第千二十七話「いつも通りの挨拶風景」
「二人ともとっても良くお似合いですよ」
「「ありがとうございます」」
俺の言葉にひまりちゃんもりんちゃんも少し照れたような表情を浮かべていた。それは良い。だけどこれはなぁ……。
「ですが……、その衣装で大丈夫なのですか?」
「「……え?」」
二人ともポカンとした顔をしている。でも俺は今日二人がこんな衣装で大丈夫なのか少し心配だ。何しろ今日二人が着てきているのは……。
「和服でも正装として通用しますが……、さすがに着物でダンスは難しいのではないかと思うのですが……」
「「あっ……」」
そう……。今日の二人は和服を着てきている。別に和服自体は良い。着物だって正装として通用する物はある。パーティーなどでも年配の方は着物で出席する人もいるだろう。それは良い。そこには何の問題もない。問題があるとすれば俺達はダンスを踊る。そして着物では洋式のダンスは踊れないだろうということだ。
洋式のダンスを踊ろうと思ったらステップを踏む必要がある。でも着物は足も開けないし上げられない。ものによっては出来るダンスもあるのかもしれないけど、日本の踊りが盆踊りにしろ阿波踊りにしろ、あまり足を大きく開けたりしないのを見ればわかるだろう。そういうことに向いていないからそういう踊りが発達していないんだ。
「HAHAHAー!大ジョブネー!ゲイシャー!ハラキリー!スキヤキー!」
「ロックヘラー様……」
デイジーはあまり難しく考えずにただ着物に憧れて二人に着物を贈ったのかもしれない。だけど洋式のパーティーでダンスがあることを考えればこの場に着物では不適切だったことは思い至って欲しかった。確かに保護者や大人で着物の女性もいるけどそれはかなり年配の方が多い。踊ることもないから着物でも良いけど二人は違うだろう。
「そういえばそうだったわ……。踊ることをすっかり忘れて私も賛同しちゃってた……。ごめんなさい」
「いえ、ロスチルド様のせいではないでしょう」
確かにデイジーが妙な衣装を選ばないようにガーベラも監視すると言っていた。それなのにダンスも出来そうにない着物を選んだのに止めなかったのだからガーベラが自分を責めるのもわからなくはない。だけどやっぱりデイジーが選んだわけだからデイジーに一番責任があるだろう。
まぁガーベラもひまりちゃんもりんちゃんも……、誰も着物にすることに反対しなかったのもどうかとは思うけど……。
ただ贈られる側であるひまりちゃんやりんちゃんならどんな物を贈られようとも文句はいえないかもしれない。ダンスが出来ないことに気付いてなかったようだけど、仮に気付いていたとしてもデイジーが贈る着物を楽しそうに選んでいるのに止めることが出来たかと言えば恐らく不可能だっただろう。
「着物自体は正装ですしそれを着てこられたことそのものは問題ありません。ただそのままではダンスが出来ないでしょうから何か考える必要があるかもしれませんね」
「うぅ……。すみません九条様……」
「私もうっかりしていました……」
ひまりちゃんとりんちゃんはしょんぼりしているけどそれは仕方がない。ダンスまでに何か考えなければならないかもしれないけど、とにかく今はいつまでもここでこうしているわけにはいかない。
「サクヤー!また後デー!」
「それじゃ……、こちらでも何か考えておくわ」
「舞い上がってすっかりダンスのことを忘れてました……」
「私はともかく藤原さんだけでも踊れるように考えてみます」
後ろが詰まってくるのでデイジー達やひまりちゃん達は会場へと入っていった。それを見送りつつどうしたものか考える。でもゆっくり考えている暇もなく次々と招待客達が挨拶にやってきて考えを纏められない。
「おはようございます咲耶様!」
「「御機嫌よう、咲耶お嬢様」」
「御機嫌よう皆さん」
考え事が纏まらないまま挨拶を受けているとまた薊ちゃんがやってきたのかと思うような挨拶を受けた。もちろん俺が声を聞き間違えるわけはないのでやってきたのは紫苑だとわかっているけど、薊ちゃんと紫苑は言うことから言い方まで色々と似すぎじゃないだろうか?
「御機嫌よう咲耶様」
「「「御機嫌よう九条様」」」
そして紫苑と一緒にやってきたのは海桐花、蕗だけでなく李や射干達も一緒だった。このメンバーにどんな繋がりがあるのか俺にはよくわからない。でも前にもこんなことがなかったか?この子達は皆紫苑と仲が良いのだろうか?
