第千百話「修学旅行について直談判」
俺は今朝のやり取りで思ったことをお昼休みに皆に相談してみることにした。
「……というわけなのですが、皆さんはどうお考えでしょうか?」
「なるほど……」
「そう言われればその通りですね」
「クラス編成でも学園に圧力をかけたようですし、修学旅行でも事前に自分達に都合の良いルールにするように圧力をかけている可能性は高いかもしれません」
今朝の槐とのやり取りで俺は伊吹や槐が修学旅行に関することでも学園に圧力をかけているんじゃないかと思った。それを相談してみると皆もその可能性に思い至ったらしく俺の考えに同意してくれてた。
「そこまでするものでしょうか?」
「藤原さんは近衛様や鷹司様とあまり接点がなかったから知らないかもしれませんが、あのお二人ならやりかねませんよ」
鬼灯と鈴蘭はこの会話には参加せず、ひまりちゃんはそこまでするだろうかと首を傾げていた。でもりんちゃんが伊吹と槐のことを少し教えると納得したように頷いている。四組、五組のメンバーはあまり伊吹や槐の普段の素行を知らないかもしれない。でも知れば納得というものだろう。
「それじゃ咲耶様!私達も校長と理事長に直談判に行かなければなりませんね!」
「そうですね。今日の放課後にお時間をいただけるように連絡はしております」
「さすが咲耶ちゃん」
「もう手を打っていたとは……」
皆はおだてるようにそう言ってくれているけど大したことはしていない。ただちょっと理事長に電話しただけだ。校長には理事長から連絡がいくから伝えていない。校長に電話して理事長に連絡させるのは立場的に校長が困るだろうから、俺から理事長に連絡して校長にも伝えてもらうようにしておいた。これなら上の者が下の者に連絡するので理事長が困ることはないだろう。
「咲耶お嬢様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「ええ。いただくわ。ありがとう海桐花」
丁度話が途切れてお茶が空のタイミングでおかわりを入れてくれる。海桐花も蕗も随分立派になったものだ。きっと椛のような立派な先輩が教えたからだろうな。椛や柚の教育の賜物だ。
「それじゃ私達も一緒に校長室へ行きますね!」
「え?それは悪いですよ。私一人でも事足りますし……」
「いえ。ここは全員で行くべきでしょう。近衛家と鷹司家の圧力が加えられているとしたらこちらはそれ以上の圧力を加える必要がありますから」
「……え?」
「どちらに付くべきか校長と理事長に分からせないといけませんからね」
「燃えてきたぞー!」
「「「あははっ!」」」
……え?あぁ……、冗談か……。皆冗談で言ってるんだよね?
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新年度が始まってまだ間もないある日の朝、理事長の電話が鳴り響いた。
「もっ……、もしもし?」
『御機嫌よう理事長先生。本日の放課後にお話があるので高等科の校長先生も交えてお時間をいただけますか?』
「はっ……、はひっ!大丈夫です!」
『そうですか。ありがとうございます。それでは本日の放課後、楽しみにしておりますね』
相手の名前が表示されていなければ『朝っぱらから誰だ!』と不機嫌になっていたかもしれない。しかし昨今では便利になり着信時点で相手の名前が分かるようになっている。相手の名前を確認して緊張しながら電話に出た理事長は、今日の放課後に話があると言われて青褪めていた。
「くっ、九条様が一体何の御用だろう?あっ!それよりも校長!校長を捕まえておかなければ!うぐぅっ……!腹が……、腹が……」
急激にお腹が痛くなってきた理事長はそれでも何とか耐えて、高等科校長に今日の放課後に九条様からお話があるので予定を空けておくようにと連絡をつけたのだった。
