第008話~ご主人様は肉食系~
小型炉による鉄精錬を終え、再びシルフィの自宅内である。日の傾きから考えればもうじき夕刻だろうか? まだその光の色は赤くなってきていないが、心なしか日差しは弱くなってきているように感じる。
さして窓の多くない室内はどこか薄暗く感じるが、不思議と寂静感や薄気味悪さなどは感じない。しかしどことなく気だるげな空気であるように感じるのは俺が疲れているからだろうか。
「ところで、俺の寝床はどこにすればいい? このリビングの適当な場所にハンモックを置いて良いか?」
庭から家の中に戻ったところで俺はそう問いかけた。シルフィはさっさと籐製の長椅子に腰掛け、その引き締まった肢体を見せつけるかのようにふんぞり返っている。うん、ばいんばいん。本当に良い体つきしてるよな、この女は。
「それでも構わないが……私の寝床で一緒に寝てもいいんだぞ?」
「マジで? 悩むなぁ」
シルフィが蠱惑的な笑みを浮かべ、流し目を送ってくる。額面通りに受け取るのはあまりにも怖い。こいつは素手でも俺の首を捩じ切れそうだしなぁ。
「怖いから遠慮しとく。もう少しお互いを理解し合えるようになってからそういうのは頼むわ」
「怖いとはなんだ、怖いとは」
シルフィが不満そうに唇を尖らせる。そんな表情もするのか、あんたは。ニヤニヤ笑いなんかよりずっとそっちの表情のほうが可愛いぞ。
「あんたのことがまだよくわからないんだ。最初はなんて暴力女なんだ、と思ったが話してみればなかなか話のわかるやつだし、なんでなのかはわからんが俺を助けてくれる。理由はわからないがこの集落ではずいぶんと立場のある人物であるようだし、物置の物騒な戦利品を視る限りはやっぱり暴力を振るうのを躊躇わない人物でもあるようだ。それなのにどこか無邪気な様子を見せたりもする。よくわからない、理解できない。そんな人物といきなり肌を重ねるのは怖いだろ」
「……」
俺は誠心誠意、心の内を一切隠さずに心情をぶちまけることにした。彼女にとってはちょっとしたからかい半分の言動だったんだろうが、俺にしてみれば自分の命を左右する選択なんだ。シルフィはとても聡い人間――エルフ? ダークエルフ? のようだし、腹芸がそんなに得意というわけでもない俺が心の内を隠して騙そうとしてもきっと無駄だろう。なら開けっぴろげに隠すことなく心情を吐露していくのが有効だ、と俺は判断した。
「まぁなんだ、よくわからないから、よくわかりたいとは思ってるよ。肌を重ねればわかることもあるだろうけど、それよりもまずは色々と話し合うのも良いんじゃないか? 俺としてはうん、シルフィとそういうふうになることに不満なんて一つもないし、むしろ嬉しいというか辛抱たまらん感じではあるんだが」
「怖いだの何だのと長々と口上を並べ立てた割に、最終的には欲情しているのか、お前は」
「据え膳食わぬは男の恥って言葉もあるし、多少はね?」
「スエゼン? どういう意味だ?」
シルフィがきょとんと首を傾げる。そうそう、そういう仕草とか表情を見せるといいぞ。よくみれば綺麗というより可愛らしい系の顔立ちなんだから。
「女性の方から言い寄ってくるのを受け入れないのは男の恥、って意味の俺の住んでた国の『ことわざ』ってやつさ」
「ああ、かまどの方がパン生地の所にやってきたらパン生地をかまどに入れてやる時だ、みたいな話か」
「どこの国、どこの世界でも同じようなことわざや慣用句ってあるもんなんだな」
なんだかおかしくて笑いがこみ上げてくる。結局のところ、住む場所どころか世界が違ってもヒトのやることなすこと、話すことなんてのはそんなに変わらないってことなんだろう。
「ふん、ではじっくりと話しあおうではないか。幸い、今日はもう晩餐をとって寝るだけだ。じっくり、とっくりとな」
「いいぞ。そうだな、まずは俺の世界の貞操観念とか恋愛観について話そうか。せっかくそういう話題だしな」
どんな内容にせよ異世界の話を聞くのは楽しみなのか、シルフィがニヤリと笑う。割とデリケートな話題なのに全く恥ずかしがったりなんだりって感情が見えねぇな!
