第087話~ジャンク回収はサバイバーの嗜み~
「どう?」
「とてもいい」
インベントリから取り出したハンバーガーと水で食事を済ませ、再びギズマ肉をスライム娘達に振る舞った俺は今日の寝床に寝転がっていた。
つるつるすべすべで、ほどほどに身体を押し返してくるこの赤い寝床は、俺がクラフトしたベッドにも勝るとも劣らない……いや、正直に言えば確実に二段階は上の寝心地を俺に提供してくれている。
「まくらはー?」
「すばらしい」
俺の後頭部を支える水色の枕はベッドに比べると少し柔らかめのぷにぷにな感触だ。しかし程よい弾力性と、頭の形にピッタリとフィットする感触は低反発枕よりも上質の眠りを俺に提供することだろう。
「こんな感じでどうなのです?」
「ふしぎなかんしょくだ……」
俺の身体を余すこと無く覆うのは緑色の粘液だ。肌に触れる感触に不思議と不快感は無く、まるで温かい風呂にでも入っているかのような感覚である。これを掛け布団と言うのにはかなり違和感があるが、温かい風呂で寝落ちする時のような心地よさがある。
あれは溺死する可能性が高い危険なものだが、この状況にあって溺死することなどありえない。つまりあの危険な心地よさを今この瞬間は存分に味わって良いのである。
それぞれ感触の違う三種のスライムによって構成されたベッドは、抗い難い快楽を俺に与え続けていた。しかも、今の俺は全裸である。そんな状態でスライム娘達に接するのは流石に気が咎めたのだが。
『きててもおなじー?』
『どうせ服から浸透して素肌に触れるんだから、最初から脱いでたほうが面倒がないわよ』
『服は服で預かって洗浄しておくのです』
そもそもスライム娘達をベッド代わりにするのはどうなんだ? とは言ったのだが、じゃあ石床の上でその薄っぺらい毛布だけで寝る? と言われると確かにそれは嫌だ。
ベッドを再構築しようにも手持ちの木材では既に足りず、そもそも布団を作れるだけの繊維も持ち合わせがない。スライム娘達で構成されたベッドに全裸でお世話になるか、薄っぺらい毛布に包まって石床で寝るか。どちらを選ぶか? 俺は迷った。三秒くらい。
石床で寝るのは嫌だよね。俺は嫌だ。というわけで申し訳なく、そして恥ずかしく思いながらも薄っぺらい粗末な服と元から履いていた下着を脱いで彼女達に身を任せたわけだ。
「ねてるあいだにまっさーじもしとくー?」
「身体も綺麗にしておいてあげるわよ」
「心地よい香りで快適な眠りを提供するのですよ」
ふわり、と掛け布団になっているポイゾの身体から芳しい香りが漂い、意識が急速に遠くなる。
これに慣れたら普通のベッドで寝られなくなりそうだなぁ、と思いながら俺は意識を手放した。
☆★☆
「うーん……?」
なんだかとても変な夢を見た気がするが、夢なだけあって何も思い出せない。大量の子犬か子猫か何かに全身を舐められるような夢だった気がするが……。
「こーすけ、おきたー?」
頭上から声をかけられて少しびっくりした。気がつけば、ライムが俺の顔を覗き込んでにこにこと笑っていた。スライムに膝も何も無いんだろうけど、まるで膝枕でもしているかのような光景だ。
「起きたのね。おはよう」
「おはようなのです」
ベスとポイゾも同じように俺の顔を覗き込んでくる。俺の身体は相変わらず彼女達の身体に包まれていて、非常に心地よい状態だ。このまま二度寝したいという誘惑に駆られるが、それは彼女達に悪いだろう。彼女達にもすることがあるだろうし。
「おはよう、三人とも。実に快適な眠りだった」
「よかったー」
「当然ね」
「なのです」
ベスとポイゾの介助を受けながら二人の身体から抜け出し、石床の上に立つ。全裸で。
「服ください」
「はいなのです」
ポイゾが自らの体の中を漂っていた服と下着を渡してくれる。受け取った服や下着は不思議と濡れているということもなく、履き心地着心地には何の問題もなかった。
「身体が軽いな……それに、なんか全身サッパリしている気がする」
「まっさーじとでとっくすー?」
「結構疲れが溜まってたみたいね」
「全部吸い出しておいたのです」
「吸い……? あ、ありがとう?」
