第080話~暗転~
アイラやハーピィさん達の気遣いによってシルフィと二人きりで夜を過ごし、その翌日から俺は精力的に働き始めた。夜はシルフィやアイラ、ハーピィさん達が癒やしてくれるからね。毎日元気いっぱい……なんか吸われてる気がするけど、元気いっぱいだよ!
住人が避難していなくなっているのを良いことに家を取り壊し、移築して区画整理を断行したり、防壁の修理と強化をしたり、元々長大な堀を深くしたり、一日中石臼で穀物を挽かされたりしたけど。
ぼくはげんきです。
「目が死んでんなぁ……」
「お前も一日中石臼を回してみろ。俺の気持ちがわかるぞ」
「遠慮しておくわ」
数日かけて早急にこなさねばならないタスクを完了した俺は、一日の休暇をもらっていた。今日の随伴、というか護衛はキュービである。本来、俺の護衛はレオナール卿かザミル女史の役目なのだが、二人はアーリヒブルグ以南の聖王国軍掃討作戦でそれぞれ部隊を率いているために不在なのだ。
アーリヒブルグの制圧は一応終わっているのだが、まだどこかに聖王国軍の兵士が潜伏しているかもしれないし、何らかの方法で聖王国軍の密偵が入り込んでいるかもしれない。なので、休暇を街中で過ごす際には護衛が必要なのだ。
本当はシルフィかアイラと一緒に街中を見て回りたかったのだが、二人ともそれぞれの仕事で忙しいんだよな。
「んで、休暇っつってもどこ行くよ? 買い物ってこともないだろ」
「まぁ、そうだなぁ」
俺の場合、欲しいものは大体クラフト能力で作れてしまうんだよな。中々手に入らない希少な素材なら買うのも吝かではない……というか、結局魔化した素材に縁がないんですよね。後方に用意してあるようだけど、行く機会がないし、結局生産拠点を作っている間にも手に入れることができなかった。扱っている商人と接触できなかったんだよな……。
「娼館にでも行くか?」
「興味はあるけどバレた時が怖いからパス」
「だよな」
娼館で発散する元気があるなら『大丈夫』だろうということで夜の生活が大変なことになりかねない。あと、単純に今後の休暇に響く予感がする。それは死の匂いがする選択肢だ。
「じゃあ酒場か?」
「酒もツマミも自作のが美味いんだよなぁ……可愛い女の子やお姉さんが接待してくれる系の店は娼館と同じ理由で行きたくないし」
「それもそうか」
うちの子達はちょっと常人離れしているところがあるので、僅かな痕跡から看破されかねない。まぁ、興味っていっても物珍しさくらいだしなぁ。そういう方面はシルフィ達で十分というか、間に合ってるし。
「んじゃ打ちに行くとか」
「打ちにって博打か? どんなゲームがあるんだ?」
「そうだな……」
聞いてみると、サイコロを使った丁半博打のようなものだった。酒場のテーブルや賭場などで遊べるらしい。
「なるほどなぁ。どこにでもダイス遊びってのはあるんだな」
「行ってみるか?」
「やめとく。素人が行ってもカモにされるだけだろうからな」
「わかってるな」
賭けなんてのは胴元が儲かるようにできているものである。その環境ですら稼いでいるような猛者を相手にド素人の俺が何をできるというのか? ケツの毛まで毟られるのがオチというものだ。
「こうして考えると、休暇を貰ってもあんまやることねぇなぁ」
「普段はどうやって過ごしてるんだ?」
「新しいアイテムの開発とか?」
「それは休暇なのか……?」
「新しい物を考えて作るのはまぁまぁ楽しくはあるぞ?」
実際に解放軍で運用するかどうかは別として、強力な武器とかは作ってはある。いつ何が必要になるかわからないからな。
「折角の休日なのに休む酒も博打も娼館も今ひとつってなると何をするんだ?」
「適当に街をぶらつく……?」
「もう一度言うけど、それ休暇じゃなくね?」
そんな話をしながらキュービと一緒に街をぶらつく。アーリヒブルグを制圧してもう一週間以上経つ。人々はそれなりに落ち着きを取り戻し、新たな日常を過ごしているようだ。今まで亜人を奴隷として使ってきた人々にとっては肩身の狭い日常であるようだが。
