第千八十五話「デートの締めは……」
その日、まだ比較的新しいショッピングモールは騒然としていた。
「見て見て!あの子達!すっごく可愛くない?」
「本当だぁ!芸能人かな?」
「え~?あんな芸能人知らないよ?」
「何かの撮影?」
「さぁ?スタッフがいないみたいだけど……?」
ショッピングモールですれ違う者、入っているテナントから出てきた者達は二人連れで歩いている女性客に目を奪われていた。
片方は細身で背が高い女性だ。女性にしては背が高くモデルのようにスラッと細い。それでいて胸は大きくスタイルが良い。その顔はいかにもお嬢様という高貴なオーラを放っており、見方によっては冷たくすら思える。しかし隣を歩いている少女に対してだけは柔らかく微笑んでいた。
高身長の女性に手を引かれて歩いているのはまだ少女と呼べそうな女の子だった。こちらは高身長の女性よりはやや背が低いがそれでも女性にしては背が高い方だと思える。その少女は隣の女性ほど細身ではないが男好きのするグラマラスな体型をしている。出る所はしっかり出て、引っ込む所はきちんと引っ込んでいる。
またその顔はまさに美少女と呼ぶに相応しいものであり、まるで理想を詰め込んだ作り物のように整いすぎていた。柔和に微笑み隣の女性と受け答えしている姿はまさに天使、否!女神の如し。こちらの美少女も明らかに高貴な出自だと一目で分かるものだった。
「あの服……、そこらの高級ブランドとはレベルが違うよ……」
「へぇ?そうなん?全然わかんないや……」
二人の服装は一見普通の服のように見える。しかし見る者が見ればわかる。名前の通っている世界的高級有名ブランドとは違うが、むしろそういった名前の通っている所詮そこそこでしかない『高級ブランド』とはレベルの違うものだった。
高級ブランドとして確立されているメーカーはつまりそれだけ一般民衆の目にも触れるから高級ブランドとして認識されて広まっている。しかし本当に高級な物はそういう物に興味があって調べている者か日頃から御用達にしている者にしか認知されていない。あの二人が着用している物はまさにその類だった。
「あっ!思い出した!あの子達あれだ!以前話題になったバンドの子達だよ!」
「「「あぁ~……」」」
「そういえば……」
「どこかで見たことあると思った」
一人が思い出してそう言ったのを聞いて周囲のその人とは無関係な人達も手を叩いて頷いた。確か昔に話題になった謎のガールズバンドがあった。そのメンバーだと言われて思い出した者が多数だった。
「やっぱり芸能人じゃん」
「そりゃあれだけ可愛かったら芸能人だよね~」
「じゃあもしかして何かの撮影かな?」
「でも周囲にはスタッフもいないし、あれだけ接近してても何も言われないし、こっそり撮影してるのかな?」
「何にしろ少し離れて見守りましょう」
「「「うんうん」」」
周囲のギャラリー達はお互いまったく見ず知らずだというのに、いつの間にか意気投合して美女と美少女を遠巻きに眺めながら見守ることで合意していたのだった。
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喫茶店を出た茅と咲耶は茅の希望でショッピングモール内のお店を冷やかしていく。
「咲耶ちゃんにはこういう可愛いのが似合うわ」
「えっと……、さすがにこれはちょっと……」
茅が咲耶に選んで体に当ててみた服はヒラヒラで可愛すぎるものだった。もちろん一般的な女性が普通に買って着ている物なので特別おかしいということはない。しかし咲耶にはそこまで女の子っぽい物は少し恥ずかしかった。そんな恥ずかしがっている咲耶を見て茅がジュルリと口元を拭う。
「まぁまぁ。試着だけでもしてみてちょうだい?」
「うぅ……」
今日は茅の言うことを聞く日だ。だから茅にそう言われたら断り難い。咲耶は渋々試着室へと向かった。
「どぉ?咲耶ちゃん。着替えられたかしら?」
「はぃ……」
「まぁ!思った通り可愛いわ!良く似合っているわ!」
「うぅ……。恥ずかしいです……」
「「「きゃーーーっ!」」」
「可愛い!」
「服は普通に売ってる既製服のはずなのに私達と全然違う!」
