第083話~地下で始まるサバイバル~
ベッドの毛布を取っ払い、身体を支える木の板の一枚をくすねる。袋に藁を詰めただけの雑な枕から藁を抜く。そして独房の片隅にある修繕された壊れかけの石壁から石を採取する。後はこれらをインベントリにぶちこんでクラフトすれば石斧の完成だ。
さて、あとはこいつでどこをいつ掘るかだが……鉄格子の嵌まっている小さな窓から差し込む光を考えるに、日没まではまだ時間がある。流石に日の高いうちから石斧でカンカンやってたら看守が飛んできそうだな……というかここ、看守はいるのだろうか?
他に独房に入っている人とかいないのかね?
「へーい、誰か他に居るかい? 新入りのコースケでーす」
へんじがない。ここにはおれしかいないようだ。
致し方ない、他にも囚われ仲間がいるなら情報交換でもできるかと思ったんだけどな。しかし、こんなに立派な独房なのに使用率が低いとはな。うーん、聖王国の人間で独房に収容されるような凶悪な犯罪者は少ないということだろうか? 反抗する亜人なんかももう少ないのかね。
いや、そういうのはその場で処分されちゃうのかもしれないな。うーん、聖王国統治下での実情というものを知りたい。情報が、情報が足りん。
そんなことを考えつつ俺は徐にベッドをインベントリに収納し、ベッドの真下になっていた石床を石斧でコンコンし始める。
コン、コン、コンとなかなかに騒がしい音が鳴るが、看守が怒鳴り込んでくることも、隣人にうるせぇと文句を言われることもなかった。両方ともいないのかね? なに? 放置プレイ?
あー、もしかして世話を全くせず、孤独と餓えで俺の心身を弱らせる気かな? 水瓶の水は新鮮なようだが、これじゃあきっと水も三日くらいしか保つまい。で、俺の心身を弱らせきったところで颯爽と俺を助ける聖王国の善玉。その善玉に優しくされ、取り立てられて心酔する俺、みたいなシナリオかな?
現状では妄想でしかないが、無くもない感じに思えるな。独りぼっちは寂しいし、ひもじいのは辛いものな。水も食料もなく、放置されて死にそうになっているところで助けられて優しくされたらコロっといくかもしれん。
「ま、俺には効かないシナリオだけどね」
俺のインベントリの中にはちょっとした量の調理済みの食料と生鮮食料品がある。生鮮食料品の中には水も野菜も果物もある。今の俺に兵糧攻めをするなら余裕で年単位の時間が必要だと思う。
ギズマの生肉だけは火を通さないとどうしようもないけどな……あれは生で食っちゃいかんだろう。というか、生で食いたくない。おなか痛くなりそう。
全くもって邪魔される気配がないので、ガンガン石床を掘り進む。下水管を傷つけないようにしながら並行して俺が中を歩けそうな下水道を見つける必要があるわけだが……暫く石斧で掘り進むと土が出てきたので石シャベルを作って持ち替えてまた掘る。
不思議な感じがするなぁ。普通、こういう地下通路って予め作ってから更に土台を打って、その上に建造物を建てるものじゃないのか? いや、専門的なことはわからんけどそういうイメージなんだよな。
ああ、でもこの世界には魔法があるものな。城を作った後に魔法で地下を掘削して魔法で土を岩に変えながら地下通路を作ったりってことも出来ないことはないのか。俺と一緒に防壁を作った時にアイラも同じようなことをしていたものな。
というか、掘り進んできて当然とも言える問題が出てきた。
「暗くて何も見えねぇ……」
これは松明が要るが……ベッドを完全に解体でもしないと木材が足りんな。これは困った。
お隣の独房まで掘り進んでお隣のベッドを犠牲にするか……? いや、どっちにしろ独房に留まるというのは良い選択肢とは思えない。ここはベッドを犠牲に焚き火と松明を召喚しよう。
というわけで独房に戻り、ベッドを完全に解体して木材を作る。何かに使えるかもしれないので、枕や毛布、水瓶も回収する。
あ、手枷と足枷? とっくに収納済みです、はい。
そして木材とインベントリ内に保管してあった火のついた火口を使って焚き火を起こす。
火口はあるのかって? そりゃこんなもん取り出しても燃え尽きるだけだから例の広場では出してなかったよ。
というか、何故俺はあんなに迂闊な真似をしたんだろうな? 狐か狸に化かされた気分だ……そういやキュービは狐か。もしかしてあいつは他人の思考を誘導するような面妖な術でも使えるのか……? よく考えてみれば名前も『九尾』だしな。
今更だが、考えるほどに不思議だ。よく考えればキュービは怪しいところが多い……いや、後知恵だな。何もかも今更だ。しかし、だとするとこの状況は一体なんなんだ?
