第千九十五話「大学という鎖から解き放たれた野獣」
初日の五北会サロンを無事?に終えた俺達は帰るために席を立った。俺と皐月ちゃん、薊ちゃんは帰るけどそれ以外は残っても良い。だけど結局茅さんと睡蓮だけじゃなくて百合達やデイジー達まで揃って帰ると言い出した。全員でゾロゾロとロータリーへと向かう。
「お疲れ様です、咲耶の姐御!」
「御機嫌よう鬼庭様」
ロータリーに立っている大男は欅一人だった。そりゃそうだ。頼親は俺達より一学年上であり前年度で卒業してしまっている。父に相談して斡旋してもらったどこかの会社にでも就職しているだろう。どこに就職したのかは知らないけどきっと元気でやっているに違いない。
頼親は自分達を含めて前年度で卒業だったというのに、配下の下級生達の就職斡旋も頼むと言っていた。他校に乗り込んでいって暴力事件を起こすような奴ではあるけど、自分の配下に対してはそれなりに責任を持つタイプの奴なんだろうな。
でもそんな気遣いや責任が持てるのなら、そもそも不良なんてせずに他校に乗り込んだり暴力事件を起こすことそのものをやめてもらいたいと思う。そこまで出来て初めてちゃんと責任を持った人だと言える。いくら高校生くらいの不良だとしてもカツアゲしたり、暴力事件を起こすのは良くない。
まぁそれも今更の話だし、三年生の後半からは態度も改めていたんだからいつまでも昔の罪をネチネチ言い続けるものでもない。きっと今頃はどこかに就職して社会人として揉まれているはずだ。そして知ることになる……。社会人というのはそう甘いものじゃないということを……。
俺は前世でそれはもう苦労した。それなりの大学を卒業して、それなりの会社に入社したつもりだった。でも社会人になってみれば学生の頃のなんと楽なことかと思い知った。頼親も今頃はそんな社会人の洗礼を受けていることだろう。
そこでちゃんと耐えて更生出来るのか。すぐに真っ当な社会人を辞めて転がり落ちていくのか。それは頼親や就職していった不良達次第だ。俺が就職斡旋に関わったわけだし、出来ればちゃんとした社会人になってもらいたいけど、こればかりは他人がどうこう言うものでも、出来るものでもない。
「京極の野郎、うまいことやりやがって……。咲耶の姐御!待っててくださいね!俺も来年は京極の野郎と一緒に姐御の警護に付きますんで!」
「はぁ?」
欅の言っていることの意味がわからない。でも頼親がきちんと就職したことを知ったから、来年は自分もちゃんと卒業して就職して社会人になると言っているってことだよな?だったら応援してあげたら良いのか。
「えっと……、頑張ってくださいね?」
「はい!俺の憧れたヒーロータクヤ、いえ、ヒーロー咲耶に俺もなるために!」
ヒーロー?欅はヒーローに憧れる少年だったとか何とかだったっけ?そのお陰で更生してゲームと違う青年に成長したとかなんとか……。未だにそんなことを言ってるなんて子供っぽいと言えばそうかもしれないけど、子供の頃の憧れを貫いて立派になる人もいる。特に警官とか消防士とかを目指す子の中にはそういう子もいるんじゃないだろうか。
「それでは皆さん、御機嫌よう」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「さようなら咲耶様!」
「お~っほっほっほっ!御機嫌ようですわ!」
「HAHAHAー!失礼仕るデース!」
「御機嫌よう咲耶」
皆と挨拶をして車に乗り込んだ。
「ふぅ……」
「咲耶ちゃんお疲れのようね」
「九条様~、お別れしてすぐ溜息を吐くなんて失礼です~」
あれぇ?何で九条家の車に茅さんと睡蓮が乗ってるのかなぁ?おかしいなぁ?今そこでお別れしたんじゃなかったかなぁ?
