第086話~話の続きと、今後の方針~
さむいですね……_(:3」∠)_
「そこから先は私がお話しますのです」
今度はポイゾが話し始めた。
「聖王国の連中は陛下の話に聞く耳を持ちませんでしたが、それでも陛下は粘り強く交渉を行なったのですよ。でも、聖王国の連中はその間にもメリナード王国の国民を奴隷にして国外に連れ去ったのです」
「そんな話は俺も聞いたな」
メリナード王国が聖王国の属国になった後、不自然な滅び方をした農村がいくつもあったって話だったな。王都メリネスブルグでも似たようなことはきっと行われていただろう。
「陛下はその実情を見て、交渉を諦めざるをえなかったのです。そして、自分達王族の血を聖王国に渡すことをよしとしなかったのです」
「王族の血?」
「そうなのです。王族の方々はエルフの中でも強い魔力をその身に宿しているのです。その血筋を聖王国に奪われると、聖王国の魔力持ちの質が格段に上る可能性が高かったのです」
「生臭い話だなぁ……」
つまり、王族の種や胎を使って強い魔力を持った『魔力持ち』を計画的に『増産』される可能性を危惧したわけだ。シルフィの話だと、実際に聖王国をそういうことをやっているフシがあるって話だったもんなぁ。
「それで、どうしたんだ」
「聖王国は陛下の交渉に応じませんでしたが、逆に聖王国の要求に応じない場合は国民を奴隷にし、残虐に処刑すると陛下達を脅したのです」
「反吐が出るな」
「全くなのです。そして、陛下はご決断なされたのです。陛下は自らの命と魔力を対価として、生き残りの王族ごと城の一角を氷で閉ざしたのですよ」
「氷で閉ざした?」
「はいなのです。陛下達が生きて、交渉できる状態だと国民達が更に傷つけられる可能性が高かったのです。なので、陛下は全ての王族を凍りつかせて封印することによってそれ以上の暴挙を止めることにしたのですよ」
「……なるほど」
聖王国の要求に応じても、応じなくても犠牲が増えることは火を見るよりも明らかだ。なら、自分達の身を守りながら交渉自体を出来なくしてしまえば良い。そうすれば、自分達と交渉するために誰かが殺されることもなくなると。
問題の先送りにしかならないだろうが、聖王国としては一番イヤな手だろうな。聖王国は何よりも王族の血を欲していたんだろうし。肝心の相手と交渉も手出しもできないなら無為にメリナード王国民を殺す意味もない。奴隷として扱き使ったほうがまだマシだろう。
奴隷にされる国民にしても死ぬよりはマシだし、生きてさえいれば逆転の目はある。ある意味で合理的な判断だろうな。残される国民達は大変だろうけど、そうすることで守られる命は多いはずだ。
「でも、魔法なんだろう? 時間経過で効果が薄れたり、強制的に解除されてしまったりはしないのか?」
「勿論その可能性は皆無ではないのです。とは言っても、強大な魔力を持つ陛下がその生命まで捧げて行使した大魔法なのです。そう簡単にはいかないのです。それに、私達もお守りしているのですよ」
「せいおうこくのまりょくもちがきたらー、おいはらってるのよー?」
ライムがそう言いながら触手状にした体の一部で俺の胸のあたりをペシペシしてくる。それは追い払い方を表現しているのか……?
「なるほど……じゃあ対外的にメリナード王国の王族が聖王国に連れ去られていることになっているのは?」
「メリナード王国民の反抗の意思を削ぐためのプロパガンダなのです」
「でも、三年前には反乱が起こってるよな?」
「それは王族の方達の存在は関係なしに起きた反乱なのですよ。聖王国の苛烈な統治に対して旧メリナード王国民が決起した結果なのです」
「って、せいおうこくのしさいがいってたー」
「なるほど」
反乱を起こされるほど奴隷に厳しく接するのって非効率的だと思うんだけどなぁ……生かさず殺さず、ほどほどの待遇で反乱を起こさせないように統治するという選択肢はないんだろうか?
