第百一話「槐のパーティー」
七人揃ってのお出掛けも終わり、日程の合う子達とは一対一でも遊んで……、月は替わって十二月。今日は今年最後の大きなイベント、鷹司家のパーティーの日だ。
この後も一対一で遊ぶ約束をしている皆と順次遊ぶことになるし、年末年始には家族旅行にも出掛ける。だけど対外的に大きなイベントとしては年内最後の大型イベントはやはりこれだろう。
正直……、正直に言えば俺は行きたくない。薊ちゃん、皐月ちゃん、茅さんも来るからサロンで会う皆と会えるのは良いんだけど……、伊吹と槐が何か善からぬことを企んでるんじゃないかと思うととても気が重い。
とはいえ両親だって来るのに俺が行かないというわけにはいかない。サボったってすぐにバレることになる。それなら大人しく行く方がまだマシだろう。
ちなみに遊ぶ約束は年内では終わらない。来年までかかる予定だ。一対一で都合を合わせても中々うまく都合が取れない。やっぱり皆も色々と忙しいんだなぁ……。ご令嬢も楽じゃない。
「咲耶、そろそろ来られるわよ。準備は出来ているのでしょうね?」
「はい。今行きます」
ドレスに着替えて準備を終えている俺は母に声をかけられて表に出る。今日はペアでパーティーに出なければならない。俺のペアは伊吹で、そして今日はうちに迎えに来ることになっている。だから母が早く出て来いと急かしにきたわけだ。
俺としては別々に行って、現地で落ち合って、パーティーに出ればそれで十分じゃないかとは思うんだけど……。伊吹と槐がペアの人は迎えに行って一緒に来いというからこうするしかない。兄もすでにペアの相手を迎えに行った。
うちにも伊吹が迎えに来るから、近衛家の御曹司を待たせるわけにはいかないと来る時間にこちらが先に表で待っていなければならないというわけだ。今日は俺の付き人が椛じゃない。近衛家の迎えだからというのは関係ないはずだけど、俺の付き人は先に鷹司家に向かっているはずだ。椛はどうしたんだろう?
「……来ましたね」
「咲耶……、近衛様のお車を覚えているのですか?」
「ええ、まぁ……」
確かに車も色もナンバーも覚えてるけど、それ以前にリムジンを乗り回している人なんてそんなにいないだろ……。うちに向かってくるうち以外のリムジンがあればそれが近衛家のものだろうって誰でも想像がつくと思うけど……。
まぁそれだけじゃなくて、俺の場合は近衛家というか伊吹というか、とあまり接触したくないから車の特徴やナンバーを覚えているというのもある。学園のロータリーでは似たような車が集まるわけで、ちゃんと見分けていないとうっかり近衛家の車に近づいてしまう可能性もある。
確かに伊吹や槐と友達エンドは目指そうと思ってるけど、だからって不用意に近づく理由はない。適度な距離を保って、適度な付き合いをするのが一番だ。
「咲耶!」
「……御機嫌よう近衛様」
うちの前に停まったリムジンから伊吹が降りてくる。こちらは頭を下げたけど伊吹は挨拶も出来ないらしい。
「えっと……、その……、何だ……。え~……、ドレス……、似合ってるぞ」
「…………ありがとうございます」
うれしくねぇ……。こんなにうれしくない褒め言葉も珍しい。そもそも本心で言ってるのか?
