第千七話「あ~んする者、される者」
「さぁ咲耶ちゃん、それじゃ座ってお話ししましょ」
「えっと……、はい……」
何か茅さんが有無を言わせず俺の腕を掴んでいつもの席へと向かった。高等科で俺がいつもどこに座っているかは知らないはずだけど、初等科の時からずっと俺の席の位置は変わらない。最奥の目立たない場所なので茅さんならわかるのだろう。
まぁ何より俺の席だけ椅子が違うから一目でわかるし、茅さんだって俺達が居る時間に高等科五北会サロンに来たことはあるから前から知ってたわけだけど……。
ただ前にその席に座っていたからといって今でもそこに座っているとは限らない。俺達はいつも最奥の目立たない場所だけど他のグループや派閥は席の場所を変えていることもある。まぁ何度も言うように俺の椅子だけ他とは違うからそれを見ればわかるというのはあるんだろうけど……。
「…………あれ?」
「うふふっ。なぁに?咲耶ちゃん?」
「え~っと……」
皆でいつもの席に移動して座る。だけど何かおかしい。俺と薊ちゃんと皐月ちゃんはいつもの自分の席に座っている。それは良い。それは良いんだけど他がおかしすぎる。
まず俺と同じ席に茅さんが座っている。俺の椅子は大きくて広い椅子とはいえ本来は一人用の椅子だ。そんな俺の椅子に二人で座っているので結構ギュウギュウでぴったりくっついている。そして何故か俺の向かいの席には百合と朝顔が座っており、皐月ちゃんと同じ席に躑躅が座っている。どうして百合達まで一緒なんだ?
「一条様達はどうしてこちらに?いつもの席へは行かれないのでしょうか?」
「お~っほっほっほっ!わたくしがどこに座ろうとわたくしの自由ですわ!」
「さすがは百合様です!私はそんな百合様のお傍にいるために仕方なく勘当されたポンコツの横に座ってあげているだけです!」
「私は~、茅お姉ちゃんがいるから一緒にきました~」
確かに空いている席とか指定されていない席ならどこに座っても自由なのかもしれない。だけど本当なら俺の左右に薊ちゃんと皐月ちゃんが座って向かいに茅さんが座って四人でお茶を楽しむ流れだったはずだ。それを百合が勝手に割り込んできて座るのは自由とは言わないと思う。
躑躅は口ではあんなことを言ってるけどやっぱり躑躅って皐月ちゃんのことが大好きなんじゃないのか?怒ったような表情を作っているけど顔を赤くしながら皐月ちゃんの方をチラチラ見ているぞ?何か躑躅は言葉とは裏腹に皐月ちゃんのことが大好きっぽいんだよなぁ……。
そして朝顔は茅さんがこちらに来たからという理由で自分もこちらに来たらしい。まぁ三条家は本来一条門流なわけじゃないし常に百合に付き従うというものじゃないんだろう。百合と朝顔の関係や日頃のやり取りがわからない俺にはそれ以上二人のことを推測する術はない。
「はぁ……。まぁ……、お茶にしましょうか……」
「そうですね」
「は~い!」
俺の言葉に皐月ちゃんと薊ちゃんが答えてくれた。どうやら二人はこの状況に不満はないようだ。それならばとこのまま七人でお茶をすることにしたのだった。
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高等科五北会メンバー達は最奥の上座に陣取る一団を見ながらヒソヒソと小声で話をしていた。
「見て見て!咲耶お姉様と正親町三条様!お似合いの姉妹だと思わない?」
「思う思う!」
「や~ん!素敵ぃ~!」
美女と美少女が一つの席に座って仲睦まじくお茶を楽しんでおられる。その姿を見ているだけで一部の五北会メンバー達はキャッキャとはしゃいでいた。
「貴女達は正親町三条様と同じ科に通ったことがないからわからないでしょうね……」
「「「え……?」」」
九条様と正親町三条様の仲睦まじい姿にはしゃいでいたのは一年生ばかりだ。現一年生より年下の者達は正親町三条茅と同じ科の生徒として通ったことがない。それは事実だが三年生の先輩達が何を言いたいのかわからず首を傾げていた。
「今でこそ正親町三条様もお淑やかな振りをされているけど……、昔は本当に凄かったのよ……」
「今も仮面を被られているだけでしょうね……」
三年生達は初等科の頃に苛烈だった茅と同じ初等科五北会サロンに通って顔を合わせていた。その頃を知る者達からすれば今の茅の姿など取り繕った見せ掛けのものだろうという思いが拭えない。
「確かに私達は昔の正親町三条様のことは存じません。先輩達が言われるように昔は苛烈だったのかもしれません。ですが人は成長して変わるものじゃないですか?今の正親町三条様はとっても素敵な淑女になられたと思いますよ」
「それはまぁ……」
「そうだけれど……」
