第千五十六話「今回のご褒美は隙を生じぬ二段構え」
年末年始は家族旅行に出掛けていた。そして戻ってきてからは新年会や新年の挨拶を派閥や親戚の集まりで行う。俺だって九条家の娘としてそれなりにやることはやっている。派閥・門流の集まりに顔を出したり、親戚達と挨拶をしたり、年始だけとか今年だけということもなく毎年、あるいは年始以外にもちゃんとしている。
それでなくとも夏休みに比べて短い冬休みだというのに、百地流の修行と合宿、蕾萌会の集中講座の他に新年の集まりなどもあるとあっという間に日が過ぎてしまう。師匠達と行った合宿とか、家族旅行とか、楽しい思い出もあるけどほとんどはバタバタしている間にここまで来てしまった。
そして今日……、冬休みも終わりが近づいてきたこの日こそが……、勉強会の皆を招いての『ご褒美の日』となっている。今回のご褒美は何を要求されるんだろう……。それを思うと不安になってくる。だけど今更逃げるわけにもいかない。
「咲耶お嬢様、皆様がお越しです」
「はい。今参ります」
柚が呼びに来たので覚悟を決めて立ち上がる。どんな要求をされるかわからないのが不安だからと部屋に引き篭もっていても何も解決しない。玄関口へと向かった俺が外で待っているとすぐに皆がやってきた。
「御機嫌よう皆さん」
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
ご褒美の日に参加出来るのは勉強会に参加しているメンバーだけだ。今日も勉強会メンバー達は全員外で一度揃ってからやってきたらしい。皐月ちゃんなんてすぐ近くの離れに暮らしているのに、どうしてこの手のことがあるとわざわざ一度出て皆と合流してから一緒にやってくるんだろう?
まぁ毎回同じことを疑問に思っているけど俺が一人で考えていても答えなど出るはずもない。本当に知りたいと思っているのなら皐月ちゃん本人に直接聞けば良いことだ。
「皐月ちゃんはどうしていつも一度外に出てまで皆さんと合流されてから来られるのでしょうか?」
「え?あ~……、あははっ。それはですね~……、え~……」
ん?皐月ちゃんのことだから簡潔明瞭に答えを教えてくれると思っていた。でも何やらモゴモゴと口篭っている。もしかしたら言い難いことや言いたくない理由なのかもしれない。それならそれで別に無理に暴こうとは思っていないんだけど……。
「あっ!そうです!やはり一人だけ先に咲耶ちゃんと一緒に待っているとズルイですし、かといって遅れて合流するのは私が除け者になるでしょう?ですから外で合流して全員で揃って来てるんですよ」
「なるほど。そうでしたか」
皐月ちゃんの答えは予想の範疇だった。いつかの時に俺もそう考えていたはずだ。ただ俺が一人で想像しているのと相手にはっきり言われるのでは意味が違う。皐月ちゃんがそう説明してくれたんだからそれが理由なんだろう。
「そんなことより早く行きましょうよ咲耶様!」
「紫苑……」
今回は紫苑も皆と揃って一緒に来ている。こういう時も紫苑だけは一人で独自に行動しているイメージが強いけど今回は一緒だったようだ。その紫苑が早くサロンに行こうと急かしてくる。確かに皆を玄関先に待たせておく理由もないので九条邸のサロンへと向かう。
「え~……、今日はまた皆さんのご要望を聞いて何かをすれば良いのでしょうか?」
前は変な気を利かせてお菓子を作ったら、皆が酔っ払って大変なことになってしまった。今回はそんなことにならないように何も余計なことはしてない。ただそうなると俺は一体何をすれば良いのかわからない。皆がどんなプランを考えているかも聞かされていないのでここで説明してもらう。
「咲耶様、本日は皆様から衣装を預かっております。まずはそちらに着替えましょう」
きた!やっぱりあったか!
大体ほとんどの場合においてこの『ご褒美の日』に俺は皆が用意した衣装に着替えさせられて接待させられてきた。どうやら今回もその例に漏れず衣装を用意されているようだ。そしてどうせ……、またえっちぃやつなんでしょ?
