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ご主人様とゆく異世界サバイバル!  作者: リュート
メリナード王国領でサバイバル!
95/435

第094話~黒髪の傭兵~

「次」


 俺の前に居た大八車に野菜を満載していた農夫が都に入るための検査を終え、遂に俺が呼ばれた。

 俺は無言で前に進み、槍と剣を門番に差し出す。城門で検査を受ける間は武器を一時預けるものなのだ、ということを俺は検査を受ける人々を見て学んでいた。


「初めて見る顔だな。兜も外せ」

「はいよ」

「……黒髪か」


 赤い房飾りのついた兜を外して見せると、門番はまじまじと俺の顔を見つめてきた。特に細工はしてこなかったんだが、人相書きでも回っているんだろうか? いや、スライム娘達はそういう話はしていなかった。人相書きを作れるほど俺の顔をじっと見たやつはこのメリネスブルグには居ないはずだし、そもそも俺は死んだと思われているはずなので手配はされていないはずだ。


「珍しいか?」

「まぁな。傭兵か? 名前は?」

「ああ、そうだ。名前はコウ」

「ふむ赤い房飾り、黒髪の傭兵コウだな……旅の目的は?」


 俺に質問を投げかけてくる門番の後ろで、文官らしき人間がサラサラと台帳のようなものにペンを走らせている。あの台帳で出入りを管理しているのだろうか。


「仕官先を探しているのと、まぁ仕事探しだな。きな臭いんだろ? この辺りは」

「ふっ、仕事には困らんだろうさ。長期滞在か?」

「とりあえず一週間くらいはこの辺りで仕事を探すつもりだ」

「そうか、なら入都税は銀貨一枚だ」

「おいおい、随分高いな……」


 俺はぼやきながら雑嚢から銀貨を一枚取り出し、門番の差し出した手の上に載せる。銀貨一枚で、確か標準的な宿の二日分の宿泊費になるはずだ。門番は俺の文句には耳を貸さず、銀貨の代わりに文字の刻まれた鉄片を差し出してきた。


「今日を含めて七日間、この通行証を提示すれば出入りに金はかからなくなる。一週間分の通行税をまとめて払ったと考えろ」

「なるほど」

「通行証があったからと言って出入りの検査が無くなるわけじゃないがな。その鉄証は商売を伴わない一時滞在者用だ。そいつを利用して大荷物を運び込んだり、運び出したりしたら追徴で税がかかるからな」

「覚えておく」


 なかなかよく出来たシステムらしい。でも、入都後に移動用の馬車を買って、長距離移動のために食料品を買い込んで大荷物になったりしたらどうするんだろうか? そこらへんはケースバイケースで対応すんのかね。


「都の中で無闇矢鱈に刃物を振り回すなよ。その時はふん縛って牢に叩き込むからな」

「わかった、わかった。通っていいか?」

「通ってよし。次」


 剣と槍を返してもらい、メリネスブルグの中に足を踏み入れる。ザルな警備だな、とも思うが彼らの敵である解放軍の主な構成人員は亜人ということになっている。人間の構成員も居ないわけではないが、数は少ない。俺はどこからどう見ても人間なわけだから、あまり警戒の対象にならないのだろう。

 黒髪の人間は比較的珍しいと聞くし、そんな髪色をした人間がスパイなどに向くわけもない。あまり警戒されないのもさもありなんといったところだろうか。単に運が良いだけかもしれないが。

 この世界で街に辿り着いた旅人が最初にすることは大きく分けて二つ。宿を探すか、飯を食うかであるらしい。宿には食堂や酒場などが併設されていることも多いため、まずは宿を探すというのが良いだろう……とベスが言っていた。


「ええと……」


 門の近く、通行の邪魔にならなさそうな場所で視線を彷徨わせる。いた。

 俺が視線を彷徨わせた先で少々小汚い少年達が門の方に目を向けていた。俺が少年達のいる方向に足を向けると、そのうちの何人かが俺の存在に気付いたようだ。武器を持っている俺が少し怖いのか警戒気味だが、少年達のうちの一人が果敢に俺に向かって歩を進めてくる。


「兄貴、案内がいるのかい?」

「おう、宿だ。ベッドが綺麗な場所が良いな。シラミがいるようなとこはダメだ。飯が美味けりゃもっと良い」


 そう言って寄ってきた少年に銅貨を一枚放ってやる。


「良さそうな宿だったらもう二枚だ」

「へへ、任せてよ。こっちだよ、兄貴」


 追加報酬の話を聞くなり、少年はニカっと良い笑顔を浮かべて歩き出した。その少年に残りの少年達が羨ましそうな顔をする。銅貨三枚あれば一食分くらいにはなるみたいだからな、この世界だと。