「悪くないな。しかしその、レンアイカンというのはなんだ? 貞操観念はわかるが」
「え? 恋愛だよ恋愛。恋とか愛とかの話。エルフってコイバナとかしないの?」
俺の問いかけにシルフィは怪訝な表情を浮かべるばかりである。え、まじで? この世界には恋という概念が無いの? 嘘だろう?
「愛、というのはわかる、というかまぁ概念としては理解できる。私は誰かを愛したことは無いが。しかしそのコイというのはわからん。なんだそれは」
「えぇ……改めてなんだと言われると難しいなぁ。愛に至る前の段階、とかそんな感じ? 異性を――場合によっては異性とは限らないかもしれないけど、とにかく相手のことばかりが頭の中によぎって何も手につかなくなるような精神状態?」
「……それは単にその相手に欲情しているだけではないのか?」
「身も蓋もねぇ!? プラトニックな恋愛至上主義者が凶器を持って襲いかかってきそうな物言いだな! じゃあいいや、これ以上説明するのもめんどくさいし、この世界の貞操観念とか愛について教えてくれよ。そっちの話を聞いてからのほうが色々と説明できるかもしれんし」
「そうだな、良いだろう」
そう言ってシルフィはこの世界における男女関係というものについて語りだした。
要約すると、一夫多妻制が基本。男は危険な仕事に就くことが多いから死亡率が高く、女があまり気味なのだという。つまり寡婦となる女が多く、そういった女は第二、第三婦人として迎えられることが多い。更に、娯楽が少ないからこの世界の人々は基本的に子沢山でもある。
初婚の娘は身持ちが固いが、夫を失った寡婦はそうでもない。死んでしまった夫に操を立てる女はあまり多くなく、新しい男に嫁ぐのが一般的である。そういった寡婦を多く養う男は世間的に尊敬される傾向であるらしい。
「うーん、俺の常識とはかなり……いや、だいぶかけ離れてるな」
「お前の世界では一人の相手と添い遂げるのが美徳とかいう話だったな。今日び王侯貴族でもそんな生活はしていないぞ」
「ううむ」
俺としては唸るしかない。郷に入っては郷に従えと言うが、それでもなかなか今まで培ってきた常識というものは犯し難いものである。
「とりあえず、その常識を踏まえた上で聞くが……お前は『乙女』なんだろう? 身持ちが固いんじゃないのか?」
この場合の『乙女』の意味は単に初婚という意味なのか、それともシルフィが処女だということなのかはわからないが、乙女と自称するのに軽々と身体を許すのは如何なものか。
「男が女を、女が男を求めるのに理屈が要るのか?」
「そんな動物じゃあるまいし」
「ヒトも動物もそんなに大層な違いなどあるまい」
「哲学的だな! はいはい、この話はもうやめだ! 他の話にしよう!」
シルフィがニヤニヤと笑う。なんだか徐々に追い詰められている気がする。危険だ、逃げなければ! しかし逃げようにも逃げ場がない! 詰んでるのだろうか。うん、できるだけ穏当な方向に持っていけるように話を進めよう。俺にできる抵抗はそれくらいだ。
「仕方のないやつだな。では、他国の話などはどうだ? 近隣国の情勢はお前にも直接関わってくる話題だろう?」
「そう、そういうのだ。軽くは聞いたけど、もう少し詳しく聞きたいな」
「そうだな……聖王国と帝国が争っているという話はしたな?」
「ああ、聞いたな。聖王国が人間至上主義の国家で、帝国が多民族国家だって話だったよな。で、国境にある肥沃な土地を巡って争ってて、互いに反乱やら何やらの内憂を抱えつつ泥沼の争いをしてるとかそんな話だったと思うが」
「うむ、その認識で概ね間違いない。まずは聖王国についてだが――」
