第千四十七話「攻略対象の男達その1」
百合達に対する誤解を解いて酢橘達や、あわよくば俺達との関係も良好だということを周囲に知らしめたい。でも焦っていきなりやりすぎてはいけない。こういうものは徐々に評判を変えていかなければ、無理に一気に変えようとすると却って不自然になって周囲の理解を得られなくなってしまう。
本当なら出来る限り早く評判を変えられるように手を尽くしたい所ではあるけど、焦らずじっくり徐々に評判が変わっていくように慎重に事を進める必要がある。
「御機嫌よう」
「「「「「きゃーーーーーっ!九条様ぁ~~~っ!」」」」」
「御機嫌よう九条様」
「咲耶お姉様おはようございますぅ!」
今日も今日とて行列に並ぶご苦労な生徒達の間を抜けて教室へと向かう。階段を上って二年三組の教室へと向かおうとした時、二階で柾に声をかけられた。
「九条咲耶!」
「あら?御機嫌よう押小路様。何か御用でしょうか?」
こんなところで声をかけてきたのだから朝偶然会っただけとは思いにくい。俺に何か用があって待っていたんだろうと思って対応する。これで偶然だったなら間抜けか自意識過剰っぽいけど普通はこう対応するだろう。
「ああ。大きな行事も終わって生徒会の引継ぎも済んだのでな。今度新しい生徒会役員達に顔を見せに来てやってくれ」
「はぁ?そうですね?」
柾の言っていることがいまいちわからず曖昧に頷く。いや、わかるよ?二学期に多く集まっている大型イベントというか学園行事も無事に終わった。生徒会も新役員達への引継ぎが順調に終わった。そこまではわかっている。でもその後の、だから俺に新しい生徒会役員達に顔見せをしに来いというのがいまいちよくわからない。
俺は生徒会役員でもないし何らかの委員でもない。むしろ生徒会にとっては仇敵とも言うべき五北会メンバーの一人だ。そんな俺が何故新しい生徒会役員達の顔を見に行くのか、俺の顔を見せに行くのかは知らないけどしなければならないのか。
柾は俺とある意味腐れ縁というか、中等科一年の最初の騒動以来ある程度の関係がある。だけど他の生徒会役員達からすれば俺なんてほとんど無関係の他人だろう。むしろ五北会メンバーということで敵視とまでは言わないまでも警戒くらいはされているかもしれない。そんな俺が選挙も終わったのにノコノコ生徒会に行っても迷惑なだけだと思う。
そもそも生徒会の引継ぎといっても三年が抜けて一年が入っただけで二年のメンバーはほぼそのままだ。精々役職が変わった者がいるとかそんな程度の違いでしかない。そして一年の生徒会メンバーも大半は中等科で生徒会に入ったメンバー達と同じ顔ぶれだ。
仕事自体は去年生徒会に所属していて覚えた現二年達がそのまま繰り上がるだけで、新メンバーの一年達がまたこの一年で仕事を覚えて来年に入ってくる新一年生が俺達の世代と交代で生徒会に入ることになる。毎年ほとんどその繰り返しだし、何なら今年の一年生生徒会メンバー達だって俺は中等科の頃から知っているメンバーがほとんどだ。
今更俺が挨拶に行ったり顔を見せに行くような相手でも関係性でもないし、柾の言っていることは社交辞令としても少々腑に落ちないというか、わざわざ待ち伏せしてまで俺に言うことなのか理解出来ない。
「きゃっ!見て見て!九条様と生徒会長様よ」
「あのお二人もお似合いよね~……」
「まさに美男美女って感じ……」
「家格は違いすぎるけどやっぱり九条様はああいう方がお好みなのかしら?」
何か周囲から少し注目されている気がする。そりゃ五北会メンバーと生徒会長が廊下で話していれば、藤花学園の生徒達としては気になるところなんだろうな。ゲーム『恋に咲く花』では五北会と生徒会の対立というか争いも物語の軸になっているし、その動向は生徒達にかなり注目されるのも当然だと思う。
「むっ……。目立ち始めたな。そろそろクラスに戻らせてもらう。わざわざ呼び止めてすまなかったな」
「いえ。それでは御機嫌よう」
「ああ」
柾と別れて教室へと向かう。生徒会長と五北会メンバーが話していれば目立って注目されるのはわかっていたはずだ。本当に目立ちたくなければもっと他の場所で声をかけることも出来た。それをあえてこんな場所で話しかけてきたということは注目されることも柾の狙いだったんじゃないのか?
