第百九話「第三攻略対象入学」
卒業式も、三学期も、終業式も終わって、あっという間に短い春休みも終わり新年度が始まる。在校生はまだ学校が始まっていないけど今日一部の者達は学園へと来ていた。
今日は新一年生の入学式だ。在校生として一部の者は参加しているけど、俺達は別に入学式のために来ているわけじゃない。いや……、ある意味入学式も関係あるんだけどむしろそれはついでなんだとわかった。
俺達が入学した時、五北会のメンバーの中でも五北家だけが入学式の日にサロンに集まった。確かにそれは五北家の顔見世のための特別な措置なんだけど、五北家の子供が毎年毎年入ってくるわけじゃない。
俺達の年のように三人も同時に入る当たり年もあれば、兄が入ってから俺達が入るまでの間のように五北家の子供が誰も入学しなかった年もたくさんある。毎年必ず顔見世があるわけじゃないんだから、入学式に五北会のメンバーがわざわざやってくるのは何のためか。それは……。
「それでは近衛伊吹様が会長ということで……、異論のある方はおられますか?」
「「「「「…………」」」」」
誰も何も言わない。不服はないということだ。まぁ表向きは……、な……。
入学式と同じ日に五北会のメンバーがサロンに集まる理由……。それは新しいリーダー、五北会会長を選ぶ話し合いが行なわれるからだ。一年生の時に入学してきた五北家の子供の顔見世だと言われたけどそれはあくまでついでだったらしい。
五北会は毎年入学式の日に集まり、こうして新リーダーを選ぶ。普通なら元五年生、新六年生の中で一番か二番くらいに家格が高い家が選ばれるのが通例らしい。兄は何も言わないから知らなかったけど実は去年は兄が会長だったようだ。
例年なら新六年生から選ばれる。だけど今年は事情が違う。何しろ新二年生に五北家が三家もいて、しかも最上位の近衛家が在校しているんだ。いくら新六年生とはいえ近衛家を差し置いて会長をするのかという話になり、伊吹が五北会会長ということになった。
本当は腹の中では不服な者もいるだろう。何しろそもそもがまだ二年生になったばかりだからな。そんな者に会長が務まるのかと思っている者もいるはずだ。だけど表立って反対は出来ない。そんなことを言えば近衛家と近衛門流に睨まれることになる。
別に五北会は会長だからといって何か仕事があるということもない。絶大な権限を握る五北会だけど、だからって学園の運営を担っているわけでもなければ、イベントを企画運営するわけでもない。ただこうしてメンバー達がサロンに集まってお茶をしているだけだ。
だから俺の本音を言えば会長なんて誰でもいいんじゃないかと思う。ただ五北会の会長を経験したと言えば上流階級、社交界でかなり大きなインパクトがあるというだけのことだ。なので大半はどうでもいいと思っていると思うけど、一部にはそういう名誉が大好きな者もいる。
伊吹がいなければ毎年最上位学年の中で家格トップクラスの者の誰かが選ばれただろうけど、もしここで伊吹が選ばれれば卒業までずっと伊吹が会長を務めることになる。それは伊吹さえいなければ自分が会長になれたはずなのにと思っている者からすれば面白くないだろう。
ま、どちらにしろもう決は取られたし今更言っても仕方がない。俺は元々興味もないし、表立って近衛やその門流に逆らう者もいないだろう。なりたかった人は残念だけど俺の知ったことじゃない。
これから卒業まで伊吹が会長ということが実質的に決まって……、用事も終わったから帰ろうかと思ったけど待ったがかかった。
「九条さん、もしかして帰ろうとしてない?」
「え?」
槐に声をかけられてポカンとする。帰ろうとしてますよ?それが何か?
「やっぱり……。あのね?これから五北家の子が来るんだから帰っちゃ駄目だよ」
「ええ、わかっていますよ?」
嘘です。知りませんでした。っていうか今年も五北家から誰か入学してくるのか?って、あっ!
あいつか!そうだ!一個下といえば……、あいつだよ!なんてこった!早く……、早く逃げないと……。
「失礼しまーす。あっ!咲耶お姉様~~!」
「させるか!」
ちょうどサロンの扉を開けて入って来た者が満面の笑顔を浮かべて俺に抱きつこうとしてくる。その顔を掴み、突進を逸らし、足を引っ掛けて転ばせる。
べチャッ!
