第千二十三話「出し物は演奏とダンス」
たった一日にも満たない時間で柾は良く調べてくれた方だと思う。でも柾一人では調べるにしても限界があるだろう。棗も手伝ってくれたようだけどまだ生徒会役員ではない棗では手伝える範囲も限られているだろうしな。
ともかく誰が何故あんなことをしてきたのかははっきりしていないけど単純に俺に体育祭の後片付けを押し付けたかったとか、ちょっと嫌がらせをしたかったという程度の動機じゃないのは確かだ。それならこんな大掛かりで面倒なことをする必要はない。
そもそもここまでやってもバレる可能性はあるわけで、そんな程度の嫌がらせをするためにこれだけの労力を払い、しかも俺に気付かれたらどんな仕返しをされるかもわからないのにやるようなことじゃない。
例えば単純に嫌がらせで俺に後始末を押し付けようとしただけだったとして、それに俺が気付いて犯人がわかったとしてもいちいち仕返しをしたり吊し上げようとは思わない。相手次第ではそのまま何もなかったかのように済ませるわけにはいかないかもしれないけど、ちょっとした嫌がらせくらいだったら黙ってスルーするだろう。
だけど相手からしたらそれでは済まないはずだ。
万が一にも俺が怒って仕返しをしてきたらとか、五北家の一角である九条家が本気で相手を潰しにかかればどんな損害が出るかわからない。そんな状況で安易に九条家のご令嬢につまらない嫌がらせをしようなんて思うだろうか?
……まぁ、思い返してみれば今まで俺にそんな安易な理由で安易な嫌がらせをしてきた者も居たような気がするけど……、それって俺が前世の記憶を思い出してから間もなしの『九条家のご令嬢』らしからぬ態度ばかり取っていたような頃の話だろう。
俺が一応貴族社会に慣れてそれなりに振る舞うようになってからは、俺に直接そこまでしてくるような相手はほとんどいなくなったように思う。敵対派閥などである程度攻撃的な相手とかはいたけど、それだって本人の意思というよりは派閥からの命令とかだったケースがほとんどだった。
そう考えたら俺は九条家のご令嬢というだけで随分守られていたんだな……。ゲームの咲耶お嬢様もそうだろうけど、やっぱりこの世界では五北家の子女というだけでも特別な存在なんだ。そして今回はそんな特別な存在であるはずの五北家のご令嬢にこんなことをしようとした者がいる。それがどうにも不気味だ。
「何かお悩みですか?咲耶様」
「わきゃっ!?」
ベッドに横向きに寝転がっているとベッドの横から椛がニュッ!と顔を出した。驚いた俺は男らしからぬ声を出してしまったかもしれない。いくら俺が男の中の男でも体は咲耶お嬢様である以上は声が高いとかはどうしようもないしな。うん。きっと俺のせいじゃない。
「いえ……、悩みというほどのことではないのですが……」
横を向いて寝転がっている俺の顔の前辺りに椛がしゃがんだ姿勢で顔の高さを合わせてくれている。俺は横向きで椛はしゃがんでいるからお互いの顔は横向きに見えている。それは良いけど椛がベッドの縁から顔を覗かせるまで気付かなかったなんて気が緩みすぎかな?百地流で鍛えている俺なら気配に敏感なはずだけど……。
あれ?そういえば椛っていつも俺が気付いていない時に急接近していたり、すぐ近くから現れたりしてないか?まさか……、椛って気配を消す達人なんじゃ?
……なんてな。普通の綺麗なメイドさんである椛にそんな変な能力や得意技があるはずもない。きっといつも椛が傍にいるから俺が椛の気配に慣れすぎて気にしていないとかそんなところだろう。
「谷間ごっちゃんです!」
「……はい?」
「ごほんっ……。何でもありません。咲耶様、何かお悩みならば人に相談するだけでも気が楽になったり、一人では気付かないことに気付けるかもしれませんよ?」
急に椛が大きな声を出したから驚いた。何て言ったんだ?何とかごっちゃんです?何かわからないけど椛は何事もなかったかのように続けているので俺もその先の言葉に対して答える。
「そうですね……。実は……」
とりあえず椛に体育祭の後であったことを話してみた。誰かによって本来俺がするはずではなかった体育祭の後片付けを押し付けられ、それを言い出した首謀者が誰なのか柾の調査ではわからなかったということくらいしか言えることはないんだけど……。
「なんっっったる不敬!どこの誰だか知りませんが至高の存在たる咲耶様に体育祭の後片付けを押し付けようなどと……、ただの悪戯としても許せません!九条家の総力を挙げて即刻探し出し処してご覧に入れます!」
「落ち着いてください椛……」
「これが落ち着いていられますか!」
まさか椛がここまで怒るとは思っていなかった。もしかしたら両親にも伝えて本当に九条家を挙げての大捜索になりかねない。
「犯人を捜して目的を探ることは良いですがあまり大々的にすると犯人も逃げてしまうかもしれません。それにどのような理由や動機かもわかりませんからまずは相手に気取られないように犯人や動機を探りましょう」
「うぅ~~~っ!……はぁ。わかりました。咲耶様がそうおっしゃられるのであればそのようにいたします」
う~う~言っていた椛もようやく肩の力を抜いてくれたようだ。単純な悪戯や悪意があってやったのならともかく、もし何らかの事情があったとかで止むを得ずやったのならあまり大事にしては取り返しがつかなくなってしまう。出来ればまずはこちらでこっそり調べて犯人や事情を把握したいところだ。
「相手に気取られないように調査しますのでくれぐれも先走ったことはしないように控えてくださいね?」
「はい……。咲耶様のおぱーい!だっちゅーのっ!」
何かまだ納得は出来てなさそうな様子だったけど、ここまで言っておけば椛も無茶なことはしないだろう。ただ……、俺が上半身を起こして椛にそう注意したら突然わけのわからないことを言い出した。よっぽど頭に来すぎて怒りで混乱してしまっているのだろうか?
