第098話~聖女様は毒舌~
「む……私は聖女ですよ? アドル教の聖女ですよ? その言葉遣いはどうかと思います」
「いや、聖女様だろうと貴族様だろうと、いきなり面と向かってそんなこと言ったら頭のおかしいやつだと思われても仕方ないと思う」
「ふ、不敬っ……」
聖女様がガーンとでも擬音がつきそうな様子で愕然としている。こんな態度で他人に接されたことがないんだろうな。
「というかその、これはどういう状況で?」
部屋をよくよく見回してみると、部屋の出入り口付近とベッドのすぐ横、聖女様とは反対方向のその場所に一人ずつ目立たない黒い修道服を着たシスターが控えていた。彼女達も俺の言葉遣いに驚いているのか愕然とした表情をしている。
「貴方はどこまで覚えているのですか?」
ショックから立ち直った聖女様が取り繕うかのように無表情を作り直し、問いかけてくる。どこまでと言われてもな。
「大聖堂で聖女様の祝福を受ける番になったところで後ろにいた奴がキエーって変な声を出して……明らかに普通じゃないしなんだこの野郎と肘打ちをかましたら刺された?」
「恐怖に身を竦ませることもなく力を振るう辺りは流石は自称傭兵といったところでしょうか」
「自称て」
「自称でしょう?」
俺の意図を図るかのように紅玉の瞳が俺の瞳を覗き込んでくる。まつげ長いなー、綺麗だなー。シルフィに匹敵する美少女……美女……? 女の子だと思う。
「なにか証明書があるわけでもないし、まぁ自称ってことでいいとしましょうかね。それでもう一度聞きますが、なんで俺はこんな良い部屋で聖女様直々の手厚い看護を受けているんですかね。というかあの短剣、毒が塗られてたっぽいし刺された場所も危なかったのによく助かったね、俺」
「私がすぐにその場で解毒と治癒の奇跡を嘆願したのが良かったのでしょう。それでも、バジリスクの毒を塗った短剣で肝を刺されたのに生きている貴方の生命力には驚きですが。油虫か何かですか?」
「油虫ってそれとどのつまりGのことだよね!? 仮にも命の恩人に向かってその言い草!?」
なんというスゴイ=シツレイな! なんか妙に生命力が高かったりするのは俺がG並みの生命力を持っているとかでなく、能力のせいだと思います!
「相手に敬意を払わぬ者は相手からも敬意を払われなくなるものです」
「ド正論ッ……! 何はともあれお救い頂きありがとうございます」
「どういたしまして。私もありがとうございます。命をお救い頂きました」
「ではお互い様ということで」
「いえ、私はいと尊き聖女なので守られて当然なのです。寧ろそのいと尊き聖女である私の手を煩わせた貴方が一方的に負債を抱えている状態ですね。高いですよ、私の祈祷は」
聖女が貴方は一体何を言っているんですかという顔をする。
「なんて理不尽な世の中なんだ……神の前で命は平等ではなかったのか」
「平等です。これはつまり冗談というやつです」
「君意外と面白い子だな?」
「お褒めに預かり光栄です」
互いに『やるなお前』という視線を交わしていたらベッドのすぐ脇にいるシスターさんがゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「話を戻しましょう。貴方は神か、その使徒ですね?」
「お前は一体何を言っているんだ」
「同じネタを二度以上使うのはご法度ですよ」
「何気に厳しいなぁ……どうしてそういう話に?」
「私の目で見れば一目瞭然です。クソ教皇や豚枢機卿どもとは比べ物にならないほどの神々しく、力強い光輝が貴方を包み込んでいます」
「聖女様、お言葉遣いが汚のうございます」
「これは失礼。つい本音が」
控えているシスターさん達に視線を向けてみるが、処置なしとでもいうかのようにそっと目を伏せている。公式の場ではともかく、この聖女様は割と口が悪いらしい。
「何かの勘違いでは?」
「今も見えています。正直眩しいくらいです」
「気のせいだと思います。ほら、俺が聖女様を助けて刺されたから一時の気の迷いみたいな。まぁ俺もこれでそこそこモテ――」
