第千百十二話「ロマンチック街道が止まらない」
昨日は疲れていたのもあってお風呂の後は皆すぐに倒れて寝てしまった。かく言う俺もすぐに眠りに落ちている。
飛行機に乗ったのが昼より前で到着したのが現地時間で夕方頃だとしても、時差によって現地時間が早かっただけで飛行時間は十五時間近かった。現地に着いた時点で俺達は自国に居たならばすでに深夜くらいの時間まで起きていたのと同じであり、それからホテルにチェックインして荷物を片付けて食事やお風呂をしたらもう明け方くらいの時間まで起きていたのと同じだっただろう。
実質昨日寝た時にはもう朝まで徹夜で起きていたようなものなので皆が疲れてぐっすり眠ってしまっていたのも頷ける。俺だって三日や五日くらいなら野宿でほとんど寝ていなくても平気だけど、用もないのに徹夜したいとも思わない。眠れるのなら夜にはちゃんと寝たいのは誰でも同じだ。
「おはようございます皆さん」
「おはようございます咲耶ちゃん」
さすがに同じ部屋に泊まっていたのに御機嫌ようはおかしいだろう。こういう時は素直におはようで良いと思う。相手やお互いの関係性によっては御機嫌ようでも良いけど、グループの皆なら特にラフでも良いと思う。
「ふぁ~……、おはよ咲耶っち」
「おはようございます鬼灯さん」
椿ちゃんや蓮華ちゃんは俺と同じくらいに起きてきて朝の準備をしている。芹ちゃんは俺より早かったくらいだ。それに比べて鬼灯は皆より遅く、今頃ベッドから出てきたらしい。そして鈴蘭はまだ出てきてすらいない。
「って!鬼灯さん!?なんて格好をされているのですか!?早く着替えてください!」
「え~?私いつもこうなんだけど?」
いやいやいや……。ありえないだろ!鬼灯はかなり際どいスポーツ下着のようなものを着ただけの姿でペタペタ歩いている。カ○バンなんやらとか、ジェ○ソンどうたら、みたいな奴だ。欧米人のモデルが着ていたり、えっちぃ大人用のビデオに出てくるような……、そんな下着だけで鬼灯みたいな可愛い年頃の女の子が歩いている。
余計な脂肪がついていない割れた腹筋……。全身細めだけどしっかりと鍛えられて筋肉が浮き上がっている。鬼灯ってやっぱり整った綺麗な体をしているよな。胸はそんなに大きくないというか俺達の国の陸上選手ってあまり巨乳はいないけど鍛えられた体はそれだけで芸術のようだ。
「とにかく早く服を着てください!」
「着替えは食事の後なんだよぉ~……」
「駄目ですよ!とにかく今日は他にも同室の人がいるんですから!」
鬼灯は自分のルーティーンがあるんだろう。でも今日は旅先で同室の人がいるんだからもっと気をつけて欲しい。俺は紳士だから我慢してるけど普通の男だったらこんなのを見せられたら襲い掛かられても仕方がないくらいだぞ。
「……ん。鬼灯うるさい……。目が覚めた……」
「私のせいじゃないだろ。っていうか皆起きてるんだからいい加減起きてきなよ」
「鈴蘭さん……」
そして鈴蘭はいかにも『パジャマ!』というようなデザインの寝間着にサンタクロースのようなナイトキャップを被っていた。これは……、ネタでやってるわけじゃないのか?