椛は素敵なお姉さんだと思うけど……、俺には時々椛のことがわからなくなる時がある。それさえなければ本当に素敵なお姉さんで……、あれやこれをしたいと思ってしまいそうなんだけどな……。時々変になるからこっちも我に返るというか何というか。そういう気がちょっと削がれてしまうというのはあるかもしれない。
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体育祭の件は気になるけどいつまでも考えていても仕方がない。現在の情報だけでは俺が一人で考え込んでいてもこれ以上何もわからないのだから調査が進んで情報が揃うのを待つしかないだろう。それよりも今は生徒会役員選挙のことと文化祭のことを考えなければならない。
生徒会役員選挙は決まった日時に決まった場所で応援演説をするだけで済む。今までに何度もしているしもう手馴れたものだ。今回は柾と棗も立候補するし、実質生徒会公認候補と言える他の子達と一緒に応援演説をすることになっている。
問題があるとすれば文化祭の方だけど、文化祭の出し物は一応今週末の文化祭実行委員の会議で正式に決まるまで何とも言えない。第三候補までは決めてあるけど皆は第一候補が通るという前提で考えている。万が一第一候補が却下されたら困るけど俺も第一候補が通る前提で考えて準備をしよう。
「御機嫌よう」
「おはようございます咲耶様!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
今朝は皆が揃っていた。特に何かあったということもないはずなのに不思議なこともあるものだ。
「皆さん今朝は全員揃ってどうされたのですか?」
「咲耶様!私だってたまには早く来る時もありますよ!」
「うふふっ。そうですね」
薊ちゃんの言葉に笑って同意する。確かにメンバーの中でも薊ちゃんだけは時々早かったり遅かったりタイミングがよく動く。他の子は大体皆決まった時間に行動しているけど薊ちゃんだけは目が覚めた時が動く時という感じだ。
「咲耶ちゃんには演奏をしてもらいたいですよね」
「えー?私は踊ってる咲耶ちゃんが見たいなー!」
「咲耶ちゃんの演奏を聴くか……。咲耶ちゃんのダンスを観るか……。永遠に解けない命題ですね」
「蓮華ちゃん……、そんなオーバーな……」
どうやら皆は文化祭の出し物について話し合うために早く来ていたらしい。小ホールや大ホールが増えた分だけこの手の出し物の枠は増えている。よほど不適切だと判断されない限りは有志用の枠よりもクラス用の枠の方が優先されるだろう。となると俺達のクラスの出し物はどこかのステージでの演奏とダンスに決まる可能性が高い。
会議で正式に決定されるまでは予断を許さないけど一応許可される前提で準備しておかないと来週までの時間が無駄になってしまう。今のうちから皆で演奏する曲やダンスの振り付けを考えたり、それぞれの担当者を決めておくのは良いことだ。
「女子が踊る方が花がありますよね」
「でも男子って演奏とか出来るの?」
「「「う~ん……」」」
もちろん教養として楽器演奏を習っている男子も多い。何より貴族家では家業として様々な楽器の演奏を継承している。だから普通の学校よりは音楽や楽器演奏に精通している男子も多いとは思うけど、女子が習っているような華やかな楽器を習っている男子はあまりいないかもしれない。
雅楽とか琵琶とかが出来る男子はいても、フルートとかバイオリンが出来る男子が果たしてどれだけいるだろうか。ピアノくらいなら習ってる子もそこそこいそうだけどピアノばっかり並べても仕方がないし……。
「やっぱり男子が女装して踊って、女子が男装して演奏するのが良いんじゃないかな?」
「錦織君……、それは貴方の性癖を満たしたいだけでしょう?」
俺達が話していると朝練を終えたのか錦織がやってきて入って来た。でもそれはただ錦織が女装姿をお披露目したいだけでクラスの出し物のことを考えているわけじゃないよね?
