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第千三話「お礼のお菓子作り」


 無事にコンサートを終えて家に帰ってきた。協力してくれた皆や運営スタッフや師匠には散々お礼を言って別れた。あと今回のコンサートでは演奏しなかったバンドメンバー達とかともたっぷり話したものだ。でもいつまでも話をしているわけにもいかない。皆も今はまだ興奮で平気かもしれないけどすぐに疲れがやってくるだろう。


 あれだけ過酷な演奏を何時間もしていたんだ。終わった直後はランナーズハイのように疲れも感じずに興奮や満足感があるかもしれない。でもその反動は若い女の子である皆には厳しいはずだ。まだ元気なうちに家に帰ってすぐに休める態勢になっておいた方が良いだろう。


「お疲れ様、咲耶。凄い演奏だったよ」


「ありがとうございますお兄様」


 家に帰ると兄に労われた。俺は暫く控え室でメンバー達や関係者達と話していた。両親と兄も鑑賞に来てくれていたけど控え室までは来ずに先に帰っていたからコンサート後に会ったのはこれが最初だ。


「おおっ!咲耶!帰ってきたのかい?いやぁ……、素晴らしいコンサートだったよ。パパ感動しちゃった!」


「お父様……、大袈裟すぎますよ」


「大袈裟なものか。咲耶だったら超一流の音楽家にだってなれるよ!咲耶がそっちの道に進みたいというならいつでも応援するからね!」


「やはり大袈裟ですよ。私がそのような道に進んでも趣味の域を出ませんから」


 まったく道家君は何を言っているんだね?この俺に音楽の才能は一切ない。師匠がどうにか聴ける程度に練習をつけてくれているから一応聴ける程度になっているだけで、もし師匠の練習がなければ俺は楽器演奏なんてまともに出来ないだろう。


 百地流はかなりの種類の楽器演奏も教えているし本当に底が知れない。俺が師匠から指導を受けている百地流なんて本当にほんの触り部分でしかないんだと毎回思い知らされる。本気で百地流を極めようと思ったら俺はあと何十年修行しなければならないんだろうか?


「そのような所で話していないで早く入りなさい」


「はい、お母様……。お父様もお兄様もまいりましょう」


「ああ」


「そうだね」


 俺達が玄関近くで話していると母に注意されてしまった。確かにいつまでもここで話している理由はない。でも母が言いたかったことはそんなことじゃなくて……。


「母さんの言ったことの意味は……」


「わかっておりますよ」


「そっか……。だったら良いんだよ」


「はい」


 俺がまた母の言葉を誤解していると思ったのか兄が説明しようとしてくれた。でも俺だってもうわかっている。母がああ言ったのは何も俺達が玄関で話していたからじゃない。コンサートを終えて俺が疲れているだろうから早く中に入って休むようにと言ってくれたんだ。


 前までの俺だったら母の言葉を言葉通りに受け取って責められていると思ったかもしれない。実際母の言葉は足りなすぎて誤解されるようなことが多々ある。でも今の俺はもう母が俺の体を心配して言ってくれたことを理解している。


 もしかしたら……、案外俺が前世を思い出した直後のちょっと嫌な高飛車な夫人のようだった母の言葉も、俺が真意や言葉の意味を理解出来ていなかっただけなのかもしれない。ただ……、それをそうと気付かずに聞かされて育った咲耶お嬢様の性格が歪んでしまったのは母のこういった言葉や言い方が影響していたのだろうか。


 もしそうだとしたら……、ゲームの咲耶お嬢様と頼子夫人はなんて悲劇的な運命なんだろうか……。それを思うと少し気持ちが沈んでしまう。咲耶お嬢様の破滅の一部は自分で蒔いた種の部分もあるとしても……、あまりにも理不尽で、そして悲しいすれ違いじゃないだろうか。


 俺と母はもうそんな関係じゃない。俺はゲームの咲耶お嬢様とは違う選択をしてきたし、母もゲームの頼子夫人とは別人のように変わった。だからこそやっぱりこの世界ではこの不器用な母を破滅の運命に巻き込むわけにはいかない。


