第千三十四話「パフォーマンスを終えて」
舞台から客席を見た時は驚いた。まさかこんなに超満員になっているとは夢にも思っていなかった。精々知り合いが来てくれて、あとは前後の出し物を待っている観客がそのまま居座っているくらいかと思っていたのに、舞台に出てみれば見渡す限りの人、人、人の超満員。それどころか立ち見までいる始末だった。
その盛況ぶりに驚きはしたけど手を止めるわけにも、動揺を見せるわけにもいかない。他のクラスメイト達だって余裕の表情で特に緊張した様子もなく演奏と踊りを行っている。俺だけ観客の多さに圧倒されているわけにもいかないと思って必死に演奏と踊りを行った。
長いようであっという間に終わったステージから舞台袖に下がって控え室へと戻る。やっぱりクラスの皆も貴族の子女だけあって観客の前で演奏や踊りを披露することなんて朝飯前なんだなぁ……。
俺は未だに大勢の人の前で何かをするなんて緊張してしまうけど、やっぱり生まれながらの貴族の子女達は人に注目されながら堂々と振る舞うように育てられているんだろう。俺みたいななんちゃって似非お嬢様とは違う。皆本当に凄い。あれだけのパフォーマンスをやり切ったことも賞賛に値する。
「やりました!九条様!」
「九条様のお陰で大成功でしたよ!」
「最初は緊張しそうになりましたけど九条様のお陰で乗り越えられました!」
「いいえ。今回の成功は皆さんの努力の賜物ですよ。私は何もしておりません」
皆謙虚だなぁ。貴族なんて横柄な態度が当たり前になってそうに思うけど、うちのクラスの子達はあれだけの大成功を収めても謙虚さを忘れていない。そしてその成功をクラスリーダーだった俺のお陰だと言ってくれている。
実際には俺のお陰なんてわけもなく、練習も頑張って本番でも失敗しなかった皆の努力の賜物だと思う。でもこうもチヤホヤされると勘違いしてしまいそうだ。
例えば何らかの監督はチームが勝てば自分のお陰、負ければ選手のせい、という環境に慣れ切っている。教師や審判は気に入らない生徒や選手を一方的に退場にしたり成績を下げたりする。上司というのは仕事の成功は上司の手柄、失敗は部下の責任にする。
そういった環境で長年生きていると段々と自分が王様のように思い振る舞ってしまう。どんなに良い人だと思っていた人でも、それが当たり前の環境になったらそういう考えに染まってしまうものだ。
俺も今皆にただ『クラスリーダーだった』というだけでチヤホヤしてもらっている。今はまだ俺もそれは皆の頑張りの成果だと思っているけど、こんな環境に何年も居れば次第に『成功は俺のお陰』、『失敗はお前達の責任』という風に思ってしまうようになるかもしれない。
「九条様はなんて謙虚なお方なんだ……」
「準備も練習も全て取り仕切ってくださった九条様のお陰なのに……」
一部のクラスメイト達は何かウルウルしていた。どうやら今頃達成感などが湧いてきたのかもしれない。これは皆で掴み取った成功だ。俺は大したことはしていないし、実際開始直後は俺は緊張してしまっていた。それに比べたら堂々とパフォーマンスを披露していた皆の方が凄い。俺も皆にこう言ってもらえたからって図に乗らないように気を引き締めなくちゃな。
「大成功だったね!九条さん!」
「錦織君……」
「「「「「…………」」」」」
そんな皆との感動の場面も錦織の登場でぶち壊しにされてしまった。なにしろ今の錦織はハイレグのバニースーツを着て背負い羽根を背負っている。メイクもばっちりで見た目はまぁ可愛らしい感じにはなっているけど……、厚手のタイツの下はもっこりしている。その姿がシュールすぎて何とも言えない。
「俺は柳ちゃんもありだと思うぜ!」
「まぁ確かに……」
「錦織君可愛いよね!」
「ダンスも何気に上手かったよねぇ。体も柔らかくて足も上がってたし」
錦織は陸上部でストレッチしているからか体が柔らかかった。女子に混じって女装した柳ちゃんもラインダンスなどに参加していたけど下手な女子よりもよっぽど体が柔らかい。一部の女子はバレエなどを習っている子が居たから柔らかい子は本当に柔らかいけど、錦織もそれらに引けを取らないくらいだった。
「明らかに前の女装喫茶の時より可愛くなってるよな」
「近衛様の声援には噴いたけど!」