「まぁ錦織君の案も一部はありかもしれませんよ」
「皐月ちゃん?」
思わぬ言葉に俺は皐月ちゃんの方を凝視してしまった。でもそう言われれば錦織の性癖ということを除けばそういうパフォーマンスもありかもしれない。
「全員とは言わないまでも一部に女装している男子を混ぜたり、演奏も男女で得意なものを演奏してもらうという方法はあるかもしれません」
「なるほど……」
何も男子全員、女子全員で分ける必要はない。得意な楽器や演奏する曲から男女問わず演奏班を集めて、残りのメンバーは踊れば良い。そして踊る男子にあえて女子と同じ衣装を着せてダンスを揃えるというのも面白いかもしれない。
もちろん折角男女で踊るのだから男子は男子らしい、女子は女子らしいダンスで合わせるというのも一つの手法だ。だけどだからって全員男子は男子、女子は女子と考える必要もない。
「とりあえず演奏出来そうな楽器や曲を整理して、それ以外の人にはダンスを頑張ってもらいましょうか」
「それしかありませんね」
俺達が話しているといつの間にかクラスメイト達がほとんど集まって会話に参加していた。練習期間があまりないので楽器演奏が得意ではない子は外れてもらうしかない。それに今の腕前でそれなりに演奏出来る曲を選ぶ必要がある。以前の俺のコンサートのように詰め込みで限界ギリギリの曲を練習したりダンスをさせるのは無理がある。
「俺、箏なら弾けるぞ」
「俺も笙なら吹けるよ」
「私は和琴かなぁ」
「あっ!私バレエを習ってたからダンス出来るかも!」
皆がそれぞれ自分の得意な楽器やダンスを言っていく。それを元に名前と楽器を並べて、あとどの程度の腕前かも確認していった。
「これだけ楽器演奏が出来る子がいれば十分曲が成立しそうですね」
「ただ和楽器と洋楽器が混在しているので選曲次第で演奏担当がガラリと変わりそうですね」
やっぱり貴族家の子女だけあって家業で和楽器や雅楽を継承している所は多い。ただ逆にといえばおかしいけど女子はやっぱり洋楽器を習っている子が多いように思う。どんな曲を選び、どんなダンスをするかによって雰囲気は一変するだろう。その辺りの選曲や振り付けを考えるのは難しそうだ。
師匠に頼めば良い選曲と振り付けをプロデュースしてくれるだろうけど……、師匠に任せたら文化祭本番までに地獄の特訓をしないと間に合わないような高難度な選曲や振り付けにされる可能性が高いしなぁ……。
「何も一曲だけではないのですから和楽器と舞にしたり、衣装や楽器を変えて洋楽器とダンスにしたり切り替えるパフォーマンスをしてはいかがでしょうか?」
「「「なるほど!」」」
先日のコンサートでは俺は楽器を持ち変えて和楽器も洋楽器も何でも演奏していた。それを思い出した俺が思いつきを口にすると皆も頷いてくれていた。
演奏とダンスのパフォーマンスをするのなら一曲だけやって終わりということはないだろう。それなら楽器も曲調も舞やダンスも途中で変わるようなパフォーマンスにしてみるのも面白い。雅楽と舞で始まったと思ったのに途中でパンクだのヘヴィメタだのになったら面白くないだろうか?
まぁさすがにパンクやヘヴィメタは無理だとしてもロックくらいなら出来るかもしれない。あるいはクラシックなら演奏出来る子もたくさんいるようだし十分対応可能だろう。踊りだって神楽のようなものからバレエに変わったりしたら面白いかもしれない。
「色々と案が出てきましたね。金曜日の文化祭運営委員による会議までに詳細を詰めておきましょう」
「「「「「はいっ!」」」」」
やっぱりパフォーマンスをするにしても会議までに何も決まっていないのと、内容まで決まっているのでは運営委員や生徒会役員の印象も違うだろう。きちっと決まっていればそれだけ案が通る可能性も高まる。金曜まではまだ時間もあるし皆でもっと詳細を詰めよう。
「おはようございます咲耶様!この集まりは何ですか?私も混ぜてください!」
「紫苑……、御機嫌よう」
そして遅刻ギリギリくらいの時間になってようやくやってきた紫苑は、俺の席の周りに集まっているクラスメイト達を不思議そうに見ながら事情が分からないままに強引に割って入って来たのだった。