「やっぱりスタイル?それとも顔?オーラ?何が違うんだろ?」
茅と咲耶の後をゾロゾロとついてきている女性客のギャラリー達は、試着した咲耶の姿を見て大歓声を上げていた。それを後ろに聞きながら茅も満足そうに頷いている。
「どうかしら?それを買ってこのまま着替えていく?」
「むっ、無理ですよ!こんな恥ずかしい格好!」
「どうして恥ずかしいのかしら?それは普通に売っている既製服でその服を着ている人も世の中には大勢いるわ?」
「それは……、そうですが……」
この服が恥ずかしい格好というわけではなく、一般的な女性なら普通に着られるものだが自分を男だと思っている咲耶にとっては恥ずかしいということでしかない。しかしそれを説明出来ないので口篭ることしか出来なかった。
「まぁ良いわ。それじゃ違う服も試着してみましょう?」
「うぅ……。はぃ……」
こうしてあちこちの店を冷やかしては茅は咲耶に可愛い服を試着させていった。日頃あまり咲耶が着ないような可愛らしい女の子向けのものを試着させていく。
「そろそろ昼食にしましょう」
「はい」
暫く着せ替え人形にされていた咲耶は茅の言葉にほっとして頷いた。正午は少し過ぎているがどうせこの時間では飲食店は混雑しているだろう。それを見越して午前中に一度喫茶店で休憩したのであり、食事の混雑のピークを避けるためにあえて遅めのこの時間を選んだのだ。
「一度一通りレストランを見てみましょうか」
「そうですね」
これまで入る店は全て茅がリードしてきたが昼食はレストラン街を一度見てから決めようと二人で店を見ながら通り抜けてみた。少し遅めの時間ではあるがまだレストラン街は混雑している。さらに茅と咲耶の後ろにはゾロゾロと女性客達が付いてきており、それを見てさらに付いてくる者が増えるという循環が起こっている。
「どこか良いお店はあったかしら?」
「う~ん……。そうですねぇ……」
咲耶は考える。咲耶一人ならば前世で入っていたようなお店なのでどこに入っても問題はない。しかし茅が一緒である以上は茅が耐えられる店でなければならない。美食家で偏食もある茅が入って満足出来そうな店はなかった。どこに入るべきか咲耶も悩む。
「良いお店はなかったかしら?それなら私が選んでも良いかしら?」
「え?ええ、それは構いませんが……」
茅自身で選んでくれるというのなら咲耶に否やはない。咲耶は自分ならどの店に入っても問題なく食事が出来ると思っている。むしろ偏食家である茅の方が心配だ。咲耶が選んで茅が食べられそうにない店だったら困るが、本人が希望した店ならばそういった問題もないだろう。
「それじゃここに入りましょう?」
「ここですか?茅さんが良いのなら……」
茅が選んだのは和食の食堂という感じの店だった。立地の問題なのか、高級志向なのか、普通の社会人が昼食一食に使う予算としてはかなり高めの店ではある。しかし当然ながら五北家や大臣家の娘が食べる物としてはランク外も良いところだ。だが茅がそこで良いというのならその店に入るしかない。
「咲耶ちゃんはどれを注文するのだわ?」
「えっと……、ざるそば天ぷら御膳を……。……というかこの座り方はおかしくないでしょうか?」
咲耶は突っ込んで良いかどうか迷った挙句にようやくそう突っ込みを入れた。普通二人でお店に入った時にどう座るだろうか?普通に考えたらテーブルを挟んで向かい合わせに座らないだろうか?しかし茅は咲耶の隣に座って一緒にメニューを覗き込んでいた。どう考えても座り方、座る位置がおかしい。
「そうかしら?カップル同士だったら同じ側に並んで座ることもあるわ」
「え~……、カップルならそうかもしれませんが……」
自分達はカップルではない。そうは思うがそう言うことも出来ずに言葉が止まってしまった。結局茅がどうあっても動こうとしないので二人で並んで座って注文を済ませた。
周囲の席も全て茅と咲耶を追いかけてきた女性客で占拠されて店は超満員になっている。そんな中でようやく注文の品が届いた。茅と咲耶は並んで座りながらそれを食べ始める。
「どうかしら?」
「えっと……、おいしいです」
「ふふっ。無理をしなくても良いのよ。大した味じゃないでしょう?それくらいは私も分かっているのだわ」
