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第十話「二人の側近」


 まだ小学校一年生だからとても幼い。将来の姿とは違うけどそれでも見ればわかるくらいには面影がある。伊吹やえんじゅを見て一目でわかったようにこの子達も一目でわかった。


「あ~っ!薊ちゃんだぁ~~~!きゃー!すごーい!本物の薊ちゃんだぁ!」


 この子は徳大寺とくだいじあざみちゃんだ。咲耶お嬢様の取り巻きの中でもリーダー格の二人のうちの一人。咲耶お嬢様のためならどんなことも厭わない急先鋒。


 ツインテールの髪に釣り目がちな鋭い視線。見るからに生意気そうというか、強気というか勝気というか、いかにも気の強いお嬢様という感じで性格も見た目通りにキツイ。


 咲耶お嬢様の取り巻きは何人もいるけどその中でも側近中の側近、リーダー格の人物が二人いる。もう一人は物静かなタイプだけど薊ちゃんはどんな相手にも食って掛かる怖い物知らずだ。


 咲耶お嬢様のためなら何でもする薊ちゃんは俺の脳内で咲耶お嬢様との百合百合カップリングでも上位に位置するとても重要なキャラだった。それが今目の前にいて感動しないわけがない。もちろん小学校一年生の子を相手に性的な興奮をしているわけじゃない。ただ咲耶お嬢様と薊ちゃんのキャッキャウフフが見たいだけだ。


 五北会の頂点は五北家と呼ばれる家だけど当然それだけでは会が成り立たない。わかりやすく言えば来年には五北家である九条家の兄は卒業してしまう。俺はこれから六年間通うけどその後は?ということだ。


 仮に兄が最短最速で結婚して子供を作って藤花学園に通わせるとしても少なくともこれから十数年はかかる。俺がこれから六年間通うとしても最短でも数年間は藤花学園に九条家から通う子供はいないことになるのはわかるだろう。


 小学校はまだ六年間あるから最短でいけば数年の間で済むけど中学や高校のように三年間しかない学校じゃもっと何年もの間九条家から誰も通っていない年が出てしまう。これは九条家だけじゃなくて他の家でも同じことだ。子供がたくさんいて途切れることなく次々通わせている家なんて滅多にないだろう。


 そうなると五北会が五北家だけでは回らないのは明白だ。そこで五北会には五北家以外の家も入れることになっている。五北家の次に位置するのが七清家だ。あと年によって五北家や七清家の生徒が少なければもう少し下の家格の家が入る年もある。


 薊ちゃんの徳大寺家は七清家の一角であり五北会にも入っている。もう一人の咲耶お嬢様の側近と合わせて三人とも五北会関係者だ。


 ちなみに七清家と言ってるけど家は九つある。元々は七つだったけど昔に九つに増えたらしい。だけど九清家とは改名せず七清家のまま九つの家がその家格に収まっている。


「あなた……、どこかで会ったことある?」


「えっ……?あっ!そっか……。えっと……、直接会うのは初めてかしら。でも私は薊ちゃんのこと良く知っているよ。私は九条咲耶です。これからよろしくね徳大寺薊ちゃん」


 危ない危ない。俺は何十周も『恋花』をプレイして咲耶お嬢様と薊ちゃんの脳内百合百合プレイもしまくったけど向こうは俺とは初対面だ。


 とはいえそれほど焦る必要はないだろう。例えば伊吹なんて超有名人で直接会ったことはなくてもパーティーで遠くから一方的に見て知っているとか、名前や噂だけは聞いているなんていう者も多数いる。七清家である徳大寺家の薊ちゃんのことを俺が知っていてもそんなに不思議じゃないはずだ。


「皆もよろしくね」


 それから俺は薊ちゃんと一緒に俺を囲んでいる女の子達にも挨拶していく。皆知っている子ばっかりだ。『恋花』では高等科しか描かれていないから最初から咲耶お嬢様の取り巻きとして出てくる子達ばかりだ。だけど皆とだってこうして初めて出会う時というのがある。今日会っていきなり咲耶お嬢様の取り巻きにはならないだろうけどこれから段々親しくなっていくんだろう。


「あっ……、あまり調子に乗らないで!」


「はい、お友達の握手。これでもうお友達ですね」


 他の子達に挨拶していると薊ちゃんが手を差し出してきていた。まるでビンタするみたいな感じだけどきっと俺が他の子達に構っているから嫉妬しているんだろう。『恋花』の薊ちゃんはそれはもう咲耶お嬢様ラブで咲耶お嬢様と伊吹の恋の邪魔をする者は徹底的に容赦なく排除していた。


 他の側近や取り巻きに対しても高圧的というか攻撃的というかで、とにかく自分が咲耶お嬢様の最側近で常に一緒で何でもわかっているという感じの子だ。公式のゲーム内でももしかして本当に百合百合な関係なんじゃって思うくらいに咲耶お嬢様一直線だった薊ちゃんはこの世界でもきっと嫉妬深いに違いない。