「確かに!」
「「「あははっ!」」」
一部の男子は柳ちゃんをイジって盛り上がっていた。でも当の錦織は『やめろよ』とか『そんなんじゃないって』とか言いながらも満更でもなさそうな表情を浮かべている。
「終わりましたね!咲耶様!」
「それじゃ文化祭を回りましょう!」
「紫苑……」
グループの子達が集まってきたけど紫苑だけはクラスの出し物の余韻などどこ吹く風で、また皆で文化祭を回ろうと言っていた。普通はまだ余韻に浸っていたり、後片付けしたり、クラスの皆と盛り上がったりするところじゃないかと思う。それらをすっ飛ばしてすぐに文化祭に行こうと言える精神はある意味凄い。
「九条様達は文化祭の方に戻られてください!」
「あとのことはこちらでやっておきますから!」
「ですが……」
「大丈夫ですから!」
「後はもう控え室から撤収するだけだから大丈夫ですよ」
う~ん……。まぁ確かに後は荷物を片付けて控え室を空けるだけで良い。各自が自分達の荷物を持って出ればほとんど終わりであり、最後に責任者が最終確認でもすれば終わりだろう。その最終確認は一応クラスリーダーとされている俺がすべきなんだろうけど、それを他のクラスメイト達がしてくれるということのようだ。
「それじゃお言葉に甘えましょうよ、咲耶様」
「そうですよ咲耶ちゃん。折角の皆さんの厚意ですから受け取らないと失礼ですよ」
「……わかりました。それでは後はよろしくお願いいたしますね」
「「「「「はい!お任せください!」」」」」
本当なら俺が最後に控え室の確認をしてから部屋を出るべきなんだろうけど、皆に言われた通りこれ以上固辞してもかえって失礼になると思って俺達は先に出ることにした。もしかしたら俺が居たら出来ない話をしたいのかもしれないしな……。上司の悪口とかは本人が帰った後でするのは当然だろう。
俺がクラスリーダーだったんだから俺への批判とか非難を俺がいない所でしたいのかもしれない。そう思って空気を読んだ俺はグループメンバーの子達と一緒に小ホールを後にしたのだった。
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俺達が小ホールを出ると茅さん達や竜胆達が待ってくれていた。出し物が終わったら落ち合う約束をしていたので予定通りだ。
「素晴らしい演奏だったわ、咲耶ちゃん」
「またいつか私達も咲耶お姉様と一緒に演奏したいです!」
「ありがとうございます茅さん。竜胆ちゃん達ともまた演奏する機会を作りたいわね」
人前で披露するのは恥ずかしいけど最近はあまり一緒にバンド演奏が出来ていない下級生達と、また一緒に何かの機会に演奏をするというのは良いと思う。コンサートなどで人を招待するのは恥ずかしいし緊張するけど、ただ気軽に演奏するだけなら嫌いじゃない。
「ざぐやおねえざまぁ~~~っ!ずばらじがっだでずわ~~~っ!」
「あらあら~?百合ちゃんまた~?は~い。チーンして~?」
「ずびーーーっ!」
百合、朝顔、躑躅、デイジー、ガーベラ達も俺達の所にやってきた。そういえば百合達は一条家のVIP席に居たようだ。
「皐月お姉ちゃ……、出来損ないにしてはまぁまぁだったじゃない?周りがフォローしてくれたお陰でしょうけど!別に出来損ないのあんたのことを褒めてるわけじゃないから!」
「ありがとう躑躅」
「~~~~~っ!!!」
躑躅は皐月ちゃんに突っかかっていたけど、ニッコリ良い笑顔で皐月ちゃんにそう言われて真っ赤になった躑躅は声にならない声を上げていた。
「サクヤー!素晴らしかったデース!」
「咲耶ならきっと世界ツアーを開いても大成功を収めるでしょうね」
「ありがとうございます、ロックヘラー様、ロスチルド様」
皆にこうして労いの言葉をかけてもらえるとうれしくなってくる。俺の拙い演奏や踊りでもやってよかったと思える。
「とっても素晴らしかったです九条様!九条様はどうして何でも出来てしまうんでしょうか?」
「だからこそ『完璧女帝』と呼ばれていらっしゃるんでしょうね」
「ひまりちゃん、りんちゃんも来てくれていたのですね」
前の方に居た茅さん達の姿はすぐにわかったけど他はあまりわからなかった。ゆっくり客席を見渡している余裕なんてなかったし、こちらは逆光になっているから見難いというのもある。一条家の特別席に百合達が居たことや最前列近くは見渡せたんだけど……。
