第092話~準備と特訓~
テンキー打ち間違えていた……_(:3」∠)_(吐血
「と、そういうわけでここのトップは大司教の地位を追われ、メリナード王国の総督という役職も罷免されたみたいね」
「そして、後釜に聖女がついているというわけなのです」
「ざんていてきー?」
「なるほどなー」
ライムが複体で収集した情報をベスやポイゾに伝え、伝えられた二人がかいつまんで俺にその情報を渡してくれる。ライムが報告役を二人に任せるのは、自分自身言葉が拙いという自覚があるからなのだそうだ。
「本当はライムが一番頭が良いのよ?」
「ライムは私達とは比べ物にならない数の複体を常に同時に操っているのです」
「マルチタスクしすぎて処理落ちしてるのか……」
「しょりおちー?」
聞き慣れない言葉にライムがこてん、と首を傾げる。かわいい。
「ともあれ、今日のMVPはライムだな」
「ごほうびー」
「ご褒美? ご褒美か。俺にできることならしてやるが」
「きょうのベッドはわたしがどくせんー?」
「ええ? 俺は良いけど」
「仕方ないわね」
「仕方ないのです」
「やったー」
ライムが嬉しそうにぽよんぽよんとその場で跳ねる。胸部の水袋も跳ねる。くっ、負けない、負けないぞ。いや無理負ける。視線が吸い寄せられる……俺、弱い。
その夜は希望通り、体積を増やしたライムに全身を包まれて寝た。
「あの、ライムさん? そこはデリケートな部分で……ちょ、まって、だめ、だめだから」
「まいばんしてるー?」
「毎晩!?」
驚愕の事実に愕然とする。
「いつもはコースケ、すぐに眠るものね」
「こんなことされて眠るわけ……ポイゾさん?」
「ぴゅー、ひゅひゅー……なのです」
下手な口笛を吹くポイゾの方向から寝る前にいつも嗅ぐ清涼な匂いがする。あれを嗅ぐと心地良くていつもすぐ寝ちゃうんだよな! そういうことかい!
「コースケ」
ベスが仕方がないわね、という表情で近づいてくる。あれはなんだかんだいって助けてくれる時の表情だ!
「ベ、ベス!」
「時には諦めも肝心よ」
「イヤーッ!?」
周りには俺が逆立ちしても勝てそうにないスライム娘が三人。しかも俺は全裸で取り込まれ済み。
為す術などありはしなかった。
☆★☆
衝撃の夜からはや一週間。あの一件で開き直ったのか、スライム娘達が小細工を弄さなくなってから一週間。俺は彼女達に保護されているわけだし……ギブアンドテイクは大事だよな、と心に棚を作って一週間である。
この一週間、俺とて遊んでいたわけではない。色々と必要になるであろうものを作り、時に彼女達に相談し、協力して準備を整えてきた。そう、脱出のための準備をだ。
「装備は整ってきたのです?」
「そうだな。概ね整ってきたな」
汚水槽の沼鉄鉱が良い仕事をしてくれた。量もさることながら、様々な金属が混ざりに混ざっている低品質な鉱石であったということが逆に俺にとっては幸いだった。
普通の鍛冶仕事には使えたものじゃないのだろうけど、俺の能力であれば混ざりに混ざった複数種類の金属を個別に取り出す事ができる。
鉄、銅、銀、金、鉛に亜鉛、その他諸々。今の俺には使い途のないものもあるが。あと、残念ながらミスリルは混ざっていなかった。少しでもミスリルが混ざっていれば銅と合金にして通信用のゴーレムコアが作れたんだが。
「ミスリルってどっかにないかね。ほんの少しでいいんだが」
「難しいのです。ミスリルは物凄い貴重品なのですよ」
「ここの宝物庫とかにない?」
「そんなのとっくに略奪されて本国に持っていかれたわよ」
「聖王国許すまじ」
「ゆるすまじー」
ここに来て祟ってくれるものだ。他の金属で代用できないものかと相談もしてみたが、こと高性能な魔道具作りにおいてミスリルというのは必須とも言える存在であるらしい。俺の話したような性能を持つ魔道具を作るとなると、他の金属では代用できないだろうと魔法に詳しいベスが言っていた。
というわけで、シルフィ達と連絡を取るためにも街に出て何かしらのミスリル製品を手に入れてこなくてはならない。そんなに大量のミスリルは必要ないので、ミスリル製の指輪、それも魔法のかかっていないただの指輪――例えば婚約指輪や結婚指輪のようなものが良いだろうという話になった。
べらぼうに高いミスリル製品だが、指輪くらいであれば加工難度もそう高くないのも相まってそこそこに出回っているらしい。貴族の婚約指輪などによく使われるそうだ。
