第千百八話「しゃるうぃ?」
さて……、放課後になったので朝の約束を果たさなければならない。今日俺は皆に伝えていた通り勉強会には不参加だ。もしかしたら他の皆も勉強会はしていないのかもしれない。その辺りは皆に任せている。俺が抜けているのに皆には勉強しろとは言えない。
まぁ俺がいなくても今日の予定が空いている子は皆勉強会に出ておいた方が良いとは思うけど……。
ともかく俺は朝に約束した通り三つ葉や南天達が集まっている空き教室へとやってきた。俺はここで二人に謝らなければならない。そのために来たんだ。
「御機嫌よう皆さん」
「御機嫌よう九条様」
「こんにちは九条様」
「「「きゃっ!九条様!?」」」
三つ葉と南天は普通に挨拶を返してくれたけど他の子達は驚いている。もしかしたら三つ葉と南天は今日俺が来ることを他の子達には知らせていなかったのかもしれない。俺は別に芸能人とかアイドルってわけじゃないから、いちいち俺が来るとか来ないとか知らせなくても不思議じゃないけど……。
「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
俺が謝らなければならない立場なんだけど家格などの問題もあってか三つ葉が気を使ってくれている。俺も一応立場があるし、相手の気遣いを無駄にするわけにもいかないので丁寧に案内されて空き教室の真ん中付近の席に座った。
「五北会サロンのお茶とは比べ物になりませんが……」
「ありがとうございます。そのようなことはありませんよ」
俺が席に着くとお茶とお茶請けを出してくれた。謙遜でそんなことを言っているけど決してそんなことはない。紅茶やコーヒーなんていくら高いと言っても限度がある。精々数千円や数万円程度のものだ。それよりも大事なことは無数に種類があり、味の違いがある。単純に値段が高ければ良い、安いから悪いということはない。
実際五北会サロンや九条家でも安いと言われるような価格帯の茶葉や豆が用意されている。重要なのは一杯の値段ではなく、その時のお茶会の雰囲気や時間やお茶請けに合わせた物を選んで出すことが重要だ。どんなに美味しいお茶とお茶請けでも、それぞれが合っていなければ台無しになる。逆に多少安い物でも両者がぴったり合っていれば最高のお茶会となるものだ。
あぁ……、あとお茶は淹れ方も重要だ。同じ茶葉を使っても淹れ方が違えば味がガラリと変わってしまう。どの茶葉ならどう淹れたら最高の味になるか。それを理解し、実際にその最高の味を引き出して淹れられるか。それが出来る給仕が居るか居ないかは大きな違いとなる。
「うん……。とても良い味ですね。お茶請けもおいしいです」
「ありがとうございます!」
俺が言ったのは単純にお茶がおいしいとか、お茶請けがおいしいという意味ではない。お茶請けと茶葉の組み合わせの良さ、お茶の淹れ方、それらがとても良く合っていると言った。三つ葉もそれを理解しているからとても良い笑顔で喜んでくれていた。
「九条様……、改めまして、素敵なパーティーにご招待いただきありがとうございました。とても素晴らしい時間でした」
「「「ありがとうございました」」」
三つ葉と南天以外にも何人かこの教室に集まっている子達も招待していた。その子達も揃って頭を下げてくれている。でもこれは言葉通りに受け取ってはいけない。『そっちから招待しておいて、いざパーティーでは放置されたままだったぜ!』という抗議だ。俺はそれを謝りに来た。
「パーティーではご挨拶以外にあまりお話も出来ずにすみませんでした」
「「「くっ、九条様っ!?」」」
「頭をお上げください!」
「そうです!私達のような者はご招待いただきご挨拶が出来るだけでも十分すぎますよ!」
皆は驚いているようだ。それはそうだろう。ここに居る子達のほとんどは地下家か、場合によっては一般外部生も混ざっている。そんな相手に対して五北家のご令嬢が頭を下げるなんて基本的にはないことだ。
例えば俺や百合、伊吹や槐や桜が何かをやらかしても、普通はまずその相手に謝るなんてことはない。五北家同士や七清家相手であれば社交辞令的に謝ったと言えるかもしれない形で非を認めることはあるだろう。それでもはっきりとした謝罪というのはまずしない。何故ならそれは弱味になるからだ。
