第千百一話「桜も動く」
校長室からの帰りに俺達の会話は弾んでいた。
「校長先生も理事長先生も話の分かる方で助かりましたね」
「これだけの面々に睨まれて断れる人もいないでしょうけどね」
「……え?」
「え?」
薊ちゃんの言葉に首を傾げると薊ちゃんも首を傾げていた。今日俺達は校長と理事長にお願いをしに行って、俺達の立場などから考えて理事長達が理解を示してくれた。俺達だけ特例というのは申し訳ない気がするけど俺達のグループの面々からしたら止むを得ない部分もある。
俺はそういった特例とか特別扱いというのはあまり好ましくないと思っている。だけどメイドに身の回りのお世話をしてもらわないと何も出来ないご令嬢とか、しっかりした護衛をつける必要がある子息子女という者も通っている学園だ。これまでにも似たようなことは頻繁にあったに違いない。
また同級生が護衛ということもある。俺達はただの仲が良いグループの集まりだけど主家と分家や家臣の家の子が同級生で身近に守っている者達もいる。そういう者と離れないように班やクラスを超えて同じ部屋にしたり行動を共にするケースもあっただろう。
そう考えたら俺達もそこまで特別扱いというわけじゃないだろうし、案外これくらいはこの学園では普通のことのような気がしてきた。だから薊ちゃんも理事長達が頼まれたら断れないと言ったんだな。
「少し遅くなりましたがまだいつもの時間まで時間がありますから勉強会をしていきましょうか」
「ちぇー……、やっぱりそうなるかー……」
「勉強会……」
何か皆のノリが悪いな?新年度になってからあまりちゃんと勉強会が出来ていなかったしそろそろしっかりやるべきだろう。でも最初にちょっと思わぬ用事が色々入って出だしからちゃんとしていなかった。そういう事が続いて少しダレてしまったのかもしれない。
「ほらほら!勉強も鍛錬も毎日の積み重ねが重要なんですよ?ちゃんと勉強しておかないと次の試験で散々な結果になってしまいますよ!」
「むぅ……」
「ご褒美がもらえないのは困りますもんね」
「いっちょ頑張りますかー!」
「「「おーっ!」」」
うんうん。皆も少し口でああ言っていただけで言われたらちゃんと身を入れて勉強をしてくれるんだよね。こういう所は純粋に皆凄い所だと思う。頑張り屋さんで良い子達ばかりだ。
~~~~~~~
今日は久しぶりに勉強会を頑張ってから他の皆とは別れて五北会サロンへとやってきた。三人で揃ってサロンに来るのも久しぶりかもしれない。
「御機嫌よう」
「「「御機嫌よう九条様」」」
サロンに入ると皆が挨拶を返してくれた。今日は茅さんも朝顔もまだ来ていないらしい。もしかしたらここ最近俺が遅かったからどうせ早く来ても俺がいないかもしれないと思ったのかもしれない。
「それじゃ咲耶様!また後で!」
「ええ。また後で」
いつものように薊ちゃんと別れて自分達の席へと向かう。俺と皐月ちゃんがいつもの席に着くと目の前に桜がやってきた。
「咲耶お姉様!」
「御機嫌よう桜。どうかしたのですか?」
用がなければあまり俺達のところへ来ない桜がやってきたということは何か用があるんだろう。そう思って席を勧めつつ用件を聞いてみる。
「咲耶お姉様達はもうすぐ修学旅行に行かれるんですよね?私も同行したいです!」
「え?う~ん……」
もうすぐというほどもうすぐかどうかは別にして桜の同行はあまり歓迎出来ないなぁ……。
実は同行と言えるかどうかはわからないけど似たようなことをしている者はそれなりに居る。さっきも考えた通り同じ学園に通っている生徒同士で護衛していたり、身の回りのお世話をしているケースは割りとある話だ。だからそういう者が勝手に旅行や校外学習について行くことはある。
学園の生徒以外の者なら別にそれが仕事として旅行に同行出来るけど、学年の違う者だったらそれは学園を休んで勝手について行くということになる。それでも『たまたま旅行の行き先が同じで、同じ日程で、同じホテルに泊まっているだけだ』と言われたら学園の方はどうしようもない。