この世界の残念王子である伊吹には女性にそんな気を回すなんて芸当が出来るとは思えない。恐らく今のは誰かにアドバイスをもらって、女の子を迎えに行くなら会って最初に服装やアクセサリーを褒めると良いよ、とでも言われていたんだろう。ただそれを実行しただけだ。そんな感じがする。
「それじゃ行くぞ!ついてこい!」
「……はい」
何か冒険にでも行くみたいな感じだな……。グイグイ引っ張っていくリーダーシップや積極性は良いのかもしれないけど、こいつに先導されたらとんでもない所に連れて行かれそうな不安が湧いてくる。
もちろん車は運転手が運転するから実際にどこか妙な場所へ行くって意味じゃないぞ。明後日の方角へ導かれそうだという話だ。
「あ~……」
「…………」
リムジンに乗り込み、向かいに座る伊吹が何かを言おうとしている。でもさっきから何も言わない。ずっとああして唸っている。
「え~……」
「……」
「その~……」
何も話題がないのなら無理に話そうとしなくてもいいのにな……。
結局伊吹は何も話題を提供出来ないまま、鷹司家の屋敷へと到着したのだった。
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到着したリムジンから降りるとそこは……。
「へぇ……。ここが鷹司家のお屋敷ですか……」
鷹司家の屋敷はとてもおしゃれだった。和風な色が濃い九条家や、正面の館は洋館風だけど裏には日本庭園や和風の別邸がある近衛家とは随分違う。完全なる洋風な、ちょっとおしゃれな家だった。
もちろん外から見ただけでもわかるくらいに広い。いくら五北会のサロンのメンバーが中心とはいえ、子供達だけじゃなくてその両親まで呼んだパーティーが出来る広さのホールがあるんだ。その広さがどれくらい必要かは考えるまでもないだろう。
「やぁ伊吹、九条さん、ようこそ」
「おう!」
「御機嫌よう鷹司様」
たまたまなのか、出迎え役をしているのかは知らないけど槐が出てきて俺達を迎えてくれた。通されたパーティー会場にはすでに結構な人が集まっている。そんな参加者達に挨拶しているのが槐の両親だ。父親の方とはあまり会ったり話した覚えはないけど、あの儚げな美人のお母さんはよく覚えている。
本来なら槐もあのお母さんみたいな、儚げな白雪王子になるはずだったのに……。どこをどう間違えたのか小学校一年生にしてすでに腹黒王子になりつつある。皐月ちゃんも結構腹黒だけどどっちの方がより黒いだろうか……。
「咲耶様!」
「咲耶ちゃん」
「薊ちゃん!皐月ちゃん!」
会場に入るとすぐに二人が声をかけてくれた。どうやら二人の方が先に来ていたようだ。皐月ちゃんのペアは槐だから入り口から一緒に来たわけだし、薊ちゃんのペアの水木も向こうからゆっくり近づいてきている。兄と茅さんの姿は見えない。二人はまだなのかな?
「茅さんはまだこられていないのですか?」
「あら?私はここよ」
「えっ!?」
俺が茅さんを探していると後ろからスッと肩に手が置かれた。振り返ってみれば……。
「茅さん!」
「ふふっ」
俺の後ろには茅さんが立っていた。一体いつの間に……。というか何故後ろから?
「あとは兄くらいですか。……そう言えば兄のペアとはどなたなのでしょうか?」
俺は今になってもまだ兄のペアのことを知らない。最初に聞いても有耶無耶になって以来何となく聞けないようになってしまった。別にこのパーティーでのペアだからどうということはないけど、やっぱり兄のペアが誰なのか気にはなる。茅さんのペアはサロンでも見かける男の子だ。何かやつれてるけど見てない振りをしておく。あまり関わってはいけない。
「え?聞いてないの?」
「ええ……」
槐に素直に答える。槐は主催者側だから参加者の顔ぶれやペアを把握しているだろう。
「来たらわかるだろ。それより咲耶!何か飲み物を取ってやろうか?それとも何か食べるか?」
「あ~……、それでは飲み物をお願いします……」
本当はいらないと言いたい所だけど俺と伊吹はペアなんだ。こう言われたらペアをたてるしかない。伊吹が余計なことを言わずに黙っていてくれたら何も問題ないんだけど……。そうはいかないだろうな……。
「咲耶!」
「ありがとうございます……」
名前を呼んでグラスを差し出す……、というか突きつけてくるだけって……。ちょっとこの残念王子は根本的にポンコツすぎないか?普通もっと気の利いたことでも言うんじゃないだろうか?そういえば俺に長文で話しかけてくることもあまりないな。何か名前を呼ばれたり、おい、とか言われるばかりのような気がする。
これは恋愛下手とか恋愛経験のない一年生だからとか以前に、そもそも根本的に人としてのコミュニケーション能力の欠如じゃないだろうか?俺が心配してやることじゃないけど本当に近衛財閥の将来が心配になってくるな。
