第088話~安全運転でお願いします~
今日はめっちゃ寒い……_(:3」∠)_
「おっさんぽー、おっさんぽー、こーすけとおさんぽうれしいなー」
スライム娘達の待機部屋に戻り、今度はライムが俺に同行して採掘ポイントに良さそうな場所を案内するということになった。俺の案内役に抜擢されたライムは実にごきげんな様子で俺の前をぽいんぽいんと跳ねている。
ベスは上半身だけ人型を保ったまま俺の歩行速度に合わせて這って移動していたが、ライムはでかい饅頭みたいな形になってぽんぽん跳ねて移動するのがお気に入りであるらしい。こういうところにも個性が出るんだな。
「さっき言ったようにまずは粘土が欲しいんだが、大丈夫そうか?」
「たぶんー? ちかどうのいちぶがくずれててー、ねんどがろしゅつ? してるところがあるよー」
「それは良いな。遠いのか?」
「んー、これくらいのはやさでおさんぽしてさんじゅっぷんくらい?」
「結構遠いんだな」
徒歩三十分となると移動距離は三km弱といったところだろうか? 黒き森の時もその後の拠点設置の時もそうだったが、粘土は何故こう微妙に遠いところにあるのか……まぁ三十分くらいなら許容範囲内だけども。ルートを覚えれば時間の短縮もできることだろう。場合によっては直通道路を作っても良い。
「鉱石を採取できそうな場所はあるか?」
「うーん? どんなところー?」
「剥き出しの岩があるところとか」
「ないー? かなー?」
「マジか……まぁ当然か?」
地下道を建設するなら明らかに邪魔になるものだし、そもそもそういうものが無い場所に城を建てたのかもしれない。いや、あったとしてもこの世界には魔法があるからな……良い感じに土魔法とかでくり抜いたりしたのかもしれないし、なんとも言えないな。
「ぽいぞがー、すこしだけつちまほう? をつかえるからー、たのめばさがしてくれるかもー?」
「そうするか。ライムが心当たりがないって言うなら、闇雲にあちこち掘っても意味が無さそうだものな」
ひたすら地下に向かって掘っていけばもしかしたら岩盤に突き当たる可能性はあるが、地下を掘り下げていくのは怖いんだよな……呼吸の問題とか照明の問題とかあるし。
照明に関しては設置した松明が何故か酸素を消耗しないらしいということがわかった今はなんとかなりそうだけど、やっぱり危険には違いない。採掘坑を補強する資材も豊富じゃないし。生き埋めは怖いからなぁ。
「ねーねーこーすけー、こーすけはなんでライムたちをこわがらないの?」
「んん? 怖がる理由が無いからかな?」
唐突な質問に困惑しながら答える。何故と言われて結構困るな。怖くないから怖くないとしか言えないような気がする。
「せいおうこくのひとたちはライムたちをこわがるのにー」
「それは聖王国の連中がライム達を魔物のスライムと同一視してるからじゃないのか。というか、俺も魔物のスライムを先に見ていたらライムのことを怖がったかもしれんよ」
「そうかなー?」
「そうかもー」
緩い会話をしながらテクテクと薄暗い地下道を歩いていく。ちなみに、光源として手頃な大きさの木片に照明の魔法をかけてもらったものを持ってきている。ベスに言ったらすぐにかけてくれました。六時間くらい光るから便利なんだよね、これ。
前に防壁の強化工事をする時にもアイラに同じようなことをしてもらったんだ。経験が活きたな。
暗い下水を進み、ライムに引っ張り上げてもらって壁を登り、またまた鉄格子の横の石床を破壊し、地下道に這い上がって更に進む。
そうそう、鉄格子の横の石床を破壊した件については別に構わないだろうというスライム娘達の共通見解を得られた。この城の地下道にライム達が潜伏しているであろうということは聖王国の連中にもバレており、わざわざそんな危険なところに降りてくる人はいないということだ。