「え~っと……、茅さん?睡蓮ちゃん?どうしてこちらに?」
「私はもう自由の身なのだわ。だからいつでもどこでも咲耶ちゃんと一緒よ」
「私は~、茅お姉ちゃんがこちらに乗り込んだからです~」
「あ~……、はい……」
二人の言っている言葉はわかるけど意味はまったくわからない。睡蓮は茅さんがこちらに乗り込んだからついてきたというのはまだわからなくもないけど、茅さんの言っていることは俺にはまったく理解出来ない。出来ないけどどうすることも出来ずに苦笑いが出た。
「咲耶ちゃんはこれからどうするのかしら?」
「え~……、習い事に……」
「そうなのね。それじゃ私も一緒に行くわ」
いや、それはまずい。百地流の修行をしている所を人に見られるわけにはいかない。ご令嬢がクレイジーニンジャと修行をしているなんて知られたら大変だ。これまでは師匠が表の百地流古舞踏の方でも有名だったから深く突っ込まれなかったけど、裏の古武道の方を茅さんに見られたら困る。
「いえ、正親町三条家までお送りいたしますよ」
「習い事についていくわ」
「お送りいたしますね!」
「習い事についていくわ」
何を言っても聞いてくれない茅さんだったけど、車はちゃんと正親町三条家に向かってくれた。そこで茅さんを降ろす降ろさないでまた一悶着あったけど、助手席から降りてきた椛が茅さんを降ろしてくれたので俺は無事に百地流の修行に向かうことが出来た。
椛は茅さんを羽交い絞めにして正親町三条家の中へと引き摺っていき、睡蓮は茅さんについて勝手に正親町三条家へと入っていったのでこちらは何もしていない。椛を置いて車は発車してしまったけど、あとでちゃんと椛も迎えに行くと言っていたので大丈夫だろう。たぶん……。
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昨日は茅さんがやってきて色々と驚かされた。百地流の秘密がバレてしまうかと思って焦ったけど茅さんと仲が良い椛の機転のお陰で事なきを得た。あの後椛はちゃんと回収されたらしく習い事の帰りには何事もなかったかのように車に乗っていたのでうまくいったんだろう。
「いってらっしゃいませ咲耶様」
「いってらっしゃいませ咲耶お嬢様」
「いってまいります」
新年度二日目も椛と柚に見送られて玄関口へと向かう。その時……。
「おはよう咲耶ちゃん」
「え!?ごっ、御機嫌よう茅さん」
玄関口へ向かおうとした俺の前に茅さんが現れた。茅さんはもう藤花学園の生徒ではない。OGとはいえこんなに頻繁に中に入り込んでいて良いのだろうか?というか何故こんな朝早くから高等科に?
「か~~~や~~~っ!」
「椛何をするの?酷いわ。放してちょうだい」
俺が茅さんの出現に驚いていると鬼の形相をした椛が車から飛んできた。そしてまた茅さんを羽交い絞めにしてズルズルと引き摺っている。
「咲耶様!今のうちに校舎に向かってください!」
「アッハイ……」
どうして良いかわからない俺は椛に言われるがまま玄関口へと向かった。行列に並んでいる生徒達も何事かと思いながら見ていたようだけど、俺が通りかかって挨拶をすると元気な声で挨拶を返してくれたのだった。
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「……というようなことがあったのですよ」
「へぇ~」
「正親町三条様ならやりかねませんね」
教室に入ってからクラスのメンバー達に昨日や今朝あったことを掻い摘んで話してみた。薊ちゃんと皐月ちゃんは五北会サロンに茅さんが来ていたことは知っているけどその後の顛末までは知らない。それに朝の出来事も知っている子はいなかった。目撃者はたくさん居たはずだけど噂になっていないのか、皆がその噂を耳にするタイミングがなかっただけなのか。
「これは少し危険かもしれませんね」
「正親町三条様は以前から何度も実力行使に出てきていますしねぇ」
「それじゃー私が咲耶ちゃんのボディガードをするよー!」
「譲葉じゃちょっと……」
「どういう意味かなー?」
「言葉通りだけど?」
「「「あははっ!」」」
譲葉ちゃんの言葉に薊ちゃんが答えて、それを聞いて皆笑っていた。どうやら思ったよりは深刻な雰囲気じゃないようで安心した。最初の感じからするともしかして深刻なことなのかと思ってしまったからな。皆も冗談を言い合って笑っているしきっと大したことじゃないんだろう。
「てっきり茅さんは就職されて大人の女性になられるかと思っていましたが、まさか就職されず、それに卒業後も学園にこれほど頻繁に顔を出されるとは思いませんでしたね」
「えー?そうかなー?」
「ある意味予想通りですよね」
「大学という鎖から解き放たれた野獣ですね」
いや、野獣て……。茅さんみたいなか弱い乙女に向かって言う言葉じゃないだろう。女の子同士ならそういう言い回しもするのかもしれないけど、男の精神を持つ俺からしたら皆も、茅さんも、守るべきか弱い乙女でしかない。
「とにかく咲耶ちゃんはもう高等科三年生になって魅力もどんどん増しているんですから気をつけてくださいね」
「えっと……、はい……」
途中から何を言われているのかよく分からなかったけど、俺が何か言ったり反対したり出来る雰囲気ではなかった。仕方がないのでとりあえず分かったと答えているとチャイムが鳴ったのでこの話は終わったのだった。
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お昼休みに食堂へとやってきた。でもそこには……。
「待っていたわ咲耶ちゃん」
「茅さん……」
食堂にはデデーン!と茅さんが立っていた。もちろん私服だ。高等科生ばかりの食堂の中に私服を着ている大人の女性が立っている。これはさすがにやりすぎじゃないだろうか?