たまたま同じ所に旅行に行っている他の学年の生徒が、修学旅行中の生徒の部屋に入っているのは本当なら問題がある行為だろう。でも学園側も生徒側の事情を理解しているから黙認という形で見て見ぬ振りをしている。これまでにそれを咎められたケースがあるのかないのかは知らないけどほぼないだろう。
だから実際には桜が『自発的に修学旅行と同じ日程を休み』、なおかつ『たまたま旅行の行き先が同じ』で『偶然間近で行動している』としても学園は何もしないし咎めもしないと思う。ただそれでなくとも伊吹達攻略対象が何やら企んでいそうなのに桜まで加わると余計に面倒臭い。
「桜には桜の学年の修学旅行があるでしょう?」
「私は咲耶お姉様と一緒に行きたいんです!」
「う~ん……。そうは言っても学年が違いますし……」
俺だって桜が憎くてこんなことを言っているわけじゃない。でも桜が一学年下であらゆることで別学年となってしまうのはどうしようもないことだ。他の子達だってそのために辛抱しているというのに桜だけ特別扱いというのは出来ない。
「でも一条百合さんは一緒に修学旅行に行かれるんですよね?」
「…………」
「「「…………」」」
「ほぇ?」
自分の名前が出てきたことに気付いたのか、百合がポカンとした顔でこちらを見ていた。まぁ……、桜の言いたいことも、言わんとすることもわかった。
「え~……、そうですね……。恐らく一条様も今度の修学旅行に行かれるのでしょうね」
俺もそこまで深く考えていなかった。だけどよくよく考えれば百合は本来一学年下で桜と同級生のはずだ。それなのに百合だけ俺達と同じ学年として修学旅行に行って、桜は行けないというのはおかしいと思うだろう。俺だって逆の立場だったら何故待遇が違うのかと思う所だ。
「お~っほっほっほっ!何だか知りませんがその通りですわ!お~っほっほっほっ!」
「さすが百合様です!」
躑躅は意味もわかっていないのにそうやって百合をおだてるのはやめようか?百合がどんどんダメな子に育ってるのはそういう所が原因だと思うぞ。
「一条様も今度の三年生の修学旅行に同行されるのですか?」
「はぁ?当然ですわ!わたくしは三年生ですもの!」
「いや……、一条様は本来まだ二年生ですよね?」
「わたくしは優秀なので飛び級しているのですわ!お~っほっほっほっ!」
だからこの国に飛び級なんて制度はないんだよ……。これは藤花学園だから出来ていることであって、普通の学校だったら絶対に許されないことだと思う。そして百合は修学旅行も行くらしい。ということはやっぱり形だけであっても学園側の百合の扱いは三年生も同然ということだろう。
そりゃずっと今の三年生達と一緒に過ごしてきて、修学旅行だけ現二年生達と一緒に行けと言われても困るだろう。友達だっていないだろうし仲の良い子も出来ていない。そんな環境に修学旅行だけ一緒にしろと放り込まれてもその方が残酷だ。
ただそうなってくると高等科の卒業はどうなるんだろうか?俺達と一緒に三年生を終わって高等科を卒業するのか。それとも来年もう一年間、三年生をやり直すのか。まぁ大学もエスカレーター式に藤花学園大学に行くのならこのまま今年度で高等科を卒業させても同じことなのかもしれないけど。
「一条様が良いなら私だって良いはずですよね?」
「う~ん……」
桜の言いたいことも気持ちもわからなくはない。だけどなぁ……。そもそもそんなことを言われてもそれを決めるのは俺じゃないんだけどな……。
まぁどこやらの他の王子達みたいに勝手に決めて行動されるよりは、こうしてまずは俺に相談してくれるだけよっぽど良いんだろうとは思う。だけどそう言われて俺が反対してもこうしてゴネているわけだし、俺が許可して学園を休ませるというのも違う気がする。
「そもそもそれは私が決められることではないので……」
「あっ!じゃあこの後うちに来てください!ね?」
「えぇ……、それは……」
それはつまり俺に栄子様を説得しろってことか?俺はむしろ桜まで一緒に来て欲しくないと思っている。それなのにその俺が桜が同行出来るように栄子様の説得を手伝うのか?しかも今日この後って俺の修行や蕾萌会はどうなるんだ?まさかそんなことのために大事な修行を休めと?
