第095話~両替商~
「んーと、多分この辺り……あれじゃないかな?」
「あれか」
少年に案内されてラフィンの宿がある路地を抜け、大通りを横断して反対側の路地に入り、少し歩いた場所に目的の両替商はあった。さほど派手な店構えではないが、天秤の意匠をあしらった看板は綺麗に磨かれており、店の周りも綺麗に掃除されている。なかなか雰囲気の良さそうな店だった。
「間違いなさそうな感じだな。ほら、報酬だ」
「へへ、毎度」
少年はホクホク顔で二枚の銅貨を受け取り、笑顔を浮かべる。そのまま去ろうとしたので、その前に声を掛けることにした。
「両替が終わるまで待っててくれるなら、もう一件案内を頼みたいんだが」
「え? 本当かい? 待つ待つ、待ってるよ! どこに案内すればいいんだ?」
「美味い飯屋だ。報酬は一食奢ってやる」
「本当に!? 待ってるよ、兄貴!」
「ああ、頼むぞ。店の邪魔にならないとこでな」
「わかってるって」
ニカッと快活な笑みを浮かべ、少年が店から少し離れた場所に歩いていく。ま、これくらい構わんだろ。なけなしの勇気を振り絞って俺に声をかけてきたあの少年はツイてたな。飯を奢りがてら、あの少年から情報収集するのも良いだろう。奢った分くらいは喋ってくれるだろうし。
両替商に入ると、中は意外と物々しい感じだった。用心棒らしき体格の良い男が二人。それと複数あるカウンターの一つに目つきの鋭い中年の男――恐らく店員――が一人、それとその奥に若い女が一人。他にも奥に人がいるようだが、目に見える範囲ではそれくらいだ。
店内の雰囲気は……うーん、なんか店というより事務所って感じだな。
「いらっしゃいませ。借り入れですか? 換金ですか? それとも両替ですか?」
目つきの鋭い男が微笑を浮かべながら声をかけてくる。どうやらこの両替商は金融業も兼ねているらしい。俺は頷き、彼が詰めているカウンターに移動した。
「帝国の通貨を両替したいんだが、可能か?」
「勿論です。どうぞ、こちらの席に」
「ああ」
促されるままに席に着き、鎧の下から偽造通貨の入っている革袋を取り出す。少し迷ったが、全て両替することにした。帝国通貨のまま持っていても使えないし、何より手に入れようとしているブツの情報をこの両替商から得るなら、金を持っていることを示したほうが良さそうだ。
ジャラジャラと革袋から出てきた棒状金貨の多さに両替商の男が目を見張る。
「これはこれは、なかなかの大商いになりそうですね」
両替商の男が若い女に目配せをすると、若い女がパタパタと足音を立てて奥に引っ込んでいった。なんだ? 俺の訝しげな視線に気付いたのか、両替商が苦笑いを浮かべる。
「すみません、警戒させてしまいましたね。茶を用意させただけです」
「飲むのが怖いな」
率直な感想を口にしておく。大金を見せた後に出される飲み物に手をつける気にはならないよな。この世界だと一服盛るとか普通にありそうだし。
「ははは、ご安心ください。うちは信用第一でやっておりますから……それで、これを全て聖王国通貨に両替なさるということで?」
「そのつもりだ。ああ、ここにはラフィンの宿の女将さんの紹介で来たんだ。一応言っておく」
「そうですか、ラフィンの宿の……早速ですが、通貨を検めさせていただいても?」
「ああ」
俺が頷くと、彼は手に白い手袋を嵌めて帝国の棒状通貨を一本一本検め、重さを図り、小さな鎚を使って贋金でないか確かめ始めた。
もし贋金でも掴まされようものなら、向こうは大損だ。正規発行のものかどうかは別として、金や銀の含有量や重さなどに関しては完璧に模倣しているから贋金扱いされることはまずない。魔法的な偽造防止機能でもあればお手上げだったが、幸いそういうものは見当たらなかった。
そういうわけで、贋金だという鑑定結果が出るわけがないと知っている俺は落ち着いたものである。両替商は鋭い目を更に鋭くして通貨を検めてるけどな。若い女性がお茶を持ってきてくれたので軽く頭は下げておくが、口はつけない。大丈夫だとは思うが、危険な橋を渡るつもりはないのだ。
暫くして鑑定は済んだのか、両替商の男は息を吐いて目を瞑った。
「いえ、失礼。これだけの帝国通貨が持ち込まれるのは珍しいのですよ。何せ、ここは戦場からは遠く離れておりますので」
「そうだな、結構かかったよ」
「東の戦場から?」
「ああ、向こうでの略奪品さ。それ自体は珍しくもなんともないだろう?」
「ええ、そうですね。今、明細をお作りいたしますので」
そう言って彼は書類に何かを書き付け始めた。種類ごとにより分けた帝国通貨を慎重に数え、その数を書き込んでいるようだ。俺が持ち込んだのは棒状金貨が主で、あとは少数の棒状銀貨という感じである。総額がいくらになるかは俺にもわからない。
「こちらが明細になります」
「ああ」
明細を見て少し驚いた。全部で大金貨一枚くらいにはなるかなと思っていたのだが、予想を上回って大金貨二枚と金貨三枚、小金貨五枚と銀貨七枚、大銅貨五枚となっていた。大金だ。