同格相手に自らの非を認めたらそこを相手に責められることになる。だからほとんどの場合において五北家の者はまず謝るということがない。明らかに自分が悪くても迂遠な言い回しで謝っているんだかいないんだかわからないような言い方をする。ましてや相手が格下の地下家であれば非を認めることすらないだろう。
もちろん何の誠意も見せなければ相手に恨まれるし裏切られるかもしれない。だから何らかの形で誠意を見せることはある。一番簡単なのが金銭での解決だ。長々と言い訳がましい言葉を並べて、通常の相場よりも遥かに高額な金銭を渡して手打ちにする。そういうことが罷り通っている。
そんな俺がはっきりと謝罪をした。これは地下家の子達にとっては結構な衝撃だろう。でも謝らなければならない。それが俺の罪だ。
「いえ、十分ではありません。ですから……、どうかここでダンスを踊ることでお許しいただきたいと思います」
「「「…………は?ダンス?」」」
そう……。俺は三つ葉や南天を招待しておきながらダンスも踊らず放置してしまっていた。これは良くない。確かに招待客全員と踊ってなんていられないだろう。それはわかる。だけど友達と思って招待に応じたであろう三つ葉や南天は別だ。
ランダムに招待されたその他大勢ではなく、日頃の付き合いも考えて友達だと思っていた三つ葉と南天が、いざパーティーに出てみたら最初の挨拶以外会話することもほとんどなく放置され、あまつさえダンスにも誘われないなんて普通にぶち切れて良いことだと思う。
これには三つ葉も南天も怒っているだろうし、俺が謝らなければならない所だ。決して俺が三つ葉や南天ともダンスにかこつけて密着してその体を味わいたいと思っているわけじゃない。
「準備は全て出来ております……。椛っ!」
「はっ!」
俺が合図を送ると椛をはじめとした九条家の者達が空き教室へと入ってきて準備を進めていく。俺は朝三つ葉と南天に謝ろうと思った時からすぐに椛に連絡して準備を進めてもらっていた。その成果がこれだ!
「「「「「え?え?えぇっ!?」」」」」
あっという間に空き教室はダンスホールへと変貌を遂げていた。これで準備は万端だ。
「さぁ!まずは西村様から!」
「え?え?あの……?」
お茶会をしていた席もテーブルも全て端に寄せられて中央が広く空けられている。三つ葉の手を取った俺は中央へとエスコートして曲が始まるのを待つ。
「あっ!あっ!えっと!?」
「さぁ、始まりますよ」
最初はテンパっていた三つ葉も踊りだしのポーズを取って構えていると段々と落ち着いてきていた。さすがは三つ葉だ。そして用意されていた音楽が始まると俺達は踊りだした。
「「「うわぁ……」」」
「西村会長いいなぁ……」
「素敵……」
「咲耶お姉様……、学園の制服姿なのに神々しいです」
「「「はぅんっ!!!」」」
何か周囲の子達が何人か倒れたような気がする。でもそちらに注意している余裕はない。椛や九条家の者達が周りのことはしてくれるはずだ。それよりも俺はまず三つ葉とちゃんと真摯に向き合って全力でダンスをしなければならない!
「私なんかが九条様と踊れるなんて……、夢のようです……」
「夢などではありませんよ。それに『私なんか』などと言わないでください。西村様はとても素敵なレディですよ」
「はぅっ!」
会話をしていると三つ葉は時々体を硬直させたり、集中出来ずに乱れたりしていた。でもそんなことはどうでも良い。俺達は別に社交ダンスで採点されているわけじゃない。多少乱れようがステップを間違えようが俺達が楽しく踊れたらそれでいいんだ。
「「「わぁっ!」」」
「素敵でした!咲耶お姉様!」
「西村会長もよくあの九条様のステップについていけましたね!」
俺達が数曲踊ると周囲から拍手が贈られた。少し呼吸を乱している三つ葉はそれに手を上げて応えていた。その姿はやっぱり様になっている。地下家だから、堂上家だからではなく、こういうことは本人の資質の問題だろう。
俺のようななんちゃってご令嬢はいくらそれらしく振る舞っても所詮『それらしく』でしかない。皐月ちゃんのような優等生タイプの子はいかにもお嬢様らしく見えるし、薊ちゃんのように基本さえ押さえていればあとは我流でも様になっていれば良いという子もいるだろう。三つ葉は皐月ちゃんや芹ちゃんのような優等生タイプでお嬢様らしい女の子だ。