「紫苑はこの子達と仲が良いのですか?学年も違う子達ですがどういった繋がりなのでしょうか?」
「それはもちろん親衛ふぐっ!?」
「(シッ!隊長!)」
「お恥ずかしい話ではありますがここにいるメンバーは地下家や、堂上家でもあまり裕福ではない家の者ばかりでして……、萩原様には色々とご相談に乗っていただいております」
「へぇ……。そうだったのですね」
今まであまり他人の交友関係に土足で踏み込まないようにしていたけどつい聞いてしまった。それでも特に気分を害したという様子もなく蕗が答えてくれた。海桐花は紫苑を押さえているように見えるけどきっと気のせいだろう。
確かに言われてみれば堂上家は李と射干の二人だけだし、清岡家は錦織家と同程度でありあまり裕福とは言えない。倉橋家は一般家庭からみれば十分に裕福だろうけど堂上家の中では大きい方ではないし、九条家と比べたら十四倍くらいは差がある。
家の規模で十四倍の差があるということは収入や資産での差はもっと大きいということであり、陰陽道の棟梁とはいえ安倍嫡流の土御門家ですら庶流である倉橋家とそう大差がない。頼れる本家もいないのならば射干が紫苑を頼りにするのも頷ける……、のか?
「ええ!そうなんです!萩原様のことは大変頼りにさせていただいております!」
「それでは私達はこの辺で……」
「「「おほほほっ!」」」
「あっ……」
俺が何か言う間もなく海桐花達は紫苑を引っ張って会場へと向かってしまった。頼りにされている割には何か紫苑の扱いが雑な気もするけど、それはあの子達がお互いに気を許しあっているからということなのかもしれない。
「お~っほっほっほっ!来て差し上げましたわよ!九条咲耶!」
「御機嫌よう九条様」
「こんばんわ~!九条様~」
「え~……、御機嫌よう、一条様、西園寺様、三条様」
何か紫苑達がバタバタしている間に百合達もやってきていた。紫苑達の方に気を取られていたので少し慌てて対応する。
俺が主催しているパーティーじゃないんだから来てやったと言われる筋合いはないんだけど、百合のこういう物言いは悪気があってのことじゃないし、少し捻くれているというかわざと親の気を引きたくて悪戯する子供のようなものなのでいちいち気にしても仕方がない。微笑ましいものだと思ってスルーしておくのが一番の対処法だ。
「ちょっと胸が大きいと思って露出して!この痴女!変態!」
「えぇ……」
何か知らないけど躑躅に罵倒されてしまった。でも一応言わせてもらえば今日の俺のドレスくらいの露出なら別に普通だ。そんな変態とか言われるほど露出が多いわけでもない。それなのに躑躅にここまで言われる理由がわからない。
「躑躅ちゃんはおっぱいが小さいもんね~?九条様の豊満なおっぱいがうらやましいのね~」
「なっ!?ちがっ!?」
「ちょっと躑躅!咲耶お姉様のおっぱいはわたくしの物でしてよ!」
「そうじゃなくて……、あうっ……。~~~~~っ!九条様!この恨み必ず晴らさせてもらいますからね!」
「えぇ……」
俺何かしたか?一切何も言ってないし何もしてないのに何故か俺が悪いことになってる気がする。
まぁ……、皐月ちゃんもグループメンバーの中で胸の大きさは下から数えた方が早いくらいのサイズだし、双子でそっくりの躑躅も似たようなサイズ感ではある。生どころか下着姿ですらじっくり見たことはないから服の上からの感じだけだけど、服を着て下着を着用していてもあの膨らみ方ということは躑躅も慎ましい膨らみということだろう。
「――ッ!百合様!今九条様は私の胸をいやらしい目で見ていましたよ!見ましたよね?この女に近づいてはいけません!百合様まで穢されてしまいます!」
「躑躅は何を言っているのかわかりませんわ!どうしてこれだけ立派なおっぱいをお持ちの咲耶お姉様が躑躅のそんな小さなおっぱいをいやらしい目で見なければなりませんの?」
「うっ……、ひぐっ……、うわぁぁぁ~~~ん!私だって!私だって好きで小さいんじゃありません~~~!」
「「「あっ……」」」
百合が躑躅に止めを刺してしまった。いつも付き従っている百合に気にしている胸のことを言われたからか躑躅は泣きながら会場へと駆けて行った。それを俺と百合と朝顔で見送る。って、見送ってちゃ駄目だろ!百合は追いかけてやれよ!