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朝の準備も終えて今日からようやく観光が始まる。俺も前に来たことがあるからどうしても観光したいわけじゃないけど折角なんだから皆と楽しみたい。
「それでは順番に観光していきま~す!皆さんはぐれないようにしっかりついてきてくださいね~!」
担任の枸杞がクラスを引率している。もちろん他にも俺達の周りには学園の警備関係者もいるし、それぞれ個人的に連れてきているSPなんかも付いている。
俺達が泊まったホテルから歩いてもすぐそこであるレーマー広場から観光スタートだ。まずは広場からも見えている聖バルトロメウス大聖堂へと向かう。神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われていたという由緒ある大聖堂ではあるけど、過去に何度も破壊と再建されているので当時のものそのものではない。
「それではこれから班行動に移ってもらいま~す!それぞれの行き先の指示に従ってくださいね~!」
「ようやく自由時間ですね!咲耶様!」
「そうですね。まずは皆さんで集まって点呼を取りましょうか」
ここからすぐに班行動でクラスはバラバラになる。何しろこの辺りには博物館や美術館がたくさんある。それぞれの行きたい博物館や美術館に分かれて行かないと今日一日で全部を回ることは出来ない。というかこの後に移動があるからそんなに長時間暇があるわけでもないから狙った所を観に行かなければ時間が足りない。
「私達はツァイルでお買い物ですね」
「さぁ行きましょう!」
博物館や美術館を見学したい者はそちらに行けば良いけど俺達のようにもう何度も来たことがある者にとっては退屈だ。だから博物館見学だけじゃなくて近場の繁華街にお買い物に出ても良いことになっている。フランクフルトの中でも一番と言っても良いほど煌びやかな繁華街の通りがツァイル通りだ。
いかにも旧大陸!という感じの通り!というわけでもなく、普通に近代的な建物が並ぶ繁華街でしかない。確かに前世の日本とは少々趣は違うんだけど、いかにもヨーロッパ!というようなレンガ造りの古い町並みじゃなくて普通の繁華街にしか見えない。
特に用があるわけでもないけど美術館などに行く気にもなれないので班の子達と歩いて時間を潰していると思わぬ人達とばったり出くわした。
「まぁ咲耶ちゃん!奇遇ね?お姉さんもたまたま旅行に来ていたのよ」
「九条様こんにちわ~」
「むぅ~……、どうして九条様がおられるんですかぁ~?茅お姉ちゃんと朝顔お姉ちゃんに挟まれて楽しんでいたのに~!九条様もこっちにきて私をお姉ちゃん二人と一緒に挟んでくださぃ~!」
「え~……、御機嫌よう、茅さん、睡蓮ちゃん、三条様……」
茅さんは奇遇とかたまたまとか言ってるけど絶対違うよね?俺達の修学旅行の日程を知った上で来てるよね?
「咲耶お姉様!お待ちしておりました!さぁ、お買い物しましょう!」
「桜が合流したのはたまたまですか?」
「はいっ!ここで咲耶お姉様達をお待ちしていたら正親町三条さん達と会ったんです!」
茅さん達と一緒に桜もここで待っていた。桜は事前に話をしていたから知っていたけどまさか茅さん達と合流していたとは……。あと人混みの中にチラチラと杏の姿が見える。絶対気のせいじゃない。
自国だったら杏の姿は人に紛れて気付かなかっただろう。でもこちらでは杏がチョロチョロしていたら逆に目立つ。体の大きさも姿形も違うんだ。いくら杏がうまく溶け込んでいても違和感がある。
「え~……、杏さん……。さすがに人種違いの所に溶け込むのは無理ですので普通に合流してください。下手にウロウロしていると危ないですよ」
「あちゃ~……。バレてたっすか!それなら仕方ないっす!」
こうして俺達は予定外に茅さん達一行とも合流してツァイルでの買い物を満喫したのだった。
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フランクフルト観光を終えた俺達はケルンへとやってきた。実は今回の旅行でケルン方面へ来るのは最終目的地に対して逆方向とも言える。だけどケルン大聖堂を観るためだけにわざわざ一度逆方向へと来たというわけだ。
「ケルン大聖堂は東方の三賢者の聖遺物が置かれたことで巡礼者が多くなりケルン発展に大きな影響を与えたんですよね」
「ゴシック様式の建物としては世界最大で世界遺産にもなっているんですよ」
「「「へぇ……」」」
詳しい子達は解説とかもしてくれているけど、特に興味もなさそうな子達はへぇと言いながらも聞き流しているような感じだった。あの感じだとここを出た後には忘れてそうだな……。