しかも、その上明らかに下水に続いているとわかっている穴に足を踏み入れる人もまずいないだろうから問題ないと。というか、万が一入ってきたとしても地の利は完全にスライム娘達側にあるので、怖くもなんともないからいいのだそうだ。
「そういう油断は身を滅ぼすんじゃないか?」
「これはゆだんではなく、きょうしゃのよゆうなのー」
「さいですか……」
にゅるん、と巨大スライム饅頭からライムの上半身が伸びてきてドヤ顔をする。組まれた腕の上に乗っかる質量が強調されてすごい。
いや、騙されるな俺。あれはただのスライム。おっぱいではない。彼女達の乳は好きなように形も大きさも変えられる偽乳だ。
そもそも彼女達には乳も、尻も、ふとももも何もないのだ。どのような形をしていようともそれはただの身体の一部。視線を誘導されることなどあってはならない。
あっては……いや誘導されるわ。男の本能には逆らえないわ。きっと無邪気なライムにはそういう意図はないんだろう。そう思えるだけに自己嫌悪感が凄い。
「どうしたの? あ、さわる?」
「さわらない」
にこーっと笑いながらぷるんぷるんさせるんじゃない。この反応、無邪気だが俺を誘惑するような意図を含んでいないわけではない……? わ、わからん。ライムの思考が読めん。助けてシルフィ。
☆★☆
「……!?」
「どうしたの?」
「今、コースケに助けを求められたような……?」
「ん……急ぐ」
「場所さえ特定できれば打つ手はある……頼むぞ、アイラ」
「任せて」
☆★☆
ライムの無邪気な誘惑を振り切り、ついに粘土の採掘場所に辿り着いた俺は早速採掘を始めることにした。残念ながらまだ鉄製のツールはないので、石で作ったシャベルが俺の相棒である。
「よーし、やるぞ」
「おー」
ザクザクザクと地下道の石壁に空いた穴から露出している粘土に石シャベルを突き立てていく。その横でライムも身体の一部を粘土の壁に突き立ててザクザクザクと掘っている。掘って……え?
「ライム?」
「ん? なーに?」
「なにそれ?」
「?」
「いや、ザクザクザクって土掘ってるの」
「ライムだってつちくらいほれるよー? せいおうこくのせいきしのよろいだって、ざくざくできるんだから」
「そ、そうか……その調子で頼む」
「わかったー」
ライムが身体の一部を複数のシャベルのような形に変化させ、鉄製のシャベルを使っている俺を彷彿とさせるようなスピードで粘土の壁を削り取っていく。流石は物理特化スライム……これは強いわ。
暫く並んで掘り進んだが、ライムのほうが採掘スピードが速い。くっ、ミスリル……いや、せめて鉄製のシャベルさえあれば!
「らいむのかちー」
「勝ったと思うなよ……」
「もうしょうぶついてるー?」
はい、勝負着いてますね。
一時間くらい掘ったと思うが、ライムは軽く俺の倍くらいは掘っていると思う。いや、俺はライムの掘り出した粘土も回収してたし? そもそも石シャベルだし? 負けても仕方ないっていうか、まだ本気モードじゃないから?
「ふふ、次は俺が勝つぞ」
「じゃあらいむもつぎはもっとほんきだすねー」
「お、おう」
驚異的なスピードで粘土を掘り出していたライムだが、まだ本気じゃなかったらしい。ふ、ふふ、俺だってまだ二回の変身を残しているからな。まだまだ本気じゃない。大丈夫だ、次は勝てる。
「もういいのー?」
「当面使う分は足りると思う。デカイ防壁作るわけでもないし」
「そっかー。じゃあ、かえるー?」
「そうだな。少しお散歩して帰るか」
「うん! おさんぽしてかえろう! こーすけはつかれたとおもうから、ライムがはこんであげるね!」
にゅるん、と素早い動きでライムが俺の身体にまとわりつき、あれよあれよという間にまるで玉座に座る王様のような姿勢にさせられる。俺の後頭部に当たるクッション性抜群のこれは……いや、気にしてはいけない。ただのライムの身体の一部だ。そうだ。
「しゅっぱーつ」
俺を抱えたライムがすいーっと滑るように動き始める。これは中々の新感覚な乗り心地だ……なんだろう? 揺れの一切無い車椅子みたいな?