「あっ!そうでした!河村さんと加田さんも一緒だったんですけど、クラスの当番があるとかで演奏が終わったらそのままクラスに戻られました。九条様によろしくと言われてましたよ」
「そうですか。鬼灯さんと鈴蘭さんも……。それではこのまま二年四組の出し物を見に行きましょうか」
「「「「「さんせーい!」」」」」
いつまでもここで話していても埒が明かない。俺達はもう出し物は終わったから残り時間は自由だ。五組はまたクラスの接客当番とかがあるかもしれないけど、とりあえず百合達やデイジー達は別として集まっている皆で二年四組の露店を冷やかしに行くことにした。
「あっ!咲耶っち!来てくれたんだ?」
「……ん!咲にゃん、演奏凄かった」
「ありがとうございます、鬼灯さん、鈴蘭さん」
俺達のパフォーマンスの前から二年四組の露店の場所は把握してあった。そこへ行くと丁度鬼灯と鈴蘭が接客を担当していたので話しかける。
「鬼灯お姉ちゃんこれなぁに?ブタさん?」
「ブっ!?いやいや~……、ちゃんと見てご覧?ほ~ら、うさぎさんだよ~?」
「……ん。鬼灯の作ったウサギはブタさん」
「なんだよぉ~!鈴蘭だって同じようなもんだろぉ~!」
「「「あははっ!」」」
二年四組の露店は手作りの小物やアクセサリーを販売しているようだ。そして秋桐がブタだと言ったのは鬼灯が作ったウサギの小物だったらしい。確かにウサギと言われて見ればウサギと言えなくもないかもしれない。まぁ何も言われずに見たらブタの方が正解に近そうではあるけど……。
「……ん。咲にゃんはこれを持って!」
「え?これは?」
秋桐達の後ろから露店に並べられている物を見ていると鈴蘭に何かを渡された。これは……。
「牛……、ですか?」
「……ん!どこからどう見ても馬!」
「あ~……、ソウデスネ。馬ですね……」
どうやらこれは鈴蘭が作った小物らしい。そして馬だったようだ。俺には牛にしか見えないけど製作者に馬だと言われたら馬なんだろう。
「可愛いわね、このカエル」
「それは猫だよ!薊!わざと言ってるんでしょ!」
「いや……、これはさすがに猫に見えないと思うんだけど……、私が悪いの?」
「とりあえず主観で断定して言わない方が良いということでしょうね」
皆も楽しげに露店を見ている。貴族の子女を満足させられるような小物やアクセサリーなんて並んでいないけど、それでもこうして工夫次第で皆で楽しめる露店が開ける。こういう所は見習わないといけない。
「それより咲耶ちゃん、そろそろどこかお店に入らない?喉が渇いちゃった」
「菖蒲先生……、そうですね」
「あとそれ!今はプライベートでしょ?」
「うぅ……、菖蒲……、さん……」
「よろしい。さっ、もう一回言って?」
「えぇっ!?」
何か菖蒲先生はプライベートで会う度にこう言ってくる。正直年上の綺麗なお姉さんである菖蒲先生を菖蒲さん呼びするのはとても恥ずかしい。茅さんは普通に茅さんなのに何故なのか。ともかく恥ずかしいものは恥ずかしいのだから仕方がない。
「ついでにお昼にしますか?お昼時になったらどこも混雑するでしょうし」
「う~ん……。でもお昼にはまだ早すぎませんか?」
「ちょっと冷やかしで二年一組の喫茶店に行ってみましょうか?」
「えぇ……?本気ですか?」
俺は薊ちゃんの提案に本気で嫌そうな声を出してしまった。伊吹……、じゃなくて二年一組は今年も懲りずに喫茶店を開いている。まぁ今年もと言っても去年は水と火を用意出来る場所が確保出来ずに蟻の生態の研究発表をしていたけど、これまでにも喫茶店を開いて大失敗している。そして今年もまた喫茶店を開いているようだ。
薊ちゃんは怖いもの見たさというか、ちょっとからかってやろうというくらいのつもりで言っているのかもしれない。でも伊吹と関わったら碌な事がないしなぁ……。
「一応今年はただの喫茶店というだけじゃなくて工夫しているというか……、ぷぷっ!見ものだと思いますからちょっと冷やかしに行ってみましょうよ!」
「う~ん……。まぁそこまで言われるのでしたら……」
薊ちゃんがやけにノリノリだから仕方なく二年一組の喫茶店を見に行ってみることにしたのだった。