シルフィは聖王国の概要をかいつまんで話してくれた。要約すると、聖王国はバリバリの宗教国家。絶対唯一の神であるアドルを信じ、またアドルから王権を授かった聖王を頂点としている。
亜人は人間の下僕としてアドルが創り給うた存在であるから、奴隷として従うのが当然。人間至上主義万歳! といった感じだ。
「奴らによれば、純粋な人間でない我々のような存在は神が人間に仕えさせるべく創った奉仕者なのだそうだ」
「そいつはなんとも壮大な話だな。何を根拠としてるんだ、それは」
「人間はどんな亜人とも子供を作れる。亜人は同じ種族同士でしか子供を作れない。つまり人間が全ての亜人の祖であり、逆に言えば神々は人間を創った後に亜人を創りたもうた。それは亜人を人間に仕えさせるためなのだ、とかそんな感じの主張だったかな」
「うーん? 筋が通っているような通っていないような……」
解釈次第では立場が逆転しそうな気がするけどな。亜人達が人間の進化系だとも言えそうだし。
この人類・亜人類誕生秘話はなんとなくSF感あるよな。人間をベースに遺伝子改良を施した亜人、みたいな関係に聞こえる。もし彼らの主張が真実なのであれば、アドルとかいう存在は高度な遺伝子改良技術を持ってそうな感じだな。
「帝国はどんな感じのところなんだ?」
「帝国か……帝国については私も語れることは多くない、なんせ遠いのでな。黒き森から聖王国と帝国の国境地帯――つまり今まさに戦場となっている場所まで徒歩で三ヶ月はかかるそうだ」
「そりゃ遠いな」
一日に人間が無理なく歩ける距離はおよそ30kmくらいだとか聞いたことがある。休まず三ヶ月歩き続けたとして、一ヶ月で900km、三ヶ月で2700km……いまいちピンとこないが、凄い距離だ。
「私も人づてに聞いた話しか知らないが、なんでも多くの属州を配下に置く皇帝が国を治めているという。また、奴隷売買が盛んで、ペンス大陸北方や東方の民が盛んに売買されているらしい。人間も亜人も分け隔てなくな」
「人間至上主義って感じではないんだな」
「うむ、聞く所によれば人間だから、亜人だからという差別はあまりないらしいな。ただし、何をするにも金と身分が物を言うのだとか。ただ、奴隷の扱いはあまり良くないようだ。奴隷の反乱も多いと聞いている」
「反乱を起こされるほどの待遇にしなけりゃいいのにな。ある程度厚遇したほうが結果的に経済的だろうに」
「ふむ、一考に値する発言だな」
「そうするといいぞ」
お互いにWin-Winな関係というのが一番だと思います、はい。
「こう話していると喉が渇いてきたな」
シルフィはそう言ってかまどの近くに設えられた戸棚から陶器製の瓶を二つ取り出してきて俺にも一本手渡してきた。軽く降るとちゃぷちゃぷと中に液体が入っていることが知れる。
「蜜酒だ、まぁ飲め」
「酒かぁ、あんまり強くないんだよなぁ」
グビリとラッパ飲みをするシルフィに倣ってコルクのような蓋を取り、俺も蜜酒とやらをいただく。甘い! なんとなく蜂蜜を想像していたのだが、ねっとりとして濃厚な蜂蜜とは全く別種の甘さだ。果実とも違う。サラッとして爽やかな香りがする。まるで花の蜜のような爽やかな甘さだ。喉を抜けていく時に感じる酒精は結構強めだと思う。ビールよりも低いということは無さそうだ。
「結構強いな。これは一瓶も飲んだらへべれけになりそうだ」
「なんだ、だらしないやつめ。こんなのは水と変わらんだろう」
「さてはおめーウワバミだな?」
説明しよう! ウワバミとは強靭な肝臓を持ち、アルコール摂取を全く苦にしないクリーチャーである! 別名ザルともいう。自分が大丈夫だからお前も大丈夫だろう、という自分のものさしでアルコール飲料を押し付けてくる個体もいるので出会ったら気をつけよう!