と、受身も取らずに倒れた相手は顔面からカーペットに突っ込みピクリとも動かなくなった。ギャルか!っていうほど短く折っているスカートが捲れてお尻が見えそうだ。
「いたーい……。咲耶お姉様ひどーい!」
うるせぇ!お前にお姉様とか言われる筋合いはねぇんだよ!
顔を押さえて痛いとか言いながらもすぐに立ち上がる。伊吹といいこいつといい変態はやたら打たれ強い。ちょっとノックアウトしてもすぐに起き上がってくる。ドMには気持ちよくなっちゃうだけだから効かないのかもしれない。
「え……、え~……。とっ、とりあえず自己紹介しようか……」
ちょっと呆然としながらも槐が司会進行をする。早速伊吹の手足となって働いているようだな。さすがBL関係なだけのことはある。
「は~い!二条桜です!よろしくお願いします!」
ピンと立ち上がって手を上げながらそう宣言したのは二条桜……。まだあまり長くない髪をツインテールにして女子の制服をちょっと改造でもしてるのかと思うほどミニスカートにして穿いている。名前の通り五北家の一角である二条家の……、ご子息だ。そう……、ご子息……。
二条桜……、こいつは伊吹、槐に続く第三攻略対象。通称『女装王子』桜……。
あの生足も、ぶりっ子みたいなしゃべりや態度も、こんななのに……、野郎だ!俺はこいつのことも大嫌いだ。俺は男の娘とか、女装とか認めない!何で『恋に咲く花』にこんな奴が攻略対象として出ていて、しかも結構人気だったのか理解に苦しむ。
さらに最悪なのがこいつが俺の、咲耶お嬢様の『はとこ』だということだ。はとこはいとこ同士の子供、祖父母が兄弟でその孫同士をはとこという。またいとことも言うけどどちらでもいい。
俺がこいつのことを嫌いなのは男の娘だからとか、女装だからとかじゃない。俺がこいつを嫌いな理由はこいつも伊吹や槐と一緒になって咲耶お嬢様を破滅させにくるからだ。
伊吹や槐と違って無関係なルートに入ってまでわざわざ出てきて咲耶お嬢様を破滅させたりはしないけど、桜ルートに入ったら伊吹、槐と結託して咲耶お嬢様と九条家を破滅させる。それもかなりドギツイ裏切りをかましてだ。それがまた腹が立つ。
だいたいお姉様とか言うけど親戚っていっても血縁的には俺はほぼ他人だと思ってるし、別に何かの集まりで顔を合わせるということもない。ほとんど会ったこともないのに何故こんなに懐かれているのか意味がわからない。
「皆様もちろん御存知とは思いますが、二条桜は男ですのでお間違いなきよう……」
俺はジロリと桜を睨みながら補足しておく。社交界デビューしている者は皆知ってるだろうけど、うっかり格好に惑わされて女扱いしたら大変だ。女子だけの集まりとか、着替えとか、そういう場に入り込まれたら許せない。特に薊ちゃんや皐月ちゃんの着替えなんてこいつに見せるわけにはいかない。そんなことになったら俺はこいつを消してしまう。
「咲耶お姉様のいじわる~!私は性別『桜』だもん!」
『だもん!』じゃねぇんだよ!そのキャピッとか、プリッとか音がしそうなポーズもやめろ!イラっとする!
「男のくせに女みたいな格好をして……、俺の咲耶に付き纏いやがって……、表に出ろ!」
おい伊吹……。誰がお前の咲耶だって?お前こそ表に出ろ。
あっ……。駄目だ……。こいつはそんなことをしても気持ち良くなっちゃうんだったな……。じゃあどうしたら……。まぁいいか……。どうでもいいや……。男同士勝手にやってろ。俺が男に興味ない以上に、俺はお前達が嫌いなんだ。友達にはなれるかもしれないけど、それもかなり厳しい。
「桜ちゃんは相変わらず面白いね」
「鷹司様……」
お前も同類じゃないのか?伊吹とBLなんだろ?格好で女装していないだけで中身は一緒じゃないのか?