何をどうやって吸われたんだろうか……滅茶苦茶眠りが深かったように思うんだが、俺、寝てる間に何をされたんだろう? 全身の調子が良いのは間違いないんだけども……深く考えないようにしよう、うん。
「今日はどうするのです?」
服を着終わると、ポイゾが今日の予定を聞いてきた。俺は少し考えてからそれに答える。
「まずは色々と素材を集めなきゃならない。ガラクタの類も素材に変換できると思うから、まずは粗大ごみとかそういったものが溜まっているところとかないかな?」
「あるわね。たまに下水にそういうのを棄てるやつが居るのよ」
「詰まったら大変だろうに」
「まったくよ。結構苦労して私達が運ぶのよ?」
「あるていどたまったら、いっきにしょうかするのー」
「消化できちゃうのね」
「私達三人ならだいたいのものは消化できるのですよ」
ガラクタがどういうものなのかはわからないが、きっと木製、鉄製、陶製とかのものだろう。そういったものを消化できてしまうというのは素直に凄いよな。でも、この世界だと壊れた鉄製品なんかはリサイクルしそうなものだけどな? いや、何度も鋳直して品質の下がった鉄とかはどうしようもないのか? 見てみないとわからないな。
「今日は私が案内するわね」
「えー、わたしもいきたいー」
「王族の方々の警護と見回りの手を抜くわけにはいかないのです」
「むー、わかったー」
今日はベスが俺に随伴してくれるらしい。昨日のライムの複体のようなものを随伴させるのかと思いきや、普通に本体がそのままついてきてくれるようだ。
「行きましょう。あ、その前に朝ごはんかしら?」
「いや、歩きながら食うよ。みんなは?」
「だいじょうぶー」
「もう十分なのです」
「私もよ」
「そうなのか」
彼女達が何故朝ごはんいらずなのかは深く考えない。考えないったら考えない。考えても意味のないことを考えても仕方がないからな。石の床の上で寝るのは嫌だし。
ベスに道案内をされて下水を歩き始める。下水と言っても、嫌な匂いはほとんどしない。聞いてみると、もっと上流でスライム娘達の複体が下水を処理しているからであるらしい。
「下流はまた臭うんじゃ?」
「そっちはそっちで臭いが逆流してこない作りになっているのよ」
要は、城の下水を一度プールしてもう一度処理するするための汚水槽があり、城下町の下水はその先にあるので城下町の下水の臭いはこの下水には逆流してこないのだそうだ。
「つまり、城の下水道はベス達が管理しているから常にクリーンなわけか」
「そういうこと。良い仕事でしょ?」
「ちなみに、城下町の下水処理はどうなってるんだ?」
「あっちは普通のスライムが担当しているわね。割となんでも取り込んで消化するし、ネズミ型とか虫型の小型の魔物とかも湧いてるから結構危ないわよ」
「そりゃ怖いな。こっちにはそういうのはいないのか?」
「たまにいるけど、私達が駆除してるわね。なんで?」
「皮が欲しいんだ。炉やら何やらの材料になるから」
「ふぅん。見つけて狩ったら取っておいてあげるわ」
「ありがとう」
ベスは少し高飛車っぽい感じだが、基本的に親切で良い子だな。いや、スライム娘達はどの子も優しくて親切で良い子だけど。ポイゾだけはなんか裏がありそうというか、思わせぶりというか、企んでいそうな雰囲気があるけど。でも、ポイゾも俺に対する敵意は全く感じられない。好きにさせておくのが一番な気がする。
「そういえば三人って色とか感触とか結構違うけど、何か特徴的なものがあったりするのか?」
「特徴ねぇ。そうね、私は三人の中で一番魔法が得意よ。水属性だけでなく、光属性や火属性も魔法を使えるわ。魔法特化ね。魔法攻撃にも強いわよ」
ベスが得意げな表情を作って胸を反らす。程よい大きさにしてある胸部がぷるんと揺れた。うううむ、別におっぱいというわけじゃないんだけど目が引き寄せられる……これが男のサガというやつか。
「そうなのか。そういえば器用に光の魔法を使うよな。それで、他の二人は?」
「ライムはスライムとしての能力に特化しているわね。粘度、硬度は変幻自在、物理的に一番強い力を出せるのはライムよ。あと、水魔法だけなら私と同じくらい得意ね」
「ほほう……じゃあポイゾは?」