「どうー?」
「なかなか快適だな。もっとスピードはあがらないのか?」
「あがるー。それー」
「おおおおお」
早歩きくらいのスピードだったのが駆け足くらいのスピード……いや、もう少し早いか? 普通に漕いでいる自転車くらいのスピードになる。地下道はそんなに広くないので、かなり早く感じる。
「凄い凄い、大迫力だな」
「むふー、まだまだあがるー」
「え? いや、これくらいで」
「それー」
「あああぁぁぁぁぁーーー!」
気合を入れて漕いだ自転車くらいのスピードにアップした。照明の魔法がかけられた木片を所持しているとはいえ、照らされる範囲はさほど広くはない。先の見えない暗闇に高速で突っ込んでいるような状態なのだ。これは。
つまりめっちゃこわい。なんならいきなり暗闇の中から壁が迫ってきて、ほぼ直角に曲がったりもする。慣性とかはライムのぷにぷにやわらかボディがいい感じに吸収してくれているが、怖いものは怖い。
「速い速い速い! 流石にこれは怖い!」
「えー? いいところだったのにー」
意外とライムはスピード狂なのかもしれない。スピード狂のスライムとか聞いたことも……いや、某有名RPGのメタルな奴らとかはそれっぽいかもしれない。
ところであの世界のメタルな奴らってなんであんなに弱……くはないけど微妙な感じの戦闘能力なんだろうな? あの無駄な速さと硬さで体当たりすればゆうしゃとか一撃で死にそうな気がするんだけど。
ライム達はゲームに出てきたらアレだな。裏ボスとか隠しボス系のやべーやつらだよな。もしくは戦うこと自体がダメなやつで、ギミックとかで戦闘を回避しなきゃダメなやつ。無理すれば倒せたり、追い払えたりはできるけど無限湧きみたいな。
友好的な分には心強いことこの上ないな。保護下に居れば身の安全は保証されているようなものだし。
「そろそろ戻るかー」
「うん、わかったー」
ライムが俺を乗せたまま鉄格子をすり抜けようとして俺が取り残されるというトラブルを経つつ、ライムと二人でスライム娘達の部屋に戻った。
「おかえり」
「おかえりなさいなのです」
「ただいまー。おさんぽたのしかったー」
「なかなかスリリングだったぞ……」
「こーすけをのせてびゅーんてしてきたのー」
俺の様子とライムの言葉から何が起こったのか察したのか、二人に憐れみの視線を向けられた。予め注意しておいてくれませんかねぇ……本気で怖かったよ。
「目的のものは手に入った?」
「ああ、大丈夫だ。粘土は充分に手に入った。早速簡易炉を作っていこうと思う」
「そう。じゃあ私も燃料を用意するわね」
「助かる」
クラフトメニューを開き、簡易炉を選択してクラフトを開始する。
・簡易炉――:動物の皮革×3 石×20 粘土×5 木材×5
よしよし、素材は十分だ。早速簡易炉を作り上げ、部屋の片隅に設置する。スライム娘達から『おー』と驚きの声が上がった。そういえば食べ物くらいしか出して見せてなかったか。ベスとライムにはアイテムの収納も見せたけど。
「これが簡易炉だ。基本的な鉄具の製造ができるぞ」
「なるほどー?」
「凄さがよくわからないのです」
「ですよね」
これだけだとただの粗末な小型炉だものな。
「これを使ってみて」
「お、ありがとう……これが身体の一部なのか?」
「そうよ」
ベスが燃料として渡してくれたのは光沢のある赤い豆炭のようなものだった。意外とずっしりとしており、これが石炭とかコークスみたいに燃えるのであれば確かに良い熱源になりそうである。