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九条様が一体どんな用があるのかわからない。何か不興を買うようなことをした覚えはなかった。クラス編成も言われた通りの子達を同じクラスにしている。近衛家と鷹司家からの圧力で九条様と同じクラスにするようには言われたが、九条様の方から近衛家、鷹司家の御曹司を同じクラスにするなとは言われていない。
もしかしたら本音では嫌なのかもしれないが、九条様から直接同じクラスにしないで欲しいという要望は言われていないのだからそれで押し通せると思っていた。しかしそれでも我慢がならず不満を言いに来るのかもしれない。まだ新年度が始まって数日なのでこのタイミングならクラス編成のことである可能性は十分にある。
「理事長……、九条様のお話って何でしょうか?」
「そんなことは私もわからんよ。しかし今日の放課後に話があると言われている。一体どんな話なのか見当もつかないが……」
高等科校長は昔九条様のことを少し舐めていた部分があった。初等科校長が九条様に振り回されている時に、中等科や高等科の校長、大学の学長は少なからず初等科校長が情けないと思っていた。
もちろん九条家の娘であることから最初から侮っていなかった者やある程度の恐れがあった者もいる。しかしそれでも九条様に呼び出される都度お腹が痛いという理事長や初等科校長が情けないと思っていたのだ。だがいざ自分の番になってわかる。九条様はただの小娘ではない。あの圧は女傑・近衛靖子にも引けを取らない。
初等科生如きに何をビビる必要があるのかと思っていたが、高等科の校長が受け持っている今や九条様も高等科生なのだ。それは下手な大人の貴族よりも遥かに鋭い気を放っている。目の前に立たれるだけでついつい跪いてしまいそうになる。
初等科校長は四校長最弱。四校長の面汚しよ!とか思っていたというのに、いざ実際に自分で対峙してみれば初等科校長の気持ちが一瞬でわかってしまった。むしろ初等科の頃よりパワーアップしているであろうことから、今までのビビりの校長達より自分の方がよほど大変な圧に耐えていると思っている。
「うぅ~~~っ!いだだだっ!」
「大丈夫かね?校長」
「へっ……、平気です!」
情けない理事長が平然としているというのに自分だけお腹が痛いなどと言っては情けないと思われてしまう。そう思って高等科校長はやせ我慢をして平気な振りをした。しかし理事長は朝から散々お腹が痛く、何度もトイレに駆け込み、すでに薬も服用している。これまで何度も九条様の相手をしてきた理事長は、実際に九条様と対峙するタイミングでお腹が痛くならないようにトイレや薬を使って調整出来るようになっている。
対して高等科校長はこれまで頻繁に九条様とお会いしたり話したりする機会もなく、そこまで万全に備えるだけの経験はなかった。意地を張らずに素直にトイレに行ったり薬を飲んでおけば良かったと思うことになるが、それはまだ先の話だった。
そんな話をしながら放課後に待っていると高等科校長室の扉がコンコンとノックされた。
「はいっ!」
部屋の主は校長のはずだがつい理事長が応えてしまう。一瞬理事長に不満を抱いた校長だったが扉が開かれた瞬間そんな余計な思考も全て吹っ飛んだ。
「失礼いたします。理事長先生、校長先生、わざわざお時間を取っていただきありがとうございます」
「「ヒェッ!?」」
扉を開けてその場で頭を下げた九条様。しかし頭を下げているはずの九条様の方が圧倒的上から自分達を見下ろす側であり、偉そうにソファに腰掛けているはずの自分達こそが遥か下の存在なのだとまざまざと思い知らされる。
「「どっ、どうぞ!」」
慌てて立ち上がった理事長と校長は九条様に入っていただくように促す。そして入室された九条様に続いていつもの面々がゾロゾロと入って来た。
(きたぁっ!やっぱりきたぁっ!)
(うぅ……。こんな自分の子供より小さい子達に……。でも胃がっ!胃がぁっ!)