 この辺りで流通している一番価値の低い通貨が銅貨。それが十枚で大銅貨、さらに大銅貨十枚で銀貨、銀貨が十枚で小金貨、小金貨が十枚で金貨、金貨が十枚で大金貨、大金貨十枚で白金貨になるらしい。

 一般人が使うのは精々小金貨くらいまでで、金貨以上は貴族や商人でもないと滅多に手にすることはないらしい。この世界の物価は元の世界、つまり地球というか日本とは比べられないから日本円で表すのは難しいけど。

 ちなみに、偽造してきた帝国棒金貨や棒銀貨がどれくらいのレートで換金されるのかは俺にはわからない。ライム達もわからなかった。結構な大金になりそうな気はしている。場合によっては全てを換金せずに様子を見たほうが良いかもしれない。押し込み強盗とかされたら怖いし。

 などと益体もないことを考えているうちに少年は俺をとある宿屋の前に案内した。宿の看板には『ラフィンの宿』と書かれている。ふむ、外から見る限りは良さそうな宿だな。馬車を停めるスペースや馬房なども裏手にあるようで、どちらかというと冒険者や傭兵のような荒くれ者の宿というよりは商人向けの宿のように思える。


「ここか?」

「そうだよ。ベッドが綺麗で、ご飯も美味しいって話だよ。おいらは泊まったことないけどね」

「だろうな」


 ここでこうしていても仕方ないので、少年を伴って宿の中に入る。中に入るとすぐに受付用の小さなカウンターがあり、そこにはエプロンをつけたおばちゃんが詰めていた。

 俺の姿を認めたおばちゃんが笑顔で声をかけてくる。


「いらっしゃいませ、ラフィンの宿へようこそ。お泊りですか?」

「ああ、部屋は空いてるか? この少年にベッドが清潔で、飯も美味い店だと案内されてきたんだ」

「勿論ですとも。シーツは毎日洗いたて、食事の方にも力を入れております」


 おばちゃんが自信たっぷりに頷く。


「宿代は?」

「一泊大銅貨七枚となっております。朝食と夕食付きなら大銅貨八枚。どちらでも清めのお湯代は込みですよ」


 食事付きで大銅貨八枚は少し高い。でもサービスは良さそうだし、ここに決めるか。


「とりあえず三日分で頼む」


 そう言って俺は銀貨二枚と大銅貨四枚をおばちゃんに渡した。ついでに、少年にも銅貨を二枚渡しておく。銅貨を受け取った少年が嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。宿帳にお名前を頂けますか?」

「ああ」


 職業と名前を書くようになっているようなので、傭兵、コウと書いておく。うーん、明らかに日本語と違うんだけど読めるし書けるんだよな。今までこういう風に書いたりする機会はあまりなかったんだけど、改めて不思議だ。


「はい、確かに。ラザエラ!」

「はーい」


 おばちゃんが奥の方に声を掛けると、ラザエラと呼ばれた少女がパタパタと奥から駆けてきた。素朴な印象の可愛らしい子だ。おばちゃんと同じデザインの色違いのエプロンをつけている。いかにも町娘って感じだな。


「こちらのお客様を部屋にご案内してさしあげて。二〇二号室よ」

「は、はい……!」


 少女は鎧兜に身を包み、槍を持っている俺が少し怖いらしい。まぁ、仕方ないよな。明らかに傭兵か冒険者って出で立ちだし、そういう輩は気が荒いというのが相場だ。

 少女はおばちゃんから鍵を受け取ると、少しぎくしゃくとした動きで俺を先導し始めた。


「こ、こちらです……」


 消え入りそうな小さな声である。振り返っておばちゃんに視線を向けると、少年にパンを渡していたおばちゃんは視線に気付いて苦笑いを浮かべながら頭を下げてきた。どうやら俺は彼女の練習台であるらしい。

 膝下まで丈のあるワンピースのような服を着ている少女の後を追い、食堂が望める廊下を通って階段を上がる。当然ながら緊張している少女のスカートの中などは見えない。見えても見ないぞ、俺は紳士だからね。


「こ、こちらのお部屋になります」

「ああ、中を確認させてもらっても良いか?」

「は、はひ!」


 ピキーン、と気をつけをする彼女に思わず苦笑しつつ、部屋の中に入る。

 さして広い部屋ではない。八畳は無いだろうな。ベッドと、少し物を置けるスペース、小さな椅子と机といった感じの部屋だ。ベッドをチェックしてみるが、一見して清潔そうに見える。良さそうだな。兜を脱いで机の上に置き、槍を壁に立てかける。