「咲耶ちゃん……、どちらにしろ二条様が付いてくる気になれば勝手にでも付いてくるわけですから、ここは最初から関わっておいて手綱を握っておいた方が良いのでは?」
「皐月ちゃんまで……」
皐月ちゃんの言っていることも分からなくはない。前述通り桜が『たまたま修学旅行と同じ日に同じ場所に同じ日程で旅行に行く』ことを俺に止める術はない。それは学園側も同じであり、もし桜が俺が反対しても強硬手段でついてきても止められないのは同じだ。
それなら最初からこちらも桜の計画に携わっておき、下手なことをしないようにコントロールしておくというのは一理あるとは思う。思うけど……、俺が栄子様の所に行って説得を手伝うのは嫌だなぁ……。
「はぁ……。仕方がありませんね」
「やったぁっ!ありがとうございます!咲耶お姉様!」
う~ん……。良い笑顔だ。どうしてこんなに良い笑顔の可愛い子なのに股間に象さんがついてるんだろう……。それさえなければなぁ……。とはいえ元からある物をちょん切ってこいとか切って欲しいとは思わないし、実際に切ってきたから良いというものでもない。例え仮に桜が切ってきたとしても俺は今後も桜を今までと同じように扱うだろう。
そのことだけは桜にもしっかり説明して、早まった行動はしないように説得はしておかなければならないな。
~~~~~~~
各所の予定を調整して俺はいつもの時間に五北会を出ると桜と一緒に二条家へとやってきた。親戚筋で親しい間柄の二条家だからまだマシだけど、それでも五北家の妻達は怖いんだよなぁ……。
「咲耶ちゃん、よう来てくれはりましたなぁ」
「御機嫌よう栄子様。ご無沙汰しております」
実際そこまで久しぶりというわけでもないと思うけどこれも社交辞令だ。あとあまり下手なことを言いたくないから定型文で済ませたいというのもある。
「ほんで今日はどないしはりました?」
栄子様のしゃべり方も微妙に変なんだよなぁ……。古都の南の方か商人の町の北の方が混ざったような感じなのかな?デイジーがステレオタイプのアメリカ人風なのと同じように栄子様もステレオタイプの京都人とか関西人という感じなのかもしれない。
「え~……、実は桜が私達三年生の修学旅行に同行したいと……」
「あぁ。そう言うてましたなぁ。それで咲耶ちゃんが私を説得しに?」
「え~……、私としては桜には自分の学年の修学旅行に参加してもらいたいと思っておりますが、桜がどうしてもと言うので……」
「それはそうですよ!一条百合さんは咲耶お姉様達と一緒に修学旅行に行けるのに私は行けないなんてズルいです!」
う~ん……。百合が特殊な立ち位置で学園もどう扱ったら良いか困っていそうだというのはわかる。でもだからって桜まで一緒だとまた余計なトラブルが起こりそうでなぁ……。
「桜、それはええけど咲耶ちゃん達と一緒に修学旅行に行く言うてもあんたは一緒には居られへんのはわかってるんよね?」
「え……?」
「それはそうやわ。桜は男の子で咲耶ちゃん達は女の子なんよ?ホテルの部屋もお風呂も一緒出来るわけないわぁ……」
「え?え?でも……、えっと……、あっ!買い物や観光は一緒に出来ますよね?私も咲耶お姉様の班についていけば良いんです!」
「え~……、私達は班も女の子だけで組むことになっておりますので、桜が来ても女の子の中に一人だけ男の子が交ざるということになりますよ?行き先も全て女の子を前提に考えるでしょうし……」
「それは大丈夫ですよ!服もお土産も私だって女物しか興味ありませんから!」
それはそれで大丈夫と言えるのか?まぁ桜の趣味については今更だからとやかく言うつもりはないけど、桜が大丈夫かどうかより女の子の集まりの中に男がいて皆の方が大丈夫か?という心配がある。
そもそもで言えば俺だって男なわけで、皆は俺のことを同性だと思っているからあんなに油断してくれているけどそれを思うと肩身が狭い。ましてや桜は本当に肉体も男なわけで、そんな者が女子だけの集まりの中に居たら色々と困る気がする。
例えば旅行中に女の子の日が始まった子とかがいたら、女子だけだと思っていたら気楽に言えるけど男子が居たら言い出し難いだろう。そういう諸々の弊害というか、問題というか、気になる部分は多いはずだ。
「私は別に学園くらい休んで旅行に行ってもええとは思うけど……、それは咲耶ちゃん達全員に説明して、ちゃ~んと許可を貰ったらにしなさい。最低限それが守るべきラインやと思うわ」
「わかりました!それじゃ明日から皆さんに事情を説明して説得します!咲耶お姉様もありがとうございました!」
う~ん……。本当にこれで良かったのかわからないけど、桜はこれで納得したのなら一応これで良いのか?




