第千百二十四話「揉ませろ」
最初は伊吹に絡まれて嫌な気持ちになってお茶どころの気分じゃなかったけど、サロンメンバー達が気を利かせてあれこれ話しかけてくれたので途中からは気持ちも落ち着いてお茶を楽しむことが出来た。結局いつもの時間までサロンに居た俺達は茅さん達や百合達、デイジー達も含めて大所帯でサロンを出てロータリーへと向かった。
「咲耶の姐御!」
「御機嫌よう鬼庭様」
今日もロータリーで待っていた欅に挨拶を返す。こいつも暇な奴だな。まぁ道極高校との抗争も落ち着いたみたいだし、瓜生高校の生徒達もかなり更生しているようなのでもう番長という役割はそう必要ないんだろう。纏め役のリーダーは必要でも昔のように腕力や暴力で抑えつける必要はなくなったはずだ。
「鬼庭様、これは修学旅行のお土産です」
「ありがとうございます!咲耶の姐御から頂けるなんて……、神棚に飾っておきます!」
「いえ、食べ物ですので早めに食べてくださいね?むしろ今ここで食べてみてください」
欅にも例のグミを食べさせる。折角買ったのだから誰かが食べないとなくならない。ジョークだと言いながら野郎共に食わせてやる。
「え?今すぐですか?もったいない……」
「他にもまだありますからまずは食べてみてください」
「……分かりました!」
そう言うと欅はグミの袋を開けて黒いグルグル巻きをそのままヒョイッと一口で放り込んでしまった。それは駄目だろう。絶対吐き出す。一口食べただけの棗も散々のた打ち回っていたしきっと噴き出すに違いない。
「うん。うまいです」
「…………え?」
「「…………え?」」
俺だけじゃなくて俺の後ろからも同じ疑問の声が聞こえてきた。振り返ってみれば薊ちゃんと皐月ちゃんもポカンとした顔をしている。多分俺も同じような表情を浮かべていることだろう。あれは不味いと噂のタイヤグミのはずだ。それなのに美味いだと?
「うちはあまり裕福じゃないんで俺は悪食なんですよ。これくらいの味だったら平気です」
「あっ……、あぁ……、そうなのですか……」
あれぇ?思ったよりも不味くないのかな?それはそれでネタとして成立しなくなってしまうぞ……。
「咲耶の姐御も一つどうですか?そんなに悪くないですよ」
「え~……、それでは一つ……」
棗はのた打ち回っていたけど欅は平気そうだし、一部の野菜のようなもので嫌いな人は嫌いだけど平気な人は平気だったりする程度なのかな?セロリとかハーブとか好きな人は好きだけど嫌いな人は大嫌いだもんな。もしその程度なのだとしたら思ったよりジョーク扱いにならないのかもしれない。それならまずは自分で確かめてみよう。
「それでは……」
グルグル巻きになっている紐状のグミを解いて先から少しだけ齧る。説明にもそうやって解いて食べろと書いてある。短めに一口含んでみたけど大して味がない。ほんのり甘いだけで……。
「う゛っ!」
やばい!つい吐き出しそうになってしまった。九条咲耶お嬢様ともあろうものが人前で口に入れた物を吐き出すわけにもいかない。でも飲み込もうと思っても喉が拒否してえずく。最初少しだけ甘いかなと思うけどその後に独特の苦味がやってくる。滅茶苦茶不味い。脳が食べ物だと認識しなくて飲み込もうとしてくれない。
「――ッ!――ッ!……はぁ」
なんとか無理やり飲み込めた……。はっきり言おう。滅茶苦茶まずい!棗の反応が正しい!これを平然と食べる欅がおかしすぎる!
