第二十二話 谷大鷲 其ノ二
隣で見る見るうちに獣化(鳥化か?)してゆくハル。思わず息をするのを忘れるほどに、視線が釘付けになる。
俺は獣化については、プリキュアの変身シーンのようなものを思い浮かべていた。キラキラなエフェクトがシャワシャワして、変身〜! みたいな感じだ。
ところが、実際にはなかなか生々しい。CGで進化の過程を逆回転の倍速で見でいるようだ。ハナやナナミの毛が生えていく様子や、牙が伸びてゆく様は何度見ても見応えがある。
ハルの小さな翼が、腕を覆いながら伸びてゆく。髪の毛が羽角を中心に、氷が溶けるように羽毛へと変化する。足の鳥成分が増し、逞しく鋭く変わってゆく。
ナナミが『ちょっと待った!』と言いながら、急いで服を脱がせる。
身体の柔らかな雪豹であるハナやナナミと違い、鳥の翼は服を傷めてしまいそうだ。でも、待てないんだろう? 自分でいつも言ってるのにな。
ハルが顔を少し顰て、翼に変化しつつある手を鼻先に持っていく。
「ハル! どうした? 痛いのか?」
つい心配になって声をかける。完全に獣化(鳥化)してしまえば言葉を話す事は出来なくなる。
『ううん、なんかムズムズすル。カユイ』
掠れた声……時々ヒューッという呼吸音のような、笛のような音が混じる。
ハルが翼を退けると、クチバシが現れていた。
「「おおーっ!」」
俺とナナミ、同時に声が出た。
目やクチバシには猛禽類の精悍さがあるが、まだウブ毛が残る幼鳥だ。だが、ぴーさんの宣言通り、茜岩谷の空の王者、谷大鷲だ。
「ハルちゃ、しゅごい!! カッキー(カッコイイ)! とべるの?」
ハルがパタパタと翼を動かすのを見て、ハナが歓声を上げる。
俺は鳥には詳しくないが、翼の大きさや丸っこい身体からして『まだまだ巣立ちまでは間がある』くらいの幼鳥に見える。
ハルが必死で翼を羽ばたかせると、ふわりと身体が浮くものの、ふらふらとバランスを崩し、べしゃりと落ちた。
おいおい! 最初から無理するなよ!
大人たちがハラハラ見守る中、ハルは何度も果敢に挑戦を続ける。不器用そうに翼を動かしてほんの少し浮かび、よろよろと漂っては落ちる。
「ハル、家の中だと翼を傷めてしまうかも知れない。今はルルに診察してもらおうな。飛ぶ練習はあとでにしよう」
ハルが翼を収め、頷いてからルルの方を見る。どうやら意思の疎通は問題ないようだ。
二、三歩足を出してはみたものの、ハルはどう歩けば良いのか迷っている様子だ。谷大鷲の歩いているところは、俺も見た覚えがない。
両足を揃えて、ポンポンと跳ねる。ハルくん、ソレ雀じゃね? 首を微妙に上下させながら、前傾姿勢でトトトトと進む。うん、ソレは大岩の家にいる足長鳥だな!
ルルとナナミが小刻みに震えながら、笑いを堪ている。ハルの真剣な様子は、笑い飛ばしてしまうのは余りに不憫だ。
「ハル、ハル! お母さんも四本足で歩くの、最初は出来なかったよ! あとで練習しようね」
ナナミがハルを抱き上げ、ルルの元へ連れていった。
「うん! 問題なしよ! 健康そのもの! 翼がまだ小さいから、余り高くは飛べないけど、そろそろ飛ぶ練習をはじめる年齢ね。でも、教会には鳥の子はいないのよね……あとで患者さんにでも聞いてみるわね」
ハルが鳥の姿のままで頷いた。高く飛べないと聞いて、少しシュンとしているな。ハナがいつの間にかユキヒョウ姿になって、ハルの背中に乗り、尾羽にじゃれついている。
「さて、次は……!」
ルルの言葉で、みんなの視線が俺に集まる。
『俺の番』だよなぁ。
「ヤー……(了解の意)」
ルルの前で素っ裸になるのも憚れるので、寝室にすごすごと引き揚げる。
えーっと……『本能と手を繋ぐ』だったか? それから集中と解放。どこに集中して、何を解放すりゃあいいんだ?
服を脱ぎながら、とりあえず谷大鷲の姿を思い浮かべてみる。そういえば、クルミが谷大鷲の雛を拾って育てていたっけ。今頃クルミはキャラバンで、この街に向かっている筈だ。
雛は大岩の家に置いて来たんだろうか?
ふわふわのウブ毛に包まれて、ピーピーと鳴きながら餌をねだる雛は、空の王者とは思えないほど可愛いらしかった。
あんな感じのハルも、見てみたかったな。ちょっと残念。
集中はしていなかったと思う。ボーッと考え事をしていただけだ。本能とやらと手を繋いだ覚えもない。
ところが、気がつくと俺の身体は変化をはじめていた。
ハルの時と同じだ。見る見るうちに翼が腕を覆ってゆく。身体の中心から、不思議な歓喜が湧き上がる。
急いで服を脱ぎ捨てる。
なんだ? この意味不明な多幸感は! 抑えようとしても湧き上がる……まるで魂の叫びだ。
鼻と……左肘がムズムズしてくる。
翼は、失った左手……肘から先にどんどん伸びてゆく。これは……!!
ようやく冷静さを取り戻して、寝室の鏡を覗き込む。
そこには、左右の大きな翼を持つ、谷大鷲が映っていた。