もしかして……、ゲームでは五北会と生徒会は敵対関係にあったけど、俺と柾が普通に話していることをアピールすることでこちらの世界では五北会と生徒会が良好な関係にあるということをアピールしたかったのかな?
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今日の五北会では皐月ちゃんが用があると言って先に帰ってしまった。別にそれ自体は珍しいことじゃない。俺達だって毎日絶対五北会サロンに顔を出しているわけでもなく、俺だけ先に帰ったり、薊ちゃんが先に帰ったりすることもザラにある。
だから皐月ちゃんが先に帰ったのはよくあることだし別に良いんだけど……、暇だ。
昔は俺は一人で最奥の目立たない席に行き、皐月ちゃんと薊ちゃんは派閥の子達と話してから集まっていた。その頃は俺一人で二人の話が終わってこちらに来るまで待っていることなんて当たり前だった。
それなのにここ最近は皐月ちゃんが派閥の子達と話をすることがほとんどなくなって、サロンに入るとすぐに俺と一緒にいつもの席に来てくれていた。それに慣れ切ってしまった今の俺にとっては皐月ちゃんが居らず一人で薊ちゃんを待っている時間は退屈で長く感じられる。
前までならこれが当たり前だったはずなのに……、最近の俺は皐月ちゃんと一緒に薊ちゃんを待っていることに慣れすぎて一人の時間を持て余すようになってしまった。俺はなんて贅沢を覚えてしまったんだ……。
「咲耶お姉様!話し相手になっていただけませんか?」
「桜?」
俺がいつもの最奥の席で大人しくしていると桜がやってきた。桜はいつも二条派閥や九条派閥の子達と話している。本来なら九条派閥は俺が纏めなければならないんだろうけど、俺は人を集めて引っ張ったり指示したりするのが得意じゃない。そもそも嫌われ悪役令嬢である俺に付いてくる子達もいないだろう。
兄が居た時は兄が九条派閥を纏めていたけど兄が卒業した後は桜が九条派閥も一緒に纏めるまで纏め役は誰もいない。桜にそんな仕事を任せているのは申し訳なく思うけど人には向き不向きというものがある。そんな大役をこなしている桜が今日は派閥の子達を放って俺の所に来るなんて何かあったのかもしれない。
「ええ。どうぞ」
「ありがとうござます!」
俺の向かいに座った桜はお茶とお茶請けを用意してもらって軽く口を湿らせた。やっぱり何か相談でもあるのかもしれない。いつもは九条派閥まで任せてしまっているんだ。俺が相談に乗れることなら出来るだけ乗ってあげたいと思う。
「それで……、一体どうしたのですか?」
「え?」
「……え?」
桜が話しやすいようにこちらから話を振ってみたのに桜の反応は妙なものだった。もしかしたら言い難いことで踏ん切りがつかないのだろうか?それだったら無理に急かすよりも桜の覚悟が決まるまで待った方が良いのかもしれない。
「…………」
「…………」
「…………」
「お茶がおいしいです」
「そうですか。それはよかったですね」
う~ん……。待てど暮らせど桜は用件を言わない。わざわざ俺の所に来たんだから何か大事な用があると思うんだけど……。
「桜……、何か悩みなどはありますか?」
「え?悩みですか?う~ん……。強いて言うならどうすれば咲耶お姉様に変な虫がつかずに済むか悩んでいるくらいですかねぇ?」
「はぁ?」
駄目だな……。どうやら桜は用件を言うつもりはないらしい。あるいはこうして俺と一緒にお茶をしているという時点で桜の目的は達成されているのかもしれない。
もしかしたら九条派閥と何かあって、俺と親しくしている所を見せ付ける必要があったとか?それを俺に相談したら派閥を纏める力がないと思われるから言えないとか、相談するまでもなくこうして良好な関係を見せるだけで十分な状況だとか、考え出したらキリがない。
まぁ桜の方がこれで良いと言っているんだし、これ以上俺の方から余計なことを言うよりも桜に任せておいた方が良いだろう。下手にこちらから何かしようとしたり、言ったりしたら桜の予定や計画を崩すことになりかねない。とりあえず今日は薊ちゃんが派閥の子達の話を終えるまで桜と一緒にお茶でもしていよう。