「――はっ」
「鼻で笑われた!?」
俺のガラスのハートにヒビが入った。すみません調子に乗りました。シルフィとかアイラとかハーピィさん達とかスライム娘達とかの美女・美少女達にちょっと好かれたからって調子に乗りました。すみません。俺はゴミ虫です。
「良いですか? 私は聖女です。尊き存在なのです。貴方より顔だけは良い貴族の子息の相手をさせられることもあるのです。精々お茶を飲む程度で、それ以上を求めてきた時には後悔させてやっていますが」
「大変そうですね」
「大変なのです。口を開けばセンスのない口説き文句を垂れ流し、好色な視線で隠すこと無く全身を舐るように視姦し、隙あらば肌に触れてこようとする油虫以下のゴミクズどもの相手をさせられるのは苦痛でしかありません。私の目は色々と『見えて』しまうので、それはもう大変なのですよ」
紅玉のように輝いていた瞳から次第に光が消え失せ、紅玉というよりは赤いガラス玉のように濁っていく。これアカンやつや。ストレスが溜まりに溜まってるやつやで。
「いや、ほんとなんかその。お疲れ様です」
「ありがとうございます。それで、貴方は神……いえ、使徒ですね?」
「同じネタを二度使うのはご法度では?」
「実は二度まで許されます。そして今回は使徒と断定して聞いているので別カウントです」
「お前は何を……はっ!?」
「その手はもう使えませんね。さぁ、観念して答えてください」
聖女様が無表情でずいっと身を乗り出してくる。この子グイグイ来るなぁ。
「それよりも、どうして俺がここにいて手厚い看護を受けているのかの説明がまだなんですが」
「貴方は私を狙った暴漢を撃退し、しかし毒の短剣で刺されました。私の祈祷とそれに応えた神の奇跡によって何故か一命を取りとめましたが」
「何故か!?」
「有り体に言って人間が生き残れるはずがない深手だった筈なのですが、何故か一命を取りとめたからには捨て置くわけにはいきません。大衆の面前でいと尊き聖女である私を仮にも守った人ですからね」
「そのいと尊き聖女ってフレーズ気に入ってるの?」
「三日くらい前から。それで、貴方は大聖堂の奥にあるこの部屋に留め置かれ、着替え、身体の清め、下の処理、その他諸々全ての面倒を私達に見られてはや三日。務めの合間に私が様子を見に来たら目覚めたというわけです」
「聞き捨てならない言葉が聞こえた気が」
「身体をしっかり清めなければ病気になってしまいますからね。それはもう隅々まで綺麗に清めさせていただきました。毒の影響で最初の一日はそれはもう盛大に垂れ流していらしていましたので」
「やめて」
無表情で淡々と自分の醜態を語られるのは心に来る。俺のハートはガラス製なんだぞ?
「私達のような穢れなき乙女にお尻の穴まで見られたというのはどんな気分ですか? 哀しいですか? 恥ずかしいですか? それとも興奮しますか? この変態」
今まで無表情だった聖女様がニッコリと満面の笑みを浮かべる。
「ちょっとシスター! シスター! この子どうにかして! へるぷみー!」
部屋の中にいる二人のシスターに助けを求めたが、ツイっと顔を逸らされた。敬虔な神の子といえども、地位と権力の前では所詮只人。自ら危険を負ってまで哀れな子羊に手を差し伸べる者はいないらしい。神は死んだ。
というか、三日も経っているのか。ヤバいな。いや、最大五日くらいは街で過ごしてくるって言ったし、ライム達の方はまだ心配要らないか。意識も戻ったことだし、とっととこんな魔窟からは退散しよう。
「と、とりあえず命を救ってくれたことには感謝する。これ以上世話になるのも悪いから俺はこの辺りで……」
「だめです」
起き上がろうとしたら胸を聖女様に押されてベッドに押し倒された。
「な、何を――」
「バジリスクの毒が体内に入ったのですよ。しかも肝に。貴方の臓腑はほとんど死にかけで、生きているのが不思議な状態なのです。今無理に動くと死にます。折角手間をかけて生かしたというのに、簡単に死なれてしまっては労力に見合いません」