 コンサートが終わった後でちょっとテンションがおかしいのか、俺はそんな柄にもないことを考えていたのだった。




  ~~~~~~~




 帰ってから家族と夕食を済ませた俺は用事を済ませてから厨房に立っていた。今から明日のご褒美の日に演奏に協力してくれたメンバーのためのお菓子を作る。ただ何を作ろうかというのが難しい。


 八月に旬のデザート向きの物は色々とある。むしろ豊富だとすら言える。食べ物全体としては食欲の秋とも言うように秋に旬を迎える物が多いかもしれない。だけどデザート向きの物の旬なら夏の方が色々と豊富かもしれない。


 ただ問題はこの季節の旬の物でデザートを作ろうと思ったら結局どれも似たようなものになってしまう。今まで何度も作ってきた物や前に出した物と似たような物では飽きてしまうだろう。かといって珍しい物や奇抜な物というのも難しい。


 大体フルーツをデザートに使おうと思ったら、生のままやコンポートにしてケーキに混ぜたりクリームと一緒に乗せるとか、ゼリーやプリンの中に入れたり上に乗せたりというものばかりになってしまう。ケーキやタルトで上に乗せる具が違うだけというようなものだ。果たして皆はそれで満足してくれるだろうか?


 これまでクッキーやパウンドケーキだけでなくタルトやケーキも何度となく作ってきた。ショートケーキの上に苺が乗っているか、葡萄が乗っているか、マンゴーが乗っているかの違いしかなければ飽きられてしまうんじゃないかと思う。そもそも前回の桃と紅茶のレアチーズケーキは不評だったわけだし……。


「う~ん……。何にしましょうか……」


「あの者達は咲耶様が手ずからお作りになられたものであれば何でも喜ぶと思いますが」


「そうはいかないでしょう……」


 椛は俺付きのメイドさんだからそう言ってくれているんだろうけど、前回の桃と紅茶のレアチーズケーキの反応からして皆あまり良く思っていなかったはずだ。それを桃と紅茶の代わりに今が旬のフルーツを乗せただけで喜ばれるはずがない。かといって奇抜なものにしようと変な物を作っても駄目だろうし……。


「何にしましょうか……。今が旬の物といえば無花果……、梨……、葡萄……、マンゴー……」


 色々とデザート向きのフルーツはある。でもやっぱりどれもケーキやゼリーやプリンに乗せるとかそんな形になるようなものばかりだ。それでは前回の二の舞になってしまう。


「あっ!そうです!良いことを思いつきました」


 そうだ。俺は洋菓子ばかりイメージしていた。何も洋菓子でなければならないということはない。確かにフレッシュな夏のフルーツを使うとなると洋菓子のイメージがある。でも今回は和菓子にしよう。それなら前回不評だった皆にもウケるかもしれない。


「それではまずは~……」


 必要な材料や道具があるか確認する。まぁ道具は全て揃っているだろう。問題は材料なんだけど……、九条家の厨房ってすごいな。いつ見てもほとんどの材料が揃っているのではないかと思える。ちゃんとこんなに使い切れているのだろうか?まさかほとんど使い切れずに捨ててるなんてことはないよな?


 まぁ俺達に出されていなくても家人達へのまかないも必要だろう。きっと主人一家に出さない物は家人達のまかないとして消費されているはずだ。そうであって欲しい。まさか手もつけずに捨てているなんてことはないと思いたい。


 それはともかく旬の物ならまずほとんど揃っている。旬じゃない物もある程度揃っている。いつ何を求めてもすぐに出てきそうだ。


「これだけあれば……、ふふっ」


 早速必要な物を選んで準備を進めていく。作る物が決まればあとは道具と材料を用意するだけだ。


「ふ~ん♪ふふ~ふ♪ふんふ~ふん♪ふんふ♪ふっふふふんふんふんふっふん♪」


 まずはドライいちじく、ドライいちご、ドライ杏をぬるま湯に浸けて戻します。戻ったら水気を切って半分に切ります。そしてくるみをオーブンでローストします。


「ふ~ん♪ふふ~ふ♪ふんふ~ふん♪ふっふふふんふふん♪ふふっふふ~ん♪」


 水に粉寒天を入れて加熱して、沸騰したら中火で混ぜながらよく溶かします。さらに黒砂糖を加えて沸騰させてアクを取り、溶かしてから火を止めて水あめを加えます。


 こしあんに先ほどの液を少しずつ加えてよく混ぜ、ラム酒やドライフルーツやくるみを加えます。そして流し缶に入れて冷やせばあら不思議!いちじくとくるみの羊羹の完成です!


「はぇ~……。咲耶お嬢様って和菓子も作れるんですね~……」


「当然です!咲耶様に出来ないことなどありません!」


 いや……、何でそこで椛が得意気にしてるんだ?それに俺なんて出来ないことの方が多いからな?羊羹なんて道具と材料さえあれば誰でも作れる。しかも俺のレシピは本格的なものじゃなくて手抜きのお手軽レシピで作っている。本物の羊羹職人から見たら俺の作り方はきっと邪道だろう。


 まぁ俺は別に和菓子職人を目指しているわけじゃないからそれでいい。なるべくお手軽簡単で食べる人に評判が良ければよいのだ。なにも凝った物を作りたいわけじゃない。手抜き過ぎて口の肥えている皆にウケが悪いという可能性はあるけどそこは素人の作った物だ。プロと同等のクオリティは誰も求めていないだろう。