ないんだろうなぁ、聖王国だもんなぁ。異種族は人間に奉仕して当然、みたいな差別主義モリモリのアドル教が国教なんだもんなぁ。
「しかし、そこまで王族の存在が漏れないものなのか……?」
ポイゾ達が外部に伝えれば良いのではないか? と思うのだが。
「……私達は契約によってこの城の敷地の外には出られないのです」
「聖王国に占領されてからというものの、亜人はこの城に近づけないしね」
「こぐんふんとうー」
契約とか気になるワードが出てきたな。
「その契約っていうのは?」
「私達は普通のスライムではないのです」
「そうなの?」
「そうだよー?」
俺が聞くと、ライムが俺の顔を覗き込んでにこーっと笑う。普通と違うって言われても、他にスライムなんて見たこと無いからなぁ。
「普通のスライムは私達みたいに喋ったり、人の姿を真似たり、複数の複体を作って制御したりできないのよ。私達は先代の王と契約してスライムと融合した水の精霊なの」
「ライム達は水の精霊とスライムの悪魔合体の産物だったのか……」
「あくまじゃないーせいれいー」
「痛い痛い、ごめんて」
ライムにお腹をベチベチ叩かれた。結構痛い。
「じゃあ、ウォーターエレメント・スライムって感じの存在なわけだな」
「そういう感じなのです。元々は城内の警備や王族の身辺警護をする存在だったのですよ、私達は」
「それがなんでこんなところに?」
「スライムの特性を生かして元々下水の処理はしてたのよ、副業的な感じでね」
「今はこちらに本体を置いておいた方が安全なので、こちらをメインに活動しているのですよ。王族の方々の警護に関しては魔力持ちだけを妨害すれば良いのです」
「おしろにいるとー、あぶらをかけてひをつけられたりー、どくをぶつけられたりー、まほうをぶつけられたりするからー」
「それはひどい」
つまり、三人は王族を守りながら城の地下に潜伏して機を窺っているというわけか。で、王族の皆さん――つまりシルフィの家族は、シルフィの父親がその身を犠牲にして、二十年前からずっとこの城で身も心も凍りつかせて解放を待っていると。
「シルフィなら生き残りの王族を助けられるのか?」
「恐らくは。陛下はいつの日にかシルフィエル様が黒き森のエルフを率いてメリナード王国を奪還するかもしれない、と仰っていたのです」
「そうか」
それは現実になりつつあるわけだし、シルフィのお父さんには先見の明があったのかもしれないな。
「だいたい事情は理解できた。さて、そうなると俺はどう動くかな……?」
装備を整えればシルフィ達の元に戻ることは不可能ではないと思う。できるだけ街道を使わないように移動して、休む時は小型の地下シェルターでも作って休めばいい。王都から抜け出すのだって馬鹿正直に門を通らなくても、地下でも掘り進んでいけば良いだろうしな。
というか、この下水はまず間違いなく王都の外まで続いているだろう。ライム達に案内してもらえれば王都の外には簡単に出られるはずだ。
しかし、折角敵陣深くまで入り込んでいるのだから何かしらの破壊工作をしていきたい気もするな。聖王国軍の活動資金や軍事物資を奪う事ができればシルフィ達にとって大きな手助けとなるのではないだろうか? 要人の暗殺なんかも良いかもしれない……俺にできるかどうかは別として。
俺は別に優秀なアサシンでもなんでもないというか、なんならまともに人間相手に武器も向けたこともないからね。仕方ないね。
しかし、あまりやりすぎると聖王国の本国から援軍が送られる可能性もあるか? でも、それも時間の問題だろうしな。被害を拡大させたほうが良いか……? うーん、悩ましい。
それにしてもライム椅子は快適だな。これは完全に人をダメにするアレですわ。あと、後頭部の感触が素晴らしい。スライムだからおっぱいも何もないんだろうけど。