「街の中はまぁまぁ落ち着いてきたんかね」
「そうだな。まだトラブルは絶えないみたいだが」
「せやろなぁ」
今まで奴隷として家畜と同じように扱ってきた亜人達を自分達と同じ『人族』として扱うことを強制されるようになったわけだからな。亜人奴隷達はその身分から解放され、解放軍の保護下に入っている。
とりあえず食わせていくことはできると思うが、奴隷として長い時を過ごしてきた彼らには財産というものがない。解放して『君たちは自由だ! 後は頑張れ』と放り出すわけにはいかないというわけだ。とりあえずは衣食住の面倒を解放軍が見て、独り立ちができるように支援をしていくらしい。
同時に、亜人達に過酷な労働環境を押し付けて儲けていたような者達の財産などの差し押さえや没収なども行っているようだ。その辺の基準はよくわからないが、毎日毎日メルティが楽しそうな顔をしながら街に繰り出していくので色々と捗っているのだと思う。盛者必衰というかなんというか……まぁ、自分でしたことのしっぺ返しを食らうなら因果応報と言ったほうが正しいのか。
「メルティがだいぶ大鉈を振るっているようだが、大丈夫なのかね」
「あー……まぁ、なんだかんだで上手くやると思うぜ。あいつは強かだし、人間だって馬鹿じゃないからな」
キュービの話では時勢を読んでメルティというか解放軍に積極的に協力している元聖王国民の商人などもそれなりに出てきているらしい。それに、聖王国民だからといって全員が全員亜人を迫害しているわけでもないのだという。
「聖王国民の中にも色々居るってこった。信心深いやつ、そうでないやつ、俺みたいな亜人を迫害するやつ、そうでないやつってな」
「そりゃそうだろうな」
亜人奴隷を大量に使っているような主人というのは実に両極端で、亜人を酷使して阿漕に稼いでいる者か、逆に亜人を重用して良い労働環境や労働条件を整えているかのどちらかであるそうだ。
前者は容赦なく潰され、後者は優遇されて解放亜人奴隷達の働き口として利用されているらしい。
「それにしたって限界が無いかね?」
「要は潰した商会の持っていた利権やなんかを与えて懐柔してるわけだ。新しい利権で利益を上げるためには自前の人材を投入する必要があるわけでな」
「なるほど……? じゃあ潰された方の奴らはどうなるんだ?」
「基本的に財産没収の上、アーリヒブルグ以北に放逐だと」
「えげつねぇ」
「処刑されないだけマシだと思うけどな」
「処刑」
そうだよなぁ、この世界は遍く全てに法の支配が及んでいるわけじゃないというか、寧ろ今の解放軍統治下にある地域なんて『法? 何それ美味しいの?』状態だものなぁ。
実力でアーリヒブルグ以南を制圧したシルフィ達解放軍は、やろうと思えば亜人差別者やアドル教信者達を『物理的』に排除できる立場でもあるわけで……そう考えると血の雨を降らせていない今のやり口は相当に穏便なのかもしれないな。
商業区画に入ってきてみれば、精力的に商売をしている店と扉を閉め切ってひっそりとしている店とがある。この両者の差というのが所謂メルティの仕事の結果ということなのだろう。
「大丈夫なのかねー」
「何がだ?」
「いや、先行きが色々と不安でな」
正直、俺には国の統治なんてのは全くわからないからどうしようもないんだけどね。俺にできることなんて人々が餓えないように、安全に暮らせるように、そして外敵に対抗できるように色々な物を作り出すことくらいなわけだし。
「そういうのは姫様やメルティに相談するんだな。俺にゃ荷が重い」
「だよな」
政治のせの字も知らない野郎二匹にはどうしようもないことである。今晩にでもシルフィやアイラに相談してみるか。
「そういや気になってたんだが、お前ってどれくらいの物を持ち運んでるんだ?」
「ああ、インベントリの中身か? うーん、まぁ中々の量だな」
俺自身も完全に中身を把握しているとは言い難い。木材、石材、粘土、鉱物、皮革や腱などの生物素材、部品類、合金類、武器、弾薬、ツール、衣服に食料にハーピィさん達の羽とか……?