今までミニスカートメイドだの、バニーだの、際どい水着だの、色々とえっちぃ衣装ばかり着させられてきた。どうせ今回も用意されている着替えなんて際どい衣装に違いない。それどころか段々衣装が過激化してきている。今回は前までよりももっと過激かもしれない。もうこれ以上際どいのは着れないぞ……。
「いってらっしゃい咲耶様!」
「楽しみにしてますよ咲耶ちゃん」
「うぅ……」
皆に見送られながらサロンを出て椛に先導されるまま更衣室へと入った。
「それで……、今回の衣装というのは?」
「こちらでございます」
「……え?こっ……、これはっ!?」
俺は椛が差し出してきた衣装を見て驚きの声を上げたのだった。
~~~~~~~
「それでは失礼いたします、お嬢様」
「ありがとうございます、九条様」
俺はひまりちゃんの前にお茶とお茶請けを用意した。他の皆の準備も終わっている。
「それではいただきましょう」
皐月ちゃんの言葉を合図にお茶会が始まった。俺は皆の給仕をしているので仕切る暇はない。何しろ今の俺は……。
「やっぱり九条様の男装って素敵です」
「まさか向日葵が咲耶様の男装を希望するなんてね!」
「すみません……。私のわがままを聞いていただいて……」
どうやら今回の衣装を決めたのはひまりちゃんらしい。そう……。俺の今回の衣装は男装だ。男装というか執事服だ。
俺は以前にも何度か男装したことがある。でもそういえばひまりちゃんは俺の男装で給仕を受けたことはないのかもしれない。そしてナイスチョイスだ!ひまりちゃん!
元々男である俺が男装や執事服に抵抗があるはずもない。むしろしっくりくる。これなら毎日着用しても良いと思えるほどだ。手足も出ていないし、おへそも谷間も出ていない。最近の皆がチョイスするえっちぃ衣装に比べたら全然露出がない。それで当たり前のはずなんだけど何だか感動すらしてしまう。
「咲耶様!おかわりをお願いします!」
「かしこまりました、紫苑お嬢様」
「咲耶様の男装の麗人っていうのも素敵ですね!」
「ありがとうございます」
あっという間にお茶とお茶請けを平らげた紫苑のおかわりに応える。しかも紫苑は俺の男装を褒めてくれている。元々男である俺はそう言われるだけでうれしくなってしまう。やっぱり男の中の男である俺は、咲耶お嬢様の体になってしまっても男らしいということだな。
「咲耶ちゃんが歌劇団の男役になったらきっと国中で凄い大人気になるでしょうね」
「そんな咲耶ちゃんも見てみたい気がしますけど、やっぱり私達だけがこっそりと楽しみたいという気持ちもあります」
皆も今回のお茶会を楽しんでくれているようだ。これくらいだったら俺は別にご褒美の日じゃなくても、なんなら毎日この格好でも良いよ?
「こんな素敵な九条様を見てしまったら……、私もうこのいけない気持ちを抑えられません……」
「藤原さん……、抑えなくて良いんですよ。良いんです。その気持ちに蓋をしなくても、ね?」
「吉田さん……、私……」
「わかりますよ。私も同じですから」
今回の衣装の言いだしっぺらしいひまりちゃんも楽しんでくれているかな?まさか俺の男装にがっかりしているということはないと思うけど……。
「良いよ咲耶っち!格好良い!」
「……ん。歌劇団に嵌る女性が多いのもわかる。でも変態の鬼灯は女好きの癖に男装してる咲にゃんに欲情するなんて変」
「なんだよぉ……。私だって男装してる咲耶っちに見惚れたっていいだろ~」
「鬼灯さん、鈴蘭さん、おかわりはいかがですか?」
「いただきます!」
「……ん!」
皆のテーブルを回りながら給仕をしていく。日頃俺は椛や柚などのメイドさんを侍らせていて執事などの男性は最低限用がある時くらいしか傍にいない。だから俺は執事としての作法やマナーにそこまで詳しくはない。一応百地流で習ったり、食事の時に給仕の仕事を見たりはしているけど、いつも傍にいる椛ほどじっくり仕事や所作は見ていないからな。
だからこのなんちゃって執事も本職の人が見ればあちこち穴があるだろう。俺はついつい女性の作法が出たり、メイドの仕事の真似をしてしまっているはずだ。それでも皆笑顔で俺の給仕を受けてくれていた。
あ~!今回のご褒美の日はとっても良い!これなら何回でも大歓迎だ!そう思ってた時期が俺にもありました。
「さぁ咲耶ちゃん……」
「それではそろそろ次の衣装に……」
「「「着替えていただきましょうか?」」」
「…………え?」
執事服で給仕していた俺の周りに……、皆が集まってきていた。その顔は……、可愛い女の子がしちゃいけない表情が浮かんでいる。これは……、何だ?