「ありがたく使わせてもらう」
「ええ、どうぞ。燃やしても有毒なガスは出ないと思うけど、一応注意してね」
「わかったのです。私にお任せなのですよ」
毒ガスを心配するベスの言葉にポイゾが頷く。俺はそれを確認してから簡易炉のメニューを開き、燃料欄にベスの魔力燃料を投入した。うん、インベントリに入れてみたら『ベスの魔力燃料』って表示されたんだ、これ。普通の燃料ではないんだな、やっぱり。
「どうかしら?」
「おお、いい感じだ。たった一個で三時間は燃えるみたいだ。今まで色々燃料にしてみたけど、ベスの魔力燃料が一番効率良いな」
「ふふ、当然ね」
自分の作り出したものが高評価だったことが嬉しいのか、ベスは大変機嫌が良さそうである。
俺は続いてガラクタから回収した屑鉄を材料欄に投入し、鉄リソースとして鋳溶かしていく。熱源が良いおかげか、心なしか鉄リソースへの還元速度が速い気がするな。
充分にリソースが溜まったところで鉄床とハンマーをクラフトし、今度は鉄製のツールの制作にかかる。時間と共に突如現れる鉄床やハンマー、鋼鉄製のツルハシやシャベル、斧などの金属製ツールにスライム三人娘達も興味深げな様子だ。
「こんなに簡単につくれるのですか。凄いのです」
「ぴかぴかできれいー」
「コースケ一人で解放軍の兵站を支えていたって話はちょっと眉唾だと思っていたんだけど、これなら納得ね」
基本的なツールが揃ったら、今度は初歩的な作業台を作るべく細々とした工具を作って各種部品を揃える。
・初歩的な工具箱――素材:頑丈な木箱×1 金属製工具×8 機械部品×2
・万力――素材:鉄×20 機械部品×10
・初歩的な作業台――素材:木材×10 釘×40 万力×1 初歩的な工具箱×1
出来上がったものを組み合わせ、初歩的な作業台を作成する。次は一足飛びにアップグレードをしていきたいところなのだが……。
・作業台アップグレード――:機械部品×10 鋼の板バネ×5 革紐×2
・簡易炉アップグレード――:動物の皮革×5 レンガ×50 砥石×3 機械部品×10
「うーん、材料が足りん」
「そうなのー?」
「うん。もっと高度な作業台を作りたいんだけど、そのためには簡易炉をアップグレードさせなきゃいけなくて、そのためには砥石が要るんだよ。それに、根本的に鉄と皮が足りない」
レンガを作るための粘土はともかく、動物の皮革や革紐に関してはガラクタ置き場にあった革製品から得たものだけじゃ足りない。屑鉄類は結構あったけど、基本ツールや簡易作業台なんかを作るためにほぼ使い切ってしまった。
「鉄は心当たりがあるのです。砥石は流石に……」
「私に心当たりがあるわ。明日にでも調達してくるわね」
「かわはー、げすいどうからたまにくるおっきいねずみからとるしかないかなー?」
「なんか三人に頼りきりで悪いな……今日も何か食い物を出すよ」
三人が顔を見合わせ、同時ににっこりと笑う。
「じゃあ、えんりょなくー」
「そうね、味わうとするわ」
「世の中ギブ・アンド・テイクなのです。今夜もたっぷりいただくのですよ」
「おう、任せてくれ」
インベントリに入っている生鮮食料品はまだまだある。ふふ、食料の貯蔵だけは充分だ。
ところで、なんだか妙に俺の身体に視線が絡みついてくるような気がするんですけど、気のせいですよね? 俺の身体は食べられないぞ? いや、食べられるだろうけど勘弁してくれ。シャレにならん。




