第074話~ミスリルツール~
寝不足は良くない(戒め)
結局、生産拠点はアルファ砦の近く、メリナード王国側に歩いて三時間ほどの地点に作ることにした。
聖王国軍がアルファ砦に攻めてきた際に戦場となる可能性があったが、都合二回も俺達の討伐に差し向けた軍団が撃破され、更に砦を三つ奪い取られた聖王国軍がこの上で更に討伐軍を差し向ける可能性は極めて低いだろうと判断されたためだ。
「つまり今の俺達はメリナード王国領で好き放題できるわけだ」
「油断はできない」
「それはそうだな」
上空にはハーピィの斥候も飛んでいるし、一応ここにも三十名ほどは戦力を配置している。生産拠点の中心には生産者達の宿舎や物資を備蓄する倉庫、それを守る兵舎に防壁も供えた小型の砦も作ってあるし、いざとなればここに篭って防戦すればいい。防戦している間にゴーレム通信機で増援を呼ぶなり、砦の中からハーピィを飛ばして爆撃するなりすればなんとでもなるだろう。多分。
「ところで、アイラが随伴ってのは珍しいよな。こういう時は大体腕っぷしの強い人が護衛につくことが多いのに」
今回の俺の随伴は三〇名の兵と三名のハーピィ、そしてアイラである。腕っぷしの部分は三〇名の兵で補うという判断だろうか?
「アルファ砦にいる人員で一番強いのは私。順当」
「え? マジで?」
「マジ。これでも私は元宮廷魔道士」
確かにアイラの魔法は凄いと思うが、そこまでか? でも、考えてみればアルファ砦にいるのは一般兵が多数で、その他にはキュービかウォーグくらいしかいなかったか。主力はガンマ砦だものな。
「私が本気を出せば一人で聖王国軍の兵を五〇人は倒せる。多分」
「多分なのか」
「接近戦は苦手」
それはそうだろうな、と思う。アイラの身体は小さいし、至近距離で物理的な暴力に曝されたら為す術もなさそうだ。
「コースケ、農地はどういう感じにするの?」
「ああ、それな。この拠点の周りにガーッと広く作ろうかと思っているぞ。農地の周りには柵があれば充分なんだよな?」
「ん、オミット大荒野で作ったような分厚いレンガや石の壁はいらない。木の柵とか壁があれば充分」
「それなら材料は周りに沢山あるし、大丈夫だろう」
この辺りは森が近く、街道から少し離れれば森の中である。生産拠点の起点となる砦も街道から少し離れたところに設置した。
「これを全部切り倒すのは大変」
「ふふふ、大丈夫だ! こんな事もあろうかと秘密兵器を作ってある」
そうして俺はインベントリから斧を取り出した。刃が白銀色の金属でできている斧である。
「その斧、まさか……」
「ミスリルで作った伐採斧です☆」
ちなみに必要素材はこんな感じだった。
・ミスリルの伐採斧――素材:ミスリル×4 木材×1
素材は意外と安いんだよね。ミスリルを使うってところと、作成時間が長いところ以外は。ついでにミスリルのツルハシとミスリルのシャベル、ミスリルのクワも作ってある。使用素材は伐採斧と同じだった。
いつ作ったのかって? 夜寝る前に、というか寝室に行く前にクラフト予約を入れておけば朝には出来上がっているさ。俺だって毎晩毎晩抵抗の余地もなくアーッ! ってなってるわけじゃないんだからな。
「コースケ……おバカ?」
「ひどい」
「ミスリルの無駄遣い」
「無駄なんかなじゃいぞ。今からこの斧の力をお見せしよう。あと、ミスリル余ってるし」
あの渓谷をただの渓流にするレベルで採掘したからね。塵も積もればなんとやらでミスリルの在庫はだぶつき気味だ。ミスリル銅合金やミスリル銀合金に使うミスリルの量なんて高が知れてるしな。
「今度わけて」
「シルフィに聞いてくれ。高額なものらしいし俺の一存では決められん」
「わかった」
アイラが鼻息をフンスと荒くして気合を入れているのを横目に、俺はミスリルの伐採斧を木に振るう。
「そいやっ」
カンッ、ゴトゴトゴトゴトッ!
「コースケ……」
「いや、便利になっただろう?」
「そうだけど……」
立派な木がミスリルの伐採斧による一撃で多数の丸太になったのを見たアイラがなんとも言えない表情を向けてくる。良いじゃないか、一撃で伐採が終わる斧とかチート級MOD並みの逸品ですよ? 他のミスリル道具だって凄いんだからな。
「とにかくこれで伐採が捗るわけだ」
「でも、切り株は?」
「そぉい!」
伐採後の切り株にミスリルの伐採斧を叩きつけるように振るうと、切り株は跡形も無く粉々に砕け散った。後に残っているのは可愛らしい苗木だけである。
「おお、これを植えればまた木が育ちそうだな」
「……そう」
久々にアイラの目から光が失われている。
良いじゃないか、ツーアクションで木が切り株から根まで含めて処理できるんだぞ? これなら森を切り拓いて農地にするのも楽ちんだな!