「さぁ……」
「さぁさぁ……」
「さぁさぁさぁっ!」
「ヒッ!いっ、いやぁぁぁ~~~っ!」
九条邸サロンには俺の悲鳴が響き渡ったのだった。
~~~~~~~
「うぅ……。こんなの……、恥ずかしすぎます……」
「似合ってますよ、咲耶ちゃん」
「でへへっ!咲耶様~!最高!」
「ふへへっ!」
「いひひっ!」
何か皆から露骨な視線で見られているような気がしてならない。女の子同士だし皆がそんな目で俺を見るはずはないんだけど、どうしても今の衣装だと見られているような気になってしまう。
今俺が着せられているのはチャイナドレスだ。そう聞くと普通だと思うかもしれない。でも正確には『チャイナドレス風コスプレ』と言った方が良いのかもしれない。
まず普通のチャイナドレスみたいに足首まで丈があるようなものじゃない。膝上、いや、ミニスカート並の丈しかなく太腿まで丸出しになっている。さらに両側にスリットがあって、もしかして下着まで見えているんじゃないかと思って不安になる。
さらに何故かお腹の部分は開いていておへそが丸出しだ。開いている部分なんて少しと言えばそうなんだけど、この微妙に開いているのが余計に気になる。
そして胸元もきっちり閉まっているチャイナドレスと違ってなんちゃってコスプレなので谷間が丸出しになっている。ここまで手も足もおへそも谷間も丸出しだと、これより布面積の少ない水着や下着姿を見られるより余計に恥ずかしく感じてしまう。
これまでだってもっとお腹も谷間も丸出しの水着とかを着せられたこともある。それよりは布面積的には大きいはずだ。それなのに何故かこちらの方が余計に羞恥心を駆り立てられる。これは一体何なのか……。
「うひょーっ!咲耶ちゃんの太腿だー!」
「ヒィッ!?」
別に触られていない。触られていないのにまるで触られたかのようにゾワゾワとした悪寒が駆け巡る。まるで視線にも質量があってそれが俺に触れているかのような錯覚を起こす。
「九条様……、凄い……。大きな胸、引き締まったお腹、むっちりしたお尻から太腿にかけたライン……。完璧すぎます」
「本当ですね。まるで芸術作品のようです」
「ひまりちゃんとりんちゃんまで……」
あまりこういうことに積極的ではないと思われたひまりちゃんとりんちゃんまで露骨に見てくる。その視線にゾクゾクとしたものを感じてしまう。このままじゃ駄目だ。俺の方が駄目になってしまう。
「咲耶っちの割れた腹筋!逞しい太腿!陸上部の誰よりも凄い肉体美だよ!」
「……ん。変態の鬼灯は風情がない。それなら藤原さんの言葉の方がまだ扇情的」
「咲耶様!もう辛抱堪りません!パイターーーッチ!」
「ちょっ!?紫苑!?」
紫苑がまるで胸を鷲づかみにしようとしているかのように両手を突き出して迫ってきた。咄嗟のことに俺はつい紫苑をかわしてしまった。
「ぶべっ!」
「あちゃー……」
「だっ、大丈夫ですか?紫苑!?」
紫苑の突進を俺がかわしてしまったので目標を見失った紫苑はそのままテーブルに突っ込んで盛大にひっくり返っていた。助け起こした紫苑は顔面を強打したのか鼻血を垂らしながら意識を失っている。でも何か顔はにやけているような表情を浮かべて……、手は何かを揉んでいるかのような形のままピクピク動いていた。
「ふへっ!ふへへっ!咲耶様!」
「紫苑!しっかりしてください!紫苑!」
紫苑が失神したことでお茶会は中止……、とはならず、紫苑はそのままソファに寝かされてお茶会は継続となった。椛が看病していた紫苑はそのうち目を覚まして戻ってきたけど大丈夫なんだろうか?その場では大丈夫だと思っていても脳や神経に障害があると後で大変なことになるかもしれない。
病院に行って検査した方が良いと言ったんだけど結局紫苑も最後までお茶会に参加していた。そして皆が帰ってから俺は……、勉強会に参加していた下級生達の成績も確認していなかったし、ご褒美の日に呼んでもいなかったけど、それは放っておいてよかったのかな?と今更ながらに思ったのだった。