あと、もう一つ考えられるのはアデル教の護符、というかシンボルである光芒十字である。十字架ではなく☓字架とでも言えば良いのだろうか? それがアデル教のシンボルなのだ。名前の通り主神アデルのもたらす光を象徴するものらしい。
このシンボルも最も安価な鉄製、一般的な銀製、高級な金製、最上級のミスリル製のものが出回っているらしい。これはアデル教の教会施設などで扱っているそうだ。
「あんまり近寄りたくないけどな」
「でも、確実なのですよ」
「高額なお布施を求められるでしょうけどね」
「ひつようけいひー?」
「まぁ、偽造帝国通貨は沢山あるから」
数日前にベスが本物の帝国通貨を調達してきてくれたので、手持ちの金と銀を使って寸分違わぬものを偽造したのだ。
帝国通貨は非常に簡素な棒状の金属貨幣で、見た目の印象としてはちょっと大きい麻雀の点棒のようなものである。もっとも、素材が金や銀なので重量感はたっぷりだが。
金貨、銀貨ごとに重さによって何種類かあり、貨幣に穿たれた穴によってその貨幣の重さを視覚的に表現している。
穴一つの棒状金貨五本と、穴五つの棒状金貨一本の重さは等しくなっているというわけだな。削ったりすると秤が釣り合わなくなって一目瞭然というわけだ。そして、そういう貨幣は価値が下がる、と。
こういうのを秤量貨幣というのだったか? いや、これは一応一定の品質の元、穿った穴の数で量を表しているわけだから計数貨幣……? でも結局店頭では重さを図っているわけだから秤量貨幣か。よくわからん! まぁどっちでも良いか。うん。使えるなら構わないだろう。
「あとは、そうびー?」
「装備な」
俺は東方の聖王国と帝国の戦場から渡ってきた元傭兵という設定になっている。士官先か、稼ぎ場を探してはるばるメリナード王国まで来たというわけだ。幸い、メリナード王国では実際に反乱が起こっているわけだし、耳の速い傭兵なら戦場を求めて流れてきていたとしてもおかしくはないはずである。
で、だ。傭兵を名乗るなら傭兵らしい装備をする必要があるわけだな。
「まずは、剣だな」
「順当ね」
少し幅広のショートソードだ。両手剣? グレートソード? かっこいいな。だが、俺は手堅く行く主義なんだ。
柄を合わせた全長は俺の腕よりも少し短いくらい。あまり長い剣は取り回しが良くないからな。俺が鍛冶施設で作ったものなので、品質は良いと思う。
「次に盾だ」
「普通なのです」
「普通でシンプル。最高だな」
どこにでもありそうな、縁を金属で強化した木と革の円盾である。盾の裏に投げナイフを二本収納できるようにしてあるくらいで、他に特段に言うべきことはないな。ああ、背中に背負って歩けるようにベルトは着けてある。
「後は槍か」
「めいんうぇぽんー?」
「そうだな」
なんだかんだ言って、槍は使い勝手の良い武器である。遠い間合いから敵を攻撃できるし、投擲することもできる。実に素晴らしい。人類最古の狩猟道具、武器の一つだ。実際の戦場なんてものは見たことはないわけだが、戦場では剣や刀よりも槍がよく使われたなんて話は聞くよな。
実際に使ってみるとなかなかに具合が良いものだ。剣よりもこちらのほうが俺に向いているんじゃないかと思う。
「まだまだへっぴり腰なのです」
「君たちが強すぎるんだ……」
「らいむ、つよいー」
傭兵を名乗っている人間が剣も槍も実際には扱えないというのでは話にならない。というわけで、ここ数日スライム娘達による武術の稽古が俺に対して行われている。
真剣を彼女達に向けるのは抵抗があったが、そもそも彼女達はスライム。斬ろうが突こうが全く堪えない。ある意味で理想的な訓練相手と言える。
そして彼女達は強い。思わぬ角度から鋭い攻撃が飛んでくる。ぶっ飛ばされる、転がされる、またぶっ飛ばされる。とても痛い……。
「かいふくまほうはー」
「私達は全員使えるから」
「私ならお薬だってお手の物なのですよ?」
「手加減、手加減を要求する」
「もうしてるー?」
「救いはないんですか!?」
そんなものはありはしなかった。
少なくとも、傭兵と名乗っても疑われない程度には鍛えるべきだろうとのお達しである。そうでないと自分の身も守れないだろうし、危なっかしくて外には出せないということらしい。
厳しくも優しいスライム娘達の思いやりが身に沁みる。物理的に。