「一条様、西園寺様を追いかけてきちんとお話をするべきです」
「そっ……、そうですわね……。躑躅!お待ちなさい!躑躅~~~っ!」
「それでわ~、失礼いたしますぅ~」
俺に言われてようやくハッとした表情を浮かべた百合は躑躅を追いかけて行った。それをいつものマイペースで挨拶をして朝顔も付いて行く。ようやく騒々しい人達がいなくなって入り口前の人達は呆然とその姿を見送っていた。
「こんばんは九条様……」
「御機嫌よう」
「…………」
「御機嫌よう、坂本さん、島さん、壱岐さん」
今でもやっぱり百合達とは顔を合わせたくないのか、百合達が去って行ったのを見計らって酢橘達が物陰から出てきた。今までずっと百合達を避けるために隠れていたんだ。何か忍びないというかどうにかしてあげたい気持ちはあるけど……、他人の派閥のことに俺が首を突っ込むと余計にややこしそうだしなぁ……。
あと蜜柑は何か話そうか?挨拶くらいはちゃんとしないと、俺は怒ったりしないけど社交界ではそれはさすがに致命的だと思うぞ?
「今でも一条様達とお顔を合わせるのは苦手ですか?」
「うぇっ!?えっと……、苦手といいますか何といいますか……」
酢橘は言い淀んでいるけど言いたいことはわかる。本人が個人的に苦手とか嫌いとかそういうものではなく、一条派閥に命令されていたことを遂行出来なかった酢橘が、しかもその敵対対象であった俺と親しくしている姿を一条派閥のトップ連中に見られたら何を言われるかわからない。
いや、言われるくらいだったら少し辛抱すれば済む話だけど、堂上家ですら使い捨てにするような一条派閥で地下家が命令を遂行できなかったとか、逆らったということになれば家ごと潰されかねない。例え百合個人にそんなつもりはなくても、一条派閥・門流として坂本家や酢橘に対してそういう処分が下される可能性は高い。
俺が酢橘の肩を持つとか一条派閥の問題に首を突っ込むということは、九条派閥と一条派閥の全面対決の引き金になりかねない。何よりも坂本家が九条家による手助けを望んでいないのならばこちらからどうすることも出来ない問題だ。
これでせめて酢橘や坂本家が俺や九条家に助けを求めているというのなら打つ手もあるけど、こうして声をかけても酢橘ははっきりとそういうことは言わない。俺や九条家に迷惑をかけないようにと思って遠慮しているのかもしれないけど、本人が助けて欲しいと言ってこない相手をこちらから助けることは出来ない……。
「坂本さん……、私に出来ることがあればいつでも言ってください。必ず貴女や貴女の大切な人を守りますから」
「くっ……、九条様っ!」
俺が今言える精一杯の言葉をかけると酢橘は泣きそうな表情を浮かべた。それを見て失敗してしまったかと思ってギョッとした。だけど酢橘達はそれ以上何も言わずに頭を下げると会場へと入ってしまった。俺は何か対応を間違えてしまっただろうか?
「咲耶っち~!」
「……ん。咲にゃん」
「こんばんは咲耶ちゃん」
「御機嫌よう……。お三方は一緒にパーティーに来られるような仲でしたか?」
鬼灯と鈴蘭が一緒に来たのは良い。それはいつものことだ。問題なのはその二人と一緒に菖蒲先生も来たことだ。鬼灯と鈴蘭に菖蒲先生との接点なんてあっただろうか?
「一緒に来たわけじゃないんだけどそこで顔を合わせたからここまで一緒に来たのよ」
「そうそう。こちらの素敵なお姉様が咲耶っちの塾の先生だっていうのは前から知ってるからね」
「……ん。鬼灯の変態。そっちの先生に乗り換えるなら咲にゃんは私が貰う」
「誰も乗り換えるなんて言ってないだろ~!」
どうやらたまたまパーティー会場近くで鬼灯と鈴蘭が菖蒲先生と顔を合わせたからここまで一緒に来ただけらしい。俺を介してパーティーや何らかの催しでは何度も顔を合わせているし、顔見知りと会ったのに無視して会場に入るのも変な話だ。とりあえず一緒に会場まで来るというのも理解出来る。
「今回は菖蒲先生も時間が取れたのですね」
「ええ。毎回毎回遅刻してたら先生として示しがつかないしね?」
「「「あははっ」」」
菖蒲先生は仕事があって遅れてるんだから別に『示しがつかない』なんてことはない。学校の教師が始業時間に間に合わなければ教師失格だろうけど、私的なパーティーに仕事で遅れるのは誰に非難されるものでもないだろう。
菖蒲先生だって本気で言ったわけじゃなくてジョークでそう言っただけだ。だから俺達は一緒になって笑った。その後もう暫く挨拶に立っていたけどパーティー開始の時間になったので表での挨拶を終えて、俺と桜も会場へと入ることにしたのだった。