「赤尾様、私と踊っていただけますか?」
「えっ!?わっ、私も踊っていただけるんですか!?」
「「「きゃーーーっ!素敵~~~!」」」
「あ~ん!私もあんな素敵な王子様にエスコートされた~い!」
「はぁ……、私の婚約者もせめて九条様の十分の一でもスマートにエスコートしてくれたらいいのに……」
「わかる……。うちの許婚もそうなのよねぇ……」
「まぁまぁ。九条様と比べちゃ男の人が可哀想よ」
「「「だよね~?」」」
三つ葉と踊り終わった俺は南天も誘った。当然南天にも謝らなければならないと思っていた。二番目になったことは申し訳ないけどこの集まりの会長は三つ葉らしいから三つ葉から先にというのは勘弁してもらいたい。
「はい。喜んで」
「ありがとうございます」
南天が俺に手を預けてくれたのでその手を取って礼を述べる。ちょっと元気でやんちゃなロリっ娘というイメージの南天だけど別に言葉遣いがアレだからといってロリっ娘というわけじゃない。それにお嬢様教育はちゃんと受けているのでダンスもお手の物のはずだ。南天を連れて中央に戻るとまた曲が流れて踊りだす。
数曲踊ると南天は腰砕けのようにへたり込みそうになっていた。支えて中央から下がる。すると……、何故か他の子達がズラリと一列に並んでいた。これはもしかして……、皆さん俺と踊るのを待ってますか?
「ワクワク!」
「ドキドキ!」
「うわぁっ!九条様と踊れるなんて夢みたい!」
あ~……、これはもうここにいる子達全員と踊らなきゃならない流れですね……。
俺としては友達として招待したのに放置していた三つ葉と南天への謝罪でここで踊って埋め合わせをしようと思っただけだった。でもこの場にいた他の子達は自分達もダンスに誘われると思って一列に並んで待っている。これを今更『三つ葉と南天だけです』なんて俺には言えない……。
決して……、けっっっして!年頃の女の子達と抱き合って踊れるから踊りたいとか邪なことを考えているわけではない!
「それでは次のお嬢様……、私と踊っていただけますか?」
「「「きゃーーーっ!」」」
「はいっ!よろしくお願いします!」
いくらそれほど人数がいないといっても相応の人数はいる。全員と何曲も踊っていたら時間が足りない。三つ葉と南天以外の子達とは一曲ずつに勘弁してもらって順番に踊っていく。そしてようやく最後の一人を終えて……。
「え~……、椛?もしかして椛も並んでいますか?」
「当然です!私も頑張りました!ご褒美が欲しいです!」
「う~ん……」
行列の最後に椛も並んでいた。たまたまその場所に立っているスタッフ……、ではなくて並んでいたらしい。確かに椛達にも無理を言ってこの場を用意してもらったんだ。それなら一曲踊るサービスくらいはあっても良いのかもしれない。
「それでは一曲だけですよ?」
「はいっ!」
パーティーの時とは違う。パーティーの時は椛もドレスを着ていた。でも今の椛はいつものメイド服で俺は制服だ。ダンスそのものはパーティーと同じでも、衣装と場所が違うだけでまるで別物のように新鮮に感じる。なにより普段いつも見ている椛の胸が俺に押し付けられて……、これは……、堪りまへんっ!
「咲耶様!やはり私と咲耶様の息はぴったりです!このままもっと……」
「ありがとうございました椛。それでは柚も踊りましょう」
「えっ!?私もいいんですか?いやぁ……、椛師匠、悪いですね!」
「ちょっ!?咲耶様!?そうです!悪いです!柚!どきなさい!私が咲耶様ともう一曲踊ります!」
椛と踊り終えた俺は柚とも踊り始めた。こちらのバインバインも中々……。サイズ的にはメロンやスイカとは言えないかもしれないけどこの国の平均サイズから考えたら十分過ぎるものをお持ちだろう。柚どころかグレープフルーツくらいはあるかもしれない。
「あぁ~~~っ!咲耶様ぁ~~~!」
何故かダンスを終えた椛から悲鳴のような歓声が上がっている。
「柚も中々ですね」
「そうですか?これでも一応九条家諸大夫の娘ですからね!」
おっと……、そういう意味で言ったんじゃないけどうっかり余計な言葉が漏れてしまっていたようだ。柚は勝手に勘違いしてくれたようだしそれに合わせておこう。俺が柚のバインバインに興奮していたなんて知られたら大変だ。