三年生達はばつが悪そうな顔をしてお互いに顔を見合わせた。それは一年生達の言う通りではあるのだがどうにも昔の茅を知っている者達には安易に信じられなかった。今でこそ大人しくしている茅だが昔は五北家相手にも一歩も引けを取らない剛の者だったのだ。そしてご令嬢とは思えないほどに苛烈な者でもあった。
確かにそれから何年も経っている。人間というのは成長するものであり、昔はやんちゃだった者でも大人になれば分別がついて礼儀正しい者になることもあるだろう。しかし大半はそうはならず、三つ子の魂百までというように根本部分は一生変わらないことがほとんどだ。苛烈だった頃の茅を知る者にとってはあの性格がそう簡単に変わるとは思えなかった。
「正親町三条様が変わったか変わっていなくて表向きだけなのかは良いじゃないですか。そんなことよりもあれを見てくださいよ」
「あれ?」
一年生達には茅が変わったかどうかなど知りようがない。昔の茅のことも知らないし、今の茅ともほとんど接点がない。だから変わったとか変わっていない以前にそもそもあまり知らない相手なのだ。しかしそれはどうでも良い。それよりも大事なことがある。
「はい。咲耶ちゃん、どうぞ。あ~ん」
「あの……、茅さん……。恥ずかしいですよ……」
「何も恥ずかしいことなんてないわ。ほら。あ~ん」
「……あ~ん」
一つの椅子に一緒に座っておられる九条様の口に正親町三条様がお茶請けのクッキーを手で食べさせる。その姿を見た瞬間……。
「「「「「キマシタワーーーーーッ!!!」」」」」
そこには正親町三条茅の過去を知る先輩も、知らない後輩も関係なく、サロンメンバーの女子全員が二人のその風景を見て魂の叫びを上げたのだった。
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昨日は何故か五北会サロンに茅さんが来て大変だった。茅さんについて百合達も一緒に来るし、茅さんには皆の前であ~んされて恥ずかしかったし……。
サロンの皆の前であ~んされるなんて恥ずかしいと言ったんだけど、『最近お姉さんとは会ってもくれないのにあ~んもしてくれないのね』なんて言われて泣き真似をされたら断れない。実際あれは泣いていたんじゃなくて泣いた振りというか泣き真似というかなんだろうけど、それでも断るというのは無理だ。
だいたい実際に茅さんとの接点が減っているのは間違いない。茅さんが高等科生だった頃までは生活時間が似通っていたから放課後に俺達のいるサロンまで良く来てくれていたけど、大学生になって生活時間に大きな差が出来てしまってからはそれも滅多に出来なくなっている。
最近会ってもくれないと言われたけど夏休み終盤のコンサートで会ってるけどね……。それから大して日数も経っていないのに最近会ってないというほどではないだろうと思うけど、実際に茅さんとの接触機会が減っているのは事実だ。
それを気にして大学はまだ夏休み中なのにサロンに来てくれたのだとしたら、皆の前だから恥ずかしいとかいう俺の気持ちの問題で茅さんの気持ちを踏み躙るわけにもいかない。結局昨日は一緒に座った茅さんに甘やかされてとても素晴らしいお茶会だったし……。
「えへへっ!茅さん良い匂いでしたねぇ……」
茅さんは大学生になって大人っぽくなったとは思っていたけど、昨日はなんだかいつも以上に良い匂いがしていた。それに触れ合っていた場所は柔らかかったし俺を甘やかしてくれた。やっぱり年上のお姉さんって良いなぁ……。前世の年齢から考えたら俺の方が余裕で年上なんだろうけど……。
「ゴホンッ!咲耶様?学園に到着いたしましたが?」
「はっ!?……それではいってまいりますね」
「いってらっしゃいませ咲耶様」
「いってらっしゃいませ咲耶お嬢様」
いつの間にか車は藤花学園に到着していたらしい。何でもないような顔をして車から降りた俺は椛と柚に見送られて学園へと入っていった。いつもの行列の間を抜けて階段へ向かっていると途中で声をかけられた。こんな時間にこんな場所で彼女達に声をかけられるのはかなり珍しい。
「おはようございます九条様」
「えっと……、御機嫌よう九条様」
「御機嫌よう、りんちゃん、ひまりちゃん」
何故かりんちゃんとひまりちゃんは少しコソコソしているような感じで声をかけてきた。もしかして誰かに狙われたり追われているのかと思って俺も周囲を警戒したけどそんな様子はない。
「あのっ!」
「はい?」
「今日の放課後にいつもの勉強会が終わった後にお時間をいただけますか?」
「ええ。良いですよ」
「「えっ!?良いんですか!?」」