「面妖な動きをするわね……」
「わはははっ! 俺だっていつまでもやられはしない!」
「でも、タネが判ればなんてことないわ」
「うぼぁー!」
コマンドアクションを用い、前に出ると見せかけてスライド後退、突きながら滑るようにスライド移動、二段ジャンプを使った奇襲、自前の走る力にコマンドアクションのダッシュを加えた突撃……効いたのは最初だけで、すぐに対応されてしまった。
「あのチャージは初見殺しとしては悪くないと思うのです」
「細かく使えば回避にも攻撃にも悪くないと思うわ。間合いが微妙にずれるもの」
「でも、わたしたちにはきかないー?」
「ムキになって面制圧するのはズルいと思う」
俺のスライド移動で間合いをずらされるなら、もっと広い間合いをまとめて攻撃すれば良い。
そう言わんばかりに繰り出される粘液触手の槍衾。俺は為す術も無く全身を打ち据えられてぶっ飛ばされる。とても痛い。
そういう感じで更に一週間ほどみっちりと転がされ、ぶっ飛ばされた結果、俺の白兵戦スキルは急上昇した。いや、ステータス画面にもスキル画面にもそんな表示はないけどね……。
アチーブメントにも変化はなし。戦闘訓練は積んだけど、何も殺してないからレベルの上昇もなし。地下生活何日以上でアチーブメントとかはありそうなんだけどなぁ。それで暗視でもできるようになればとても助かるのだが、世の中そう上手くは行かないらしい。
「あとは、俺の切り札だな」
「あのすごい音がするやつなのです」
「そうだ」
俺がインベントリから取り出したのは長大なバナナ型の弾倉が装着された長銃である。鉄製薬莢の7.62×39mm弾を使う、恐らく世界で一番有名なアサルトライフル。その改良品だ。
生産性が高く、頑丈で、高威力。場合によっては鎧を着込んだ敵と切った張ったをする可能性があるため、俺はこの銃を選んだ。拳銃だと鉄板で作られた鎧で防がれる可能性があるからな。
え? 連発銃はコストの関係で運用が難しいんじゃないかって? それはそうだ。数十人、数百人、数千人単位で運用するなら俺の生産力をもってしても弾薬製造が追いつかないからな。
でも、俺一人で使うなら話は別だ。自分一人分の弾薬くらいならなんとかなる。それならば性能、威力、堅牢性、使い勝手を重視するのは当たり前だ。
多弾数であること、連発が可能であること、リロードが容易なマガジン式であること、鎧を貫通できる威力があること、この辺りの条件を考えるに最適なのがこの一丁だったのだ。
兎にも角にも『世界で最も多く使われた軍用銃』というギネス記録は伊達ではない。多くの兵士に選ばれるだけの性能を持っているからこそのギネス記録、というわけである。
ちなみに火薬は処理前の下水からは作れなかったが、ポイゾと試行錯誤した結果、下水を中途半端に処理した物質から大量に生成することができた。
当然ながら、手榴弾などの類もそれなりの数を作ってある。手札はいくらあっても困らない。
「とんでもない威力よね、それ」
「俺の切り札だからな」
「らいむたちにはきかないー?」
「君達はほとんど何も効かないだろう……」
ぽよぽよと揺れるライムに苦笑を返す。
魔法とか炎くらいしか効かないんだよ、この子達。爆薬で跡形もなく吹き飛ばせばワンチャンあるかもしれないが、基本的に物理的な攻撃手段しか持たない俺にとっては逆立ちしても敵わない相手である。
「こっちに連れてこられてから二週間と少し……やっとこさ準備が整った」
「じゃあ、明日行くの?」
「ああ、街に出てみる」
ベスの言葉に頷いて答える。
「気をつけるのですよ。コースケが捕まってしまったら元も子もないのです」
「勿論だ」
「おみやげはいらないー」
「そうか? 何か買ってくるぞ?」
「それよりも、ぶじにもどってきてー?」
「そうね」
「それが一番なのです」
ライムが小首を傾げながらいじらしいことを言い、ベスとポイゾがそれに同意して頷く。
「任せろ」
三人にこう言われてはドジを踏むわけにはいかないな。
何にせよ、明日だ。明日、メリネスブルグの街に出る。そしてミスリル製の製品をなんでもいいから手に入れて、無事に戻ってくる。できれば最近の情勢も探ってくる。無理はしない。こんなところだな。
全ては明日だ。
冬ですねぇ……もう雪がね、結構積もってますよ。私の住んでるところは(´・ω・`)