「これで完成ですか?」


「そうですね……。羊羹は完成ですが……、折角なのでもう一品作りましょうか」


 いちじくとくるみの羊羹はコンサートに協力してくれたメンバーへのお礼だ。だからバックバンドに参加してくれた人数分しか用意していない。だけど明日はご褒美の日でバンドメンバー以外の子達もやってくる。さすがにバンドメンバーにだけ手作りお菓子を出して、それ以外の者には何もなしというわけにもいかないだろう。


 かといって手の込んだ物を手伝ってくれた子達以外にも出すとなると趣旨がぼやけてしまう。だからそれ以外の子達に出す物は簡単な物にして、しかもバンドメンバー達にも出すことにしよう。バンドメンバーだけ二種類貰えて、それ以外の子達はこれから作る物を少し渡すだけだ。これなら丁度良い。


「次は何を作られるんでしょうか?」


「ん~?簡単なものですよ」


 羊羹を作っていた間に用意しておいた物を取り出す。それはドライいちじくとレーズンをラム酒に浸けたものだ。ドライいちじくはほどほどの大きさに切ってある。あとは浸けたラムレーズンとラムいちじくを軽く拭き取り、常温に戻した無塩バターをヘラで滑らかになるまで混ぜる。バターが練れたら砂糖、塩、ラムレーズン、ラムいちじくを混ぜ込む。


 ラップに乗せて棒状に伸ばして綺麗な形に成形する。形が出来たらラップを絞って冷蔵庫で冷やせばあっという間に完成だ。


「これはレーズンバターですか?」


「そうですね。ラムレーズン&ラムいちじくバターというところでしょうか」


 レーズンバターはよくある。そこにいちじくも加えただけだ。あとは明日食べる前に取り出して程よい大きさに切ってクラッカーなどに乗せて食べるだけだ。注意点としてはあまり大きく切るとか、早く出しすぎて常温に戻りすぎるとクドくなるかもしれない。ほどほどの厚みに切って、常温にならないように少し冷えているくらいで丁度良い。


 お茶の時にクラッカーやクッキーなどにこれを乗せて食べる。まったく何も用意しないのはどうかと思うし、かといってバンドメンバーへのお礼よりも手の込んだ物を出すわけにもいかない。これならきっと皆納得してくれるんじゃないだろうか。


「咲耶お嬢様はよくもまぁこれだけあれこれ考え付きますね……」


「ですから別にレシピは私のオリジナルではないと……」


「それはわかってますよ。でもレシピがオリジナルじゃないとしてもこうもポンポンと作る物が思い浮かぶことが凄いって言ってるんですよ」


「そうでしょうか……?」


 う~ん……。柚の言っていることはあまり納得がいかない。レシピが俺のオリジナルじゃないことはわかっているのにどうしてそう驚いたり凄いと思うのだろうか?


 俺のお菓子作りの選び方は旬の食材を使うという部分から始まっている。だからまずは今が旬の食材を思い浮かべて、その食材を使った料理やデザートのレシピを思い出せば良いだけだ。食材ありきでそれを使った料理やデザートを考えるだけならそう難しいことじゃない。主婦だって日頃そうしているはずだ。


「…………ん?」


 待てよ?俺は今何て言った?主婦達と同じだと言ったのか?


 この俺が?前世男で、男の中の男で料理もお菓子作りもほとんどしたことがない俺が?まるで主婦のように料理やデザートを作っていると?


 否!断じて否!そんなことがあるはずがない!


 もちろん世の男性の中にも料理が得意な人もいるだろう。女性だからって料理をしているとは限らない。でも俺が『まるで女性のように』というのは認められない!俺は男の中の男だ!


「咲耶お嬢様……、先ほどから表情がコロコロと変わられて……、何かあったんでしょうか?」


「咲耶様は時々あのようになられるのです。ですが私達が気にする必要はありません。それよりも使った物を洗いますよ」


「は~い」


 俺が男の中の男であることを思い出している間にいつの間にか椛と柚が洗い物を済ませてしまっていた。俺も洗い物をしようと思っていたんだけど『今日はコンサートで疲れているだろうから部屋に戻って休め』と言われたので、仕方なくお言葉に甘えてベッドに入ると思いのほか疲れていたのかすぐに眠りに落ちたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] もう男成分なんて風前の灯火よ( ˘ω˘ )
[一言] コンサートの終了後、当日にそのままお菓子作りするのか・・・。さすが百地流で鍛えた体力だ。 咲耶様、主婦の皆さんは毎日の家事を何年何十年と続けているからできるのであってね・・・? たまに作るだ…
[一言] 咲耶様の女性化が進んでいるなぁ 男を好きになれない理由周りにまともな奴がいないだけなのかな…… 錦織とか、鬼庭とかとくっつかないかな〜
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