入ってきたのは西園寺皐月、徳大寺薊という七清家の大物に加えて、さらに河鰭、武者小路、北小路、東坊城と堂上家の面々がズラリと勢揃いしている。堂上家が相手ともなれば一人一人を相手にするにしても気を使わなければならない。それが五北家、七清家の他に四人もいるのだ。
また九条咲耶様の圧倒的存在感と圧に隠れているので分かりづらいが、この少女達一人一人の圧と存在感も半端なものではない。例えこの中の誰か一人を相手にするとしても理事長や校長では土下座して泣きを入れる。それくらいの圧と存在感を放っている者達がソファの後ろに立って控えていた。
「どうぞお掛け下さい」
「ありがとうございます」
向かいのソファの真ん中に九条様が座られて左右に徳大寺と西園寺の二人が座る。本来なら同じソファに座るのは二人までであろうが、あえて正対するために三人で座っている。その後ろに四天王の如く立つ四人。この時点で校長はお腹が限界近くに達して蹲りたい気持ちになっていた。
せめて先ほどトイレに行くか薬を飲んでおけば……。そう思ったが後の祭りだ。まさかこのタイミングでトイレに行きたいなどと言えるはずもない。九条様が来るのが分かっていたのにどうして前もって行っていなかったのかということになる。そんな重大な落ち度を晒すわけにはいかない。
「え~……、それでお話というのは一体何でしょうか?」
薬を飲んでいて校長に比べれば比較的安定している理事長が話を切り出した。余計な話をしてもネチネチと責められて余計に辛い思いをするだけだ。それならばもうさっさと用件を済ませてしまった方が良い。理事長はそう判断した。
「それでは早速で申し訳ありませんが本題に入らせていただきますね。実は三年生の修学旅行に関するお話なのですが……」
九条様は特に不快感を顕にされることもなく本題に入ってくださった。それにほっとしたのも束の間、言われた内容を理解した理事長と校長は一気に青褪めた。
修学旅行に関する内容はもうとっくに決まっている。九条様がどんな無茶を言われるのかは分からないが、もし今から行き先や日程を変えろなどと言われたら大変な騒ぎになってしまう。まさかそれが分からない九条様でもないだろうが、例え仮に数千万や数億のキャンセル料がかかったとしても九条家には屁でもないだろう。もしかしたら本当にキャンセル料を払ってでも予定を変えろと言われるかもしれない。
「実は修学旅行の間の班行動についてですね。私は身の回りの問題がありますのでお知り合いの方やお友達と一緒にさせていただきたいのです」
「あっ……、あぁっ!そうですね!分かります!」
そう言われて理事長はウンウンと頷いた。九条様ほどの身分の方だ。当然身の回りのお世話をする侍女や身の安全を守る護衛やボディガードが必要だろう。本来学園行事ではそういった者は使わないことになっているが、実は大貴族達は公然の秘密として子息子女の護衛やメイドを付けて旅行や校外学習に参加させている。
ましてや五北家である九条様であればお付きの者だけで十人以上、あるいは数十人になることだって有り得る。そういった者の同行の許可をわざわざ取りに来る者はいないが、九条様は規模が大きくなりすぎるので事前に申し出てきたのかもしれない。それを許可するだけなら何の問題もなかった。
「班などの割り振りがどうなる予定なのかは存じませんが、出来れば私達は私達だけのグループで行動出来るようにしていただけませんか?具体的にはここにいる子達に加えて、三組の萩原紫苑、樋口芹、四組の河村鬼灯、加田鈴蘭、五組の吉田花梨、藤原向日葵でクラスも班の人数も超えて一緒に行動させていただきたいのです」
「そんなことですか!ええ!ええ!どうぞどうぞ!そのように取り計らいましょう!」
九条様ほどのお方ならば不用意に男を近づけるわけにはいかないというのも頷ける。そして身辺は信用出来る側近で固めるのも当然だ。学園行事として一部の生徒にだけそのような特別待遇を認めるというのはどうかと言われるかもしれないが、相手が五北家や七清家、他多数の堂上家ともなれば誰も文句を言う者もいない。
「本当ですか?ありがとうございます!」
「よかったですね咲耶様!」
「これで心配事がなくなりましたね咲耶ちゃん」
理事長が二つ返事で了承したことで左右の二人と後ろの四天王からの圧がスーッと消えたような気がした。理事長はホッと胸を撫で下ろす。
「ご用件はそれだけでしょうか?」
「はい。わざわざお時間をいただきありがとうございました。それでは御機嫌よう」
「はい!」
話が纏まると九条様達は早々に帰っていかれた。立ち上がって腰を九十度に曲げて頭を下げた。しかし九条様達が立ち去ってから、それまでずっと隣が静かだったことに気付いた理事長が校長の方を見やる。
「うぐぅっ!腹がっ!胃がぁっ!」
「大丈夫か?校長!しっかりしろ!九条様達はもう帰られたぞ!トイレまで耐えるんだ!」
「うぐぅっ!」
「今日は帰りに一杯やろう!な?私の奢りだ!だから頑張れ!」
必死にそう言って励ましてくれる理事長に、これまで情けない理事長だと思っていたけど良い奴じゃないかとちょっとだけ校長から理事長に対する評価が変化したのだった。