 他の子達に構っていて嫉妬しちゃったんだね。だから俺はその手を捕まえてギュッと握ると上下にシェイクした。あまり薊ちゃんに寂しい想いをさせてもいけないと思ってにっこり微笑みかける。


「いくわよ!」


「あっ!アザミちゃん!」


「まって~!」


 すると薊ちゃんは顔を真っ赤にして慌てて手を放すとぶっきらぼうにそう言って皆を連れて離れていってしまった。可愛いなぁ……。照れちゃったのかな?薊ちゃんは咲耶お嬢様ラブだもんね。俺は咲耶お嬢様じゃないけど……、でも薊ちゃんが寂しい想いをしなくて済むように精一杯、出来る限りは咲耶お嬢様の代わりを務めるから……。


 ただ一つ……、懸念があるとすればもしゲームの『恋花』通りならば薊ちゃんは咲耶お嬢様と伊吹が付き合うことを後押ししまくることになる。この世界では俺は伊吹とのフラグを立てるつもりはない。伊吹に構っていたら他の女の子達と仲良くしている暇はないし、将来的には破滅フラグまっしぐらだしで良いことは何もない。


 去っていく薊ちゃんや他の取り巻き達の可愛い後姿を見送りながら、俺はこれから咲耶お嬢様の取り巻き達もうまくコントロールしなければならないことに気付いて少しばかり先が思いやられたのだった。




  ~~~~~~~




 入学式を終えて教室へと向かう。俺は式の後に両親と会ったり記念撮影したりすることはないのでかなり早くに教室に着いた。他にいる生徒はまだまばらで少しだけだ。そしてそこにいたのは……。


「あっ!西園寺さいおんじ皐月さつきちゃん!」


「え……?」


 おかっぱ頭のような日本人形のような、とても物静かで大人しそうな子が一人静かに席に座っていた。その子のこともよく知っている。西園寺皐月ちゃん……、この子も徳大寺薊ちゃんと並ぶ咲耶お嬢様の最側近にしてリーダー格のもう一人。七清家の一つである西園寺家のご令嬢で五北会にも所属している。


 見た目は大人しくて清楚なように見える和風美人だ。まぁ今はまだ幼いから美人というか可愛いという感じだけど高等科ではお淑やかで大人しそうな清楚な美人に成長している。


 だけどそれは見た目だけの話。普段もあまり自己主張は強くないし大きな声を出したりすることはない。薊ちゃんとは対照的な性格だ。でも皐月ちゃんは怖い。


 薊ちゃんがその場で食って掛かる直情径行な性格だとしたら皐月ちゃんは熟慮断行や深謀遠慮というような言葉が似合う子だ。その場であからさまなことはせず裏で画策して相手を闇に葬るようなことを得意とする。


 薊ちゃんはその性格ゆえに相手にやり込められたりすることもあるし、軽はずみな行動のために自分自身や咲耶お嬢様を苦境に立たせることもある。だけど皐月ちゃんはその場ではあからさまなことはせずぐっと堪えて、証拠を残さないように相手を嵌めたり貶めたり破滅させたりするタイプだ。


 どちらがより怒らせたら怖いかは考えるまでもないだろう。皐月ちゃんは普段はとても大人しいし咲耶お嬢様にはとことん尽くす女房のようだけど咲耶お嬢様の敵対者には容赦がない。


「皐月ちゃんと同じクラスなのね!よかったわ!」


 俺の脳内百合百合カップリングで咲耶×薊と並んで上位に入る咲耶×皐月のカップルも外せない。その皐月ちゃんと同じクラスだなんてついてる。


「あの……?貴女は?」


「あっ……」


 しまった……。また忘れてた。こっちは皐月ちゃんのことを知っていても向こうは咲耶お嬢様とは初対面だ。いかんな……。どうも『恋花』の可愛い女の子達と出会うと我を忘れてしまうみたいだ。伊吹や槐と出会った時は別にどうともなかったんだけど……。むしろ鬱陶しいくらいにしか思わなかったけど……。


「私は九条咲耶と申します。これからよろしくお願いしますね、西園寺皐月さん」


「あぁ……、貴女があの……。お噂はかねがね窺っておりますよ、九条咲耶さん」


 噂……。また噂か……。果たして一体どんな噂なのやら……。どうせ碌な噂じゃないだろう。咲耶お嬢様の悪評はこの世界でも健在か。俺はまだ何もしていないはずなのにもう勝手に悪い噂が出回っているなんて咲耶お嬢様はこの世界からはよほど嫌われているらしい。


「西園寺さん、私のお友達になってくださいな」


「え……?」


 皐月ちゃんはポカンとした顔で小首を傾げていた。髪がサラリと流れてとても可愛らしい。だけどそんなにおかしなことを言っただろうか。『恋花』では皐月ちゃんは咲耶お嬢様の取り巻きをしていた。それならこれから俺と皐月ちゃんが親しくなっていくのは自然な流れじゃないだろうか?


 薊ちゃんはあんなに積極的に友達になろうとしてくれたのに皐月ちゃんはまたパターンが違うのかな?どうすれば良いんだろう?俺のキャッキャウフフな百合百合計画に薊ちゃんと皐月ちゃんは絶対に外せない。


 ゲーム本編でも本当にこの三人は怪しい関係なんじゃないかと思うほどにベタベタしていた。最低でもあの関係を……、できればもっと進んだ関係を築きたい。いや!絶対に築く!この可愛い皐月ちゃんと手を繋いでお買い物に行ったり、家で遊んだり、おでかけしたり、絶対にしてやる!


「くすっ……。それではこれからわたくしと九条さんはお友達ですね」


「あっ!私のことは咲耶と呼んでくださいな」


 余所余所しいのは駄目だ。仲良くなっていくうちに段々と変わるというのもあるだろうけどやっぱり最初からフレンドリーにしている方が良いだろう。たかが呼び方くらいと思うかもしれない。だけど人付き合いで呼び方というのは重要だ。最初から余所余所しいと仲良くなるまで時間もかかるし親しくなっても呼び方は固いまま変わらないことも多々ある。


「わかりました咲耶さん。それではわたくしのことも皐月とお呼びください」


 ゲーム中では咲耶お嬢様はアザミ、サツキと呼び捨てにしている。二人は咲耶様と呼んでいた。さすがにいきなり呼び捨てもどうかと思うし俺は二人に様付けで呼んで欲しくはない。だったら……。


「これからよろしくね、皐月ちゃん」


「…………」


 また少しポカンとしたような、驚いたような顔をしていた。小学校一年生くらいの友達同士ならちゃん付けで呼び合ってもおかしくないだろう。確かに上流階級の家では珍しいのかもしれない。皆、様付けで呼び合ったりしている。だけどそんな堅苦しいのはいやだ。それにこちらだけ呼び捨てにして様付けで呼ばせるのもいやだ。


 だから俺は俺の思うように、友達らしく振る舞う。相手がどうしても嫌だというのなら考えるけど……。


「よろしくお願いします、咲耶……ちゃん」


「――ッ!はい!」


 少しはにかんでそう言ってくれた皐月ちゃんの笑顔はとても可愛かった。