「きもちいい?」
「実に良い感じだな。素晴らしい」
「えへへー」
ライムがニヤニヤしながら俺の腹をぴたぴたと叩いてくる。その様子をベスとポイゾは何故か微妙な表情で眺めていた。なんだろう、嫉妬オーラ的なものを感じる。最近そういうのに鋭いんですよ、ぼく。
「そういえば、ライムもそうだしベスもポイゾも随分と簡単に俺に気を許したよな。聖王国の回し者じゃないかとか思わなかったのか?」
「そういえばなんでかしらね。そう言われると不思議だわ」
「なんだかコースケからは心地よい気配がするのです」
「なんだそれ……ああ、そう言えばシルフィに妙に精霊に好かれるとか言われたことがある気がするな」
確かあれはシルフィと出会った夜のこと。ボコボコにされた傷をシルフィが精霊魔法で治してくれた時のことだったな。何か体質的なものなんだろうか? それとも俺が稀人だからだろうか? シルフィも理由はわからなかったみたいだし、半分精霊のベス達もわからないならわからなさそうだな。
「いずれにせよ、シルフィ達と連絡を取って無事を報せなきゃならないな。となると、ゴーレム通信機が要るか……」
クラフト登録は済ませてあるから、材料と改良型作業台さえ揃えば作れるだろう。出力が足りないだろうから、それを補う方法も考えなきゃならないな。アイテムクリエイションを使って持ち運び出来ない代わりに高出力のゴーレム通信機を作れないだろうか? 試してみるしか無いな。
となると、まずは作業台を作るために簡易炉を作って、鉄作って、採掘ポイントを探して……うーん、やることがいっぱいだぞ。地下道と下水道の地理もわからないし、ライム達にも協力を要請するべきだろう。対価はギズマ肉が山ほどあるし、これで払えないだろうか?
もしダメだったら、交渉するしか無いな。俺が行方不明となるとシルフィやアイラ、ハーピィさん達が何かしでかすかもしれないし。いや、そこは大丈夫かな? 皆俺よりも歳上だものな。無茶はしないだろう。多分。
「よし、方針を決めた。まずは力を取り戻すのが先決だ」
「ちからをとりもどすー?」
「具体的には?」
「地下でいろいろな素材を集めて、各種作業台やアイテムを作れるようにしないとな。協力してくれないか?」
「ふむ、そうね……?」
ベスが考えるような素振りを見せて、体の一部をポイゾやライムに触れさせる。それ情報交換してるよね? 何? 何をやり取りしてるの?
「そうね、協力してあげてもいいわ。勿論、タダでとは言わないわよね?」
「それは勿論、俺に出せる範囲の報酬なら出すぞ。ギズマ肉でよければまだあるし」
「おいしーの、ほしいのよー」
ライムが俺の顔を覗き込んでにこにこと笑う。何故か背筋がゾクリとした。気のせいか?
「今はギズマのお肉で満足なのです。そのうちまた美味しいものを出してもらうのです」
「あと、外の話も色々聞かせてもらうわよ。私達、娯楽に飢えているのよ」
「確かに、こんな地下じゃ色々と退屈だろうな」
娯楽に飢えている、かぁ。定番のリバーシとかチェスとか将棋とかトランプとか遊具を作ってみるのも良いかもしれないな。ああ、双六なんかもいいか。
「じゃあ、協力してくれるってことでいいんだな?」
「いいよー」
「良い暇潰しになりそうだしね」
「ギブ・アンド・テイクなのです」
三人とも快諾してくれた。よしよし、これで先が見えてきたな。なんとかなりそうだ。まずは今日一日ゆっくりと休んで、心と身体を落ち着けるとしよう。キュービの野郎に拉致られてからこっち、考えることやら何やらが多すぎて疲れ気味だからな。こういう時に無理に動いても効率が悪いし、思わぬ失敗をするかもしれない。
よーし、明日から頑張るぞ!




