第四話 トルルザ教会の重大機密 其ノ二
注1 単語帳
過去の転移者であるさゆりさんが、この世界の言葉を覚えるのに使った単語帳。ヒロトとハルでページを足したり絵を描いたり、日々進化している。
パラヤさんが使っていた、逆引きの単語帳もある。幼いパラヤさんが、母親のさゆりさんの言葉を覚えるのに使ったものだ。
この二つの単語帳と、歩み寄る姿勢があれば、言葉の壁はずいぶんと低くなってくれる。
注2 耳なしの過去の罪
耳なしはザバトランガでは『火を吹き、鉄の玉を撒き散らし、笑いながら人を殺す悪魔』として伝えられている。大きな空飛ぶ船で村や街を襲い、沢山の人や家畜を連れ去った。抵抗すれば殺し、火を放って街を焼く事もあったそうだ。
ザバトランガでは、耳なしは『自分たちのためだけの国』を造ろうとしていたと伝わっている。
注3 アトラ治療師とヒロトのやり取りは本編の『終章 第十四〜十八話』にあります。
「ヒロト殿、私だ。少しよろしいか?」
トルルザ教会の責任者、アトラ治療師の声だ。部屋の隅のミラルさんに目配せすると、カタカタと小さく震えながらも、コクンと頷いた。
「入る、すると良い」
くそっ! 慌てたら『良きに計らえ』みたい事言っちまったよ。バカ殿かよ!
アトラ治療師は入ってくるなり、部屋をぐるりと見渡し、更に俺の様子をじっと眺めた上で、ニヤリと笑った。
「全く油断ならならんな」
やべぇ、なんかバレてる!? 俺に言っているのか、それともミラルさんの気配に気づいているのか?
「ヒロト殿は『チキュウ』という場所を知っているか?」
いきなり出会い頭で投げかけられた、とんでもない質問に不意をつかれて、俺は動揺を隠す事が出来なかった。このザバトランガの教会の責任者が、暫定『耳なし』である俺に地球の事を聞く。それが何を意味するのか。
「ほほう。やはり知っているか!」
俺の顔色読むだけで、話進めるのやめて欲しい。やべぇなこの人。腹芸で勝てる気がしない。
「話す、しましょう。隠す、しない」
俺は縛られているふりをしていた、両手を上げた。お手上げだ。あと、俺この人好きだ。こんな時間に得体の知れない耳なしを一人で訪ねて来た。手持ちの最強カードを、最初に晒してくれた。昼間の様子(注3)を思い出しても、もうこの人の敵ではいたくない。
もし俺が見誤っていて、コレが何かの罠だとしても――。ハルとハナを見逃してくれたこの人を、信じた事を後悔はしないだろうさ。
「俺の荷物、下さい。話すために必要、紙束、あります」
俺の語彙では説明できる気がしない。単語帳(注1)やスマホの画像を駆使しなければ、話を進めるのは難しい。
「ミラル、すまんがヒロト殿の荷物を持ってきてくれるか? あと、エンドが探しておったぞ。私に用事を頼まれたと、誤魔化してから来なさい。騒がれると困った事になる」
「は、はひ!」
荷物の影から、ミラルさんが耳を倒して顔を出した。耳も鼻も良い獣の人が相手では、隠れんぼは遊びにすらならないらしい。
ミラルさんが部屋から出て行くと、アトラ治療師はすぐに話をはじめた。えっ、難しい話は、単語帳きてからにして欲しい。
それとも、ミラルさんに聞かせられない話があるのだろうか。
「ヒロト殿。同族かも知れない『耳なし』の過去の罪(注2)を聞いて、どう思った?」
一番は――。
『バカヤロウ。なんでそんな事しちまったんだよ』だ。伝わっている耳なしの所業は『悪魔』と呼ばれても仕方のないものだ。だが耳なしの罪は俺の中にも確実にある。人間はそういう生き物だ。やるか、やらないかの違い……それだけだろう。
もっと言うならば、この地の人との距離だろう。俺はこの地の人と『人として』出会った。耳なしはおそらく、この地の人を『自分たちとは違う存在』だと認識していたのだろう。地球の奴隷が存在した時代の、特権階級の人たちと同じだ。
俺の拙い語彙での説明に、アトラ治療師が自嘲気味の笑顔を見せる。
「『なんでそんなバカな事を』か……。奇遇だな。それはそのまま、私が長年ザバトランガの教会に対して思っていた事と、同じだよ」
アトラ治療師は、静かに言葉を続ける。
『ザバトランガの教会は、黒猫の英雄と一緒に戦ってはいない。黒猫もこの地に戻らなかった。それは、この地の人々を耳なしに売ったのは、教会だからだ』
▽△▽
ザバトランガの教会は、元々耳なしの現地ナビゲーターのような事をしていたらしい。『空から来る、不思議な事を知っている自分たちとは違う姿の人々』。それを宗教と結びつけたのも教会なのだという。
まあ無理もない話だ。地球にもそんな感じの壁画とかあったもんな。
耳なしが何をしていたか。おそらく『観光』だとアトラ治療師は言う。俺だってこの世界を旅する事には、大きな魅力を感じる。たが、自給自足の旅には苦労も多いし、危険とも隣合わせだ。
快適な空飛ぶ船で、異文化を見て回るのは、さぞかし楽しいだろう。
ところがいつしか耳なしは、人を連れ帰りたいと言い出した。
初めは身寄りのない養護施設の子どもが、養子のような形で引き取られて行った。次に耳なしに見初められた女性が、職を求める男性が……。それらを斡旋したのが、教会だった。仲介する事により、旨味もあったのだろう。
徐々に耳なしの要求はエスカレートし、本人の意思を無視する一団が現れた。その頃には、教会は既に耳なしが神の使徒ではない事をわかっていた。
耳なしが人々をどこに連れて行ったのか。その人たちは、幸せに過ごしているのかどうか。
在ろう事か、教会はそれに目を閉じた。自分たちには及ばない事と、耳なしから得るものがそうさせたのだろう。恐れもあった。神の使徒ではなくとも耳なしの持つ武器は、この地の人たちには充分な脅威だった。
そうして目を閉じているうちに、黒猫が来た。
黒猫は空からやって来た。耳なしと同じ空飛ぶ船に乗って――。
10分で読める昭和レトロな短編書きました。
ばぁちゃんとぼくの、ちょっと不思議な狐火の市の話。季節感ばっちりの夏の夜のお話です。ぜひ読んでみて欲しいです。
作者『はなまる』の名前から、作品ページにリンクしています。『狐火の市』です。よろしくお願いしますね!