「咲耶ちゃん、あちらでお話しましょう?」
「さぁさぁ、咲耶様、行きましょう」
「はい。それでは近衛様、少し皐月ちゃんや薊ちゃんとお話してきますね。ここまで送っていただきありがとうございました」
「あっ!」
俺はそういうとそそくさとその場から離れた。皐月ちゃんと薊ちゃんもそれを狙っていたんだろう。俺を連れ出すためにあんな風に言ってくれたに違いない。
「息が詰まりますよね」
「本当に……、せめて自分一人で自由に動けるのならまだ良いのですけど……」
お~……。薊ちゃんも皐月ちゃんも今回のパーティーには辟易しているようだ。別に水木や槐が嫌いということではないだろうけど、ペアだからと一緒にウロウロしなければならないのが相当ストレスなんだろう。その気持ちは俺にもわかる。俺だって伊吹とウロウロしてたらきっと頭を掻き毟りたくなるだろう。
多分本格的にパーティーが始まったらまたペアで行動させられるだろうけど、まだパーティーは始まっていない。始まる前くらいは自由にさせてもらいたい。
「咲耶ちゃん、あちらで座りましょう」
「うわっ!かっ、茅さんも一緒でしたか……」
後ろから急に声をかけられてびっくりした……。どうやら茅さんも一緒について来ていたようだ。気配を消して後ろから静かについてくるのはやめてもらいたい。心臓に悪い。
「お姉さんが一緒じゃ駄目かしら?」
「ああ、すみません。駄目だという意味ではありませんよ。気付かなかったので驚いただけです」
よよよっと泣き真似をするからフォローしておく。本気で泣いているわけじゃないのはわかってるけど、だからって酷いことを言ったのに知らん顔をしているわけにもいかないだろう。
パーティーが始まるまでまだ時間がある。少し離れて人が少ない場所に座って会場を眺めながら四人で話をする。
話自体は他愛無い話だ。ただぼんやりと会場の人を見ながら、無駄話に花を咲かせて、適当に時間を潰す。
「そろそろ時間だから行こうか」
「俺のペアの薊ちゃんもね」
槐と水木が自分達のペアを迎えに来る。茅さんのペアは相変わらず茅さんに振り回されている。可哀想に……。そして俺のペアはというと……。
「ん……」
「……」
俺に向かって肘を突き出している。肘打ちか?
「んっ!」
「…………はぁ」
わかってるよ。腕を組めっていうんだろう?俺は伊吹と腕なんて組みたくないけど、男女がペアで来てるんだから腕の一つも組むのは自然な流れだ。皐月ちゃんや薊ちゃんは手を握るだけにしているらしい。腕を組むように要求しているのは伊吹だけだ。
ちなみに茅さんの所のペアは……、見なかったことにしておこう。
「おほっ!」
「――っ!?変な声を出さないでください……」
俺が伊吹の突き出した肘に腕を通すといきなり変な声を出した。驚いて俺までビクッとしてしまった。本当に気持ち悪い……。
そのまま俺達四組が会場の中心の方へ歩いて行くと周囲がガヤガヤと騒がしくなってきた。かなり大きな反応だ。普通ならちょっと何かあってもここまで騒がしくなることはない。上流階級の家ともあろう者達が、パーティーの席で騒がしくするなんて修行が足りん。
「皆様、本日は鷹司家のパーティーにお越しいただきありがとうございます」
会場のど真ん中に立った俺達四組は全員から注目されている。そんな中で槐は参加者達に挨拶を始めた。特に何てことはない普通の挨拶なので聞き流す。少し騒がしくなっていた周囲も主催者が話し始めたから静かになっている。
そんな時……、入り口の扉が開き、一組の男女が入って来た。会場の照明は俺達が真ん中に立った時点で落とされ、俺達だけにスポットライトが当てられていた。それなのに、入り口から一組の男女が入ってくるとそちらにもスポットライトが当てられる。
「やぁ皆さん。少し遅れてしまったかな?」
入って来たのは兄だ。その兄がペアの相手と腕を組んで歩いてくる。入り口から俺達がいる会場の中央まで……。兄と相手のペアの動きに合わせてライトが動きずっと二人を照らしている。そして俺達の前に来ると立ち止まった。
「ごめんね槐君。遅れてしまったかな?」
「いいえ、良実さん。丁度始まった所ですよ」
何だか二人は芝居がかったやり取りをしている。演出といい、これは事前に決めていたことなのかもしれない。開始直後に兄が入ってきて注目を集める。そういう演出だったんだろう。
でも……、俺はそんなことに頭が回らない。今目の前で起こっていることが理解出来ない。何故ならば……、何故ならば兄のペアの相手は……。
「椛?」
「…………」
兄の腕にしっかりと抱きつくようにくっついていたのは……、今日は姿を見ていなかった椛だった。