ケルンへはケルン大聖堂を観るためだけに来たので見学が終わるとすぐに移動が始まる。折角なのでライン川のローレライも寄りたい所だけど時間の都合上ローレライには寄らずに次の目的地へと向かう。
ケルンから逆戻りした俺達はフランクフルトを通り過ぎて当初の目的地であったヴュルツブルクへとやってきた。本来の俺達の旅行の目的はロマンチック街道を観光していくことだ。これを聞けば今回の旅行のコースや目的地も大体わかるだろう。
本来ならロマンチック街道を巡るものだったけど、折角だから世界遺産であるケルン大聖堂も観ていこうとなって少しだけ遠回りをした。ケルン大聖堂を観るためだけにしてはちょっとと言えないような遠回りだし、どうせ向こうへ行ったのなら戻る時にローレライにも寄ってくれたら良かったのにと思う。今回の旅行プランを考えた奴はちょっと自分の目的を優先しすぎな気がする。
誰が修学旅行の行き先、周る所を考えたのか知らないけど、自分が見たい所だけ詰め込めるだけ詰め込んだようなプランに思える。確かに折角旧大陸くんだりまで来たんだから世界遺産も見ていこうというのはわからなくはないけど……。
今夜俺達が泊まるホテルは目玉の観光地のすぐ近くにあるホテルだ。ロココ調の良いホテルなんだけど部屋数が昨日の四分の一もない。全員が同じホテルに泊まれないからクラスや班によっては他のホテルに分かれている。大きなホテルがないなら仕方がないことかもしれないけどこういうのもなんだかなぁと思う。
まぁホテル同士の距離だって歩いて行ける距離だし、夜に一緒に遊ぶとか部屋に行くというつもりがなければどうということもない。何より俺達のグループは皆同じホテルだから問題はないんだけど、修学旅行でクラスによって宿泊ホテルが違うとかはどうなんだろうと思ってしまうのはどうしようもない。
あと昨日のホテルは約三百平米の部屋だったから六人でも余裕で広々だった。それに比べて今日の部屋に六人は狭い。元々二人部屋なのに六人というのは無理がありすぎる。精々三人までくらいだろう。
「うわぁ……。素敵なお部屋ですね~」
「でもさすがに今日の部屋に六人は多すぎじゃない?」
「確かにね……」
ひまりちゃんの言葉に薊ちゃんと紫苑は少し渋い顔をしてそんなことを言っていた。今夜の同室は薊ちゃん、茜ちゃん、紫苑、ひまりちゃん、りんちゃんの五人だ。他の班まで皆一部屋六人というわけじゃない。俺達は班の人数が多いからグループの子達が話し合って五人や六人で一泊するようになっている。
普通の班なら二人部屋に三人で泊まって日によって同室メンバーを交代していくとかそんなくらいの人数割りだ。俺達のような特殊な事情のある班だけ人数を多くしてもらっている。
宿には人数分の料金を払っているし、それどころか特別な対応をしてもらう場合には追加料金まで払っている。本来なら二~三人部屋に五人も六人も泊まることになるけどそれは許してもらおう。
「それにしても紫苑が昨日咲耶様と同室になりたいってゴネなかったのは驚きだわ」
「それは薊の方でしょ?」
「私は学んだの……。何でも一番に飛びついたら大体失敗するってね!」
「「「…………」」」
薊ちゃんは胸を張ってそんなことを言い切ったけど皆は少し呆れたような視線を向けていた。確かに薊ちゃんの言ったこともあながち間違いじゃない。何でも最初に飛びついたら大体損をしたり失敗したりする。ただそれは今更すぎるだろう……。そんなこと初等科高学年くらいになったら気付くと思うけどな……。
「紫苑はどうしてよ?」
「どうせ昨日は移動で疲れて何も出来ずにすぐ寝ちゃうでしょ?だから二日目以降にしたのよ」
「なるほど……」
何か薊ちゃんは紫苑に言い包められてないかな?俺も紫苑に色々言われるけど大体紫苑の言ってることって感覚で言ってるから矛盾してたり破綻していて、冷静に突っ込めばそう簡単に言い包められないはずなんだけど……。まぁ成績から考えても薊ちゃんの方が試験の成績も悪いし言い包められてしまうのも仕方がないのかな?
「それより咲耶様!そろそろお風呂に入られたらどうでしょうか?」
「そうですね……。それではお先にいただいてきます」
昨日同様俺が遠慮しても無駄に時間がかかるだけだ。俺達は対等な友達で気にしないとしても、こういう場合に五北家である九条家に先にどうぞと言われてしまうのは止むを得ない。それから今は椛が用があるとかで茅さんの泊まっているホテルに出向いているので今のうちにお風呂を済ませてしまおう。
椛が帰ってきたら帰ってきたでまた俺の入浴を手伝うとか、お風呂上りのケアを手伝うとかいって揉める元になる。椛が戻る前にささっと済ませてしまった方が良い。そう思って俺は今日も味気ないバスタブへと向かったのだった。