「とにかく俺には甘いし強い。水で割らせてくれ」
「更に水で割るのか」
んなこと言われてもこのままだと飲みにくいのである。予めクラフトしておいた木製のタンブラーに酒を注ぎ、ペットボトルの水を使って割る。倍くらいにして丁度よい感じだ。
「それは水筒なのか?」
「ああ、俺の世界でよく使われている素材のな。さして頑丈ではないけど衝撃には結構強いな」
刃物で傷つけたらすぐ破れるが、落としたくらいでは破損することもない。こうしてみるとペットボトルというのは非常に便利な素材である。
「ふぅん、面妖な素材だな。柔らかいのに丈夫で透明だ。いったい何で出来てるんだ?」
「ペットボトルの材料か……俺も詳しくは知らんが、元々の原料は石油だった気がするな。地面から湧いて出る油だ」
「油がこんな器になるのか。まったくもってどういう仕組みか理解できんな」
シルフィが水の入ったペットボトルをいじくり回しながら笑みを浮かべる。どうにも、彼女は好奇心が人一倍強いようだ。
「沢山あるぞ。いくつか置いておくか、蓋を開けず、直射日光の当たらない場所に保管しておけば保存も長くきくし」
「そうなのか? 水瓶に汲んだ水というのは精々三日もすれば悪くなってくるものだが」
「そいつはしっかりと殺菌されて密封されているから、半年や一年くらいは何の問題もなく保管できるはずだぞ。一回開封してしまうと駄目だけどな」
「そんなに長期間保管できるのか……素晴らしい技術だな」
なんだか妙に感服してしまっている。でも考えてみれば荒野を徒歩で踏破するのに十日かかると言っていたし、給水地点が殆ど無かったりするのであれば保存の効く水というのはかなり貴重なのか。
「ええと、どこまで話して貰ったっけか。帝国についてか。この大陸には聖王国と帝国しか国はないのか?」
「いいや、そんなことはない。この大陸で大きな力を持っているのは聖王国と帝国の二つだが、その他にも無数の小国がひしめいているし、中にはその二国が気を遣わねばならないような強大な力を有する小国や中堅国もある。そもそも、荒野の向こうは正確に言えば聖王国の領土ではなく、属国であるメリナード王国の領土だからな」
「メリナード王国ね。どんな国なんだ?」
「元々は黒き森を出たエルフの一族が興した国だ。森の中でただ生を享受することを良しとしなかった一族が森を出て、荒野を越え、その先に根付いて人間や獣人と交わって国としての体を成していった」
「じゃあ、元々はエルフの国だったのか?」
「元々はな。強大化した聖王国に征服されて属国とされる前は帝国のように多種多様な種族が住む国だった。メリナード王国は小さいながらも肥沃な平野と良質の岩塩や鉄を産出する鉱山を抱えていて、交易で栄えていた。黒き森のエルフとも友好な関係を築いていたから、交易で大層栄えていたものだ」
寂しげな光を瞳に宿らせてシルフィが語る。もしかしたらシルフィはメリナード王国に住んでいたエルフの一族だったのかもしれない。
「聖王国の属国とされて、もう二十年くらい経つのではないかな。三年ほど前に反乱があったようだが、本国から派遣された軍に鎮圧されてしまったらしい。この里にいるエルフ以外の住人は全てその時に逃れてきたメリナード王国の難民だ」
「そうなのか。そりゃ人間に対する敵愾心は……凄いんだろうな」
「そうだな。とはいえメリナード王国にも元々人間が一人もいなかったわけでもない。反乱軍の中には人間の戦士も多数いたらしいしな」
「そうなのか? でも、この村には人間は俺以外には居ないんだろ?」
「ああ、だが敗走する際に人間と亜人は別れて逃げることになったらしい。亜人達は国外に逃亡し、人間達は国内に潜伏するか聖王国の勢力下に紛れ込むという話になったそうだ。人間ならば聖王国の支配下にある地域でも潜り込むことは難しくないからな」
本当にそうなのだろうか? たったそれだけの理由で共に戦った仲間と別れて誰一人この森に足を踏み入れていないということなどあり得るのか?