「え~……、茅さん?さすがにOGの方がこうも頻繁に学園内に入られているのは問題ではないでしょうか?」
「どうしてかしら?校門でちゃんと手続きをしているわ」
そりゃ門衛がいるから勝手には入れない。ちゃんと氏名を記入して入退時間も記録しなければならない。でも門衛に通されているからといってこうも頻繁に入ってきて良いということにはならないんじゃないかな?
「確かに手続き上問題はないかもしれませんが卒業生が用もなく頻繁に出入りするのはあまり好ましくないと思います」
「用ならあるわ!咲耶ちゃんに会いに来ているのよ!それより大事なことなんて世界にはないわ」
う~ん……。俺に会いに来ることが学園に入ってくる用として成り立たないと思うし、それより大事なことは世の中にたくさんあると思う。茅さんがそう言ってくれることはうれしいけどこのままじゃ良くないよなぁ。
「茅さん、もしかしてこれから毎日朝昼放課後と学園に来られるつもりですか?」
「それは当然なのだわ!」
やっぱりそのつもりだったか。さすがにそれは駄目だよな。
「茅さん……、残念ながら学園は在校生のためにあるのです。卒業生が大した用もなくそれほど頻繁に出入りすることは望ましくありません。どうか重要な用がある時だけにしてください」
「私にとっては咲耶ちゃんに会いに来ることより重要なことはないのだわ」
「そのお言葉はうれしくありがたいですがどうかご自重ください」
これだけ言っても茅さんには理解してもらえていないように思う。俺だって茅さんが会いに来てくれるのはうれしい。会いたいと思う。でも学園にこんなに頻繁に来るのは駄目だ。それは在校生達にとって迷惑になるし、警備上の問題なども出てくる。ただ会いたいから学園にやってくるというのは通じない。
「わかったわ……。それじゃ放課後に五北会サロンだけ参加させてもらうわ。それなら良いでしょう?」
「よくはありませんが……」
「これ以上はまからないのだわ!」
う~ん……。この辺りが落とし所か……。五北会サロンは一応学園とは別の活動なわけだし、放課後だから在校生達にかける迷惑も最小限で済むと言えるかもしれない。
「わかりました……。それでは放課後に五北会サロンだけで、学園が許可しているのなら私からはこれ以上は言いません」
「よかったわ!ありがとう咲耶ちゃん!」
「むぎゅぅ……」
いつものように茅さんに抱き締められてしまった。その柔らかい胸の感触がかなりダイレクトに伝わってくる。やっぱり制服などと違って私服だと茅さんはかなり薄着というか、締め付けや金具が少ない格好をしているのかもしれない。
制服の時だったらボタンとか金具が当たってちょっと痛い所もあったし、上着や下着でゴワゴワしていた。それがないだけでこんなにも柔らかな感触になるんだなぁ……。
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茅さんをうまく説得出来た二日目の放課後、俺は今躑躅と二人っきりで校舎裏に来ていた。
「西園寺様、一体どういった御用でしょうか?」
「九条様……、言われないとわかりませんか?」
「「…………」」
俺の言葉に躑躅はそう返して沈黙してしまった。……うん。言われないとわからないから聞いたんだけどな?それなのに答えてくれなかったら俺はどうしたらいいのかわからない。
放課後に勉強会に行こうとしたら躑躅に呼び出されてやってきたのがこの校舎裏だ。一体躑躅が俺を呼び出してどんな用があるというのか。皆目見当もつかないんだけど……、躑躅の方が用件を言ってくれないなら俺はどうしたらいいんだ?