  ~~~~~~~




 入学式後に教室に集まって先生から諸注意や連絡を聞く。このクラスには皐月ちゃんだけじゃなくて薊ちゃんも一緒だった。もしかして『恋花』でもこの初等科一年生の時に皆同じクラスで仲良くなったのかもしれない。


 それなら俺がすべきことは一つだ。この初等科一年生の間に皐月ちゃんや薊ちゃんと仲良くなって一生の友達になる。いや、キャッキャウフフで百合百合な将来のために今のうちからその布石を打っておくことだ。


 どうやって二人と仲良くなるか。そんなことを考えているうちに配布物も配り終わり、先生の注意や連絡も終わっていた。


 解散となったので席を立つ。早速皐月ちゃんや薊ちゃんに話しかけようと思っていたのに人の波が引いた頃には二人はもうおらず見失ってしまった。


 ゲームでならむしろ二人の方が真っ先に咲耶お嬢様の下へ駆けつけてきていただろう。だけど今の俺と皐月ちゃんと薊ちゃんの関係性ならそれはあり得ない。


 何も嘆くことはない。今日初めて会ったばかりなんだ。いくら友達になったと言っても今日会ったばかりで、しかも入学式を終えたばかりでそんな親しくなれるはずもない。両親が待っている子もいるだろう。今日皆が急いで出て行くのは当たり前のことだ。


 そんなことを考えながら俺もほとんど人がいなくなった教室から出るとそこには……。


「おい、面貸せ」


「…………」


 何もなかったかのようにそのまま無視して隣を通り抜け……。


「おい!無視するな!聞こえてるんだろう!」


 無視して横を通り抜けようとした俺の前を塞ぐように伊吹が立ち塞がる。


「はぁ……。ですから私は『おい』という名前ではないと申し上げたはずですが?」


 俺は早く帰って百地師匠の修行を受けてからどうやって皐月ちゃんや薊ちゃんと仲良くなるか考えなければならない。とても忙しいのにこんな馬鹿に構っていられるか。


「くっ……、くくっ……。伊吹にこんな態度を取る子は初めてだね。伊吹が気にするのもよくわかるよ」


 そして伊吹の隣には『白雪王子』槐までいた。俺は男の攻略対象達には興味がない。どうでもいいからさっさと通して欲しい。


「まぁまぁ、そう嫌そうな顔をしないで。少しだけ付き合って欲しいんだ。九条咲耶さん」


「おう!ついてこい!」


「はぁ……」


 どうやら逃げられそうにない。諦めた俺はあまり時間がないことだけ告げて渋々二人に付いて歩き出したのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 百合の種が蒔かれ、もう心温まる! でも男の子たちにもトラブルがあります。
[一言] そして肉体言語によるお話し合いが( ˘ω˘ )
[一言] 脳内が面白い
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