「お前の疑問ももっともだが、事実だ。住んでいた場所から焼け出され、あるいは敗走して何の準備もなくオミット大荒野を越えるというのは自殺行為に等しい。現に黒き森に辿り着くまでに多くの男達がその生命を荒野に散らしたのだ。食料も水も殆ど無い状況下で昼夜を問わずギズマに襲われてな」
そう言われれば難民達は女性や子供が多かったような気がする。なるほどな。
「ギズマってのが荒野に潜む魔物の名前なんだな」
「そうだ。奴らは群れで地面に潜み、通りがかった獲物に襲いかかる。夜になれば地面の下から這い出してきて徘徊し、獲物を探す。素早く、固く、力強い。危険な魔物だ。反乱を企てた亜人達に聖王国は決して容赦しない。だから亜人達にはオミット大荒野に逃げ込む以外に生き残るすべはなかった」
なるほど、過酷な道程が袂を分かつ大きな要因だったわけだ。人間にしてみればそんなにリスクの高い場所に逃げ込むのはゴメンだよな。
「うん、納得できた」
「それは何よりだ。では、そろそろ晩餐の準備を始めてもらおうか」
「え? 俺が作るの?」
「お前は自分の飯をご主人様に作らせるつもりか? ん?」
「くそう……どうなっても知らんぞ」
晩飯は塩漬けにしたリザーフの肉と野菜で作ったスープ、塩抜きしてスパイスを振ったリザーフ肉のステーキ、そしてナンみたいに焼いた謎の穀物粉のパンとサラダで済ませた。
「普通だな。少々手抜きではないか?」
「俺は料理人でもなんでもねぇから! 自炊してなかったわけじゃないけど、手の混んだ料理なんて期待するな。そもそも知らない食材ばかりじゃまともな料理とか無理だって」
生食可能だという野菜と果物ででっち上げたサラダを食いながらシルフィを睨む。うん、この緑色の未熟なトマトみたいな果物は緑色なのに普通に熟したトマトみたいな味と食感だな。これならトマトソースを作れるかもしれん。
「まぁ、仕方ないか。少しずつ慣れていけ」
「どうあっても俺に飯を作らせるつもりか」
「お前は奴隷、私は主人という立場なのだからそうするのが当然だろう? そういう立場を作らざるを得なかったのだから、我慢しろ。立場を変えたいならそのように動くべきだな?」
二股のフォークに緑色のトマトを刺したままシルフィがニンマリと笑う。
「ぐぬぬ……」
そういえば結局シルフィが何故俺とそういう関係になろうとしているのか聞き出せていない。くっ、さっきのタイミングでしっかり問い質しておけばよかった! いや、聞き出すチャンスはいつでもある。思い切りさえあれば今すぐにでも聞き出せる。
よし……覚悟を決めよう。
「なぁ、なんでお前は俺とその……そういう関係になろうとするんだ?」
「さぁて、何故かな? 自分で考えてみたらどうだ?」
真面目な質問にもニヤニヤとした笑みを帰してくるシルフィにイラッとする。重要な問題だぞ、これは。この世界の流儀に則れば、シルフィにとっても大きな問題であるはずだ。なのに何故この女はこうもニヤニヤするのか。
「わからないから聞いているんじゃないか」
「聞けばなんでも教えてもらえると思ったら大間違いだ」
「お前の心情がお前自身以外にわかるはずがないだろうが。俺は真面目に聞いてるんだぞ」