「あ……黒髪」


 少女が後ろでポツリと呟いたのが聞こえた。


「珍しいよな?」

「え、あの、その、すみません!」

「別に怒ってないよ。良い部屋だな。清潔で、気持ちよく眠れそうだ」

「は、はいっ、ありがとうございます」

「鍵を貰えるか?」

「はいっ」


 ズビッ、と機敏な動作で少女が両手で鍵を差し出してくる。俺はそんな少女の様子がおかしくて思わず笑みを浮かべながら鍵を受け取る。


「そんなに緊張しなくていい。急に暴れたりしないから」

「は、はい、すみません……」

「食事はいつ頃なんだ?」

「あ、えっと日没頃から夜の鐘が鳴るまでの間と、日の出から朝の鐘が鳴るまでの間です」

「んー、とりあえず日が落ちたら戻ってくれば良いか。朝は起こしてくれたりするのか?」

「食事を摂られていないお客様のお部屋にはお声がけをさせていただいてます」

「そっか、わかったよ。清めの湯は食後に頼めば良いのかな?」

「はい。お部屋までお持ちします。部屋の中に置いておいていただければ、翌日の朝に回収しますね」

「わかった。ありがとう」

「はい、失礼します」


 ぺこりと頭を下げて少女が退室していく。最初はガチガチだったけど、最後には慣れたみたいだな。俺の相手で慣れるのは良いけど、俺を基準にするのは危ない気もするなぁ。まぁ、あのおばちゃん……女将さんはその辺りの見極めがしっかりしてそうだから大丈夫か。


「さーて、どうするか」


 できることなら一刻も早く目的のブツを手に入れたいが、街の様子も探っておきたいな。事を急いてバッタモン掴まされても困るし。まぁインベントリに入れれば一発でわかるけどさ。

 まずは両替と、昼飯か……女将さんに聞いてみるかな。兜と槍と盾はここに置いていこう。予備はインベントリに入れてあるし。あと、雑嚢も置いていくか。雑嚢の中には最低限の着替えとか、細々とした旅の道具が怪しまれない程度に入っている。そもそも鍵をかけていくから誰も見ることは無いだろうけど。念の為にね?

 相変わらずの鎧姿に剣だけ腰に下げて部屋に鍵をかけ、階下へと降りる。


「お出かけですか?」


 階下へと降りてロビーに行くと、先程と同じく女将さんがカウンターに詰めていた。帳面に何かを書き付けていたようだ。


「昼飯を食うのと、あと両替がしたくてね。帝国通貨を両替するならどこがオススメだい?」

「帝国通貨を?」

「ああ、ここに来る前には東方の戦場に居たんだ。戦利品さ」


 なるほどね、と女将さんは感心したようにそう言って俺の姿を頭の天辺から足の爪先まで舐めるように視線を這わせてきた。それは厭らしい類のものではなく、ただ単に驚きと感心からのもののようだった。


「そんなに腕っぷしが強そうには見えない?」

「あはは、申し訳ありません」

「女将さんの見る目は確かだよ。俺はそんなに腕っぷしは強くない。ただ、足には自信があってね」

「斥候というやつですか?」

「他にも色々さ。とにかくそういうことでね、信頼できる両替商を知っていたら教えてほしいな」

「それなら……」


 と、女将さんはそう言ってここから少し離れた場所にあるとある両替商を紹介してくれた。ご丁寧に住所と、簡単な地図まで書いて寄越してくれた。あの子に自信をつけさせてくれたお礼だよ、と彼女は笑ってそう言った。ありがたいね。

 女将さんに鍵を預けて外に出ると、先程の少年が大きめの木製のコップを片手に固そうなパンをガジガジとやっていた。俺の姿に気付いた彼は固そうなパンを口の中に無理矢理詰めて、コップの中身を一気に呷ってモグモグとやりだす。

 俺はそんな彼が目を白黒させながらパンを飲み込むのを待ち、女将さんに書いてもらった地図をヒラヒラと振って見せた。


「ここに書いてある場所まで。銅貨二枚だ」

「任せてよ、兄貴!」


 コップを自分の腰から下げている雑嚢に入れた彼は俺の手から紙を受け取り、その内容をじっと見る。


「読めるのか?」

「ちょっとだけね。住所が書いてあることと、地図はわかるよ」

「なら任せた」

「うん、こっちだよ!」


 元気良くそう言って少年が歩き始める。俺もその後ろについて歩き出した。

 さて、昼飯が先か、換金が先か、それが問題だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] この少年も裏切るんだよね ワクワクするけどちょっと怖い
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