「えっと……、はい……」
咲耶は気を利かせてちょっとの嘘を混ぜて答えたが茅にはお見通しだった。別に食べられないほどまずいということはないが決しておいしくもない。庶民から見れば結構な値段がしているが茅や咲耶にとっては味も価格も最低レベルのものだ。
「あら?咲耶ちゃん、ほっぺたにお弁当がついているわ」
「え?え?」
茅の言葉に咲耶は慌てて顔を触って確認しようとしていた。そこへ茅がすかさず手を伸ばす。
「はい。取れたわ」
「「「「「キマシタワーーーッ!!!」」」」」
「――ッ!?」
茅が咲耶の頬に手を伸ばした瞬間、店内から大合唱が起こった。仕事をしている店員達まで全員が大合唱に参加していた。そして茅は咲耶の頬に伸ばした手に持ったご飯粒を口に運んだ。
「あっ!茅さん、それは……」
「なぁに?」
「うぅ……、いえ……」
ほっぺたについた米粒を取ってもらって、それをヒョイと食べられてしまった。それだけで咲耶は真っ赤になってモジモジしている。その姿に店内にいる全ての人間がほっこりしていた。そして茅一人だけほくそ笑んでいる。
実はマナーが完璧な咲耶がほっぺたにお米粒をつけていることなど有り得ない。しかし茅はどうしてもこのシチュエーションがしてみたかった。だから本当は米粒など付いていないというのにそう指摘し、自分の御椀から取った米粒を持ってあたかも咲耶のほっぺたに付いていたかのような顔をして一度その顔に付けてから取ったのだ。さらに一度咲耶の顔につけた米粒を味わって食べるということまで成功させている。
これは全て茅が今日このシチュエーションをするためだけに考え出した作戦だった、……考えたのは杏だが。
「もうお腹いっぱいだわ……。それじゃ出ましょう?」
「はぃ……」
ほっぺに米粒をつけていたことがよほど恥ずかしかったのか、咲耶はそれ以来真っ赤になったまま俯いてしまっている。しかし実際には咲耶が米粒をつけていたわけではない。茅の陰謀によって米粒をつけていたかのように思わされた咲耶には何の落ち度もなかった。それを見て茅は……。
(ふふっ……。うふふっ!咲耶ちゃんったら……、そんな表情をしてお姉さんを誘惑しているのね!)
恥ずかしがっている咲耶を見て善からぬ妄想に耽っていたのだった。
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女性客達をゾロゾロと連れて行われていた茅と咲耶のショッピングモール巡りも終わり、咲耶は茅に言われるがままに正親町三条家の屋敷へとやってきていた。夕食は正親町三条家で摂った三人は茅が案内した部屋で寛いでいた。
「ここは茅さんの私室ではありませんよね?」
「ええ。今日はこちらに用があるのだわ」
咲耶は何度も茅の部屋を訪れたことがある。しかし今日通された部屋は茅の私室とは別の部屋だった。しかも部屋の真ん中にはデデーン!と大きなベッドが鎮座している。
「さぁ咲耶ちゃん!今夜は寝かせないのだわ!」
「茅さん?」
茅は咲耶をベッドに押し倒そうと迫った。咲耶の方はまさか押し倒されるとは思っていないのかやや呆然とした様子で茅を見ている。そしてついに茅のタックルが咲耶を捉えるかと思われたその時……。
「か~や~~~~~っ!」
「ぶべっ!」
部屋の中央にあったベッドの下から何かが這い出してきたかと思うと咲耶の股の間を通り抜け、咲耶と茅の間に立ち塞がった。その影が持っていたお盆にタックルをして顔面を強打した茅はその場で転げまわった。
「え?椛?どうしてこちらに?」
「どうせこんなことだろうと思って待ち伏せしておいたのです!この変質者!咲耶様に何をしようとしていたのですか!ストーカー!」
「痛いわ……。椛、酷いわ。どうしてこんなことをするのかしら?」
しかし咲耶に襲い掛かろうとしてブロックされた茅の方はスクッと立ち上がるとそう言ってのけた。杏はどっちもどっちかなぁと思いながら聞き流していて、咲耶はまだ何が何やらわからないという顔をしてオロオロしている。
そんな中で結局この後は椛と茅がいつものように言い合いを始めて、咲耶を押し倒して今夜は寝かせないでいようと思っていた茅の計画はギリギリの所で阻止されたのだった。