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結局薊ちゃんが来てからも桜は席を立つことはなく、今日は皐月ちゃんの代わりではないけど俺と薊ちゃんと桜の三人でずっと話していた。俺は習い事があるので帰るのが早い。そして俺が帰る時には薊ちゃんも帰る。桜は残っているので二人で玄関口へと向かうと大男が二人ロータリーに立っていた。
「「お勤めご苦労様でした!咲耶の姐御!」」
「え~……、御機嫌よう、鬼庭様、京極様。その挨拶はやめて欲しいと以前にもお伝えしたはずですが?」
何か強面の大柄な男二人に出迎えられてそう言われたらまるで反社の人みたいに思われそうだ。俺みたいな小柄で可愛いお嬢様がそっちの筋の人とは思われないだろうけど、組長の娘とかだったらこういう護衛や出迎えがあってもおかしくないかもしれないしな。
「すみません!咲耶の姐御!でも京極の野郎がこう言うっていうもんで俺も負けてられねぇと思って……」
「咲耶の姐御、その筋にはその筋なりの風習や習慣、言葉遣いや言い回しってもんがあるんでさぁ。それを受け止めるのも上に立つ者の務めじゃねぇですかい?」
いや、違うだろ……。そりゃ反社の人はそれで良いかもしれないけど、俺は俺自身や九条家の評判やイメージが下がるようなことをするわけにはいかない。世間のほとんどの人は反社に対して良いイメージを持っていないんだから、そういう風に誤解されるようなことを言うだけでも俺や九条家のイメージを損なう。
こいつらにとってそれが普通で当たり前のことでも、俺に仕えているつもりならその俺の不利益になるようなことをするのはどうかと思う。
「私に仕えるとか私のためにというのなら、その主人である私の評判が下がったり不利益になるようなことをすべきではないのではありませんか?鬼庭様や京極様の界隈ではそれが業界の常識であったとしても、私の身の回りではそれは歓迎されるものではありません。そんな私にとって不利益になることをわざわざされるということで良いのですね?」
「それは……」
「すみません……。俺が間違ってました……」
うんうん。欅も頼親もあまり偏差値の高くない高校に通っているけど馬鹿じゃない。こうして言えばちゃんとわかってくれる。まぁ……、欅には前にも似たような話をしたはずだけどな……。その後は直っていたはずなのに頼親が現れて、注意するどころか自分も一緒になってまた同じことを言っているのは少しいただけない。
「鬼庭様には以前にも似たようなお話をしたはずです。京極様がそう言われたからと自分も京極様に流されるのではなく、私が以前に伝えたことを京極様にもお話しして止めるのが先輩である鬼庭様のすべきことだったのではありませんか?」
「そうですね……。そうです!先輩である俺が注意してやるべきでした!」
「おい!ちょっと待て!俺がいつお前の後輩になった!」
「俺はお前が乗り込んできて九条咲耶様にやられて手下になる前から仕えてたんだ!俺が先輩だろう!」
「うるせぇ!俺の方が上だ!」
何か欅と頼親が揉め始めた。こいつらは二人でいるといつもこうだ。
「鬼庭様、京極様、お二人の仲がよろしいのは存じておりますがほどほどでお願いいたしますね。それと藤花学園の中ではじゃれ合うのはおやめください。大柄なお二人がじゃれ合っていると藤花学園の生徒達が怯えてしまいます」
「誰が仲良しですか!」
「そうです!誰がこんな奴と!」
ほら。君達息ぴったりじゃん。本当は仲が良い癖に……。っていうかそうやって言い争ったり否定したりするのも仲の良さアピールなんだよな。
…………おっ!今ピーンと来た!
そうだよ。欅と頼親は日頃喧嘩しているかのように言い合っているけど実際にはお互いに認め合っている。殴り合って芽生えた友情が、やがて友情を超えて……。そうだったんだな……、お前達……。お前達二人は禁断の愛を見つけてしまったんだな。
「「――ッ!!!」」
「今何かとんでもない悪寒が……」
「俺も感じたぞ……。何かやべぇもんを……」
ムフッ!そうと分かればこれまで数々のカップルの後押しをしてきたこの俺が、欅と頼親の禁断の愛も後押ししてあげなければな。くふふっ!