「ポイゾは回復魔法と薬毒の扱いに長けているわ。あと、消化能力も一番高いわね。今までに消化したものから取り込んだ色々な成分を合成して薬や毒を作り出せるのよ。毒ガスとかもね」
「ほぉ……それも凄いな。魔法に物理に薬毒特化か。スライムだから物理的な攻撃の効きも悪いんだろうし、聖王国の連中にとっては厄介極まりないだろうな」
「この二十年、私達の守りは突破されていないからね。それなりに自信はあるわ。最初の三年くらいはそれはもうバチバチとやりあったわね。向こうの被害が大きすぎて十年も経つ頃には諦めたみたいだけど」
「そりゃ凄い」
聖王国だって折角のエルフの王族の血をみすみす逃したくはないだろうから、それなりに力を入れて攻略を試みただろう。それを一蹴する三人の戦闘能力はとんでもなく高いんだろうな。
そんな話をしながら歩くこと数十分。恐らく一時間は歩いていないと思う。
「ここよ」
「これはなかなか凄いな!」
案内された部屋に積み上げられたものを見上げて思わず感嘆の声を出す。
砕けた木箱や樽、錆び果てた金属製の何か、汚い布のようなもの、元は硬貨であったと思われる固まった金属塊、変色した革袋、えとせとらえとせとら。とにかく雑多なガラクタが積み上げられていた。
「これ、全部もらっていいのか?」
「いいけど、ガラクタばっかりよ?」
「俺にとっては宝の山みたいなもんだ」
許可が出たので、ガラクタをどんどんインベントリに取り込んで次々に素材へと解体していく。 砕けた木箱や樽は木材と屑鉄に、錆び果てた金属製の何かも屑鉄に、汚い布のようなものは繊維に、元は硬貨であったと思われる固まった金属塊は未精製の銅や銀に、変色した革袋は皮に。
インベントリに取り込んだガラクタ達が有用な素材にその姿を変えていく。
「凄いわね。あれだけあったガラクタが跡形もなく消えちゃった」
「なかなかのお宝揃いだぞ。革製品がけっこうあったから、あとは粘土があれば鉄製品が作れ……ああ、燃料がないな」
問題は粘土と燃料だな。粘土はどこかの壁に穴を開けて土を掘れば採れるかもしれないが、どこを掘ればよいものやら……燃料不足は更に深刻だな。地下には豊富な燃料などまず望めない。燃料が無いと製鉄なんてできっこないぞ。
「燃料ね。私の身体は油分が多いから燃料になるわよ?」
「えっ……? いいのか、それは」
「勿論限度があるけどね。でも、先代の頃からだから……もう軽く三百年分の下水処理で得たものよ? コースケが一人で使う分には全く問題ないと思うわよ」
「そうなのか……いや、でもただ燃えるんじゃだめなんだよ。最低でも木炭くらいの温度は出ないといけないから」
「なんとでもなるわよ、そんなの。火の魔力を込めてやれば」
「そ、そうなのか……?」
魔法ってすげー! というかそれでもベスの身体を燃やすっていうのがちょっと倫理的な意味で引っかかるんだが、本人が気にしてないならいいのか……? 良いということにしておこう。うん。
「あとは粘土なんだが……心当たりはないか?」
「うーん、私はないわね。そういうのは下水道だけでなく地下道も巡回しているライムの方が詳しいと思うわ。あの子の行動範囲は私やポイゾより広いから」
「そうなのか。じゃあ一度戻るとするか」
「そうね。そうだ、今度からああいうガラクタを見つけたらコースケのところに持ってくるのが良いわよね?」
「そうしてくれると助かるな」
どんなものにせよ、何かしらの素材にはなるだろうからな。一度戻って、ライムに採掘に良さそうな場所を聞くとしよう。こんな地下で素材が集まるかどうか不安だったが、なんとかなりそうだな!
問題はこんな地下で簡易炉や鍛冶施設を動かしても大丈夫かどうかなんだが……一酸化炭素中毒とかで死ぬのは怖いよな。とりあえずそのへんも実際に試してみないとわからんか。
ポイゾは薬毒の扱いに精通しているという話だし、なんとかならないかな? 発生した一酸化炭素を中和するとか、取り込むとか……うん、その時になったら相談してみるとしよう。
まずは粘土だな、粘土。なんかこの世界に来てからずっと粘土を探し求めて掘っている気がするぜ……粘土は文明の友なんだな。うん。