俺に対してこの程度の拘束は何の意味も為さないというのはキュービもわかっているはずだ。俺の能力が聖王国の連中に正確に伝わっているなら、この程度の拘束で済むはずがない。
俺の能力を警戒してインベントリの中身を吐き出させたはずなのに、俺を拘束する態勢はまるで普通の囚人を想定しているかのような内容だ。
あまりにも対応がちくはぐだよな?
これがキュービの意図した通りだとすれば……俺だけでなく、聖王国までもがキュービの手のひらの上でいいように転がされているんじゃないかと思えてくる。実際には聖王国の上層部というか、ここを治めている奴がキュービの忠告を無視しているだけの可能性もあるけど。
「うーん……わからん!」
まぁ良い、考えてもわからんことはわからん。推測の域を出ないしな。
とにかく松明をある程度作って石床に空けた穴に飛び込む。勿論焚火は回収しておく。そして石でクラフトした石壁ブロックで穴の中から入り口を塞いでおく。これでそう簡単には追ってこれまい。
空気は大丈夫なのかって? この松明、何故か酸素を食わないっぽいんだよな……そもそもいつまでも燃え続けるし、火に触っても熱くない。そりゃアイラの目から光も消えるってもんだよな。相変わらず物理法則にも魔法法則にも喧嘩を売っていらっしゃる。
土の地面に設置した松明の光を頼りに石シャベルを振るっていると、また石壁に突き当たった。ついに下水道に辿り着いたのだろうか? 石斧に持ち替えて今度は石斧を振るう。
カン、カン、カン、カンと。
そうして何m掘り進むと、遂に目的の下水道に……本当に下水道か? ここ。
地下道なのは間違いないが、下水らしきものは流れていないし、覚悟していた悪臭もない。俺が追ってきた下水管はこの地下道より更に下に伸びているようだ。
城の地下にこんなものが……? もしや王家の秘密の地下道とかそういうのだろうか。だとすると、これは外に繋がっているのでは?
俺の運も捨てたものじゃないな! 本当に外に繋がってるとは限らないけど!
本当にこれが脱出用の地下道かどうかはわからないが、もしそうだとすれば危険は無いと考えて良いだろう。退路に罠や魔物が配置されてて逃げようとした王族が死ぬ、なんてことがあってはならないわけだし。
でも警戒は怠らない。ぼくはできるサバイバーだからね!
空気の心配も無くなったので穴を掘り進んでいたときよりは気分は楽になったな。うん。
暗くてちょっと怖いが、右手に石斧、左手に松明を持って地下道を探索する。このスタイルは初めてこの世界で森を探索した時の事を思い出すなぁ。あの時と違って石斧しかないのは少し不安……あ、いや、木材は少し残ってるし石はあるから石槍くらいは作れるか。作っておこう。
石ナイフと石槍も作った。石シャベルもあるしこれで石装備は揃ったな! え? 石ツルハシ? そんなものはない。クラフト品にも無いし、アイテムクリエイションでも出てこないんだよね。不思議。攻撃用途の石のウォーピックは作れたけど。
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
「……っ!」
振り向き、たいまつを掲げる。何をしているのか? そう思うだろう? いや、何かさ。さっきから後ろから何かの気配がする気がするんだよね。足音は聞こえないんだけど、何かが這いずってきているような……いやいやいや! まさかね! こんな場所に何がいるっていうんだよ、HAHAHA!
落ち着け、落ち着くんだ俺。こういう時は焦ったら負けだ。ホラー映画とかだとそんなものは気のせいだ、と無防備でいたら死ぬ。でも怯えすぎても死ぬんだよな。というかこの状況、ホラー映画だったら完全にダメなやつでは?
考えろ、考えるんだ! 正体不明の謎の生物相手に手持ちの武器で何ができる……!?
ええと持ち物は……石ナイフ、石斧、石槍、石シャベル、松明数本、焚火、水瓶、手枷と鉄球付き足枷、火口、食い物多数……閃いた!