☆★☆
そう思っていた頃が、僕にもありました。
「はー、ほんと木が多い……」
「チラホラと魔物もくる」
農地を作るためにもまずは木を切り倒して土地を拓いているのだが、やはりそれなりの面積を畑にしなければならないので手間がかかる。一撃で木を切り倒せても数が数だ。
そして、森を切り拓いているのが気に食わないのか魔物達が襲ってくる。ゴブリン、でかい狼、でかい虫、触手の生えた肉の柱みたいなやつ、甲殻類とナメクジを足して二で割ったようなやつ、石の砲弾を飛ばしてくる亀みたいなやつなどなど不思議生物が押し寄せてきおる。
「あの亀みたいな奴はやばかったな」
「ロックスマッシャーはレア。この辺りで出てくるのは珍しい」
流石に分厚い甲羅部分には金属製の板バネを使ったゴーツフットクロスボウでも刃が立たなそうでどうしたものか、と思ったのだがアイラが雷の魔法を使って一撃で行動不能にした。後は兵が三〇人で囲んで槍でザクザクと頭を突いて仕留めてしまった。哀れな亀である。
「あれは肉が美味しい」
「そうなのか。じゃあ今日の晩飯はあの亀の肉を皆で食おうか」
「ん」
結構大きな亀だったので、全員で食べるだけの肉は採れるだろう。後でインベントリ内で解体しておこう。
三時間ほどかけてかなり広大な範囲を更地にできたので、今度はミスリルのシャベルの出番である。
「これで森の土を採取する」
「? なんで? このまま耕せばいい」
「森の土からは農地ブロックが作れるんだ。農地ブロックを敷いたほうが収穫が圧倒的に早いだろ?」
「うん。でも、ここは荒野じゃなく豊かな森だから耕すだけでも荒野よりは収穫量が多いかもしれない」
「……なるほど、そういう考えもあるのか。じゃあまずは半分だけ掘り返して農地ブロックを敷いて、もう半分はただ耕すだけにしてみよう。それで生育具合を観察したら良い」
「ん、そうするといいと思う」
そういう事になったので、アイラと一緒に森の土を掘り返していく。
「なに、それ」
「ミスリルのシャベルですが」
「おかしい」
うん、一掘りで五m×五mくらいの範囲が掘れてるね。これ凄いね。
「なんで……?」
「私にもわからん」
キメ顔でそう言ったらアイラに杖で尻を叩かれた。痛いです。良いじゃないか、便利なんだから。
「そう言えば、あの魔化した素材だっけ? あれって集まってるのかね?」
「コースケの付与作業台の材料? あれなら最前線……じゃなくて荒野中央砦に集めてあるはず」
「送ってもらわなきゃならんなぁ……」
「なかなか向こうに帰るタイミングがない」
「本当にそれな」
基本、今の状況だと俺は前線近くに出ずっぱりにならざるを得ないので向こうに戻る機会が無いんだよな。本当に馬車でも向こうに送って運んでもらわにゃならん。
「うん? でも荒野で馬車って使えるのか?」
「使えないこともない。ただ、大きな石とかを踏むととても危険だから速度は出せない」
「ギズマもいるしな……どこかでタイミングを見計らって帰るしか無いか?」
「こっちで集めるという手もある。商人の中には魔法素材を扱っている業者もいるから、そうした方が早いかもしれない」
「なるほど」
こんな感じで雑談をしながら森の土を掘り返し、掘り返した部分に農地ブロックを設置する。それが終わったら今度はクワの出番である。
「そーれそれそれそれ」
「……」
クワの一振りで一〇m×一〇mの範囲が一気に耕される。なんか衝撃波的なものが飛んで地面を耕すのだ。これ、結構な威力だし攻撃にも使えるのでは?
と思ってゴブリンの集団が出てきた時に使ってみたのだが、ゴブリン達の足元が耕されただけだった。そしてめっちゃゴブリンに襲いかかられた。危なかった。
「クワは地面を耕すことにしか使えない、と」
「じゃあ、コースケがミスリルの剣を振ったらどうなる?」
「ただの斬撃でしかありませんでした」
いくら理不尽な性能を誇るミスリル装備も、流石に戦闘面では俺に恩恵を与えてはくれないらしい。つくづく戦闘に向いてないんだな、俺は。
「ん、大丈夫。コースケのことは私達が守る」
「お願いします」
全く戦えないってわけでもないけどね。クロスボウも銃も撃てるし、いざとなったら不思議な動きで翻弄することもできるし。でも、やっぱり俺の力は直接戦闘向きじゃないんだなぁ。いや、スキルを振ったり、戦闘系のアチーブメントを達成したりすれば化けるかもしれない。諦めてはダメだ。
実のところ、そんなに切羽詰まってもいないし、痛いのは嫌だし、できれば危ないこともしたくないし、グロも嫌だしというわけであまり直接的な戦闘をしたいとは思わないけど。
でもなぁ、シルフィとかアイラとかピルナ達とかが必要とあればその手足を血で汚しているというのに、俺だけ安全なところで敵を殺す武器を作り続けるっていうのもどうかとは思うんだよな。
いや、自分の手も血で汚せば許されるとかそういうことでもないとは思うんだけれどもね。皆に辛くて怖くて嫌なことを押し付けて、自分だけ楽をしているような気分になるんだ。シルフィ達に言わせると、むしろ俺のおかげで皆が自分の故郷や誇りを取り戻すために力を振るうことができているってことなんだけど。
この互いの認識の違いというか、溝みたいなものは立場の違いから来るんだろうな……俺もあっち側に立って、逆にシルフィ達がこっち側に立たないと永遠に埋まりそうにないように思える。
「コースケ?」
「ん?」
「大丈夫?」
「何がだ?」
「つらそうな顔をしている。疲れた? 休む?」
「うーん、そういうのじゃないな。後で話すよ」
ここでなんでもないと言って誤魔化すのは簡単だけど、こういう心のしこりのようなものを隠して溜め込むと絶対に良いことが無いんだよな。今日、寝る前にでもアイラやピルナ達に話すとしよう。そう心の中で決めて俺は白銀色に輝くクワを振るい続けるのだった。