聖女様は無表情で淡々とそう告げ、じっと俺の顔を見つめてくる。なんだろう。物凄くやりにくい。
とりあえずちらっとメニューを開き、ステータスを確認してみる。体力もスタミナもほぼゲージがゼロで、少し減ったり少し増えたりを繰り返しているな……徐々に回復しているとか、徐々に減ってるとかじゃなく自然回復とダメージがギリギリ均衡を保っている感じだ。状態は『猛毒(慢性)』になっている。
「確かに、弱っているようだ。聖女様の細腕でも倒されるくらいじゃ身動きするのも危ないか」
「そうです。今は私の嘆願した奇跡の効果と、聖域となっているこの大聖堂の加護のおかげで辛うじて命を保っている状態です。大聖堂の外に一歩でも足を踏み出したら貴方の臓腑はたちどころに腐り落ちて血を吐いて死にます」
「やだこわい」
「なので、もう暫くはここに滞在してください。いいですね」
「それは大変助かる申し出だが、俺にも都合というものがですね」
「死にますよ」
「ぐっ」
ステータス画面で体力とスタミナの拮抗状態を実際に目にしているだけに聖女様の言葉は非常に重かった。聖女様の奇跡とやらとこの大聖堂の施設効果的なサムシングでギリギリ今の状態が保たれているのだとすると、本当に聖女様の言う通り大聖堂から出た瞬間血を吐いて死ぬかもしれない。
「……お世話になります」
「素直なのは美徳です。私も常に素直を心がけています」
聖女様は無表情でコクリと頷き、そして俺をじっと見つめてくる。可愛い子に無表情でじっと見つめられるのはとても落ち着きません。
「何故そんなに私をじっと見つめるのでしょうか」
「まだ答えを聞いていないので」
「答え?」
「とぼけるのもいい加減にしないと折りますよ」
「折るって何を!?」
「使徒なのでしょう?」
俺のリアクションに一切反応せず、聖女様は淡々とそう言って俺の顔をじっと見つめてきた。
あー、もう。どうしたものか。アイラには見えない何かを見て俺が稀人だということに確信を持っているみたいだぞ、この聖女様。
「ええと、俺はだな……」
「はい」
「あ、だめだ。毒のせいで意識が遠くなってきた。まだ起きるのは早かったようだー。おやすみなさーい」
俺はパタリとベッドに倒れ、目を瞑って狸寝入りを決め込むことにした。考える時間、考える時間を要求する!
「むぅ……」
チラリと片目を薄く開いて聖女様の様子を窺うと、彼女は不満げに頬を膨らませていた。別に表情筋が死んでいるというわけではないようだ。今までの経験から無表情が顔に張り付いてしまっているだけなのかもしれない。大変そうなお役目だしな。
それに、無理矢理起こしてまで聞き出そうとはしないあたり、根は優しい子なのかもしれない。どうにもドSっぽいところが見え隠れしているけど。
「聖女様、そろそろお時間が……」
「仕方ないですね、また来ます。次は話してもらいますよ」
「前向きに善処致します」
「なら良いです」
聖女様がベッド脇の椅子から立ち上がったのか、衣擦れの音がして静かな足音がベッドから遠ざかっていった。そして、扉を開け閉めする音が聞こえてくる。
チラリと片目を開けてもう一度部屋の様子を確かめてみると、扉の出入り口にいたシスターと共に聖女様の姿は消えていた。ベッド脇に居るシスターはそのまま留まっているようだ。
「すみませんね」
「いえ。これも神の思し召しです。何かありましたら、遠慮なくお声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
さっきは俺を見捨てたが、シスターは優しそうだった。とにかく、まずは身体を休めないといけないな……ポーションさえあればなんとでもなったかもしれないけど、用意がないんだよな……作業台の材料が手に入らなかったんだ。ポイゾが作って持たせてくれた解毒薬を飲めばワンチャンあるだろうか?
後で目を盗んで飲んでみるとしよう。うん。