「もう無理です……。残りは鬼庭様に差し上げます……」
グミの袋を欅に返す。よくもまぁあんな物を食べられるものだと思う。少なくとも前世の日本人やこの国の人間の感性では絶対に合わない味だ。
「さっ、咲耶の姐御の食べかけを!?」
「あっ……。そうでしたね……。つい私が食べかけた物も袋に戻してしまいました。それは捨てておいてください」
「え?」
「……え?」
俺の食べかけまで戻してしまったから捨ててくれと言ったんだけど、俺がそう言った時にはもう欅はそれを食べてしまっていた。よくもあんな不味い物が食べられるものだ。それに俺の食べかけまで食べるなんてよっぽどお腹が空いているのか?それならもっとマシな物でも食べれば良いのに……。
「咲耶はリコリスが駄目なのかしら?おいしいわよ?」
「ソーデース!おいしいデース!HAHAHAー!」
そう言うとガーベラとデイジーは欅の袋からグミをヒョイと取って食べていた。向こうの人達にとってはあれは普通に食べられる馴染みのものらしい。もちろん向こうの人の中にも嫌いな人はいるだろうけどこちらよりは受け入れられているということだろう。
前世の日本にだって欧米人には理解出来ない日本の料理やお菓子もあっただろうし、この程度は文化の違いとか慣れの問題、幼少の頃から慣れ親しんでいるかどうかだということはわかっている。でもやっぱり俺はこの味はないと思う。
「さすがにこの味は少し遠慮したいですね……」
「ですよね」
「咲耶様が齧られた後だったら食べたかったですけど!」
「お~っほっほっほっ!その程度わたくしには通用しませんわよ!」
「さすが百合様です!」
「「「あっ……」」」
ガーベラとデイジーが平気そうに食べているからか、百合も欅の手にあった袋から一つ取って口に運んでいた。そして……。
「ぶぇぇぇっ!なっ!なんですのこれは!こんなもの食べ物ではありませんわ!ぶぇぇぇっ!」
「百合様が吐き出されたグミ!大切に保管しなくては!」
あまりの不味さに百合はすぐにグミを吐き出し、一条家のご令嬢が吐き出したという事実が残ったらまずいからか躑躅はすぐにそれを片付けていたのだった。
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習い事を済ませて帰ってきた俺は待ってくれていた行儀見習い達を九条家のサロンに集めていた。
「このような時間まで残ってもらってごめんなさいね」
「いいえ!」
「咲耶お嬢様のご指示とあらば何日でも待機いたします!」
う~ん……。海桐花と蕗が真面目で職務に忠実だということはもう分かっている。でも今は行儀見習いではなく修業を終えた後の普通の下級生なんだからもっとリラックスして接して欲しい。はっきり言えば『先輩!』『先輩!』と言って集まってきて欲しい。中等科の下級生達は先輩とは呼んでくれないけど扱いとしてはあんな感じを希望だ。
あと仕事だというのなら分かる部分もあるけどこの子達は行儀見習いだ。真面目に取り組む必要はあるけど仕事のように責任を負う必要はない。でも海桐花と蕗はどうにも仕事並みに責任も負っているような気がしてしまう。まだ学生で行儀見習いなんだからもうちょっとリラックスしてくれてもいいんだけどな。
「そう固くならないでください。修学旅行のお土産を皆さんと一緒に楽しみたいだけなのですよ」
「「「わぁっ!ありがとうございます咲耶お嬢様!」」」
うんうん。李とか射干達とか、下級生達は素直に喜んでくれている。海桐花と蕗はまだ表情が硬いけど用件が分かったからか少しはリラックスしてくれたようだ。
「今日は私がお茶を淹れますね」
「咲耶お嬢様にそのようなことをさせるわけにはまいりません!」
「私達が!」
「良いのですよ。それとも私はお客様をおもてなしも出来ない者ですか?」
「「そっ、そのようなつもりでは……」」
俺の言葉に海桐花と蕗は慌てて否定していた。俺のことを気遣ってくれているのはわかっている。でもそれも度が過ぎれば逆に俺を侮っているとか馬鹿にしていると言われてもおかしくない。なんでも代わりにしてあげるというのは一見甘やかしているようにも思えるけど、逆に言えば『お前は何も出来ない』とか『お前にやらせたら碌な結果にならない』と言っているのに等しい。
「それでは私が淹れますね」
「「はい……」」
俺の言葉に何も言えなくなった海桐花と蕗は項垂れて同意してくれた。別に俺は二人のことをへこませようと思って言ったわけじゃない。ただ今日くらいは俺がホストで海桐花達にはただの客としてリラックスしてお茶を楽しんでもらいたい。それだけなんだ。
「さぁどうぞ」
「わぁ!」
「良い香りです!」