俺はおもむろにギズマの生肉をインベントリから取り出し、松明を地面に設置してその横に置いた。そして俺はしゃがんで隠密モードに移行し、暗がりからギズマの生肉を観察することにする。
そうして少し待つと……き、きた! なんかきた! うぞうぞジュルジュルと不定形の名状し難い何かがきた! テケリ・リとか言いそうなヤバいやつ!
これはスライムですね。はい。どう見てもドラ○エに出てくる可愛らしい弱いやつじゃなくて、古典的なTRPGに出てきそうな厄介な方の。
スライムは松明の直ぐ側に置かれているギズマ肉を警戒しているようだ。警戒するということはどうやら知能が高そうである。俺に見つからないように後を着けてきたのも本能というよりは警戒してということなのだろうか?
本体から触手のようにスライムの一部が伸びてギズマ肉をちょんちょんとつついたりしている。確かめるようにギズマ肉をつつきまわし、撫で回したりして罠はないと判断したのか、触手のように伸ばした体の一部を器用に使ってギズマ肉を本体に運んでその身体に取り込んだ。美味しく感じているのでスライム全体がプルプルと震えている。
「おーいしー♪」
「キエェアァアァアァ!? シャベッタァァァァァ!?」
「ぴぃっ!?」
スライムが言葉を喋ったので思わず声を上げてしまった。そして俺の声にびっくりしたのか、スライムは身体を縮こませている。
「お、おお、お前喋れるんか!?」
「ひえぇっ! にんげんさんにみつかったぁ! ふかく!」
「いや、不覚ってお前……」
罠を警戒する知能はあるのに堂々と姿を晒して囮の肉食っておいしーとか言ってたやないか。言葉を操れる程度の知能はあっても、あまり頭は良くないのかな?
「いじめる?」
プルプルと怯えるように震えながらスライムが問いかけてくる。
「いや、いじめないけど。お前、いや君も亜人……なのか……?」
スライムは亜人に含めて良いものなのだろうか? このスライムの大きさは……うーん、人を駄目にするソファくらい? 結構大きい。体積は結構あるよな。色は綺麗な水色だな。重油っぽい玉虫色に光る黒色ってわけではない。そんなんだったらSANチェックとか入りそうだけど。
「あじん、いじめないの?」
「いじめない。俺はオミット大荒野の向こう、黒き森で亜人と仲良くなって一緒に生活してたんだ。色々あって聖王国に捕まって、今は脱出中だ」
「へー……」
スライムは以外に速い速度で俺に近づき、俺の周りを這いずりながら観察するように細い触手の先端を向けてきた。なんだか視線を感じる気がするし、きっと本当に観察しているんだろう。
「さわってもいーい?」
「触るだけならいいぞ。痛いのとか食べるのとかはやめろよ」
俺はそう言ってその場にあぐらをかいて座り込んだ。どうやら話の通じる相手のようだし、敵意は感じられない。まるで子供みたいだ。ここは好きにさせて警戒心を持たれないようにするのが良いだろう。
「いたいのしないよー」
スライムはプルプルと震えながらそう言って、俺の手や腕、足首や首筋などをペタペタと触ってきた。何をやってるんだろうか、これは。
「えるふと、たんがんぞくと、はーぴぃのあじとにおいがする! ほかにもいろいろ!」
「味!? 匂い!?」
今朝も朝風呂には入ったんですけど? それでは流しきれない何かを感じたのだろうか、このスライムは。
「わるいにんげんじゃなさそうだから、らいむたちのおうちにつれてってあげる!」
「おうち……? そこにはお前よりもその……物知りなやつはいるか?」
「いるよー」
「ほう……よし、そこに連れてってくれ」
「わかった! こっち!」
スライム……いや、ライムか? とにかく彼……彼女? スライムに性別ってあるんだろうか? とにかくライムが移動を始めたのでその後をついていくことにする。スライムは鈍重ってイメージがあるけど、意外と速いな。俺が歩く速度と大差ない。
「俺はコースケだ、よろしくな」
「こーすけ! らいむはらいむだよ!」
「そうか……よろしくな、ライム」
暗い地下道の探索には少し気が滅入りそうだったが、友好的な相手と早速接触できたのは運が良かったな……うん、やっぱり俺の運も捨てたもんじゃないな!
スライム娘はいいぞ_(:3」∠)_