いや、何で二人が驚いてるの?別に事前にそう言われていれば時間を取ることくらい出来るでしょ?今日は別に急ぎの用があるわけでもないし放課後に少し二人と話すくらいの時間なら十分取れる。ただ問題は用件が何なのかということだ。
「もちろん良いですよ。ですが……、差し障りなければご用件を先に伺いたいのですが」
「先日の近衛様のパーティーでお借りしたストールをお返ししようと思って持ってきました!」
「それで……、その……、お礼をしようと思って吉田さんと二人でクッキーを焼いてきたんです!それで一緒にお茶をしませんか?」
「あぁ……、そういうことでしたか。それはもちろん構いませんよ。むしろわざわざ気を使わせてしまってすみません」
また誰かに狙われているとかそういう相談かと思って身構えてしまった。そんな用件じゃなくてよかった。でもストールを無理に返してもらう必要もなかったし、お礼のクッキーをわざわざ焼いてきてくれるなんて気を使わせてしまったようだ。そういうお礼は必要ないと先に伝えておくべきだったな。バタバタしていたからすっかり忘れていた。ストールを貸したままだというのも忘れていたし……。
「それでは放課後、勉強会が終わった後にお茶にしましょう」
「「はいっ!ありがとうございます!」」
ひまりちゃんとりんちゃんとお茶をする約束をしてしまった。何だか今日は朝から良い事があったな。
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あっという間に放課後になり、勉強会も終わって皆と別れた。薊ちゃんと皐月ちゃんにはサロンに遅れて行くと伝えて先に行ってもらっている。俺達は事前に決めていた通り三人で食堂へとやってきた。
お茶請けは二人が焼いてくれたクッキーだと決まっている。あとはお茶をどう用意するかだけど手軽に食堂で済ませようということになった。食堂だと放課後に利用している生徒達も居るだろう。それに置かれているお茶もサロンのお茶に比べたら種類も少なく安物が多い。
でもひまりちゃんとりんちゃんを五北会サロンに連れて行ったら気を使わせそうだし、小ホールなどの遠い場所に連れて行くのも申し訳ない。というわけで近くて定番の食堂へとやってきた。
「えっ!?あれって九条様!?」
「どうしてこんな時間にこんな場所に?」
「今はサロンにおられる時間じゃ?それにあの二人は?」
俺達が食堂に入ると少しざわついていた。やっぱり普段放課後に食堂を利用していない俺が来たら驚かれるんだろう。とはいえ今更場所を変えるのも余計変な噂になりそうだしそのまま座る。
「えっと……、ストールありがとうございました!」
「これは私達が焼いたクッキーです!」
「ありがとう、ひまりちゃん、りんちゃん。かえって気を使わせてしまってごめんなさいね。それでは三人でいただきましょう」
お茶も用意して二人が焼いてきてくれたクッキーをお茶請けにして軽く談笑する。
「まぁっ!可愛い形ですね」
「ちょっと崩れてしまいましたけど……」
二人が用意してくれたのはプレーンクッキーとチョコチップクッキーだった。手作りだとわかる形をしている。ただ型で抜いただけじゃなくて何かの顔のようになっている。
「うん……。とってもおいしいです」
「九条様のお菓子作りの腕にはまったく敵いませんけど……」
「少しでも喜んでいただけたらうれしいです」
二人とも謙遜するなぁ。俺のお菓子作りの腕なんてむしろ低い方だろう。先日はお酒を入れて大勢酔っ払う大事件を起こしたばかりだし、その前の桃と紅茶のレアチーズケーキはあまり評判が良くなかったし……。むしろ俺は手作りお菓子を人に出しては駄目なのかもしれない。
「お二人が焼いてくださったクッキーにはお二人の気持ちが詰まっているのですよ。むしろ私の方がお二人のクッキーに敵いません。ほら、お二人も食べてみてください」
「えっ!?くっ、九条様!?」
「あっ!ちょっ!」
「はい。あ~ん」
謙遜が過ぎる二人の口にちょっと強引にクッキーを持って行く。二人とも慌てたような顔をしていたけど口の前まで持ってこられて観念したのかあ~んで食べてくれた。
「ね?私が焼いた物よりもおいしいでしょう?」
「あぅ……。恥ずかしすぎて味なんてわかりません……」
「でも九条様が手ずからあ~んしてくださるだなんて……、今夜は眠れません」
「「「「「キャーーーーーッ!キマシタワーーーーーッ!!!」」」」」
ん?俺達がクッキーを食べていると食堂にいた生徒達が大きな声を上げた。何かあったのかと思って周囲を見てみたけど特に何もない。もしかして俺達が何かしてしまったのかな?あまり長居しても迷惑かもしれないし、名残惜しいけど手早く片付けて食堂から出た方が良いのかもしれないな。