思わず眉間に皺が寄る。しかしそんな俺の様子にシルフィは怯む様子も見せずにニヤニヤと笑いながら蜜酒を舐めるばかりである。どうやら自分から心の内を晒すつもりはないらしい。
「なに、少々の打算、物珍しさが入っているくらいで、あとは本能みたいなものだ。私とてそんなに深く考えているわけではないさ」
「本能て」
「お前は自分の好みの女を見たら欲情しないのか? それと同じことだ。理屈じゃない」
まるでわけがわからん。
別に俺はイケメンというわけではない。そりゃブサイクってほどではないと思う。なんというか、どこにでもいそうな顔だと思う。太ってはいないが、筋肉質でもない。背の高さも平均より少し高いくらいだろう、外見的に目立った特徴は持ち合わせていないはずだ。
「わからん。俺はお前の好みの外見なのか?」
「外見だけで決めたわけではないさ」
「ますますわからん」
俺とシルフィの関係なんて寝込みを襲われてボコボコにされ、半ギレ状態で話し合った末に保護……保護か? とりあえず保護ってことにしておこう、首輪つけられたけど。
とにかく保護されて、村内を引き回されて、飯作って鉄を加工して見せたくらいだ。それくらいなんだが……いやほんと、何故か家に着いて二人きりになってからというものの本気なのかからかっているのかわからんレベルの際どい言動が多い。
良いのか? いっちゃって良いのか!? でもシルフィだぞ? やろうと思えば指先一つで俺を殺せそうなご主人様だぞ? 襲いかかって大丈夫なのか? 俺プチってされない?
悩む、とても悩む。シルフィが俺の好みど真ん中ストライクなのが更に俺を悩ませる。美人の褐色肌エルフでおっぱいバイーンですよ? そりゃもう辛抱たまらんわ。
悩んでも悩んでも答えが出ない。出ないなら考えるのをやめてしまおう。ウジウジと悩み続けるのは時間と精神的リソースの無駄遣いだ。
プチッとされても本望じゃないか。当たって砕けろだ。思考放棄? 上等だね!
「わからんが、そこまで言われて引き下がっちゃ男が廃るってもんだよな」
なに、単純に考えれば別に悩むほどのことでもない。好みの超美人が誘ってきている。相手は物理的にも立場的にも俺の生殺与奪権を握っている。なら最大限に楽しみつつ、気に入られるようにしようってだけの話だ。
「そうだな。そろそろお前もふにゃチン野郎なのかと思い始めていた頃だったが」
「女の子がふにゃチンとか言うのは良くないと思うね」
割っていない蜜酒を陶製の瓶から直接ぐびりと呷り、口元を拭く。強めの酒精と清涼な香りが鼻孔を突き抜けていった。甘いな。
「こういう時、エルフではどういう作法が主流なんだ?」
「知らん。私は乙女だぞ? 立場上、そういった話をするような仲の女友達にも恵まれなかったのでな」
「そうかい、なら俺の作法で行くとしようか」
籐製の長椅子に座っていたシルフィの背中と膝裏に腕を入れ、横抱きにする。いわゆるお姫様抱っこというやつである。
「ふふ、これからどうするんだ?」
「勿論、このままベッドにご案内だ。経験者がリードしてやるよ」
「それは楽しみだな。痛みには慣れているが、優しくしてくれよ? 何せ私は乙女だからな」
「努力はしよう」
俺だって経験豊富ってわけでもないけどな。なけなしの経験と知識を総動員して頑張ろう。
シルフィにはシルフィの考えがあるようです_(:3」∠)_