「時間があるなら一回整理してみたらどうだ? 俺もどんなものが入ってるのか気になる」
「ふむ……それも良いな。時間がある時にしかできないし。でも、ブツを広げられるスペースが要るぞ」
「ほら、一昨日更地にした西の城壁近くの空き地があるだろ」
「ああ、あそこか」
所謂スラム街のようになっていた地域で、ボロボロの掘っ立て小屋みたいなのが乱立してたんだ。それを俺が一掃して、新しく整備する計画である。スラム街に住んでいた住人は市内の別の場所に住まいを与えられていたようだから、更地にするのに大した苦労はなかった。
商業区画から少し歩き、だだっ広い更地に出る。
「どれ、全部放出していくか」
「俺はちょっと離れて見てるぞ」
「そうしろ」
放出した丸太の下敷きとかになられても困るし。
というわけで、黙々とインベントリの中身を空き地に吐き出していく。木材、石、粘土、鉱物類などは数が多い。特に木材は先日大量に伐採したので、凄い量がある。
「つくづくお前のソレ、とんでもねえな」
「わかる」
木材や石、粘土を放出し終わったら次は繊維やしなる枝、精錬した鉄や鋼の板バネ、ガラスや機械部品、皮革類や強靭な腱、火薬などの中間素材を並べていく。
「この辺は俺にはよくわからんものも結構あるな」
「中間素材ってやつだな。基本的な素材を加工してできたもので、これをさらに加工していろんな物を作るわけだ。これ単体で何かに利用できるってことはないんじゃないか」
次は建設ブロック類なんだがそういえばアイテムとして実体化して取り出したことは無かったな?
「なんだこれ」
「建築系のブロックだ。これ一つで幅、高さ、奥行き一mのブロックになる」
「サイコロみたいだな」
実体化した建設ブロックはサイコロのような形で実体化してバラバラとインベントリから出てきた。こうしてみるとあれだな、あの踏むと痛いブロックみたいだな。
「食料の類は出すと痛むからなぁ」
「それは良くないな」
食料はスルーして、次は武器を並べていく。
作って以来死蔵しているような品も多い。刀剣類に弓矢、銃器類に弾薬、爆弾類、大砲やその砲弾、クロスボウやバリスタ、投石機なんかもある。
「物騒な品が出てきたな。見たことのないものも多いけど」
「作った武器も全部が全部実用に足るものばかりじゃないからなぁ」
主にコストの面でな。特に銃火器類は弾薬のコストがマジで洒落にならないんだ。同じ火薬量を使うなら爆弾の方がよっぽど効率が良い……人相手に使うのに効率なんて話もちょっとアレだけどな。
後は家具類や細々とした生活用品や衣服、あとはツール類か。
「おい、このツルハシとかシャベルとか斧とか……」
「ミスリル製だぞ」
「頭がおかしくなりそうだ」
そして大体全ての物をインベントリから出し終えた。広々としていた空き地の一角が資材やら何やらでカオスなことになってんな。インベントリには食物とハーピィさん達の羽くらいしか残っていない。
「これで全部か?」
「そうだな、だいたいな」
「なるほど……すげぇなこりゃ」
「これでもだいぶ減ってるはずだけどな」
実際、アーリヒブルグに着いてからは修繕やらなにやらのためにかなりの資材を消費したし、食料や解放軍の使う武器弾薬の類も殆ど倉庫に収めた。
「お前の能力って、材料が無いと殆ど何もできないんだよな」
「ん? まぁそうだな。無から有を生み出す力じゃないし」
最近解放軍の人々に誤解されがちなんだよなぁ。俺は何でも魔法で作り出す魔法使いじゃないんだが。
「だったよな、前にそんなことを言ってたのを聞いたよ」
キュービが俺の肩に手を置く。何だと思って振り返ると、キュービが拳を振りかぶっていた。
「がっ!?」
キュービの拳が俺の顎を打ち抜き、視界がぐらりと揺れる。そして何かが俺の首にするりと巻き付き、首を絞めてきた。首を絞めてきたものに爪を突き立てるが、その毛皮には全く爪が立たない。
「な、に……!?」
「悪ぃな。殺しはしないから安心しろや」
キュービのそんなセリフと共に急速に視界が暗くなってくる。頸動脈を圧迫されてるのか、意識が……くそ。
俺の意識はそこで途絶えた。
大丈夫だ、鬱展開は僕自身が嫌いだからね!_(:3」∠)_