うんうん。やっぱり中等科生達は素直で可愛いなぁ。別に海桐花と蕗が素直じゃないとか可愛くないという意味じゃないけど、こうして接しているとやっぱり竜胆や秋桐達、射干達は俺のことを年上として甘えてくれているのがわかる。それに比べると海桐花や蕗は行儀見習いとして俺を仕える主として接してくれているように思う。
俺達はまだ学生なんだし仕事じゃないんだから何もそこまで硬くならなくても……、と思ってしまうのは俺の贅沢なのだろうか?出来ることなら海桐花や蕗達にもプライベートでくらいは普通の先輩後輩として接して欲しいんだけどな。
「あっ!このバウムクーヘンあのお店のやつですよね!」
「ええ。射干ちゃんはご存知でしたか」
「はいっ!以前旅行した時に!」
さすが倉橋家はそれなりの家なだけあって日頃から海外旅行もよく行っているようだ。藤花学園に通っている貴族家は地下家でも結構裕福な家も多いけど、そこそこ以上の堂上家はそこらの小金持ちとは一線を画する。
「私だってミュンヘンくらい行ったことがあるわよ!」
「ふ~ん?へ~?ほ~?」
「ムキーッ!何よ!」
「ふっふ~ん!」
う~ん……。李と射干は仲が悪いのかな?というかなんとなく俺達の世代で言うと薊ちゃんと紫苑みたいな関係なのかな?ただ薊ちゃんは七清家で紫苑は萩原家というどちらも資産や地位や権威を持っているけど、李の清岡家はちょっと貧しい家だから立場は違うかもしれない。
「私はミュンヘンだなんて言ってないけどね~。このお店の元々の発祥はドレスデンだし、戦後はミュンヘンに移っていたけど統一後にドレスデンにも再出店したのよ」
「そっ、それくらい知ってるし!」
「まぁまぁお二人とも……、お茶が冷めてしまいますよ」
「はい……」
「射干があんなことを言うから……」
「李が負け惜しみを言うからでしょ」
「二人とも」
「「はいっ!」」
はぁ……。薊ちゃんと紫苑みたいにこうして言い合ってるけど実は結構仲が良いからこそなんだろうけど、傍から聞いている方としては本当に喧嘩しているのかと思ってしまう。それにご令嬢がお茶会の席で取る態度じゃない。俺に注意されてからは二人も大人しくなったのでその後は普通にお茶会を楽しんで解散となったのだった。
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昨日はあちこちにお土産を配って回ってそれなりに楽しかった。その気分のまま今日も登校してきたんだけど……。
「御機嫌よう」
「おう……」
「やぁ九条さん」
俺が教室に入ると包帯でグルグル巻きになった伊吹と槐が待ち構えていた。そう言えば昨日伊吹のことをビンタしてぶっ飛ばしたんだったか。大袈裟なくらい包帯を巻いているのは俺に罪悪感を植え付けたり、謝罪や慰謝料を請求するためかな?
「咲耶!確かに昨日のことは俺様も悪かったかもしれない!でもな!」
「はい?」
「まるで俺様が咲耶のおっぱいを触ったからビンタされたみたいな話は納得がいかないぞ!確かに腕や背中に押し付けられていたけど俺様はおっぱいに触っていない!それなのにまるでおっぱいに触ったから殴られたみたいに周囲にも思われて、実際触ってもいないのにビンタされたなんて俺様はビンタされ損じゃないか!」
「はぁ……?」
いきなり叫びだした伊吹の言葉に俺もどうして良いかわからない。それから近衛家の御曹司ともあろう者が教室でおっぱいおっぱいと大きな声で連呼するなよ。
「え~……、それで何をおっしゃりたいのでしょうか?」
「つまりな!おっぱいを触ったわけでもないのにおっぱいを触ったかのようにビンタされてぶっ飛ばされたんだ!それなのに俺様は触っていないんだから結果が吊り合わない!」
「つまり?謝罪をしろということでしょうか?慰謝料や治療費を払えということでしょうか?」
おっぱいに触ったわけでもないのにビンタされたから謝罪と慰謝料を要求している。そういうことなら話は分かりやすい。確かに殴って怪我をさせたのは事実だし常識の範囲内であれば慰謝料も治療費も応じるつもりだけど……。
「違う!触ってないのに触ったこととしてビンタされたんだから、ちゃんと咲耶のおっぱいを触らせろ!それでこそ公平だろうが!」
なるほど。触ってないのに触ったこととして罰を受けたから、それなら本当にちゃんと触らせろと……、って納得するかーいっ!ふざけるなよ!何で俺が伊吹におっぱいを触らせなきゃならないんだよ!
「触らせるわけがないでしょう!」
「ぶべらっ!」
気が付いたら俺はまた伊吹にビンタをぶちかましていた。今日も華麗に錐揉み回転した伊吹は教室の床を舐めている。
「うわぁ……」
「サイテー……」
「近衛様ってそういう人だったんだ……」
今の話を聞いていたクラスメイト達はヒソヒソと伊吹に眉を顰めながら冷たい視線を向けていた。これは伊吹が悪いし自業自得というものだろう。いくら俺が前世男でも今回の伊吹の言動は擁護しようがない。




