここっ!」
「ふん!」
俺が突いた杖を上から突いて叩き落しやがった……。あんな細い杖を、あんな細い杖で、突いて当てるとかどんだけ化物なんだよ……。でもそれが命取りだ。
「くっ……、くくっ!」
師匠に杖を突き落とされて前のめりに倒れこむ……、と見せかけて……。
「はぁっ!」
杖を手放して突きを放つ。確かに杖術の修行かもしれない。でも別に杖でしか攻撃してはいけないわけじゃないだろう。杖術の修行でありながら杖を手放し拳で殴る。これなら……。
「遅いわい」
「ぐぇっ!」
拳をスルリと避けられた俺はそのまま後ろから師匠の杖に足を取られて転ぶ。そして背中を踏まれて押さえ込まれてお終いだ。
「まぁ……、初めてにしては上出来じゃ」
「ぐぬぬ……、ありがとう……、ございました……」
くっそー……。このクレイジーニンジャから一本取るとか不可能な気がして仕方がない……。