「大金だろうとは思ってたけど、思ったより多かったな。手数料引いてこれか?」
「ええ、七分ほど手数料を頂いておりますが」
七分、七%か。手数料としてはかなり高いと思うが、ここは帝国からかなり離れた土地だ。帝国通貨の使い途は恐らく殆ど無いだろう。それで七%なら割と良心的なのかもしれない。
まぁ、相場がわからないのだからケチのつけようもない。これで納得しよう。
「相場なんてわからないしな。この内容で頼む」
「わかりました。では、こちらにサインを」
「ああ」
明細書にサインをして取引を完了する。なに、どうせ地下の沼鉄鉱からでっちあげた偽造通貨だ。もしぼったくられていたとしてもさしたる痛痒もない。
俺のサインを確認すると、両替商は書類を女性店員に渡して金庫から金を持ってくるように指示をした。そして一息吐いてとっくに冷めているであろうお茶に口をつける。
切り出すならこのタイミングだろう。
「聞いてもいいか?」
「はい、私に答えられることであれば」
「実はその、あー……個人的な話なんだ。ミスリルの指輪か宝飾品が欲しいんだよ」
「ミスリルの」
そうオウム返しに言って両替商はこちらに向けていた鋭い視線を少し丸くした。それはそうだろう。それを言い出したのが貴族のお嬢様なら納得もできようが、革鎧を着込んで剣を腰に下げた俺はどう見ても傭兵か冒険者の類であることは明らかだ。そんな男がミスリルの宝飾品を欲しがるなんて、どう考えても奇妙だ。ぼくもそう思います。
しかし、俺にはスライム娘達と一緒になって考えた完璧なカバーストーリーがあるのだ。
「いやぁ、その、な。そういう条件というかなんというか……察してくれ」
「なるほど、なるほど」
両替商は目元を緩ませて頷いた。つまり、彼はこう思ったわけだ。
『故郷の女性への婚約の申込みに使うのだろう』と。
実際、こういうのは珍しくもない話であるらしい。故郷の村や街を飛び出した若者が、成功の末に高価な宝飾品を持ち帰って想い人に婚約を申し込む。その際に用意する宝飾品で最上級のものとされているのがミスリルの宝飾品、つまり指輪やネックレス、髪飾りなどであるのだそうだ。
「しかし、ミスリルですか……なかなか難しいですね」
納得顔をしていた両替商が表情を曇らせ、考え込んだ。
「難しいのか……」
「ええ、品薄なのですよ。かつては黒き森のエルフからミスリルの宝飾品を仕入れていたそうなのですが、二十年も前から交わりは途絶えて久しいですし、メリナード王国内にはミスリルを産出する鉱山が無いのです」
「マジか……どうにか手に入らないか?」
「相場的に言えば大金貨一枚から手に入るものですから、お客様の資金的には問題ないと思いますが、いかんせんモノが無いとなるとなかなか……あ」
「ん?」
両替商がなにか思いついたかのように声を上げる。
「時にお客様は熱心なアデル教の信者――」
「に、見えるか?」
「いいえ」
「だよな」
「ですが、信仰を示すことはできますでしょう?」
そう言って彼は人差し指と親指で円を作ってみせた。どの世界でも金を示すハンドサインは変わらんな!
「大金貨二枚も包めば信仰の証としてミスリルのロザリオを賜る事ができますよ。ここの教会はメリナード王国における信仰の本拠地ですから。ミスリルのロザリオの用意もあるはずです」
「そりゃそうだろうが……どう言えば良いんだ? 大金貨二枚でミスリルのロザリオを売ってくださいってわけにはいかないだろ?」
「そこはそれ、言いようですよ。故郷に信仰の光を広め、愛しき人を妻に迎えるために主神アデルの御光を授かりたいのです、と言えば良いのです」
「さすがは商人だな。口が上手い」
「お褒めに預かり光栄です」
目付きの鋭い両替商が笑みを浮かべ、慇懃に頭を下げる。
そんな話をしている間に奥から緊張した面持ちで若い女性店員が現れた。彼女の持っている木製のトレイに代金が載せてあるらしい。
「では、こちらが両替した通貨となります。ご確認ください」
「ああ」
大金貨二枚と金貨三枚、小金貨五枚と銀貨七枚、大銅貨五枚、確かに先程の明細書に書いてあった通りの硬貨がトレイの上に置いてあった。一枚一枚確かめ、財布に入れた後に一度インベントリに入れて贋金が混じっていないか確認する。どうやら問題ないようだ。
「世話になったな」
「いいえ、こちらこそ良い商いをさせていただきました。帝国通貨だけでなく、金銀財宝などを手に入れた時にも是非当店にお任せください」
「覚えておくよ」
財布を鎧の下に入れてから席を立ち、両替商を後にする。俺が両替商から無事出てきたのを見つけたのか、道案内の少年がパッと顔を明るくしてこちらに駆け寄ってきた。彼が獣人ならしっぽがブンブン振られていそうだな。
お金の話は本題じゃないから軽く流していくスタイル……本気でやり始めるとそれだけで本一冊になっちゃうからね、仕方ないね_(:3」∠)_