「鷹司様は女装はされないのですか?」
「えっ!?何で僕が?」
何でそんな驚いた顔してるんだ?お前もそっちの気があるんだろ?まぁそういう格好をしたいという願望はないのかもしれないけどな。BLでも格好は男らしい方が好きって奴もいるだろう。必ずしも女装したいというものでもないはずだ。知らんけど……。
「咲耶様、下がりましょう」
「そうです咲耶ちゃん。下がりましょう」
俺の左右に薊ちゃんと皐月ちゃんがやってきて引っ張られる。どうやら伊吹や桜と距離を取らせようとしているようだ。
「女装しているからと油断してはいけません。いくら女装していても咲耶様と一緒に着替えとか、お風呂とか……、絶対にさせませんから!」
「そうです!咲耶ちゃんも気を許してはいけませんよ!着替えやお風呂を見られたりしたら大変です!」
「薊ちゃん……。皐月ちゃん……」
それは俺が思っていたことだ。桜が何気に女子の着替えとかに混ざって二人が覗かれてしまわないようにと思って気にしていた。それと同じことを考えてくれていたなんて……。これはもう二人と俺は通じ合っているということだよな?
「さぁ咲耶ちゃん。あのような汚らわしい者達の所には近づかず、こちらでお茶をしましょう?」
左右の薊ちゃん、皐月ちゃん以外に、もう一人に後ろから抱き締められて引き摺られていく。そしていつもの俺の指定席に座ると、いつも俺が飲んでいるお茶が用意されていた。
「え~っと……、貴女が何故ここに?」
「いやだわぁ咲耶ちゃん。『貴女』だなんて他人行儀な呼び方をしないで。いつも通りに『茅お姉様』と呼んでくれたらいいのよ?」
茅お姉様なんて呼んだことないよ!?
「正親町三条様?貴女は卒業されたはずですよね?」
「そうですよ!さっさと中等科に行ってください!」
薊ちゃんと皐月ちゃんが抗議する。俺の指定席の前に座っているのは、俺の前が指定席になっていた人、正親町三条茅さんだった。ついこの前卒業して中等科に上がったはずなのに何故ここに……。
「中等科のことは全て済ませてきました。今の時間に私がどこで何をしていようとも誰憚ることはありません」
ゆっくりお茶を飲みながらしれっとそんなことを言う。それはそうかもしれないけど、勝手に他所の敷地内に入っていいものなのか?
まぁ……、藤花学園は初等科、中等科は同じ敷地にあって、高等科と大学だって一部はここにある。高等科、大学は別校舎や別キャンパスもあるから全てがここだけということはないけど、それでも少なくとも高等科まではほぼここに通うことになるだろう。
でもだからって中等科の生徒が初等科の五北会サロンに来ていていいのか?まぁ去年一年の間にももちろん卒業生達も来ていたけど、それは何か用があったりしてのことだ。用もないのに入り浸っている人はいなかった。
「貴女達も座りなさい。さぁ咲耶ちゃん、お姉さんとお話しましょう?」
俺の向かいは茅さんが確保しているけど、左右の席に薊ちゃんと皐月ちゃんを座らせる。二人もこれ以上言っても無駄だと思ったのか黙って座ることにしたようだ。
「お話と言われましても……、一体何を……」
「ん~……、そうねぇ……。あっ!そうだわ。この前の卒業式の時のお話をしましょう?ほら、写真もあるのよ」
そう言って茅さんは写真やスマホの画像を見せてきた。とても良く撮れている。俺と茅さんが抱き合ったり、泣いていたり、とても感動的なシーンに見える。
「一体どこで……」
どこから撮っていたのか。こんな写真を撮られた覚えはない。それなのに確かにここに写真が残っている。茅さん……、何か怖い……。
「どう?綺麗に撮れているでしょう?咲耶ちゃんはお姉さんのためにこんなに泣いてくれたのよ」
「ぐぬぬっ!」
「むっ!」
ふふん!と二人を挑発する茅さんに、素直に悔しがる薊ちゃんと皐月ちゃん。そんな悔しがることでもないと思うけど……。
「私の卒業の時は咲耶様はもっと泣いてくださいます!」
薊ちゃんが卒業する時は俺も卒業する時だけどね……。何に張り合っているんだか……。
「咲耶ちゃん!今から私とも卒業の写真を撮りましょう!」
いや……、皐月ちゃん?何言ってんの?もう言ってることが滅茶苦茶だ。小学校の卒業は一生で一回しかないんだからそんな悔しがることでもないでしょ?茅さんにはもう二度と小学校の卒業は訪れないし、二人にだって必ず一回はやってくるんだから……。
「おらー!桜!その性根叩きなおしてやる!」
「いやー!暴力はんたーい!咲耶お姉様助けてー!」
向こうは向こうで騒がしいし……、これからの学園生活が思いやられる……。